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宦官の粛清②

翌朝、朝堂に男たちの怒号が響いた。


「いったいどういうことですか!?宦官三百人を解雇するとは────」


(から)の玉座の背後に下ろされた(すだれ)の中で、レイカは低い声で告げる。


「三百は皮切りにすぎぬ。最終的にここを去る宦官は千人にのぼるだろう」


官僚たちはどよめき、互いの顔を見合わせる。

ある者は怒り、ある者は頭を抱えて困惑していた。


「王妃さま!なぜ急にそのような(めい)を!?」


「我が国で宝具を導入して百年は経つが、いまだ定着にはほど遠い。宦官の間に差別が横行し、出世のために去勢を選ぶ者が後を絶たぬ。本来の目的からは遠ざかるばかりではないか」


本来の目的────かつて宝具が宦官に導入された最大の理由は、宦官への敷居を下げて、優秀な人材を確保することであった。

それに加えて去勢手術、およびそこからの回復にかかる費用や日数を考えても、宝具の導入は圧倒的に費用対効果(コストパフォーマンス)が高い。


「去勢は罪人の証であり、忠誠の証などではない 。この後宮から去勢された男を一掃し、“本物の男”のみを入れよ 」


「いけません!」


しかし臣下たちの反発は止まない 。

彼らの懸念は主に、一斉解雇による公務の混乱であった。


「そこまで大勢を解雇し、空いた人材はどうするのですか?」


緋色の官服を着た妙齢の官僚が、列から中央へ出て異を唱えた。


「もとより宦官の応募者は多い。加えて去勢を撤廃すれば、千人くらいすぐに補充できる」


「しかし……」


張令公(ちょうれいこう)。いずれそなたの子息が、陛下や太子の側近になることもあろう」


「────っ、」


名指しされた官僚は、驚きの顔でごくりと喉を鳴らした 。そして恥ずかしそうにうつむきながら列へ戻っていく。

これまで、彼らのような朝臣が後宮へ影響力を広げるためには、宦官に賄賂(わいろ)を渡して取り込むほかなかった。

しかしこれからは、自分の手の者を直接後宮へ送り込むことができるのだ。

それは彼らにとってこの上なく美味しい話である。


自分たちに利があるとわかったところで、場内はすこし落ち着きを取り戻したように見えたが────


「……王妃さま。そこまでおっしゃるのなら、あなたがご寵愛の国師どのも追放なさるのでしょうな?」


嫌味をきかせた声をこぼしたのは、最前列で紫色の官服を着た老人。かねてから黒翠と激しく対立していた重臣のひとりであった。

彼の踏み込んだ発言に、周囲は一瞬重い空気に包まれたが、そのうち感化されたように皆が言及しはじめる。


「すっかり忘れていたが、国師どのも宦官でしたね」

「皆を納得させるなら、自ら模範を示しませんと」

「……ん?そういえば今日は姿が見えませんな」

「害が及ぶのが怖くて、どこかに隠れているのでは?」


朝堂では常に王妃の隣で我が物顔をしていた男の不在に、彼らもようやく気付いたようだ。


その様子をレイカは垂簾越しに眺め、唇を噛みしめた。

そして抑揚のない声で言う。


「あの者はいない。先日、不敬の罪で処刑した」


その目が空虚を見つめていることに、誰も気づかない。


「しょ、処刑……?あの国師どのが!?」


黒翠の政敵であった老臣が、がく然としてたずねる。

衝撃的な告白に、場内はさらに大騒ぎとなった。


「不敬とは、いったい何を?」

「おかしいぞ。ここ最近処刑場は使われていないし、我々に何の報告もない」


黒翠が死んだ日、起こった出来事を知るのは、あの場にいた者だけである。

彼らが自白した罪の数々や、下された罰についても、レイカは一切の口外を禁じていた。


「わたし自ら葬った」


レイカが発したそのひと言に、騒然としていた空気は一瞬にして凍りついた。

口を開けて固まる男たちを見下ろして、レイカは続ける。


「黒翠は去ったが、粛清の手を緩める気はない。北方からの制圧が抑えられている今こそ、国力を上げ、他国への威信を高める時ではないか────」


そう言って立ち上がったレイカが垂簾をかき分けて、男たちの前へ歩み出た。

