ゴミクズ
呪いは、この家から始まったんだ。
ここに住んでいた人が地下でこっそり呪術の準備をして、そして村人全員を代償に、レンファに呪いをかけた。
呪いを解くための陣もここにあるから、きっとレンファは――例え嫌でも、この場所に戻って来るしかないんだ。
だって、今の時代じゃ呪術を使うのは無理だって言っていた。だから、もう効果のある陣を新しく作れないんだと思う。
かけられた呪いさえ解ければ、そんなことはせずに済むんだろうけれど――解けないから、今もここに居る。
男の考える〝ゴミクズ〟って、何だったんだろう? レンファは、今までにどんなものを集めて来たのかな?
「ねえ、今まで試した〝ゴミクズ〟って……」
「色々です、ありとあらゆるもの。壊れた道具や破れた服、腐った食べ物に落ち葉や草花。それに、色んな生き物の排泄物や死骸も。もっと概念的な何かである可能性も考えて、当時の村には存在しなかったモノ――つまり、今の街にはあって当然の文明の利器まで集めました」
「本当に、色んなものを試したんだねえ」
「……ある程度試してもダメだと気付いてからは、人任せにしています。人の数だけ思想があって当然ですから、いつか正解に辿り着くのではないかと思って――君からもらった服と髪もね」
「うーん……ゴミクズを〝愛せ〟って言うのは、何なの?」
「単なる比喩でしょう。〝集めろ〟と同義ですよ。解呪の印――陣の中にモノを入れると、まるで供物でも捧げたかのように消滅するんです。正解だろうがハズレだろうが綺麗さっぱりと。まあ、正解をひいたことがないので、具体的にどうなるのかは私にも分かりませんけれど――もう開き直って、最高のゴミ箱として使っていますよ」
「ふぅん……」
レンファの話だと、黒の呪術を使うなんていうのはよっぽどのことみたいだ。
それも、ほとんどが呪いの対象の命を直接奪おうと願って使われるものなんだって。殺すために呪うから、初めから〝解呪〟するための陣が用意されていることも、永遠に生まれ変わるなんて複雑な呪いを人にかけるのも、すごく珍しいことらしい。
だから、呪術を詳しく知っているレンファでも呪いを消すのが難しいんだ。やっぱり、話を聞いたからって簡単にどうにかできるものじゃないみたいだな。
呪いをかけた男の人から、直接話を聞けたら良かったのに――もう死んでいるし、それはダメだね。
「どうしてこの家の人は、レンファに酷いことをしたんだろう? 不思議だね、好きだったはずなのに」
「――まあ、可愛さ余って憎さ100倍とも言いますから」
「なあに? ソレ」
「君だって曲がりなりにも私のことが好きだと言うなら……例えば、私がいきなりその辺の男とくっついたら、少なからず憎く思うでしょう? 自分にはずっと冷たかったくせに、なんだこの女って」
「ええ、どうして? 確かに悔しいしすごく妬ましいけど、僕はレンファが幸せになるところを、ずっと……たぶん、ずっと見ていると思うよ?」
「……君は下手をすると、彼よりもよほど病的で恐ろしいかも知れません」
「僕って怖いの?」
「かなり」
「ええ……」
僕はなんだか落ち込んじゃったけど、でも大丈夫だ。
レンファはずっと辛い想いをしてきたから、今は人に対してあんまり優しくできないだけだと思う。呪いを解いてあげたら、すっごく優しくなるに違いないよ! ――特に僕にね!
レンファの話を聞いて、やっぱり正解の〝ゴミクズ〟を探すしかないって思った。そして、正解を見つけるには――呪いをかけた男について知るしかない?
