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瘦せウサギは考える

 セラス母さんはしばらくの間黙って、何かを考えているみたいだった。いつも優しい牛みたいな目がちょっとだけ伏せられている。

 僕は難しい話はよく分からないから、レンの近くに置かれた桶の中を泳ぐ魚を見ようと、しゃがみ込んだ。本当はもっとレンの傍に行きたいけど、あんまり近付くとまた嫌がるかな? と思って、桶を挟んだ反対側に。


 やっぱり桶を挟んだ向こう側から「用がないなら来ないでって言ったのに……」とか「日の下で見ると尚痩せウサギ……」とか聞こえた気がするけど、僕は今魚に夢中だから気にしないもんね。


 狭い桶の中をぎちぎちになって、重なり合いながら泳ぐ魚。レンの手で川から外へ弾き飛ばされたせいか、ちょっとケガをしている子もいるみたいだ。

 でもカラカラに乾燥した干物の魚と違って、ツヤツヤぷるぷるで柔らかそう。


 家で母さんたちが焼いて食べていた干物は干し肉と一緒で、焼くと中にギュッと詰まった脂が溶け出てくるみたいだった。

 だからカラカラでせんべいぐらい硬そうに見えても、焼いたら身がふくふくになる。例えばこの、生きている元気な魚を焼いたらどうなるんだろう? もしかしたら、もっとふくふくで美味しいんじゃないかな。


 ケガが治って自由に動けるようになったら、僕も自分で魚をとってみたいな。レン――は、とり方を教えてくれなさそう。

 セラス母さんは「道具を使わなきゃダメ」って言っていたけど、僕にはどんな道具があるのかも分からない。やっぱり、クマみたいなゴードンさんに聞いてみるべきかも。


 じっと桶を見ていると、魚の真っ黒な目と合った気がする。なんだか可愛い。牛の頭を撫でるみたいに、魚の頭も撫でられないかな。

 僕は可愛い魚に誘われるみたいに、桶の中へそっと指先を入れようとした。

 でも、桶の向こう側から伸びてきた真っ白な手に手首を掴まれて、動かせなくなる。

 僕はびっくりして顔を上げた。すると、大きなキツネ目が僕を見ていて、ドキリと――いや、ヒヤリと? した。


「――ご、ごめんね、泥棒しようとした訳じゃないんだ。ほんの少し、頭を撫でたくなっただけ。もうしない」


 魚は可愛いけど、たぶんレンは飼うためにとったんじゃない。飼うためだったら、もっと慎重にとって、ケガをさせないようにするはずだから。

 ――これは食べ物で、僕は今レンの食べ物に触ろうとしたんだ。

 どうしても、カウベリー村でのことを思い出す。

 母さんには「汚いからご飯に触るな」って言われていたし、村の仔牛が可愛くて撫でようとした時は、村の大人に「泥棒」って言われて叩かれた。

 あまりにもお腹が空いて、仔牛を盗もうとしたんじゃないかと思われたんだって。まだ僕には、牛を潰しても平気で居られるような強い心はないのにね。


 村では平気って諦めていたけど、なんだかレンには泥棒と思われたくなかった。こんなことで、今よりもっと『好き』から離れたらどうしよう?

 今はなんとも思われていなくても、これからどんどん『嫌い』に傾いて行ったら?


 またレンがため息を吐いたから、僕はなんだかすごく怖くなって、真っ直ぐにこっちを見る目から逃げ出そうと魚を見た。

 このままレンを見ていたら、どんどん嫌われるような気がした。さっきまで絶対に結婚できると思っていたのに、どうしてだろう。


「一日も早くケガを治したければ、むやみやたらに包帯を濡らさないでください。魚に触るのは構いませんが、ソレを濡らして巻き直すのは、あっちに突っ立っている〝やらかしおばさん〟でしょう」

「え……」

「自分の手をよく見て。包帯ぐるぐる巻きじゃないですか」

「あっ、そっか。ありがとう、でもセラス母さんは「やらかしおばさん」じゃなくて「セラス」っていうんだよ」

「知っています……ていうか「母さん」ってなんですか?」

「レンだって、魔女キツネって言われると嫌だったでしょう? 僕は「やらかしお姉さん」が良いと思うんだ」


 レンは「たぶんそういう問題じゃないですし、あだ名で呼んで良いとも言ってないんですけど――」って半目になった。

 もう僕が水に手を入れようとしないって分かったからか、掴まれていた手首が離される。

 レンの手が離れた後も、僕の手首はポカポカ温かくて、なんだか嬉しくなった。中身はすごいお婆ちゃんなのかも知れないけど、レンの見た目は大人の女の人じゃない。だから、体に触られても全く気持ち悪くならない。


 そういえば僕、レンに裸を見られても恥ずかしいだけでなんともなかったもんね。

 やっぱり『魔女』は不思議で、優しくて好きだなあ。僕はどうしてもレンが良いみたいだ、早く痩せウサギじゃなくなりたい。

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