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蘭王妃②

王妃となったレイカは、すぐにでも正憲に代わって政務をこなそうと意気込んでいたが


「……ねえ、何なのこれ?」


朝議の翌日、住まいの鳳凰宮へやって来たのは、官僚ではなく宮廷画家たちだった。

しかも日替わりで何人も押しよせ、朝から晩までレイカの姿を描き続けるのだ。


「あたし、こんなことしてる暇ないんだけど!?早く奏状を読ませてよ」


画家たちに囲まれ困惑するレイカに、黒翠は涼しげな顔で返した。


「これで良いのです。なにごとも最初が肝心。まずは地盤を固めねば」


「は?どういうこと……?」


こうして描き上げられた蘭王妃の姿絵が、次々と王都の街へ貼り出される。


『これが新しい王妃さま?』

『厚底を流行らせた人だって』

『変わった柄の衣装だねえ』

『あのふわふわした飾りは……いったい何だろう?』


朝堂で官僚たちを圧倒したレイカの姿は、ここでも注目の的だった。

華やかな装いだけでなく、時には身軽な男装や胡服(異国の衣装)も身に着けるレイカ。

その常識にとらわれず開放的なファッションは、厚底靴と同様、まずは妓楼の女を中心に 広まり、じきに熱狂的な流行を生み出した。


「……黒翠。あたしに芸能人ごっこさせて遊んでるでしょ?」


「とんでもない。後ろ盾を持たない我々は、朝廷での立場がまだ弱い。代わりに民衆を味方につけたかったのです」


姿絵が人々に示したのは『新時代の到来』。

自らの足でたくましく歩く王妃の姿は、まるで纏足(てんそく)のように女たちをしばり続けていた儒教的概念からの解放、そして老若男女が活躍する社会の象徴であった。


そんな社会をPRするために、黒翠はレイカを広告塔とし積極的にプロモーション活動をおこなう。


その一環として、新たな寺院の建立にも着手した。

そこでレイカに似た顔の仏像を置くことで、「蘭王妃は仏の生まれ変わりである」という逸話を国中へ広めたのだ。


その頃には纏足もすっかり過去の産物となり、時代錯誤と非難された。

もはや禁止令を出すまでもなくなったのだが、そんな中である”事件”が起こる。


王都に住むとある商人の男が、妻が纏足なのを恥ずかしく思い離縁をせまったという。

妻は泣く泣く実家に帰ったが、その話を聞いて怒った両親が、報復のために夫の足を斧で切り落としてしまったのだ。

この惨劇は良くも悪くも、王妃の影響力を国中に知らしめることとなった。

そして後世、蘭王妃が男たちの足を切り落としたという悪評デマへと変貌するのだ。



*  *  *



こうして地盤を固めたレイカたちは、ようやく政治改革に本腰を入れる。


まずは、ともに治世をおこなう官僚の刷新だ。

科挙の受験場所を追加、科目も充実させる。

地方からの受験者も増えたおかげで多くの庶民が合格し、 貴族優位の体制を徐々に崩していった。


奏状の読みかたさえ理解できなかったレイカも必死で学び、一刻も早く国を発展させようと意気込むいっぽうで、慎重派の黒翠とはよく対立した。


当時のふたりの体制は『飴と(むち)の人事』と呼ばれる。

意欲のある者は身分関係なくレイカに重用され、ただし功績が上がらなければ、黒翠によって即座に切り捨てられるのだ。


「どうして李伴(りはん)を解雇したの?」


「韋家との関係が深いことがわかりました。いずれ反逆への足がかりになるかもしれません」


主従だったふたりの関係はビジネスパートナーへと変化し、顔を合わせれば口論もたえない。


「それが余計に無益な憎しみを生むんだよ!優秀な人だったのに……。長官がいなくなったら、学問所の件はどうなるの」


諷諫詩(ふうかんし)(政治批判の詩)をたびたび目にするせいで、レイカの口からは時おり、妙に詩的な言葉が出る。


