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劇場型転生:元ヤン男性、ホラー映画のヒロインになる  作者: 依馬 亜連
第2章

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80/100

74:陰キャ探偵、己のチョンボに気づく

 クライヴが眠りから覚めて最初に知覚したのは、ほのかに鼻先をくすぐる花のような甘い香りだった。次いで自分が抱きしめている、柔らかで温かい感触。

 ぼんやり目を開けると、すぐそばにヘザーのあどけない寝顔があった。この甘い香りは、彼女の匂いのようだ。

 アイボリーのカーテン越しに差し込む朝日が陰影を際立たせ、彼女の寝顔は相変わらず精巧な美術品のようにも見える。


 神がかった美しさを眺めていると、昨夜から今この瞬間も全て幻なのではないか、とふと不安になる。

 クライヴはつい、彼女の細い首筋で脈を取った。色々とお楽しみ過ぎて、ちょっと頭が馬鹿になっているのかもしれない。

 とくとくと、規則正しい鼓動に現実味を感じて彼が密かに安堵していると、不意に綺麗な青紫の瞳が開いた。

 いつも活力みなぎる双眸(そうぼう)は、どこかぼんやりとこちらを見つめた。


「ヘザー、おはよう」

「……おはよ」

 声も気だるげだ。

「その……体は大丈夫か?」

「んー、まあ、若干腰が重てぇ……あとちょっとお腹ん中が変な感じ。他は割と元気」

 あくびを噛み殺し、相変わらずぼんやりした表情で答えてくれる。しかしご機嫌斜め、というわけではないらしい。


 あまりにも強引かつ稚拙な行為過ぎて呆れられたのだろうか、と不安がよぎっていたため、クライヴは内心で安堵する。

 目をしょぼつかせたヘザーが、少し身じろぎしてクライヴへ更に密着する。そのまま、彼の胸板に頬ずりした。

「もうちょっと寝るから、もっかいギュッてして……」

 ふやけた声も仕草も、大層可愛らしく。クライヴはやっぱり幻覚を見ているのでは、と己の正気を一瞬疑ってしまった。


 しかし幸いなことに、今この瞬間も現実であり。

 そして不幸なことに、現実であるので時間経過という概念もある。

 彼女にこのまま二度寝を堪能(たんのう)してほしいところではあるが、規律に(のっと)った生き方をしてきたクライヴは、流されることなくベッド脇に置いた時計を見た。


 時刻は現在、七時二十分。スタンリーと落ち合うのは九時の予定だ。

 身支度や朝食あるいは移動の時間を考えると、ここでの寝落ちは得策ではない。

「悪いが、あまり時間もない」

「えぇーっ」

 唇を尖らせつつも、ヘザーが薄目を開ける。そしてクライヴが指し示す置時計を見た。


 それでようやく、彼女も観念する。舌打ちまじりではあったが。

「しゃーねぇか。とりあえず……オレ、シャワー浴びて来るわ」

 腰痛と下腹部の違和感のためか、体を起こす挙動がややぎこちない。クライヴが慌てて彼女を支えつつ、昨夜貸したバスローブを羽織らせた。

 改めて触れた体の華奢さに年甲斐もなくどぎまぎしつつ、ヘザーの眠そうな顔を覗き込んだ。

「……腰は大丈夫か?」

「昨日みたいにガイコツの大群相手じゃなきゃ、問題ねぇよ」

 ニヤリと笑うヘザーは、ひょっとしなくても自分より男前であろう。クライヴはほんのりと敗北感すら覚えた。


 とはいえ、次からは無理をさせないようにしよう、とも自省しつつ。ヘザーのバスローブの帯を緩く締めてやった。

「それは何よりだ。向こうから、着替えは取って来よう」

「おお。頼んだぜ」

 にんまりと笑ったヘザーは、両手をベッドについて体を支え直す。次いで伸びをして、クライヴの目尻にそっと唇を落とした。


 不意打ちのキスにクライヴが固まっていると、ヘザーはベッドを降りた。

「今のはお駄賃ってコトで。取っととけよ」

 そう言い残すと右手を軽く上げて、彼女は少しばかり気怠(けだる)い足取りでシャワールームに消えた。

 どうしよう、恋人の男前度が爆上がりしている――クライヴは敗北感を通り越して、一種羨望すら覚えた。


「……ああいう仕草を、どこで覚えて来るんだろうか」

 そこだけは、ちょっと気になったけれど。ともあれ今は、ヘザーの着替えが必要である。

 この時間帯ならば外の通行人も少ないだろう、とクライヴはズボンだけさっと履いて、自宅隣の事務所に向かった。ヘザーの衣類や身の回り品は、事務所内の彼女の部屋にあるのだ。


