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腐女子、召喚 ~初期設定「言語能力」だけで後宮を救ってしまったオタクの話~  作者: ぐるた眠
第二章

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任務:賢妃に御簾を上げさせよ②


「────それで、陛下に何の用だ?」


下賜品の紙と筆を持参し陛下のいる清龍宮の寝殿へやって来た私を、(そば)から睨みつけるのは青藍さん。


呪術師だという誤解はとけたものの、“無礼な女”というレッテルは剥がれていないらしい。


多忙な憂炎陛下にこちらの都合で謁見(えっけん)できる機会は少ない。

青藍さんに頼み込んで許しをいただいたのは、一日の公務を終えた後、いわゆる残業の時間だ。


執務机に向かう陛下へ私は揖礼した。


「陛下、橘賢妃(ジーけんひ)の件は聞いておられますか?」


「ああ」


「彼女に(ふみ)を書いていただきたいのです」


「なぜ文を?」


「彼女の祖国では、まず男女は歌を送り合って互いの気持ちや価値観を確かめます。それを経て初めて対面する事ができるのです。そういう文化で生まれ育った尚子様に、いきなり会いに行くのは不可能かと」


「……そうなのか」


憂炎陛下は目の前に山積みになった『上奏』と書かれた書状を読みつつ私の話に耳をかたむけていた。


国王陛下の寝殿(自室)というと金ピカの内装を想像していたのだが、ここは全く違った。壁や柱は黒色で、調度品は最小限。絵画の代わりに「質素倹約」やら「名君とは~」みたいな文言が書かれた書画が掛かっている。

