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行幸①

憂炎陛下が数日間覇葉城を離れ、高州(こうしゅう)という場所の視察に行くので私も同行することになった。

そこでは薬(いわゆる漢方薬)のもとになる生薬の栽培が盛んなのだとか。


「5日も会えないなんて、寂しくなりますねぇ」


「はは、そうですかね?紫雲さん毎日お忙しいし5日なんてきっとあっという間ですよ」


「?、寂しいのはトウコさんですよ?」


「……はい?」


「トウコさん、大好きな私の顔が見れなくて寂しいですよね?」


「あー……はい、ソウデスネー」


心の底から同情的な眼差しをする紫雲さんの横で白目をむきそうな私。

……やばい。この人、性格のイカれ具合が日に日に増している。

だからあの事は言いたくなかったのだ。

顔は好みなのに時々こうして会話が嚙み合わないのが色んな意味で残念過ぎる。


しかしスマホも写真もない世界で5日も推しの顔を拝めないのは確かに寂しい。

アクスタでもあれば一緒に旅行できるのに。



後宮の門までわざわざ見送りにきてくれた紫雲さんと共に迎えを待っていると、大きな馬車が従者を引き連れやってきた。


「早く乗れ」


停車した馬車の扉が開くと、側に立つ青藍さんが急かすように言う。


「あれ、これって陛下の……」


私は乗り口に片足をかけたところで足を止めた。

屋根にある龍をモチーフにした金の装飾。これは本来国王しか乗ることが許されない馬車のはずだ。


青藍さんは苛立ったように両腕を胸の前で組む。


「後から陛下もお乗りになる」


「え、一緒に?」


疑問を感じながらも急かされるまま私は中に乗り込む。

内装は深紅のベロア風の生地でできていて、座席もフカフカ。私には不釣り合いな豪華さだ。


扉が閉まると、小窓から青藍さんがこちらを覗き込んで言った。


「馬車を出て外を歩く時はくれぐれも陛下から離れぬよう」


「どうしてですか?」


私は窓に顔を近づけてたずねた。

いつもは『陛下に馴れ馴れしく近づくな』とか言われているのに。


青藍さんはいっしゅん間をおいて答える。


「……外では危険が多い。お守りするためだ」


「いやそれ私の役目ではないですよね」


そんな風に眼鏡の奥の視線をそらしながら言われても、説得力皆無である。


「青藍」


たしなめるような紫雲さんの声が聞こえた。と思えば彼も窓格子から私を覗くように顔を見せる。


「せっかくの遠出です。陛下と仲良くしてあげてください」


彼も何か知っている様子だが、ここでは言えないようだ。

少し困ったような笑顔を見て、それなら仕方あるまいと私は座席に座りなおす。

謎は残るが、私にとってさほど悪い事にはならない気がしたのだ。


「……分かりました」



すぐに馬車は出発し早朝の覇葉城を進んだ。



陛下のいる清龍殿の正面へ到着すると青藍さんの話通り私は一度降りる。

陛下が乗り込むと私も続き、隣へ座る。

おそらくこの馬車は国王だけもしくは王妃と2人で乗るのを想定してあるのだろう。座席は最奥の進行方向に向かって1つだけしかない。


「………」


発車したあと車内では馬のひづめの音や車輪のガタガタ揺れる音のみが響く。

陛下は最初に私の挨拶に返事をしたきり、何も言わない。

自分専用の馬車に他人が乗っているのは気にならないのだろうか。


車内の広さは十分あるので困らないが、やはりどうも理由が気になる。


……まさか、陛下───後宮で美女に囲まれすぎたせいで好みがおかしくなり、ついに私をご所望に!?それで馬車に2人きり!?


