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断罪①

(かたき)を討ちます。咲羅王女を殺し、あなたから全てを奪おうとする者に、制裁を────……」


後宮の中心にある清龍殿を見上げ、黒翠はそうつぶやいた。

隣でレイカは唇をひきしめ、ともに(きざはし)を上がる。


咲羅が死んですでに二月(ふたつき)が経っていた。

今日はその殺害事件について、容疑者の審判がおこなわれる。

国王の住まいであり、先ほどまで朝議が開かれていた清龍殿が会場に選ばれたのは、容疑者の身分を考慮し、国王自身がその審判を下すためである。


レイカが広間に入ると、両脇には官服に身を包んだ男たちがずらりと整列し、ただならぬ緊張感がただよっていた。

おそらく朝議に参列していた官僚の大半がそのまま残っているのだろう。


事件直後から、御史台(ぎょしだい)(検察のようなもの)によって個別の尋問や調査はされている。

すでに処分が決まっていた咲羅の乳母や、扶桑宮の女官、そして容疑者である韋王妃(いおうひ)やその侍女が一堂に会するのはこれが初めてであった。


レイカが着席して間もなく正憲が玉座につくと、まずは王妃以外の関係者が、当時の詳しい状況について供述した。



────蘭才人たちとの対面を終えると、王妃は侍女3名と宦官2名とともに扶桑宮を出たが、帰りぎわに「忘れ物をした」といって、古参の侍女1名だけをともない屋敷へ戻る。


しかし王妃たちは、先刻までいた居間へ戻ることなく、まっすぐ奥の間へ進んだ。

奥の間で咲羅の世話をしていた乳母を侍女が呼びつけ、一時的に部屋を咲羅ひとりにする。


乳母が呼びだされたのは廊下のつきあたり。

そんなところへ連れ込んでおきながら、侍女は他愛のない世間話しかしなかった。

不審に思いはじめた乳母は話を早々に切り上げ部屋へ戻る。


部屋には誰もいなかった。

嫌な予感がしてすぐに寝台の上を確認すると、咲羅はすでに服がはだけ、ぐったりしていたという。

慌てて咲羅をゆすり起こすも息はなく、乳母は部屋を出て、廊下にいた女官へ侍医を呼ぶよう指示し、誰か部屋に入らなかったかとたずねると、韋王妃が部屋から出て廊下の反対側を歩いていったと聞く。

怪しいと思った乳母は王妃を追いかけ、侍女とともに門を出ようとしたところを捕らえた。



「────ということになります。今の話に、反論はありますか?」


関係者の話をまとめたあと、丸々とした体形の御史は王妃とその侍女へたずねた。


「ありません」


「……ないわ」


ふたりは毅然としており、とくに王妃は、容疑者とはおもえないほど堂々とした様子であった。

侍女は床へひざまずき、王妃は簡易的な椅子に腰かけている。

王妃というのは国母である。

よほどの過失がなければ罪に問われることはなく、位をはく奪されることもない。

無論、罪を吐かせるための拷問も禁止されている。


ここで王妃を断罪するには、決定的な証拠をつきつけるか、もしくは自白させるしかないのだ。


「そもそも、なぜ王妃さまは奥の間へ行ったのですか?忘れ物ならば居間へ戻るはず」


御史の問いに答えたのは侍女だ。


「忘れ物というのは嘘です。王妃さまが、咲羅王女をもっと近くで見たかったとおっしゃったので、こっそり会いに行くことにしたのです。王妃さまは子供好きなのですが、先の面会では他の者がいる手前、赤子を抱くこともできなかったので」