壁際には大きな書棚があり、陛下の背後や足元にも書物が山積みになっている。まるで書庫のような空間だった。

妃の屋敷の方がよほど豪華だ。


「歌を作るのは難しいので、代わりに文をと思いまして」


「なるほど。しかし私が書いた文を賢妃は読めるのか?」


僭越(せんえつ)ながら、私が代筆をさせていただきます」


便利なことに私の書く文字はどの国の者でも読めるらしい。

つまり私は日本語で書いているつもりでも、読む人によっては覇葉語にも日本語にもなるということだ。


「お客様がお望みならどこへでも駆けつけます。自動手記人形サービスです」


私は衣のスカート部分を両手でつまんで丁寧にお辞儀する。


「は?」


「いや何でも」


どこかで私の言葉を翻訳している神様がいたら、謝っておこう。



陛下は私と対面できるよう応接椅子へ移動した。手には数冊の『上奏』を持ったまま。

私は紙と筆を用意し、机をはさんで陛下と向かい合う。

側ではもちろん青藍さんが睨みをきかせている。


「尚子様がなぜ対面を拒否されていたのかは、先日書面にてお伝えした通りです」


「ああ、分かっている」


「それを知って今、彼女に伝えたいことは?」


「そうだな……太っているのは、とても────」


陛下は『上奏』から目を離し、視線を天井で泳がせる。


「うらやましい」


「ばかやろう」


口が滑った途端、丸眼鏡の奥から殺気が飛び出し私を突き刺す。


「おい!!」


「申し訳ございません」


私は瞬時に椅子から降り、この世界に来てから何度目かの土下座をする。

そして思った。

こんな、思わず口からこぼれたような言葉まで伝わらなくて良いのに。


杖刑(じょうけい)に処されたいのか貴様は」


「いえ、大変な失言でした」


近ごろは青藍さんに叱責されるのも慣れてきてしまった。

こうして説教されている間、私は決まって青藍受けBLを妄想することにしている。

目の前で烈火のごとく怒る彼も、裏では体のいろんな場所から喜びの涙を流している───そう思うと、不思議と穏やかな気持ちになれるのだ。


いっぽう憂炎陛下の方は私の無礼を全く気にする様子もなく、また『上奏』を読み始めた。


私は床に手をつき頭を下げたまま話す。


「今のはツッコミと申しまして、わざと罵倒する言葉を申すことで相手の失態を朗らかな笑いへと変える、一種の愛情表現…」


「貴様からの愛情など陛下には必要ない」


ドスの利いた声が頭上から降ってくる。

脳内での彼は羞恥で上ずった声を漏らす。


「かしこまりました。以後気を付けます」


おでこをちょこんと床につけて、私は立ち上がる。


そんな私の顔を憂炎陛下は不思議そうに見上げた。


「トウコ、私の失態とは一体何の事だ?」


「………」


────ダメだこりゃ。


その山のような上奏文が読めて、女心が読めないのは何故だろうか。


手紙は私が考えた方が早いのは明らかだ。

けれど陛下の妃に私の言葉を贈るわけにはいかない。

陛下から本当の言葉を引き出さなくてはいけない。



私はもう一度椅子に深く腰掛ける。筆を持つのはやめた。

代わりに陛下の顔を正面から見据える。


「陛下。なぜ太っているのがうらやましいのですか?」


「私は……体が小さい」


「………」


そこまで気にするほど小柄でもないと思うのだが、やはり周りが長身なせいだろうか。まぁそこを否定しても仕方ない。

陛下はまさに尚子様と同じだ。


「小さいのがなぜ嫌なのですか?」


「男らしくないから」


「陛下の思う“男らしい”人に、『陛下は小さくてうらやましいですね』と言われたらどう思われますか?」


「………」


『奏状』の文字を追う眼球の動きが止まる。そして両手で書面を閉じ、机に置いた。


「とても嫌だ。悲しくて、悔しい。それに────」


「それに?」


「『うらやましい』という言葉は……嘘だと思う」


言葉尻に向かってだんだん細くなる声は、失態を自覚した証拠。


叱られた子供のような表情に、私は胸を撫で下ろす。

うん、よしよし。

陛下は不器用なだけでサイコパスではなさそうだ。


私は再び筆を手に取る。


「そもそも、なぜ陛下は尚子様に手紙を?」


「……トウコに言われたから」


「ちがう!尚子様にー?」


私は立ち上がり陛下に顔をぐっと近づける。


うつむいていた陛下は驚き目を見開く。

青藍さんの視線が痛いが、ギリギリ大丈夫そう。


「賢妃に……会いた…い?会って、話したい……から?」


陛下は一言ずつ、私にうかがい立てるように言葉を選ぶ。

表情には戸惑いが浮かぶが、眼差しはきちんと答えを求めている。


私はうんうんと頷きながら答える。

……誘導尋問かこれ。


「どうしたら会ってくれると思われますか?」


「それは────……」




────30分後、


「そこはもっと、正直な気持ちを!」

「そこまで言われると女性は傷ついちゃうんです」


スポ根漫画のような私と陛下のやりとりは続いた。


────1時間後、


「ナイス!それですよ陛下!」


青藍さんは交代の時間がきてしぶしぶ帰っていった。


────2時間後、


「あ、そう来るんですね」

「だめか?」

「いや、むしろそっちの方が良いです」


陛下の意外な一面を知った。


────3時間後、


「トウコ……眠い」

「もう少しですよ!最後はちょっと変化球いれてみましょう!」


何と闘っているのか、よく分からなくなってきた。



*  *  *




一晩中陛下と格闘しながら、私は慣れない小筆で長い手紙を書き上げた。


結果、その場で寝落ちしてしまったようだ。



「───っ、」



翌朝机に突っ伏した状態で目覚めた。

目をこすり慌てて手元を見ると、手紙は無事でほっとした。


体を起こすと背中に衣がかかっていた。黒地に龍が刺繍された大きな衣だった。


部屋を見渡しても誰もいなくて、扉の外に宦官が2人控えているだけだ。


ふと執務机に目をやると、山積みになっていた上奏文には全て読了の印が押してある。


(陛下、寝てないのかな……)


そのうちバァーンバァーンと大きな音が部屋に響き渡る。


それは清龍殿の表側にある朝堂で、朝儀の始まりを知らせる銅鑼(どら)の音だった。




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