頭に乗った金の鳳冠が音を立てて揺れる。


「改革には犠牲がつきもの。いかに高位にあろうとも、邪魔する者は容赦なく切り捨てる!」


天井を揺らすほどの迫力に、固まっていた官僚たちは震え、ただ頭を垂れる。

かつてかわいらしさの象徴であったレイカの大きな瞳は、今や問答無用で畏怖を与える眼力をたたえていた。


萎縮する臣下たちの様子を、レイカは冷ややかに見下ろす。

こうしてひれ伏しながらも、彼らの多くが自分へ不満を持っているのを肌で感じ、今この時から、戦いの始まりを覚悟した。



*   *   *



「なぜあそこまで?」


大混乱の朝議を終え鳳凰宮へ戻ったレイカに、瑠璃は開口一番にたずねた。


「女ひとりで男たちに対抗するには、あれくらい強引でなくては」


レイカは疲れ切った様子で、頭の冠を下ろしながら答える。

ただでさえ女というだけでなめられているのだ。いっそのこと手がつけられない狂人と思われるくらいで丁度よい。

二人三脚でおこなっていた飴と鞭の政治を、これからはひとりで担うのだから。


「けれど王妃さま……あなたはこの国の人間ではありません。それにあれだけのことがあった後ですし、残り少ない時間をもっとおだやかに過ごされては?」


「……」


率直すぎる助言にレイカは苦笑した。

たしかに自分は異世界の人間で、おそらく数年のうちにこの世界から消える。覇葉国が栄えようが廃れようが関係ないのだ。


「それは……我が子のためよ」


「殿下の?」


「ええ。母であるわたしが、今のうちに権威を示しておかないと。あの子は即位と同時に全ての後ろ盾を失うのだから」


青冥が国王に即位する頃には、父も母もいない。

後ろ盾をもたない国王など、容易に謀反を起こされかねない。

それを防ぐためには強力な後見人が必要で、それを黒翠に任せるはずだったのだが、計画は見事に崩れ去ってしまった。


「それにね瑠璃、あなたもわたしの大事な娘よ。この国の民たちも我が子。守りたい人たちがいるから、わたしは逃げずにいられるの」


「王妃さま……」


着替えを手伝っていた瑠璃の手が止まり、瞳が揺れる。

養女にしたものの、立場上、これまでは親子として接することができなかった。

そんな思いを噛みしめるように、レイカは娘を静かに抱き寄せる。


「たくさんの絶望を味わった。けれどわたしは、この国が好きよ」


王妃として背負った大義を胸に、裏切りと喪失を乗り越えようとしていた。




だが後日、鳳凰宮へ集められた新しい宦官たちを見て、レイカはがく然とする。


目の前にずらりと並んだのは、あきれるほど眉目秀麗な顔ばかり。


「王妃さま。お気に召す者はおりますでしょうか?」


揉み手をしながらたずねるのは内侍省の官僚。

この美男たちがみな王妃の関心を買い、黒翠の後釜を狙うべく集められたことは一目瞭然だった。


「お気に召す……ですって?どういうつもりなの!」


宦官の刷新は、むしろ“第二の黒翠”を出さないためだったのに。

糾弾覚悟で挑んだこの改革であったが、そこに込められた想いは微塵も理解されていなかったのだ。


怒りをあらわにするレイカに、官僚はあわてて頭を下げる。


「も、申し訳ありません!国中を探したのですが、やはり“あの方”ほどの美貌は……」


その返答も火に油を注いだだけだった。

レイカは手元の茶器を床に投げ捨てる。

陶器が破裂音とともに散っていく様子を、美男たちはそろってぼう然と見つめていた。


「美しい顔など見たくもない。だれも許可なくこの鳳凰宮に入るな!」


茶器の欠片を蹴飛ばしながら、レイカは男たちの前から立ち去った。



「……やはり男は信用できないわ」


その後、レイカは瑠璃をはじめとする有能な女たちに官職を与えた。

男たちとわかり合うことを諦め、自分の周りを信頼できる者で固めることにしたのだ。


この決断によって、以前にも増して政務は進めやすくなった。

その一方で「蘭王」の横暴で独裁的な印象(イメージ)は、城壁を越えて民たちにまで広まることとなる。

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