私は前を向いたまま、眼球を動かし恐る恐る横を見る。

どうしよう、あの陛下が今日は男の目をしていたら────


「………」


陛下の目はその長い前髪で完全に覆われていた。座ったまま顔を伏せ、頭が車内の揺れに合わせてがくんがくんと揺れている。


……うん、寝てますね。



陛下は数日城を空けるため、最近はほぼ徹夜で政務をこなしていたのだそう。


私の隣で彼は結局ずっと眠っていた。



*   *   *



早朝に覇葉城を出た馬車は、翌日の午後には高州の知事を務める地方官僚の屋敷についた。


視察の際はいつもこうして知事の屋敷に宿泊するらしい。

着くとさっそく陛下は屋敷内でお茶などのもてなしを受ける。

傍を離れるなと言われているのでとりあえず私も同席させてもらった。


「陛下、トウコ殿(どの)、失礼いたします」


知事らとの歓談が終わった頃、お団子頭の小柄な青年がこちらにやってきて拱手(きょうしゅ)する。


(チェン)さん、一緒に来てたんですね」


後宮の医官をしている橙さんだった。


「はい。僕は陛下の行幸(ぎょうこう)には毎回同行しているんですよ」


「ああ。旅先での急病に備えてですか」


「まぁ、それもあるんですが……」


陛下がお茶を飲んでいるすきに、(チェン)さんはそっと私に耳打ちする。


「今日のトウコ殿の衣装、今までは僕が着ていたんですよ」


「え!?」


私はふだん上級女官の衣装を着ているのだが、今日は余所(よそ)行きにと妃が着るような薄桃色の衣装が用意され、(かんざし)やらネックレスやらの装飾品も着けている。


どうやら国王の公的な外出には妃を同伴させるのが慣例らしい。1人で来ては妃との仲が悪い=世継ぎに恵まれないとの印象を与えかねないからだ。


「でも陛下は誰も連れていかないって言うものだから、いつも仕方なく僕が代わりに……」


「なるほど」


(チェン)さんは男性にしては小柄で、私ともあまり背丈が変わらない。身長はたぶん160センチくらいだろう。

顔も丸顔で、小動物っぽいというか…たぬき顔?で可愛らしい。

この衣装を着れば十分女性に見えるだろう。


なるほど今回私を同行させたのはこのためか。翻訳も必要なさそうなのにおかしいと思ったのだ。


私ならば橙さんの衣装が使い回せるし、妃のように陛下も気を使わないから選ばれたに違いない。


そんなことを考えながら(チェン)さんの腰元にちらりと視線を落とす。やはり黒い佩玉が揺れている。


そうだよなぁ……。


妃の衣装を着せられていた彼も紛れもなく男性だ。


覇葉国には宦官ぽくない宦官も多いが、それっぽい宦官もいる。彼は後者だった。

だからこそこの国の宦官の秘密について、私は知るのが遅くなってしまったのだ。


しかも彼はふだんそのお団子頭に髪飾りをつけたり、高く結って簪を挿していることもある。これは彼の趣味ではなく、妃や女官にオモチャにされているだけなのだそう。


そんな彼にもしっかりアレがついていて、おまけにアレも装着しているんだなぁ……。


そんなことを考えながら彼の柔らかそうな頬や長い睫毛を観察していると、橙さんがきょとんとした顔をこちらに向けた。


「どうかされましたかトウコ殿?」


「い、いいえ!……じゃあ(チェン)さんも、これまで陛下と同じ馬車に乗っていたんですか?」


私がたずねると橙さんは首をかしげる。


「いや?僕は別で妃用の馬車を用意してもらっていましたね」


「え、そうなんですか」


確かに妃には妃用の馬車がある。たとえ王妃様だろうがお気に入りの側室だろうがそっちに乗せるのが普通だろう。

疑問が解決したと思ったのに、何だかスッキリしない。



思案する私を置いて橙さんは本題に戻る。


「陛下、お脈を拝見してもよろしいですか?」


「うん」


陛下は腕を出す。橙さんは三本の指で陛下の手首に触れ、数秒目を閉じる。


「問題ないようですね。トウコ殿も良いですか?」


「あ、はい」


まさか私にも聞かれるとは思わず一瞬戸惑ったが、陛下と同じように腕を出し(てのひら)を上に向けた。


「うん。大丈夫ですね」


そのやわらかな笑顔に反して、手首に触れた指先が思いのほか固くて驚いた。女性の手とはまるで違う。


あくまで推測だが、彼が侍医ではなくあえて後宮の医官をしているのは、その中性的な容姿ゆえかもしれない。橙さんなら女たちも肌を出すことを躊躇(ためら)わないはずだ。


「私もわざわざ脈診していただけるんですね」


遠回しにたずねるように言うと、橙さんは再び屈託のない笑顔で答えた。


「ああ。トウコ殿の脈もこまめに測るよう青藍殿に言われておりまして。ご懐妊の兆しがあればすぐに知らせよと」


「え!」


懐妊って……この前の紫雲さんとの一件のことだろうか。

ていうか橙さんは脈だけでそんなことも分かるのか。いや感心している場合ではない。


青藍さんにはあれほど説明したのに、まだ信じられていなかったとは。


「いや!ないない!絶対ないですから!」


「まあ、もう少し様子をみてみないと」


慌てて否定する私に橙さんは穏やかに笑う。

まるで私が本当は妊娠を望んでいるかのような口ぶりだ。


「ほんとにあの件は誤解なんです!もう!」


私が声を荒らげると、隣からか細い声がした。


「あ………あの件、とは……?」


「え……陛下!?」


陛下が珍しく話に入ってきたと思ったら、肩が小刻みに震え顔が青ざめている。


慌てた橙さんが陛下の肩を支え、また手首に触れた。


「大変だ……脈がだいぶ乱れてます!」


「ええ!?」


今にも倒れそうな陛下を前に、やむを得ず私は"あの件"について説明した。



「────それで、紫雲さんが酔って眠ってしまったせいで、後宮に帰れなくなっちゃったんですよ!」


「……そうだったのか」


私が話し終えると陛下の顔に血色が戻る。脈も正常に戻ったようだ。

橙さんは驚き目を丸くした後、少し恥ずかしそうに眉を八の字に下げた。


「すみません。僕てっきり陛下のお子かと思ってて……。何の配慮もなく喋ってしまって」


たぶん陛下が青ざめていたのもこのせいだろう。自分の身に覚えのない所でこんな話をされたら、誰だって驚く。


「いえ。そう勘違いするのは当然ですよ。青藍さんもきちんと説明してくれれば良かったのに」


あの丸眼鏡……。次のBL本で痛い目をみせてやろうと心に誓った。

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