あの日の約束①
レイカが召喚されたのは3月の下旬頃で、覇葉国の暦もほぼ同じだった。
6月の半ばもすぎた頃、レイカは正憲に連れられ宮城の外へ出た。
はじめての「市」は、小間物や酒を売る店屋に、道沿いには露店がならぶ。どこを歩いても人や馬や駕籠でごった返し、祭りのような活気にみちていた。
「ほら、これは可愛いだろう」
正憲が足を止め、露店に並べられた品を手に取った。
それは幼児をかたどった丸っこい陶器人形だ。
「……あたし、人形遊びする年じゃないけど」
「そうか、レイカは大人だったな」
頭を掻き、はははと笑う正憲。
レイカの誕生日が近いので、祝いの品を探そうということだったのだが、正憲が選ぶのはどれも子どもっぽい品ばかりだった。
「でも嬉しい。あたし、お父さんいなくて。こういうの初めてだから」
レイカは目を細めて、宇宙人のような髪型をした男児の人形を眺める。
「……そうだったのか。母上は健在か?」
慈悲の浮かんだまなざしを向けられ、レイカはこたえる。
「うん。ナミちゃん……あたしのお母さんね、18であたしを産んだからまだ若くて。あ、この世界だと普通か。まあとにかく、ナミちゃんは母親っていうより友達みたいな人だったの。ふたりきりの家族だから、それが嫌な時もあったけど、自慢な時もあったかな」
少し照れた顔で、人形を親指でなでる。
「では母上も、さぞ心配していることだろうな」
罪悪感をつのらせる正憲を前に、ただ薄く笑って人形を置いたレイカ。
そして先に歩き出す。
正憲が後を追いながら、背後からやわらかな声をかけた。
「次は反物屋へ行ってみよう。レイカはどんな柄が好きかな」
レイカは足を止め、目を輝かせながらふり返る。
「ヒョウ柄」
正憲はいっしゅん停止し、頭をひねった。
「はて。豹の柄とは珍しい。豹の絵は見たことがあるが、虎のような獣であったかな」
レイカは口元にふっと笑みを浮かべ、正憲の隣へ歩み寄る。
こうして会話が噛み合わないのも、まるで親子のようで少し嬉しかった。
「レイカはどうして獣の柄を好むのだ?」
「ヒョウ柄は鎧なの。着ると強くなった気持ちになるから」
正憲は少し驚いた顔をしてから「私の龍と同じだな」と返した。
「私も龍の衣を羽織るとき、己の弱さを隠せた気分になるぞ」
この大きな体のいったいどこに弱さがあるのだろうか。とレイカは不思議に思いながら正憲を見る。
レイカにとって壮年の男というものは、恐れる対象のない生き物だったからだ。ましてや国王など、この世の全てが思うままになるのだと。
「じゃあさ。陛下は何が好きなの?」
レイカが問うと、正憲は顎に手をやって空を見上げた。
そして雑踏の中でひとり立ち止まる。
「私はこの街と……民が好きだな」
教科書に書かれているような模範解答。
しかし民の地位を向上させたいというのは、正憲のかねてからの願いであった。
「たとえば商人にはこの街のどこでも、昼夜問わず商いをさせてやりたいし、民の元気な声を一日中聞きたい」
覇葉国の王都は水運業が発達しており、南方の物資が運河にのって運び込まれる。
その一方で商業は厳しく管理され、店があるのは東と西の「市」という場所に限られていた。
さらに商売には時刻の制限もある。
夜間は外出禁止令なるものが出ており、庶民たちは気軽に出かけることもできなかったのだ。
「そんな決まり、なくしちゃえばいいじゃん。国王なんだから」
「政治は国王だけではできぬ。同じ志を持つ臣下を集めねばな」
当時の官僚のほとんどは世襲制であった。
身分を問わず能力のある者が官僚になれるチャンス(科挙制度)はあったが、主要なポジションに就くのは良家出身者なのが現実だ。
貴族による貴族のための政治が横行することに、正憲は危機感を持っていたのだ。
「じゃあその科挙っていう試験で選ばれた人たちを、偉くすればいいんじゃない?」
その通りだ。と正憲は困った顔でうなずく。
「それが難しいのだ。私は政治手腕がなく、宰相の顔色をうかがうことしかできぬ。もっと、臣下が従いたくなるような国王になりたいのだがな」
正憲の父である先王は、自ら軍を指揮し他国を制圧した名君であった。
王子たちも血気盛んな武人ばかりで、晩年は謀反の噂も絶えなかった。
政権争いによる混乱をさけるため、先王は息子たちの中で一番おとなしい正憲を太子に選んだという。
争いを好まず、他者の恨みを買わず、ただ父の固めた基盤の上に座ることを期待された国王────。
「……おじさん達も大変なんだ。いろいろと」
正憲が言っていた「弱さ」とはこのことだったのかとレイカは驚く。
「陛下もさ、カリスマになれたらいいのにね」
「かり……すま?」
「みんなの憧れってこと!」
レイカは楽しげに叫ぶと、正憲の袖を引っぱり歩みだした。
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