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呪いの始まり

 ――レンファの()()が始まったのは、ずっと昔のことだ。

 レフラクタ文字が使われていた700年前よりもっと昔で、今ではあって当たり前の道具も概念(ガイネン)も何もかも、まだ便利なものが少なかった時代の話。


「それこそ、まだ街に電気が通っていなかった頃の話です」

「デンキ?」

「……冬の乾燥した時期、衣服や金物に手指が触れると小さな火花が散ることがありませんか? 静電気と呼びますが」

「ああ、あのバチッと痛くなるヤツだね?」

「話の筋に関係ありませんし、今は〝静電気よりもっと強力な火花だ〟と思っていただいて構いません。詳細はセラスにでも聞いてください」


 レンファの説明を聞いた僕は、途端に街が怖くなった。

 皆、あんな痛いのがバチバチしている場所によく住めるなあ。何度かゴードンさんに街へ誘われたこともあるんだけど、僕はもう街にだけは絶対に行かないって決めたよ!


「昔は、世界中に今より広い森があって、生き物もたくさん居て、空気がもっと綺麗で――」


 ぽつりぽつり、まるで遠いどこかへ連れて行ってくれるみたいに話すレンファに、僕は一生懸命頷いた。

 最初のレンファが生まれた大昔には、魔法じゃなくて〝呪術〟っていうのが当たり前にあったらしい。

 呪術には〝のろい〟っていう字が使われているけれど、決して悪いものばかりではないんだって。難しくてよく分からないけれど『右の呪術』と『左の呪術』っていうものがあるみたいだ。


 レンファが言うには、大昔は右手を優越(ユーエツ)したものとして(タット)び、左手を不浄視(フジョーシ)する思想があったらしい。右の呪術は病気の治療や雨乞い、生きることを目的とした白いもの。左の呪術は、人を呪い殺すことを目的とした黒いものなんだって。

 レンファを苦しめているのは、もちろん黒い方――左の呪術だ。


 呪術っていうのは、神聖な空気と精霊(セーレー)? がなければ使えないものなんだってさ。レンファは今も知識として呪術の使い方を覚えているけれど、今の時代で使うには空気も精霊も全く足りないらしい。

 だからレンファは、魔法も呪術も使えない――ただ死ねないだけの魔女だ。


 まだ呪術が特別なことじゃなくて、誰にでも使えた時代。レンファは、この森の近くにあった――今はもうない小さな村で生まれたらしい。

 レンファの可愛いキツネ顔は、ずっと昔からほとんど変わってないんだってさ。何度死んで生き返っても、髪色や肌色が変わるくらいらしい。

 きっと、カウベリー村で一番人気のサーシャよりもモテモテだったに違いないね。僕ならすぐに結婚してくださいってお願いしに行くもの!


 ――だけどすっごく妬ましいことに、最初のレンファには旦那さんが居たんだって。

 レンファは村で一番偉い村長さんの娘だったんだけど、村長さんは村を守らなきゃいけないから、すごく強くなくちゃいけないんだ。だから、村長さんの娘は〝村で一番強い男と結婚する〟っていう()()()()があったみたい。


 村の男たちは次の村長さんになるために争って、戦いに勝ち抜いたオマケがレンファだって言うんだから、すごく変な話だ。僕ならレンファだけもらって、村長さんの仕事は他の人に任せちゃうけどなあ。

 でも少しだけ安心したのが、そんな決め方でできた旦那さんだから――レンファは、その人のことが特別好きだった訳じゃないみたい。でも昔はそういう結婚が当たり前だったから、例え好きじゃない人と一緒になっても、辛いとも嫌だとも思わなかったんだって。


 だけど、何とも思わなかったのはレンファだけだった。

 一番強い男と結婚させられた後も、1人だけしつこくレンファに言い寄る男が居たらしいんだ。「外身(そとみ)はともかく、中身はウサギくんみたいな人」って言われたよ。すごく酷い。


 村長さんの娘と結婚できるのは、村で一番強い男だけだ。だから皆、正々堂々と戦った。

 でもその男の人は、理由があって戦いにすら参加できなかったんだって。一度も戦わせてもらえなかったのに、レンファを人に取られたのが許せなかったみたいだ。

 きっとその男の人は、村長さんじゃなくてレンファが欲しかったんだね。確かに僕と似ているのかも。


 ただ、レンファはもう他の人と結婚しちゃっているから遅かった。いくら好きだって言われてもどうしようもできなくて、ただ冷たくして諦めてもらうしかなかったん。

 ずっと冷たくしていたら、男の人は悲しくなって――黒い、左の呪術を使ってしまった。

 左の呪術には綺麗な空気と精霊だけじゃなくて、代償(ダイショー)も必要なんだって。男の人が選んだ代償は、レンファ以外の――自分自身も含めた村人全員の命だった。


 そうして村に居た人は全員死んで、レンファ1人だけが取り残された。

 呪術を使った男は、最後に「結局はお前も他のヤツらと同じだ。永遠の苦しみから逃れたかったら〝ゴミクズ〟を愛してみせろ」って言い残したらしい。


 その言葉が呪いを解くためのカギらしいんだけど、なんだか難しいね。


「この家は、当時から村の外れにあったものです」

「外れ? そっか、村から少し離れていたんだね。でも、村長さんの家なのに外れだったの? それにちょっとだけ小さいね」

「村長の家でも、私の嫁ぎ先でもありません。元々この家に住んでいたのは、私を呪った人物なんですから」

「えっ……そ、そんなところに、よく住めるね。嫌な気持ちにならない?」


 レンファはちょっと口元を歪ませる笑い方をしただけで、嫌かどうかは答えなかった。

 こんなに酷い呪いをかけられて、何とも思わない訳がないよね。それでもレンファは、何度生まれ変わってもここに戻ってくる――もしかすると、戻って来ないといけない理由がある?


 思えば、こんなに小さな木の家が何百年も昔から今も壊れずに建っているのは不思議だった。

 カウベリー村に建っている木の家は、どんなに一生懸命つくっても日が経つと雨漏りする。それに、木は虫に食われて穴が開くこともある。

 セラス母さんが「この家の地下には呪いを解くための魔法陣がある」って言っていたし、やっぱり外壁のツタも変だ。アレが真緑なのも呪術のせいかも知れない。


「――この家……そっか、この家も()()なんだね?」


 レンファは何も言わずに頷いた。

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