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任務:貴妃の手綱を引き締めよ④

選手たちが既定の位置につくと、楽団の演奏が止まる。

静かな梨園にバーンと銅鑼(どら)の音が響くのを合図に試合が始まった。


広場の真ん中へ向かって馬たちが一斉に駆け出す。

選手たちは皆腰に巻いたベルトに乳白色の大きな(はい)(ぎょく)を下げている。それを奪い合い、先に3つ手に入れたチームの勝利。

ちなみに(はい)(ぎょく)を奪われた選手も引き続き攻手として参戦し続けられる。なので捨て身の攻撃も可能なのだ。


しかし開始直後は両チーム共に相手を探るように慎重な動きを見せている。

互いに何度か手を伸ばせど、(ぎょく)に触れることはなかなか叶わない。


ところで観覧席には宦官たちも多く臨席しているのだが、選手が(ぎょく)を勢いよく掴もうとするたびに、彼らは別のものを想像しているのかパッと顔を背けている。


しばらくして相手の(ぎょく)を奪おうとした姜忍さんが背後から別の選手に反撃されてしまい、千涛国(せんとうこく)が1点先取。

しかし、その点を上げた選手の(ぎょく)をすぐに緑狛さんが奪い返した。


「先に女を狙え!遠慮するんじゃない!」


観覧席から章殿下がしびれを切らしたように叫ぶ。


選手たちの視線が、少し離れた場所で様子を伺うように馬を走らせていた紅貴妃に集まった。


千涛国(せんとうこく)の部下2人が揃って貴妃へ向かう。うち1人は既に(ぎょく)を失っているので無敵だ。


貴妃は馬の腹を足で蹴り2人へ向かっていく。

両者まったく勢いを落とさず、このままではぶつかりそうでヒヤヒヤする。


本当に正面衝突するかと思ったとき、遠くで見守っていた緑狛さんが叫ぶ。



「行け!紅貴妃!」


「────っ!」



貴妃の馬は走りながら勢いよく地面を蹴りそのまま飛び上がった。

そして向かってくる二頭の馬を飛び越えてしまった。


一瞬の神技に会場は騒然とする。


「な、何だ今の……」


「馬とはあんなに高く飛べるものなのか?」


覇葉人も千涛(せんとう)人も皆が驚きの声を漏らし、観覧席全体がどよめいている。


競技で障害物を飛び越える馬は知っているが、自分より背の高い馬を飛び越えるなんて……。私も一瞬ペガサスの羽でも生えているのかと思った。


貴妃に軽々と飛び越えられた2人は観客同様に呆然としている。そこへ姜忍(キョウニン)さんと緑狛(リョハク)さんが近づく。


貴妃は振り返りもせず猛スピードで走る。向かう先にいるのは千涛国(せんとうこく)の大将だ。


貴妃に狙われた大将は広場の外周に出た。外周をぐるりと回るようにして逃げ、貴妃はそれを追いかける。

いくら長身の貴妃とはいえ、相手の大将との体格差は一目瞭然。馬の大きさも圧倒的に負けている。

貴妃は時おり手を伸ばすがなかなか大将の(ぎょく)には届かない。

相手は一向に攻撃をしかけないので、貴妃が遊ばれているようにも見えてしまう。


「女に追いかけ回されて羨ましい限りだ」


さっきまで貴妃の神技に驚愕していた章殿下が笑いながら言った。


緑狛さんと姜忍さんはあえて貴妃を助太刀せず、ただ千涛国(せんとうこく)の部下2名と闘争を繰り広げる。


しかし私達の視線はもはや貴妃たちに釘付けだ。


外周の2人はなおも並走を続けるが、外側を走る貴妃の方が若干遅れをとってきた。


怒涛の展開が続いているものの、残る(ぎょく)は2-2のまま点数が動かない。


「馬が疲れてきた頃だ!早く(ぎょく)を奪え!」


