ウサギの本音
「レンファと、レンファが今までに相談した人たち皆、たぶん良い人すぎて分からなかったんだ。僕はね、本当に〝カウベリー村で一番不要だと思うゴミクズ〟だったんだよ。だから選ばれて、この森まで連れてこられたんだ」
「だから、君は人間であって――」
「……人間じゃないよ?」
それは、レンファの――セラス母さんやゴードンさんの考えであって、カウベリー村の考え方じゃない。僕は、確かに村のゴミクズだった。
「だって、普通〝人間〟に向かって石やモノを投げる? 「近付いたら呪われる」って……まるで化け物みたいに扱って「村から消えろ」なんて言える? ――僕なら言わないし、やらないな」
「それは、ただ君の居た村の思想が妄執的で、時代錯誤だっただけで――」
「レンファ、知ってた? 君に薬を貰ったのは、君が妄執的だって言っていた男の人は、僕の父さんなんだよ」
「…………え? 君、そんなこと、ひと言も――ああ、でも確かに、君は「弟に使う薬の代金としてここへ来た」と、言っていたような」
「僕は、父さんに選ばれたんだ。村の大人たちにニコニコ見送られながら、ここまで来たんだよ? 「生贄だから二度と戻って来るな」って――よく分かるでしょう? 人間のカタチしたゴミって、ちゃんと居るんだよ。だって〝親は〟生まれてくる子を選べないんだから」
もうひと月半も経ったけど、村を出る時に父さんや村の大人に言われた言葉は、すごくよく覚えているんだ。たぶん、全部覚えている。
本当はセラス母さんの授業を受けるたびに、普通を勉強するたびに苦しくなって、世の中のもの全部が妬ましくなるんだよ。
だって僕は――僕は、何も悪くないから。
ただアルビノとして生まれただけで、どうしてこんな目に逢わなくちゃいけなかったんだろう。
僕だって選べるものなら、村の父さんや母さんなんて絶対に選ばなかった。最初からセラス母さんと――ゴードンさんあたりの子供として生まれたかった。
村中の人間に叩かれても、モノを投げられても守ってくれないような親なんて要らない。
働いても褒めてくれない親なんて要らない。僕が傷ついていても優しくしてくれない親なんて要らない。僕のために泣いてくれないヤツらなんかと、一緒に居たくない。
大人の真似して僕を苛めた子供たちのことだって、絶対に許さない。
それに――周りがそうしているから、同じことをしないと自分まで苛められるって理由で僕を裏切った弟なんて、大っ嫌いだ。
そう、僕はきっと、この世で一番ジェフリーが嫌いだ。体が弱いくせに、母さんと父さんが居ないと何もできないくせに。
ただ生きているだけで可愛がられて、村の人気者で、ちょっと熱を出しただけで、村の皆はまるでこの世の終わりみたいな顔をする。
――いっそ、終われば良いのに。あの村ごと全部終われば良いのにと思う。
セラス母さんに教わった〝普通じゃない〟逆三角形。さっさとアレが崩れて潰れて、上の方に居座っているサーシャとその家族まで、満遍なく終われば良い。
呪われているのは僕じゃなくて、あの村だから。
でも、そうして何かを恨むたびに、僕は負けた気持ちになる。どれだけ「仕方なくなかった」「僕はひとつも悪くなかった」と思っても、誤魔化せない。
終われば良いって思うたび、僕はすごく悪いことを考えているって――本当に化け物なんじゃないかって、すごく嫌な気持ちにさせられるんだ。
だって、僕をつくり出してくれた家族に向かってそんなことを思うのは、すごく悪いことだ。普通〝お兄ちゃん〟は弟を大事にするものなのに、ちっとも愛せないのはおかしいことだ。
そうして家族を嫌いだと思うたび、おかしいことを考えるたびに、僕はまるで〝アレクシス〟を否定しているような気分になる。
僕が認めてあげなくちゃ、他の誰も僕を見ないのに――。
僕は普通になりたい。皆と違うのは姿だけで十分だ。だから、普通の家に生まれた人と同じことがしたい。家族のことが好きなんだって、弟が可愛くて大事だって思いたい。
でも周りが――カウベリー村が普通じゃないなら、僕も普通じゃなくなるしかなかった。