でも、最初は僕と似ているかなって思ったけど、レンファを呪うような人だからなあ。そんな人が何を思っていたのか考えるのは、道徳の授業よりも難しい。
どうして好きな子を呪うんだろう。何がそんなに憎かったんだろう。
うーん、彼が残したのは「ゴミクズを愛してみせろ」「結局はお前も他のヤツらと同じだ」か。
――レンファが他のヤツらと同じって、一体なんだろうな。
「最初のレンファは、この家の人と友達だったの?」
「いいえ」
「……呪われる前から嫌いだった?」
「いいえ? こう言ってはなんですが、本当に――好きとも嫌いとも、なんとも思っていませんでした。言うなればただの人です」
「…………もしかして、僕のことも同じふうに思ってる?」
「――ああ、セラスの授業はよほど効果的だったみたいですね。人の気持ちが分かるようになったなんて、よく頑張りましたウサギくん」
「すごく酷い……でも、嫌われてないなら結婚できるね! っていうか僕がクマみたいになれば、この村で一番強いもんね!」
「いや、もうここは村ではありませんし、私も村長の娘ではないんですけどね――君、本当にそういうところですよ? 私が恐ろしく思うのは」
「うん! 僕、頑張るよ!」
「もうそれ以上頑張らないで下さい」
僕は一生懸命頑張るぞと思って、大きく頷いた。
それからふと、どうして男の人は〝なんとも思われていない〟のに、レンファが良かったんだろうって気になった。
だって、きっと僕とは違ったはずだ。村の皆に嫌われて無視されて、殴られていた訳でもないだはずだ。
村にはたくさんの人が住んでいて、女の人だって他にも居た。そりゃあこれだけ可愛ければ、絶対にレンファが良いって思っても仕方がないけれど。
だけど僕みたいにいじめられていなければ、恋愛くらい好きなだけ――。
「…………ここは、外れなんだよね」
「ええ、そう話したでしょう」
どうして男は、村の外れに住んでいたんだ? 1人だけ〝戦い〟に参加できなかった理由は、なんだ?
「ねえ、レンファ。君を呪った人は――もしかして、僕みたいだった?」
「え? ……いいえ、見た目は全く違いますね。中身の病気具合は似ていますけれど」
「ううん、そうじゃない。そうじゃなくて……僕と〝同じ呪い〟だった? どこかが、村の皆と違っていたんじゃない?」
「ああ、そういう……確かに違う部分はありましたけれど、私にとっては愚にも付かぬ話ですよ。まあ、現代ならばまだしも当時の世相――世界観からすれば、排斥されて当然だったのかも知れませんけれど」
「それって、どんな?」
レンファは昔のことを思い出すように、ちょっとだけ上を見て目を細めた。
「生まれつき右手がなかっただけです。別に呪いでも何でもなくて、現代でもそういうことはままあります。ただ、当時は――言ったでしょう?」
「右手が白で、左手が黒……?」
「あの村で生きるには、かえって両手がない方が良かったのかも知れません。不浄視されている左手だけ生えていたものだから、村では彼の存在そのものが不浄とされていました。何せ、しつけ前の子供が左手にスプーンを持っただけで、ふくらはぎの肉が裂けるほど木の棒で叩かれるような時代ですから」
「やっぱり、そうなんだね」
「ですが、右手がないだけで他はただの人でした。私には、それを排斥する明確な理由が分からなかった」
左手は不浄。左の呪術は――人を呪い殺すのを目的とした、黒いもの。
きっと他の村人から「近付いただけで呪われる」なんて言われていたに違いない。そういう考えが普通だったなら、仕方がない――それに、やっぱり人と違うのは悪いことで〝呪い〟に違いないから。
「だから私は、彼に話しかけられても普通に接していました――ただし、結婚したとなると話が変わります。旦那以外の男性と話すのはご法度ですし、妻は旦那の言うことを聞くものです。「近付くな」と命じられれば近付きません。私は当然のルールを守っただけで、遠ざける訳だって説明したのに聞く耳をもたずで。それを冷たいだのなんだのと言われて、呪われて……一体どうすれば良かったのか」
ため息を吐き出すレンファを見て、僕は不思議な気持ちになった。
そんな嫌われ者を〝ただの人〟っていうレンファも、少しおかしいのかも知れない。きっと、周りに全く興味がないからそんな考え方ができるんだ。
――だって、レンファみたいな人に〝ただの人〟なんて言ってもらえたら。
もしレンファがカウベリー村に居たら、僕は。彼と同じ呪いにかかっていた僕は、今よりもっと大きな問題になっていたかも知れないよ。
「その人は……そっか。僕、分かったかも」
「何がです?」
「やっぱり、僕なんだよ――〝ゴミクズ〟は僕で間違いない」
どうしてか、男の人の話を聞いて絶対にそうだって思った。
レンファは眉根を寄せて「そ