章殿下の声に反応して大将が速度を緩めた。


すると貴妃はそれを待っていたかのように、手綱を掴んだまま身体を左側に大きく倒し、(そば)を走る相手の馬の手綱を掴む。


「なっ!?」


手綱を掴まれた大将が困惑する。


貴妃は自分の馬を相手の馬へと引き寄せ、二頭の距離は並走しながらどんどん縮まる。


「立派な馬だな。私も乗せてくれ!」


貴妃は言うと(あぶみ)を両足で勢いよく蹴る。そのまま腰をひょいと浮かせて相手の馬へと飛び移ってしまった。


鞍の前に座った貴妃は、そのまま振り返り大将の腰から下がる(ぎょく)に手を伸ばす。そして勢いよく引っ張った。


「クソッ!」


奪った(ぎょく)を右手に掲げる貴妃に大将は怒りの表情を見せる。


大将は右腕で貴妃の肩を掴み振り落とそうとした。

それを貴妃は上体を屈め避けるが、頭に乗せていた幞頭(ぼくとう)が落ちてしまう。


貴妃の長い髪がはらはらと落ち顔を覆う。


その隙に大将が貴妃の(ぎょく)を奪い、掲げて叫んだ。


「これで同点だ!」


2人分の体重に疲弊したのか、大将の大きな馬はだんだんとスピードを落としていく。


「驚かせてすまなかったな」


貴妃は馬の首を撫でながらそう言うと地面へ飛び降りた。

それを見計らったように彼女の愛馬が駆け寄ってきて、貴妃は再び馬に乗りなおす。


その瞬間、観覧席からは拍手とともにワッと歓声が上がった。


貴妃の奮闘に対する称賛かと思いきや、それだけではなかったようだ。




「おーい!こっちも取ったぞ!」




遠くの方から緑狛さんが2つの(ぎょく)を握ってこちらへ駆けてくる。緑狛さんの(ぎょく)はまだ腰についたままだ。



「勝った……のか?」


陛下の側にいた李宰相が驚愕の声とともに立ち上がり目を凝らす。


「そのようです父上」


青藍さんが眼鏡を持ち上げながら言った。


バーンと試合終了を告げる銅鑼の音が響く。

楽団の演奏が再開し、選手たちの奮闘と覇葉国の勝利を称えた。


しかし歓声は勝負の結果よりも、女性でありながら大活躍を見せた貴妃に贈られている。

覇葉人はもちろん相手国側も貴妃に拍手を送った。


「まさか勝つとは……」


無言だった陛下も思わず驚きの声を漏らす。


正直、私も同じ気持ちだった。


なぜなら今回の勝負、覇葉国の目標は勝利ではなかったからだ。


【貴妃がたった1人で大将の(ぎょく)を奪う】


それさえ達成できれば、たとえ勝負に負けても相手国へのメンツは最低限保たれる。

なので初めから選手3人はその為だけに動いていた。相手国の大将を部下たちと引き離し、貴妃と一対一で戦わせるため。その過程で自分の(ぎょく)は奪われても構わない。


軍事力が最大の弱点である覇葉国の、精一杯の捨て身作戦。

それこそが李宰相を説得し貴妃の出場を叶えたのだ。





【こぼれ話】


覇葉国の有力な宰相には青藍の父の李氏と、もう1人(リュウ)氏という人もいます。

劉氏は王太后の親族で、いわゆる外戚です。

双方は日本でいう右大臣と左大臣みたいなライバル関係です。


劉王太后は摂政時代あえて劉氏ではなく李氏を重用していました。青藍が憂炎の側近になったのもその影響です。

重用の理由は李氏の方が経験豊富な賢臣だというのもありますが、劉氏は外戚でありながら、本当は憂炎と血の繋がりがないということも大きいです。

万が一憂炎の出自がばれた時に、劉氏が権力を掌握していたら朝廷は大いに乱れ憂炎の身に危険が及ぶことを恐れていました。

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