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断罪③

「王妃の屋敷へ無断で押し入るとは……。斬首される覚悟はできておるのか」


多くの官吏たちを震え上がらせてきた韋宰相のにらみを、黒翠は真正面から受け止める。

並々ならぬ覚悟が浮かぶ横顔を見て、レイカは息をのんだ。


「はい。こちらの証拠をもってもなお、あなたのご息女が“王妃”であり続けるのならば」


黒翠と数秒にらみ合ったあと、宰相は無言のまま再び椅子に腰を下ろす。


「黒翠。その証拠とは何だ?」


正憲が問うと、扉の前に立っていた宦官が中央へ移動し、黒翠へ何かを手渡した。

それを正憲のほうへかかげて見せる黒翠。


「それは……」


「王妃さまの寝室から見つかったものです」


白い麻布でできた、手のひらほどの小さな塊。よく見れば人のような形をしていた。

レイカには何なのかわからなかったが、それを目にしたとたん正憲の顔はくもった。


「しかし、おかしいではないか。御史台(われわれ)の調査では、そんなものは見つからなかったぞ」


まっ先に抗議の声を上げたのは、最初に取り調べをおこなっていた御史だ。


「寝室もお調べに?」


黒翠の問いに御史は大きくうなずく。


「もちろんだ。家具や調度品もすべて移動させ、怪しいものがないかくまなく調査した」


「では家具類の下の床板が、他よりもきれいなのには気づきましたか?」


「そんなもの……当たり前ではないか」


間の抜けた声をもらす御史。

部屋の床板が日々傷つき黒ずんでいくのに対し、家具の下では変化なく保たれるのは当然である。


「そうですね。ただ、王妃さまの寝台の下は違いました。床板に擦ったような傷がいくつもあった。傷は古いものも新しいものも……。午前の調査で私が目にしたのはそこまでです」


