お勉強開始
セラス母さんとゴードンさんのおかげで、僕は毎日ちょっとずつ賢くなっている――と、思う。
カウベリー村に居た時は読み書きも計算も習えなかったから、すごく楽しいよ。
だけど母さんが言うには、僕って計算の概念を知らないだけで、きちんと教わる前から数の足し引きができていたんだって。
計算なんて言われると、難しくてよく分からない。でもたぶん、村での経験が役に立っているんだと思う。あそこでお金のやりとりは一度もしたことがないけど、その代わり物々交換に必要な〝計算〟は毎日していた。
だから、欲しいものと交換するには何がどれだけ必要かっていうことを考えながら、森で物を集めていたんだ。
例えば、村でよく取れる鈴ベリー。
あれは早熟の赤い実よりも、完熟の黒い実の方が甘くて人気が高いから――セラス母さんから「人気が高いってことは価値が高いってこと」って教わった――完熟の方が、少ない数で色んなものと交換しやすい。
村の母さんには「日が沈む前にロウソクを交換できるだけの何かを集めてきなさい」とか「布と交換したいから何か採ってきなさい」とか言われて、集めた物が足りないと交換できずに怒られるから、僕は毎日たくさん考えながら森を歩いたんだ。
僕は村の皆に嫌われていたから、交換しに行くのは母さんか父さんの役目だ。僕の仕事は、言われた時間までに必要なものを集めてくることだった。
僕の両手いっぱいに黒い鈴ベリーを集めたら、太いロウソク1本。それか、中くらいのロウソク2本と交換できる。でも早熟の赤い鈴ベリーだったら、もうひとすくいないとダメ。
太いロウソク3本でひとすくいのコメと交換してもらえるから、黒い鈴ベリーをコメと交換するなら僕の両手いっぱいのベリーを3回分集めないとダメだ。
赤い鈴ベリーなら1、2、3――ええと、6回分集めるのかな?
これが、計算するってことなんだって。できなきゃ村で生きて行けないから、子供だって――この僕でさえ、当たり前にできていたことだ。
セラス母さんにはついこの間「まず九九を教えてあげるわね」って言われたよ。ゴードンさんが早見表を持って来てくれたら、勉強が始まるみたい。ククが何か分からないけど楽しみ。
ゴードンさんは商人の中でも特に凄い人で、ネギリも上手いから色んなものを運んでくれるんだってさ。
そう言えば、村の母さんはよく父さんに「あの人はケチだから交渉しない方が良い」とか「2つ隣の奥さんはしっかりしているけれど旦那さんは計算が苦手だから、相場より少ない数でも交換できる」とか言っていたなあ。
あと、人によって欲しいものが違うから、交換する数も変わるみたいだ。
自分で薪割りできないくらい歳をとっている人が相手だと、父さんが割ってつくった薪や炭が喜ばれるらしい。お年寄りはお肉よりも野菜やコメ、冬を越すための薪や炭が欲しくて、少ない薪でもいっぱいお肉と交換してくれるんだって。
でも、自分で薪を割れる若い人が相手だと、いーっぱい木を渡してようやくちょっとのお肉と交換できる。だから交換する人をよく考えないと、こっちが損するからダメなんだってさ。
その話をセラス母さんとゴードンさんにしたら、商人の考え方もそれと同じだって言っていた。
商人は、あの人が相手なら値段を安くしないと買ってもらえない。この人はこれが好きだから、高い値段でも買ってもらえる、とか――たくさん買ってくれたから全部ちょっとずつ値引きしようとか、オマケを付けようとか、色々考えるんだって。
この前ゴードンさんがお店屋さんごっこをさせてくれた時は、すごく面白かったな。
葉っぱとドングリで作ったお金で、ゴードンさんの馬車にある商品を買うんだ。僕がお店の商人で、商会長だよ!
お客さんのセラス母さんに「端から端まで全部貰おうかしら」って言われて「じゃあオマケで馬車をあげます」って答えたら、僕のお店の従業員のゴードンさんに「商会長、明日にでも店が潰れるぞ」って笑われちゃった。
だって、たくさん買って貰えて嬉しかったんだもん。仕方ないよね。
そのあとゴードンさんにお給料くださいって言われたけど、葉っぱのお金1枚しかなくて「もうストライキする!」ってめちゃくちゃお腹をくすぐられた。ストライキが何か分からなかったけど、どうも僕は経営者としてダメダメだったみたい。
お店は1日で潰しちゃったけど、本当に楽しかったなあ。
「――アル、帽子忘れてるわよ」
「あ、うん! ありがとう」
昼前に家の外へ出ようとしたら、セラス母さんが大きなつば広帽子を持ってきてくれる。あご紐付きの黒い帽子を受け取ると、僕はギュギュッと深く被った。
僕みたいなアルビノは、色素異常? があるから、太陽の光が苦手な人が多いんだって。
だから帽子がないと外の光が眩しく感じるってことを、ここに来てから初めて知った。でも僕は丈夫な方で、目が弱い人だと失明することもあるみたい。
目が見えなくなるのは不安だから、外に出る時はしっかり帽子を被ることにしたんだ。
――そうそう、僕の手や体のケガは随分よくなった。
傷跡が残って肌が引きつれているけど、手の平からは血も汁も出なくなった。だからもう、家の周りをホウキで掃除しても怒られないよ!
ぞうきんは、もうちょっと待ちなさいって言われちゃったけどね。
顔に張り付けていた紙は全部とれて、セラス母さんが毎日よく分からないクリームを塗ってくれる。まだまだガサガサで汚いけど、ちょっとずつ綺麗になっているんだって。
あと、この前やっと女の子の服から卒業したんだよ。
ゴードンさんが男の子用のズボンとシャツをたくさん持って来てくれたおかげだ。
すぐ大きくなるだろうからって、ちょっとだけブカブカの服をくれて――クリーム色の半そでは、僕の肘下まで伸びている。下は汚れの目立たない、黒色の半ズボンだ。
今はまだズボンもすぐズレちゃうから、サスペンダーっていうズボン吊りのバンドを貰った。クリップで挟むだけでズレなくなるなんて、すごく便利だよね。
まあ、肩が細すぎるのか、たまに肩のバンドまでずり落ちてくることがあるけど――でも毎日太っているから、きっとすぐピッタリになると思う。
「あーあ、レンに会いたいなあ」
僕は、ホウキで家の壁からホコリを払いながら呟いた。
あの日『レン』ってあだ名を聞いた日から、僕は一度も魔女と話せていない。
実はあれから毎朝早くの小川まで行って、レンが魚とりしているところは何度か見ているんだけど――近付こうとしたら「何か用ですか」「何がないなら遊びに来ないでって言いましたよね?」って、冷たく突っぱねられちゃうからなあ。
いつも茂みの影からじっと眺めるしかできなくて、寂しい。また話したいのに。
セラス母さんに相談したら「気持ち悪いから、すぐにやめなさい」って言われたけど、見るだけなら良いじゃないか! レンは「見るな」なんて一言も言っていないんだからね!