侍女の口から早々に出た『嘘』という証言に、場内は軽いどよめきがおこる。


「それは本当ですか?」


王妃は気にするそぶりもなく、自分が嘘をついたことを肯定した。


「ええ」


「では、なぜ部屋から乳母を追い出し、こっそり忍び込むような真似を?」


「それは私が提案しました。おひとりのほうが、気兼ねなく咲羅王女を見られるかと思って」


弁明する侍女につづいて、王妃が口を開く。


「この子は気をきかせてくれたの。私の立場を考えれば……わかるでしょう?」


思いがけず聞き返された御史が、気まずそうに(ひげ)をなでる。


「ま、まあ、そうですね……」


王妃は後宮でもっとも高貴な女で、子ができない。対してレイカは才人という低位の妃。

親しい間柄でもないレイカへ『赤子をもっと見せてくれ』とは素直に言えなかったのだろう。

我が子を失い精神を病んでいたことは、裏を返せば彼女が子供好きだったことの証明でもある。


「まどろっこしい尋問はやめろ!誰か、わしの娘が赤子の首を絞めるのを見たのか?」


突如、清龍殿にしゃがれた声が響きわたった。

王妃の背後に鎮座していた白髪の老人が、手にした杖で床をゴツゴツと叩きながら周囲を睨みつけている。

場内の空気がいっそう張りつめ、官僚たちは一様(いちよう)に顔をふせた。


「……韋宰相、今のところ目撃者はおりません」


御史は答えながら、王妃の父である韋宰相へむかって軽く拱手する。

部屋には他に誰もいなかった。そこで王妃が咲羅に何をしたのか知る者は今後も現れないだろう。


「当然よ。私は赤子を見ただけで、指一本触れていないもの」


いら立つ父の前で、王妃は淡々と告げた。


「それに、赤子は何の前触れもなく突然死ぬもの。私の子もそうだった」


悲しげにつぶやく娘に応戦する形で、今度は宰相が御史を問責した。


「そもそも赤子は本当に殺されたのか?ただの病死だったのではないのか?」


御史はあわてて書物を手にとり、咲羅の死因について弁解する。


「検屍をおこなった侍医によると、首に(あと)があり、紫色の死斑(しはん)が出ておりました。首をしめられたことによる、窒息死の可能性が高いと……」


レイカの脳裏に、咲羅の痛々しい死に顔が浮かび、思わず耳を塞ぎたくなる。

しかし母として、けして目をそらしてはいけない。

この時ばかりは自分を奮い立たせ、必死に顔を上げた。


そんなレイカの心情など意に介さず、目の前では議論が熱を帯びている。


「それは可能性にすぎん。貴様らはそんな曖昧な見解で、我が国の王妃を断罪するのか」


「それは……」


蛇ににらまれた蛙のごとく御史は言いよどむ。

指紋という概念すらないこの世界の検死には、現代ほどの正確性はなく、信頼性も低い。

誰が首を絞めたのか、それが直接死につながったのかを証明することはできない。


「私がひとりで部屋に入ったのは確かよ。だけどそれだけ。証拠もないのに犯人と決めつけられるのは心外だわ」


もっとも驚くべきことは、この王妃が咲羅の部屋へ侵入したと、はじめから白状したことである。

証拠がないのは確かだが、最有力の容疑者であることには変わりない。

状況は圧倒的に不利なのに、どこからその自信がでてくるのか。


その答えはまさに今、彼女の背後にいる父親の堂々とした態度が示していた。

まるで玉座のような椅子に鎮座する宰相は国王に次ぐ権力者で、実質的に朝廷を牛耳っていた。先王時代からの華々しい経歴から、国王以上の影響力をもつと言われる。

その影響力は、事件の調査をおこなう御史台にも少なからず及んでいることだろう。


「御史台は『疑わしきは罰せず』という言葉も知らんのか。言わせてもらうがな、この娘はわしと違い人を殺すほどの度胸もなく、愚鈍な女だ。ましてや王子ならともかく、赤子は女子(おなご)だったというではないか。殺す理由がどこにある。これ以上の尋問は時間の無駄だ」


宰相は杖を支えにして立ち上がり、王妃にもこの場を去るよう(あご)で指示する。

しかしその刹那(せつな)、レイカの背後から、男にしては高く清廉な声が上がった。


「────すみません。私から王妃さまに、いくつかお尋ねしたいことがあるのですが」


「誰だ貴様は」


「扶桑宮に仕えている宦官で、黒翠と申します」


「ここは宦官ふぜいが発言できる場ではない。わきまえよ」


鼻であしらう宰相に、王妃があわてて耳打ちする。

とたん宰相は、深い皺にかこまれた目を大きく見開いた。


(せい)家というのは、あの……盛曜(せいよう)の息子か?」


「はい。父がお世話になりました」


拱手する黒翠の姿を、まるで幽霊でも目の当たりにしたように眺める宰相。

黒翠の父の盛氏は、兵部尚書にまでのぼりつめた高官であった。

韋宰相が知らないはずがなく、同時に場内の官僚たちも一斉にざわめく。


「……さっさとすませろ」


どかっと席へつく宰相へ「感謝いたします」と黒翠はうやうやしく頭を下げた。

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