「彼が反旗をひるがえした場合、むしろその優秀さが(あだ)となるのです。仕事はそのまま副長官に引き継がせますのでご安心を」


「そう?ならがんばって引き継がせてよ。李伴の熱意と人望も“そのまま”ね!」


レイカの挑発的な口ぶりに憤慨した黒翠が、机をおもいきり叩く。

部屋にバンと大きな音が響いた。


「────そうやって簡単に人を信用すると、じきに痛い目を見ますよ」


彼にもこういう子供っぽい一面があることを、レイカは最近まで知らなかった。


「まあまあお二人とも」


険悪な空気のなか、ふたりの間に茶器を置いたのは、新しくレイカの侍女となった瑠璃(るり)である。

もともと医官に仕える女官であったが、あらゆる分野の知識に長け、14歳という若さながらよく気のきく少女だった。

国師として多忙な黒翠の代わりに、今はこの瑠璃がレイカの身の回りの世話を受けもつ。

ふたりからの信頼も厚く、レイカの本当の素性を知る希少な人間のひとりだ。


そんな瑠璃は、師とあおぐ黒翠に向かって柔らかな声でたずねた。


「師範はなぜ、そこまで慎重になるのでしょうか?」


黒翠はそっぽを向いたまま卓に片ひじをつき、重そうな頭を支える。


「革新的な事柄こそ慎重を期さねばならない。俺たちは常に注目……いや監視されている。矢面(やおもて)に立つのがレイカさまなら尚更(なおさら)、状況は厳しい」


「なにそれ……あたしのせいってこと!?」


噛みつきながらも、レイカには思い当たる節がいくつもあった。

たとえば、自分が何か失態をおかしたとして、正憲の時代では何の(とが)めもなかった些細なことでも、『やはり王妃はダメだ』と批判の的になってしまうのだ。

それは政策内容以前に、レイカが“女”だからだろう。


「……まあ、それもそうだね。皆あたしたちが何か失敗すると思って、今か今かと楽しみにしてる」


そう思い直したレイカは少し頭を冷やそうと、皿に積んであった緑豆酥(りょくとうそ)(菓子)に手を伸ばした。

梅の花をかたどった緑色の菓子を半分に割り、口に入れる。

かろやかな甘さと豆の香りが広がると同時に、口内の水分がまたたく間に枯渇した。


「……あ、」


瑠璃に茶を頼もうと思ったが、すでに黒翠がレイカの杯に茶を注いでいる。

もう側近でもないのに、長年の習慣のせいだろうか。

そう思いながらも素直に「ありがとう」と言えないレイカは、菓子のもう片方を無言で差し出した。


「……」


黒翠は固い表情のままそれを受けとると、ふたたび横を向いて自分の口に放り込む。

今度はレイカが茶瓶を持ち、粗雑な手つきで茶を注いでやった。


まるで熟年夫婦のように、そこに会話はない。


「……なんだか夫婦みたいですね。父と母を思い出します」


瑠璃の無邪気な発言に、茶がレイカの気管へ入り激しく咳き込む。


「ばかなこと言わないで!」


たった今、同じことを思っていたのが恥ずかしくなり、慌てて反論するレイカ。

その顔を黒翠は目線だけで確認したあと、嫌味なほど優雅な所作で茶杯に口をつけた。


こうしてふたりは反発し合いながらも、切り開いた道を二人三脚で進みつづける。

レイカの大胆な発想と、黒翠の綿密に計算された実行力、どちらが欠けていても改革は不可能だった。


レイカたちは朝廷での勢力を増し、覇葉国はかつてないほどの勢いで発展をとげる。

その権威はときにレイカを「蘭王」と揶揄(やゆ)し人々を恐れさせたが、庶民のための学問所を設けたり、商人を支援するなどの手腕はひろく国民の支持を集めた。


【こぼれ話】

黒翠は、プライベートとか目下の人間と話すとき一人称が「俺」になります。

レイカの前だと基本「私」ですが、たまに気が抜けて「俺」になることもあります。


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