傷つきそうなことから目を逸らして、悪い意識にはフタをして無理やり良い方向へ考えた。仕方ないって思うだけで色んなことが許されて、僕も色んなことを許せて、まるで心が慰められたような気がした。
だから僕は〝ゴミクズ〟でも歪な逆三角形の一番下でも、生きてこられた。
「僕は……僕をゴミクズにしたカウベリー村を、死んでも許さないと思う。でも、あんなヤツらと同じ場所にだけは何があっても行かない。例え心の奥底で考えていることは汚くても、それでも僕は、僕がされて嫌なことは絶対にしたくない。僕はキレイな場所でキレイなまま、アイツらに「ざまあみろ」を言うんだ」
口に出した途端になんだかおかしくなって、僕は少しだけ笑った。鏡はないけど、もしかしたらセラス母さんが「ざまあみろ」って言った時と同じくらい、意地悪な顔をしているかも知れない。
レンファはずっと黙って僕の話を聞いていたけど、やがて小さく肩を竦めた。
「君は、痩せウサギから腹黒ウサギに進化したんですね」
「シンカ? それってすごい? クマとハラグロウサギはどっちが強い?」
「…………どっちもどっち。まあ、精々そのキレイな張りぼてを被ったまま、キレイに暮らしなさい」
「うん、僕キレイに頑張るよ! ……だから、とりあえず僕を地下室に連れて行ってみると良いんじゃないかな!」
「――何度も言いますが、もうそれ以上は頑張らないでください」
レンファは咳払いすると「でも」って言った。
「君の主張は分かったけれど、地下室には連れて行きません」
「どうして? レンファを呪ったのは、僕と同じ呪いに苦しんだゴミクズだよ。その人は絶対にレンファが良かったんだ。他の人とは違う――〝ただの人〟として接してくれる、レンファが。皆からは不浄のゴミクズ扱いだったけど、どうしてもレンファに愛されたくて……でも急に冷たくされて、辛かった。だから、最後に「ゴミクズを愛せ」って叫んだんだよ。「お願いだからゴミクズを愛して」って」
「君の立てた仮定が正しかったとしてもいけません。言ったでしょう? 解呪の陣の中に入った〝ゴミクズ〟は消滅するんです」
「……もしかして、僕も消える?」
「分かりません。今まで人を入れてみようなんて、一度も考えたことがありませんでしたから」
俯いたレンファに、僕は「やっぱり思い込みが激しいんだね」って笑った。
どうなるかなんて、やってみなくちゃ分からない。それに僕ほど見事なゴミクズだって、この先どれだけ生まれて来るか分からないじゃないか。
レンファもセラス母さんも、口を揃えて「時代が悪かった」「村の考え方が古いだけ」って言う。だけど、それって将来的に〝皆と違う呪い〟はこの世界から消えてなくなるかも知れないってことだ。
その呪いが――ゴミクズが消えたら、レンファはどうすれば良い? 永遠に1人で〝レンファ〟を繰り返すの?
「もし君だけ消えて、呪いが残ったら――いえ、もし呪いが解けたとしてもです。私は、君という子供を犠牲にしたのだという罪悪感に苛まれながら生きることになります。これだから、その底なしの善意は恐ろしいんですよ。私はそこまでしてもらうような人間ではありませんし、君はもうセラスの子供でしょう? また、セラスから希望を奪うことになっても構わないと?」
「セラス母さんが言ってたよ。時間は巻き戻せないし、やってしまった事はどうしたって消せないって――でもね、また別の授業では少し違うことを教えてくれたんだ。「やらない後悔よりもやった後悔の方が傷が浅い。だから、良いことは進んでしなさい」って」
「そういうレベルの話ではありません。死ぬか生きるかなんです」
「……もしかしてレンファって、頑固おばあさんなの?」
「強めに叩きますよ」
「ヒェッ」
キツネ目でジロッと睨まれて、僕は首を竦めた。
うーん、絶対に僕を試してみた方が良いと思うのになあ。死ぬかも知れないから嫌だなんて、困ったよ。だって消えるのは〝ハズレ〟のゴミクズだけで、正解のゴミクズだったら消えずに残るかも知れないのにさ。




