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ギャルと宦官①─ポテト&チキン─

レイカの好きな花にちなんで、屋敷は扶桑(ふそう)宮と名付けられた。

そこでは若い(あるじ)と側仕えの小さな闘争が、毎日くり広げられている。


「ていうか中国ならもっとコッテリしたさあ、ラーメンとかチャーハン作ってよ。こんな凝ってなくていいから」


夕刻、卓いっぱいに並べられた色とりどりの宮廷料理を前に、仏頂面のレイカは箸を置いた。

彼女の背後に控える女官たちは、困り顔で卓の向こう側に視線を送る。 

そこには厳しい顔で直立する美しい宦官がいた。

全身黒に身を包んだ黒翠は、両手を腹の前で組み、冷然とした声で言った。


「何度も言っておりますが、ここは“中国”ではありません。よってそのような料理も存在しません」


「だってさあ、朝はお粥だし、昼も夜も蒸した野菜とか焼き魚とか……。なんか和食みたいでヤダ。しかも冷めてるし」


「和食とは、確かレイカさまの祖国の料理のことでしょう。それがなぜ不満なのですか」


「……だったら卵かけご飯」


「卵が生で食べられるわけないでしょう」


この時代の覇葉国では、まだ油を大量に使う揚げ物や炒め物は無く、食材は焼くか蒸すか、汁物に入れるのが主だった。

飽食の国からやってきた若者にとっては、あまりにも口さびしい。


「ご所望された餃子はここにありますが」


「水餃子かぁ。ビミョー……」


駄々をこね続けるレイカに、自分は側近ではなく子守り役を押し付けられたのでは、と黒翠は深いため息をつく。


その時───


「……レイカ、何か食べられたか?」


細く開いた戸の隙間から、心配そうな顔でこちらをのぞき込んでいたのは、国王である正憲であった。


「陛下」


黒翠が拱手し頭を下げると、女官たちも床に膝をつき頭を垂れる。


「そなたが食べたいと言っていた、揚げた芋と鶏を持ってきたぞ」


正憲は後ろ手を組み、ゆったりと威厳をもって入室する。

背後には、料理の入った食盒(しょくごう)(おかもち)を下げた老年の宦官がついていた。


「ちょうど西方から珍しい香辛料が入ってきたので、肉に合うものをいくつか使わせた」


老宦官によってレイカの目の前に出されたのは、茶色くゴツゴツした衣のついた鶏の唐揚げと、くし切りのフライドポテトだった。


どちらもレイカの想像より大ぶりで不格好だが、油とスパイスの香りが食欲をそそる。


「わあ!ありがとう」


レイカは椅子にかけたまま拱手の真似をして、さっそく鶏にかぶりつく。


「……陛下、入宮したばかりの娘を、そのように甘やかしてはいけません」


そうこぼしながら、女官が運んできた椅子を正憲にすすめる黒翠。


「いいじゃないか。別に高い宝石やら調度品をねだるわけでもないのだから」


こうして破格の待遇をするのは、レイカを誤って連れてきてしまった負い目からだと思われる。

しかし目尻を垂らす壮年の男の顔は、娘を可愛がる父親そのものだった。

これは、妃に対する寵愛よりも厄介である。


「じきにそういう品を欲するかもしれません。何よりこうして陛下が直々に動かれては、他の妃たちの目にも───……」


彼らの視線の先では金髪の少女が、大きな鶏肉を両手で持ちながら目を見開いた。


「やば!この唐揚げ、ちょっとケンタっぽい……!」


意味不明な単語と「懐かしい」を繰り返しながら、バクバクと鶏肉と芋を交互に口に運ぶレイカ。


「あ〜、コールスローとビスケットも食べたくなっちゃった」


「こおるすろ?何だいそれは。私にも教えてくれ」


話もそこそこに、腰を浮かせてレイカの方へ身を乗り出す正憲。

しまいには自分でも芋をつまんで「旨いなこれは」とのんきに笑う。


「……」


黒翠がついたこの日何度目かのため息には、舌打ちがまじっていた。



*   *   *



食事を終えたレイカは、正憲とともに食後の茶を召していた。

黒翠は気を利かせたのか、それとも呆れ果てたのか、食器を片付ける女官とともに部屋を出ていった。


茶の香ばしさただよう部屋で、ちぐはぐな親子のような2人は談笑する。


「レイカ。そなたが食べ残した料理は、どうなるか知っているか?」


茶器を置いた正憲は、精悍な顔に似合わず丸みをおびた声でたずねる。


「知ってるよ。(あるじ)の食べ残しは女官とか、下働きの人たちの食事になるんでしょう?さすがのあたしも、食べ物を捨てたりはしたくないもん」


レイカが答えると、そうか、偉いなと満足げにうなずく正憲。

こうして何でもないことを大げさに褒めるのを、レイカはこそばゆく感じる。


「ここでは(あるじ)が少食なほど、従者たちは腹がふくれる。だから他の宮人たちは、そなたに何も言わぬのだ」


思えばレイカの食が進まない時、女官たちは心配こそすれ、無理に食べるよう促すことはしなかった。

彼女たちにとってはむしろ、大食いの主をもって自分たちの取り分が減ることの方が問題なのだ。


「それなのに、なぜあいつだけは口やかましくするのだろうな」


「……」


レイカは卓上の茶杯を両手でもち、茶の液面を見つめた。


何が不満なのか、何なら食べられるのか。

レイカにそうたずねるのは、いつも1人だけだった。


「あたしを……心配してるの?」


丸い目でレイカは正憲の顔を見上げる。

手元で琥珀(こはく)色の水面がゆれた。


「どうだろうなあ。あいつの心は私も知りたいよ」


正憲はあご(ひげ)を撫でながら、遠い目をして笑った。


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