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彼女の正体④

「その時っていつ……ですか?私がこの世界から……消えるのは……」


何とかしぼり出した声は、吐息のように細かった。

うろたえる私に、陛下は淡々とこたえる。


「次の国王が即位するときだ。つまりわたしが死ぬか、譲位したあとだな」


鼓動はゆるやかになり、酸素がめぐる感覚が戻った。


聖人は王朝のために存在し、国王と運命を共にする。

よってその役目は、自分を召喚した国王とともに終わりをむかえるのだそう。


「もっと早く伝えるべきだったが……。すでに紫雲から聞いているものだと思っていた」


すまなそうにうつむく陛下に、私は首を横に振った。


聖人の力の(みなもと)が陛下の持つ龍魂(りゅうこん)であることを、私はずっと隠されていた。

この帰還についても同様に、告げるタイミングを見極められていたのだろう。


「びっくりしたけど……でもよかったです。思ったよりも先で」


それが本当に喜ばしいことなのか、正直今はわからない。


「じゃあ蘭王の亡骸が消えた理由は、単に元の世界に戻ったから……なんでしょうか?」


「おそらくそうだろう」


「となると、あそこに埋まっているのは一体……」


私は目先に転がった庭石を見る。

蘭王の遺体も魂も、すでにこの世界には存在しないのだ。


「わからぬ。手記には『そこで待っている』とあったから、蘭王にとって大事な……何か分身のような物ではないか」


蘭王は大事な分身を、この桜の下に隠した。

手記の暗号を解いて、ここにたどり着いた者だけがそれが何かを知ることができるのだ。


「それが見つかれば、沙羅妃も納得して天界へ渡ってくれるでしょうか」


いるはずのない蘭令華を探し続けていた沙羅妃は、おそらく令華の正体を知らないまま亡くなったのだろう。


「そうだな。今はそう信じるしかない」



石畳を駆ける足音が近づいてくる。青藍さんたちが戻ってきたようだ。

朱色の橋を渡る宦官たちは、大きなシャベルのような道具を抱えている。


「何が出てくるかわからん。傷をつけぬよう、少しずつ掘るように」


さっそく指示を飛ばす青藍さんに、地面を掘りはじめる宦官たち。

そのそばで陛下は、手の中の姿絵を開く。


「私には、芝居小屋で見た蘭王と同じ姿に見えるのだが……トウコはこれのどこを見て、ニホン人だと確信したのだ?」


「あの時の蘭王と似ていますが、同じではないですよ」


私は姿絵の中で蘭王がまとっている、毛皮のショールを指さす。


「ほらこれ、芝居だと虎柄でしたけど、この絵だとヒョウ柄です。本物の蘭王はヒョウ柄を好んでいたんです」


舞台で見たショールは黄色に黒の縞模様だったし、衣の背には大きな虎の絵も刺繍されていた。

いっぽう姿絵では、薄い褐色にゆがんだ黒のまだら模様の毛皮が描かれている。


(ひょう)……?実物を見たことはないが、虎と同じような獣ではなかったか?」


「毛皮にすると印象がずいぶん違うものです。()()()にとっては」


芝居小屋で紫雲さんはこう言っていた。

『ここぞという時に、彼女はよく獣の毛皮を身に着けていたそうです』


蘭王が愛した“豹”のデザインは、伝承されるうちにこの世界でより馴染みのある“虎”へ変換されたのだろう。


「あと、腰につけてるこの飾り。これは芝居にはありませんでした」


「言われてみれば……奇妙な佩飾(はいしょく)だ。ずいぶんと大ぶりな……」


「これは尻尾(しっぽ)です」


陛下は姿絵の角度を変えつつ、驚きの声をもらした。


「……まさかニホン人は、狩猟民族だったのか?」


自らの強さを誇示するため、狩った動物の尾を身に着ける民族もいる。


「いえ。オシャレだったんですよ、たぶん」


思えば令華が日本人かもしれないという予想は、あの芝居からはじまった。

あんなに暴虐無道な女性を、私はなぜ身近に感じたのか────今ならわかる。


短いスカート、物怖じしない性格、派手なメイクに厚底靴。

好きなのはヒョウ柄にハイビスカス。そして尻尾のアクセサリー……


花の表現を暗号に使ったのは、彼女が文学的教養に富んでいたというよりは、おそらく────召喚される前に、国語の授業で聞いた話が印象に残っていたのだろう。



宦官たちの興奮した声が響く。


『何かあるぞ!』

『布が出てきました!』

『ここからは手を使おう』


シャベルを放り投げて、若い宦官たちは掘った穴の周りに膝をついた。

素手で土を掘る彼らの黒い頭に、白い花吹雪が落ちる。

頬と袖を汚しながらも生き生きとした彼らの様子を、同年代の陛下はまぶしそうに見つめていた。



「────蘭王は『平成』という時代の日本から召喚された、女子高生だった可能性が高いです」


私の声に気づき、陛下は顔から憂いを消してこちらを向く。


「ヘイセイ……、どんな時代だ」


「私が生まれた時代です」とこたえると、陛下の目が丸くなる。


「しかし蘭王とそなたはあまり……似ていない」


陛下の視線はもう一度姿絵に落ちる。


「少しだけ世代が違うのと、何というか……人種って言うんですかね、民族が違うんですよ。私はオタクですけど、彼女はギャルっていう」


「……なるほど。異民族ならば文化も思考も異なるだろう」


話しているうちに、宦官たちは土の中から布にくるまれた“何か”を掘りおこしていた。


布の中にあったのは漆塗りの、重箱くらいの大きさの箱。

青藍さんが私たちのもとへ歩み寄り、箱を両手で差し出す。

陛下が蓋を開けると、現れたのは1冊の書物だった。

私は書物を取り出し、赤い表紙をめくる。


書かれていたのは物語だった。


ある日とつぜん日本の────渋谷の街から、見知らぬ国へ呼び出されてしまった少女の物語。

当時17歳だった少女はのちに深い寵愛と自らの知力、そして強力なブレーンによって、王妃へのぼりつめた。


彼女の人生を読み進めながら、私は何度も息をのみ、そして心が痛んだ。


それは私の知る『蘭王妃伝』とは似て非なるものだった。

孤独の中でささやかな愛を求め、陰謀によって全てを失い、散っていった女の悲劇。


『私はそこで、いつまでも待っている』


手記にそう(つづ)られたとおり

本当の蘭令華が、そこにいた。



【第四章 完】


ここまでお読みいただきありがとうございました。


次回からは平成ギャル「レイカ」が主人公の第五章が始まります。

最初は明るい内容なので、新連載のような気持ちで楽しんでいただけたら嬉しいです。

今後もよろしくお願いいたします。

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