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アレクシスの魔女

 トボトボ歩くレンファと歩幅を合わせて、僕もゆっくり歩いた。

 足元から、カサカサに乾燥した落ち葉が割れて砕ける音がする。今日は風が少ないから、森の中の空気は少し重苦しい。

 ――重いのは森じゃなくて、僕らの空気かな?


「……嫌なの?」

「え?」


 なんだか落ち着かなくて、僕はカゴの中に入った根っこを見ながら訊ねた。

 だってレンファは、ずっと死にたがっていたはずだ。

 僕の思った通りに時間が動き始めているのだとしたら――たぶん、そのうちレンファの魂は〝魔女の家〟と同じことになる。でも、それが望みだったはずだ。


 死にたくて、どうしても呪いを解きたくて、だから〝ゴミクズ〟を集め続けた。

 いつまでも1人きりで世界に取り残されて、今までずっと寂しくて――どうしようもなかったんだろう。


「……たぶん、レンファの呪いは解けているよね?」


 レンファはハッキリ答えなかった。でも、珍しく迷うみたいにウロウロと視線を漂わせた後――自信なさげに、頷いた。


「夜は意識を保っていられないし、朝もどうしても起きられないんです。私、この体で生まれてから、そんなことは一度もなくて。だって8つの時に森へ還って来て、冬を迎えるのは今年で3度目です。それなのに今年だけ急に、こんな――」

「……それは、嫌なことなの?」

「分かりません……ただ、君を……無責任に放り出して、そのまま終わりそうな気がするのは、少し気になります。左目はそんなになってしまって、結婚についても期待をもたせるようなことを言ってしまったから」


 今レンファが抱いているのは、きっと僕に対する愛情じゃなくて罪悪感みたいなものだろう。セラス母さんがもう居ない妹に対して抱いているのと同じ。

 可哀相、申し訳ないっていう、後ろめたさだけだ。


 もし本当に呪いが解けているとしたら、僕はレンファにとって恩人らしい。だから僕の願い――結婚したいっていう願いを、叶えてあげても良いって言ってくれていたけれど。


「その新しい体に入っていても、ダメそう? 〝魔女の家〟は、呪いの影響でずっと同じ家が永遠に続いていたでしょう? 途中で建て替えした訳でも、補修した訳でもない。だけどレンファは()()が永遠なだけで、外身は――」

「たぶん、だからこそダメなんです。体は問題なくても、肝心の中身が――意識がどうなるか分かりません。もしかしたら、家と同じようにある日突然グシャリと潰れてなくなるかも知れないし、少しずつ活動時間が減っていつか目覚めなくなる日が来るかも知れません」

「それは……そうか。怖いね」


 根っこから顔を上げると、レンファはすごく真剣な目で僕を見ていた。

 なんだか、まるですっごく悪いことをしたからなんとか許してもらおうとしている人みたいだ。

 僕は責める気なんてないのに――だって、レンファが終わりを迎えられるなら、それで良いんだから。


「今まで「今日も死ねなかった」だったのが……これからは毎日、死ぬかも知れないって思いながら生きるの?」

「そうなるかも知れませんね」

「もしそうなら、僕は君を助けられたのかな」

「アレク」


 レンファが僕を救ってくれたように、僕もまたレンファを救えたのなら、それってすごく嬉しいことだ。

 だけど、ああ――そうか。いつかこの子が動かなくなる日が来るんだって考えると、なかなかしんどいかもなあ。

 ただ、先に分かっていれば心の準備ができるから。でも、準備ができるのは果たして良いことなのか?


 ――風が吹くと、頬っぺたがすごく冷たい。

 不安な顔をしているレンファを少しでも安心させたくて、笑った。でも顔を動かすと、余計に頬っぺたが冷たくなった気がした。

 泥一つついてない真っ白な手で頬を拭われて、僕の方がお兄ちゃんなのになって、情けない笑い声が漏れた。


「なんの準備もできないまま突然死なれるのと、そのうち死ぬよって知らされた上で死なれるのは……どっちが寂しい?」

「ごめんなさい、私には分かりません」

「今までずっと置いて行かれて、その時の寂しさはどうしてた?」

「分かりません……だけど――ただ、いつも時間だけが解決してくれました。人と別れるのは、人が居なくなるのは、慣れるしかないんです。でも私、()()()()()のは初めてで――どうしたら良いのか、気持ちの置き場所がなくて」


 レンファはただ僕の頬を拭って「ごめんなさい」って謝り続けた。

 謝って欲しい訳じゃない。それは、できればもっと長く一緒に居て欲しいけれど、一瞬だけ浮かんだ「こんなことなら、呪いなんて解くんじゃなかった」っていう思いには、すぐに蓋をした。

 こんなこと、考えたらダメだ。この思いだけは死ぬまで誰にも言わないよ。


「――じゃあ、レンファが動かなくなるまで、僕と一緒に居てくれる……?」


 なんだか人の弱み――罪悪感に付け込むようで狡いけれど、僕は首を傾げてレンファを見た。結婚は無理かも知れない、それまでレンファがもつか分からないから。

 だからせめて、終わりの日までは誰よりも僕の傍に居て欲しい。


 レンファは少しだけ言葉に詰まったけれど、それでも小さく頷いてくれた。

 お別れするのは明日の朝? 次の春? それとも、もっとずっと先――?

 この子が動かなくなる日が、少しでも遠いと良い。

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