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魔女の変化

 家の中に入ると、レンファは椅子に座っていた。その前のテーブルには湯気が出ているカップが2つ。

 セラス母さんは台所にもたれかかるように立っていて、母さんの指にもカップが引っかけられている。ああ、じゃあ、テーブルの上にあるのは、レンファと僕のお茶か――そうか、やっぱり飲まなきゃダメか。


 僕は母さんの横の台に拭きかけの皿を置いてから、覚悟を決めて椅子に座った。

 レンファはまだちょっと泣いていたけど、しゃくり上げるでも声を上げるでもなく、ただ目から水が出ているって感じ。なんだか今日は、皆よく泣く日だなあ。


 ――とりあえず、嫌なことはさっさと済ませるぞ!

 僕はカップをぐいっと煽って、思いっきり顔を顰めてからテーブルの上に突っ伏した。母さんがクスクス笑いながら「口直しに、牛乳100パーセントで煮出したロイヤルなミルクティーを淹れてあげるわ」って楽しそうにしている。

 ロイヤルなミルクティーってなんだろう、ミルクジャムみたいなものかな。


「……それで? レン、一体何があったのよ。もしかして、さっきの地震のせい?」

「地震? いえ、たぶん地震が原因なのではなくて……地震の原因が私の家、だと思います」

「どういうこと? じゃあ、何もないのにひとりでに家が潰れたってこと? 突然?」

「何もなかった訳では……たぶん、アレクのせいです」

「えぇっ!? 僕、レンファの家を壊しちゃったの!? な、何が悪かった? 上から地下室にドスンッて落ちたせい……?」


 僕は、またとんでもないことをしてしまったんだと思って怖くなった。

 本当に僕のちょっとした言動が、何を引き起こすか分かったものじゃないんだ! どうしよう僕、家なんて建てられないよ! どうやって謝れば――。


 ドキドキしながらレンファを見たけど、どうしてかレンファは泣きながらニヤニヤ笑っている。


「今まで何があっても壊れなかった、()()の呪いにかかった家が壊れたんですよ。分かるでしょう」

「……僕が、呪いをめちゃくちゃにした!? それってレンファはどうなるの!?」

「めちゃくちゃにした――なるほど、言い得て妙ですね」

「イイエテミョーデスは分からないけど、何か大変なことになってる……?」

「――もしかして、アレクが〝正解〟だったってこと?」


 目を丸めたセラス母さんに、僕は「え」って声を上げる。正解? もしかして〝ゴミクズ〟の?

 じゃあ、レンファの呪いはめちゃくちゃになったんじゃなくて、解けた――?


「私と同じく決して朽ちることのなかった家が崩れたので、恐らくは――ただ、私自身の感覚としては特に何もないんです。何かが変わったとか、今なら確実に死ねそうだとか、そういうことは全く分からなくて」

「でも、今まで呪われていた時だってそうだったんでしょう? 「今死んでもまた生き返りそう」って思いながら繰り返してきた訳じゃないから……」

「ええ。だから、一応……念のために、ここへ来ました。試しに死んでも見るのもアリかと思いましたが、もしそれで本当に()()()()()、私は最後の恩人にお礼のひとつもせずに死ぬことになりますし」


 サラサラーっとなんでもないことのように言うレンファに、母さんが「ちょっと、物騒なこと言わないでよ」って怒った。

 そうか、結局レンファに呪いが残っているかどうか誰にも分からないんだ。確かめるには、実際に死んでみるしかない。

 だけど、もし本当に終わらせることができたら。

 そうなったら今度こそ魂だけになって、もう二度とこの森に(かえ)って来ないんだ。


 ――それはきっと、レンファにとっての幸せ、安らぎ、みたいなものだろうな。だって、ようやく眠れるんだから。

 だけど僕やセラス母さんにとっては、どうだろう? やっぱり、すごく寂しいことだと思うな。

 だって、ちょっとずつ仲良くなってきて、まだまだもっと仲良くなれそうなのに。それがいきなり居なくなっちゃったら、嫌だよね。


「……どうせあと死ぬだけなら、僕と結婚しなきゃダメだよ」


 もっと他に言い方があったような気がしたけど、僕はまるで、怒った――拗ねたみたいな強い口調で、ひとつも優しくないことを言った。

 こんな風に命令して結婚したって、僕もレンファもたぶん幸せになれない。だけど何かで繋ぎ留めていないと、すぐに消えて飛んでっちゃいそうな気がして不安だった。


 レンファは小さな両手でカップを持って、こくりとにんじんのお茶を飲んだ。そうして僕を見上げた顔は、もう涙が引っ込んでいる。


「…………アレクがもっと〝まとも〟になったら、考えなくもないです」

「えっ、嘘――本当に? 本当に僕と結婚しても良いの?」

「だから、まともになったらです。もし本当に呪いが解けていたとしたら君は恩人ですし、できるだけ願いは叶えてあげたいと思います。ただ、()()君とは死んでも結婚したくありません。だから私が生きている内にまともになってくれれば、考えなくもないような、気がしなくもないかも、知れなくもないです」

「し、死んでもダメなんだ……」

「しかも超望み薄だったわよ、今の言い草」


 僕はショックを受けて、また机に突っ伏した。でもレンファも母さんも楽しそうに笑っている。酷い。

 母さんは笑いながら牛乳を鍋に入れて、火にかけた。そして「とにかく、家がないなら泊っていきなさいよ」ってレンファに言った。

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