続けて調査をおこなった宦官が、代わって口を開く。


「黒翠どのの指示で床板を剥がしたところ、一部が鍵付きの小さな隠し収納になっていました」


「そんなものが……」


御史は目を丸くした。


王妃の寝台は底が取り外し可能で、寝台を移動させずに床へ手を伸ばすことができた。

ただ、その下の床板を剥がすのは少々コツがいるようで、傷はその際にできたものだろう、という見解である。


「その隠し収納に入っていたのが、こちらの人形ひとがたです」


「そんなの知らないわ」と王妃は即座に反論の声を上げる。


「たしかに……そこには昔から隠し収納がある。けれど、そんなものを私は入れていないし、作った覚えもない」


「ねえ。その人形って……いったい何?」


黒翠らが自信をもって提出したそれが、なぜ王妃が犯人だという証拠になるのかとレイカは問う。


黒翠はレイカのもとへ歩み寄り、その人形を見せた。


「古来から呪詛(じゅそ)に使われるものです」


レイカはあっと声をもらす。

粗雑に作られた人形の顔はのっぺらぼうで、代わりに針が何本も刺さっていた。針は胴体、特に心臓部にも多く刺さっている。

それが元の世界でいう(わら)人形の役目を負っているのは、一目瞭然だった。

そして何よりレイカの心臓を縮み上がらせたのは、人形の胴体に『咲羅』と愛娘の名が書かれていたことだ。


「見つかった人形は全てで12体。それぞれ妃やその子供の名が書かれていました」


宦官が拱手しながら告げると、聴衆からいくつもの悲鳴が上がった。

それがどれほど恐ろしいことなのか、レイカもだんだんと理解してくる。


「これは王妃さまがかねてから、蘭才人や咲羅王女を殺害しようとしていた証拠です」


元の世界では考えられないことだが、覇葉国で呪詛は殺人と同じ重罪である。

人の呪いが、本当に病や死をもたらすと信じられているからだ。

過去にも、呪詛が見つかって処刑された人間は数知れない。

つまりこの人形を作った者は、12人の妃嬪と子供を殺害しようとしていたも同然なのだ。


黒翠にとっては、初めから王妃が咲羅へ手をかけているかどうかは問題ではなかった。

先ほどまでおこなっていたしつこい尋問は、この決定的な証拠をつかむための時間稼ぎにすぎなかったのである。


「失礼いたします!」


開いた扉から、また別の宦官が入ってきた。手には漆塗りの箱を抱えている。

おそらく他の呪詛人形が入っており、そのうちの一体には『蘭令華』と書かれているのだろう。


「そんなもの……すべて捏造よ。……あなたたちが勝手に用意したんでしょう」


青ざめながら首をふる王妃。


「調査をおこなった8名の宦官たちが、これらが床下から出るのを確認しています」


「しかしだなあ……」


反論するように口をはさんだのは御史だった。

彼は腕を組み、黒翠をたしなめるように言う。


「黒翠どの。そなたがおこなったのは調査ではなく、ただの押し入りだ。絶対中立である我々を通さず、そのように身内だけで動いていたならば、証拠をでっち上げるのも難しくはないだろう」


「御史台が絶対中立ではないからこその強行なのです」


「なっ……?」


「半年前におこった戸部尚書による横領の件、いまだ調査すらされていないのはなぜですか?」


「……」


痛いところをつかれて言葉を失った御史の代わりに、宰相が立ち上がる。


「そんなもの証拠と言えるわけがないだろう!それとも貴様は、これが王妃のものだと証明できるのか? 」


黒翠は大げさにため息をついた。


「王妃さまの部屋で見つかったものに、なぜ証明が必要なのでしょうか。捏造だとおっしゃるのならば、そちらが証明すべきでは」


祖父と孫ほどの年齢差のふたりは、再びにらみ合う。

どこまでも冷静に見える黒翠だが、言葉や仕草にはわずかな焦りと苛立ちがあった。

彼は強く賢い。

しかし宦官という立場はほんらい宮廷で最も弱く、信頼性に欠けるものだ。

多くの権力(官僚)に囲まれたこの場所では、圧倒的に不利なのである。


レイカは今すぐ黒翠を助けたい衝動にかられたが、その方法がみつからず歯がゆく思った。



「……もっと、よく見せなさい」



(きざはし)の頂上から声が響いた。

正憲がそう言って手招きすると、人形の箱を持った宦官が小走りで(きざはし)を上がった。

玉座の前で両膝をつき、箱を掲げるようにして差し出されると、正憲は箱の中に手を入れる。


全員の視線が集まる中 、ひとつひとつ人形を手にとって凝視する正憲。

そして最後の人形から視線を外すと、大きくため息をついた。


「これは……間違いなく王妃の字だ」


「え?」


驚きの声をもらす王妃を、正憲は冷たい目で見下ろす。


「どれも横線が極端に細長く、文字が左に傾いている。そなたの字の特徴だと、昔語ったことを忘れたか?」


「……」


誰も予想していなかった事実に、場内は騒然となった。


凍りつく王妃から正憲は視線をそらし、厳しい顔つきで御史へ(めい)を出す。


「御史台は至急、この人形に書かれた文字と、王妃の書いた書物とを照らし合わせて検証せよ。必要があれば、わたしと若い頃交わした文も持ってゆけ」


尻を叩かれた馬のように飛び上がった御史は、「はっ」と返事をすると(きざはし)を駆けあがり、箱を受けとった。


「────と言っても、かつて心を通わせた”容香”はもう、いないようだがな……」


出口へ走る御史の背を見つめながら、正憲は悲哀のこもった声でつぶやく。

自分の妻が子どもを殺害し、そのほか幾人(いくにん)も死へ追いやろうとしていたという事実が、いまだ受け入れられないのだろう。


悲しい静寂に包まれていた清龍殿に、女の甲高い笑い声が反響した。


「ああ可笑しいわ。……心を通わせた?若い頃の愛情などとうに消えているくせに、つまらないことは覚えているのね」


眉をつり上げ、侮蔑的なまなざしで正憲をにらみつける王妃。

いつも静かで声を荒げたこともない王妃の、あまりの変わりように、場内に大きなどよめきが走った。


「おい容香。お前……まさか……」


宰相が立ち上がり、王妃へ腕を伸ばす。


王妃はその手を振り払い、正憲だけを見上げた。


「お忘れになったのは陛下のほうでしょう?あの子を失ったとき、私に寄り添ってくれたことがあったかしら。長年尽くした女の苦しみなど歯牙にもかけず、当てつけのように次々と子をなして……」


「お認めになるのですか。あれらの呪詛と咲羅王女の殺害を」


黒翠の問いに、王妃は虚空を見つめて答えた。


「……ええ。すべて私がやった」


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