(今後のことを考えれば、彼女の生活拠点も自分の家に移すべきだろうか。婚約となれば、兄上にも報告が必要か)

 などと考えつつ鍵を開けたところで、ようやく彼は思い出した。自分の寝室の真裏に、ウィリアムがいたことを。先ほどまでの甘い残り香も吹き飛んで、冷たい汗が背中ににじみ出る。


 知らぬ間に荒くなった呼吸を抑える余裕もなく、彼は恐々と事務所のドアを開けた。

 クライヴは怖かった。ウィリアムと顔を合わせるのが。

 しかし彼は、不快な物・事は先に終わらせたいタイプの人間であるため、悲壮感漂う顔のままウィリアムの元へ向かった。


「あ、クライヴ氏……」

 果たしてウィリアムは、クライヴの存在に気付くや否や、なんとも気まずそうに目を背けた。心なしか、幽霊なのに頬も赤い。

 聞かれていた、色々と――彼の表情から全てを察して、クライヴは膝から崩れ落ちる。


 そしてウィリアムも、自分の真下でダンゴムシのように丸まるクライヴの様子から、彼が全てを察したことに気づいた。

「だ、大丈夫だよ! 誰にも言わないからね、うん」

 ウィリアムの殊更(ことさら)明るい口調が、なお精神を(えぐ)って来る。

「何の慰めにもならんのだが……その、丸聞こえだったか?」

 クライヴは丸まった体勢のまま、のそりと顔だけ持ち上げた。これだけは、訊かずにはいられなかったのだ。

 ぼんやりと「あいつら、なんか(さか)ってるな」程度に聞こえたのならば、まだ立ち直れる。


 しかし尋ねた途端、ウィリアムの目が露骨に泳いだ。

「え? あ、いや、どうだろう……ぼくもちょっと、分からないけど……でもね」

「……でも、なんだ?」

 怖い。続きを聞くのが怖い。でも聞かないと、もっと怖い。


「ヘザー嬢はたぶん『だめ』や『やだ』を、照れ隠しで言ってたみたいだけど……『無理』は本当に無理だったんだと思うよ? あとさすがに三回以上は――」

「全部筒抜けじゃないか!」

 クライヴは慟哭(どうこく)した。年甲斐もなく少し――いや、かなりがっついた自覚もあるため、反論すら出来ない。

 だって昨夜の彼女は、照れに照れてめちゃくちゃ可愛かったのだ。


 丸まった背中から絶望を大放出中の彼へ、ウィリアムは苦笑い。

「あまり無茶はしないようにね? まだ二人とも、先は長いんだから」

 既に人生を終了している人間からの忠告は、思いのほか重く響いた。

「……ご忠告、痛み入る」


 今度は上半身ごと起きると、ウィリアムの苦笑いが人懐っこい笑みに変化する。

「クライヴ氏は色恋が絡んで来ると、ちょっとお馬鹿になっちゃうんだね」

「悪かったな」

 違う、と言い切れない自分がちょっと情けない。ついムッとしてしまう。


 ウィリアムにからかわれたのは少し(しゃく)であったものの、不思議と恐怖心は覚えずじまいであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 焦れ焦れだった二人が結ばれて何よりでした。 長い間、「待て」「お預け」をしていた分、大変だったみたいですが(笑) [気になる点] 今度は見えないところに付けちゃった? [一言] 73話と7…
[一言] チョンボwwwこんな珍しいことば使うってことは……雀士だったりします……? そういや偶然か必然か、チョンボは但馬方言(兵庫県あたり)には性行の意味もあるそうなw
[良い点] ようやくひとつのゴール……おめでとう……おめでとう……
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