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森のお散歩

 緑の深い森の中はやっぱり空気がキレイなのか、胸に吸い込むたびに頭がスッキリしていくような気がする。カウベリー村に居た時もそうだったけど、ちょっとした不安やモヤモヤも、森の中へ入ればサッと晴れていく感じだ。


 僕はセラス母さんと一緒に、魔女の森を歩いた。

 今は足に合う靴がないからって、母さんはわざわざフカフカのタオルを両足に巻き付けてくれた。僕の足の裏はクマみたいに強いから平気なんだけど――でも「足の裏もケガしているんだからダメよ」って言われちゃったんだ。


 森の中には黒いホースが地面を走っていて、それを辿れば途中の水槽と――その先に進めば、小川があるんだって。川にはたまに魚が泳いでいるらしい。僕、生きている魚を見るのは初めてだから、楽しみだなあ。


「ふふふ……」

「――ねえ、セラス母さん。笑い過ぎ」


 歩きながら魔女キツネのバターせんべい――じゃなくて、本当はバタークッキーって言うらしいんだけど。

 アレを母さんと一緒に食べたいと思って、1枚渡そうとしたんだ。でも、少しでもたくさん食べたい気持ちが出ちゃっていたのか、セラス母さんは僕とクッキーを交互に見たあと、いきなり噴き出した。


 何かと思えば「何よ、そのくっちゃくちゃの嫌そうな顔! 梅干し食べたあとみたいじゃない!」って指差された。鏡はないし梅干しも食べたことないけど、たぶん母さんに指差されて、僕の顔はもっとクチャクチャになったと思う。

 そんなに笑うならあげない――とも思ったけど、でもやっぱり一緒に食べたかったから、クッキーを1枚押し付けた。セラス母さんは大笑いしながら「ありがとう」って言って、美味しそうに食べてくれた。


 僕も一緒に最後の1枚を食べたよ。やっぱり甘くて香ばしくてホロホロと美味しくて、空になった紙袋は綺麗に畳んで、ワンピースのポケットにしまい込んだ。あとでまた匂いを吸いたくなる時がくるかも知れないからね。


「ご、ごめんなさいね、魔女のつくったクッキーが美味しくて……ふふ、思い出し笑いが止まらないの――」

「クッキーで笑ったんじゃないでしょ、僕の顔を見て笑ったんだから」

「違うわ、クッキーよ」

「嘘つき。嘘つきはドロボーの始まりなんだからね」

「ふふ、ごめんなさい、アルの顔を見て笑ったわ。ああ、思い出しただけで笑いが……でも、あんなに美味しいクッキー、本当に私が食べて良かったの? あれ魔女から貰ったものでしょう」

「いい、誰かと一緒に食べた方が、もっと美味しいから――あっ!」


 すぐそこにお風呂の釜みたいな水槽が見えて、僕は走り出した。後ろから母さんの「こけると危ないから、走らない!」ってまるで怒ったみたいな声が聞こえて、ムズムズする。

 たぶん〝母さん〟って、本当はこんな感じなんだと思う。本物の母さんは呪われた僕に厳しかったけど、でもジェフリーには優しかったし、ひとつも怒ってない心配からくる注意もたくさんしてた。


 僕はなんだかくすぐったくて笑うのが止められなくて、ニヤニヤしながら水槽の横に立った。水でいっぱいになった水槽には2本のホースが挿さっていて、それぞれ反対方向へ伸びている。ホースが抜けちゃわないように、テープみたいなので水槽に留めているみたいだ。


 1本はもちろん家まで。セラス母さんが言うには、もう1本は小川まで続いているんだって。水槽からチョロチョロ溢れる水のせいで、足元はちょっとだけぬかるんでいる。


「すごーい、これだけ水が溜まっていたら平気だね」

「ええ、そうね。川からくる水だけじゃなくて、空から降る雨だって受け止めちゃうから……なかなかなくならないわ。もう少し歩けば小川よ、行ってみましょうか」

「うん!」


 僕は川の方へ伸びているホースを伝って走り出そうとしたけど、セラス母さんにパッと手首を掴まれて、無理だった。

 振り向いたら「足元が悪いし、危ないからダメ!」って言われて――モゾモゾ嬉しくなるのと同時に、また村のお姉さんとセラス母さんの姿が重なって、体がビクッとなる。

 母さんは、ハッと息を呑んですぐに僕の手を放してくれた。悲しそうな顔をして、僕じゃないところへ目を逸らした母さんを見て――よく考える。


 どうして嫌なんだろう、セラス母さんとあのお姉さんは違うのに。

 僕は、どうしてあのお姉さんが気持ち悪いんだっけ? あのお姉さんはどうして僕をべたべた触って「お姉さんの家においで」って言っていたんだろう。


 あの人は元々村の男と結婚していたけど、1年経っても子供ができなくて、家を追い出されたんだって話を聞いたことがある。もしかしたらお姉さんも、セラス母さんと同じだったのかな? 子供が欲しくてもムリで、誰でも良いから家の子供になってくれる子が必要だった?

 だけど、本物の母さんはジェフリーにあんなことしなかった。お姉さんは子供が欲しい訳じゃあなかったんだろう。


 僕はただ、変なことをされても抵抗できないし、誰にも助けてもらえないから、それで選ばれたんだと思っていた。でももしかすると、僕には見えていないちゃんとした理由があったのかも知れない。

 それでも、服を脱げって言われたり体を触られたりしたことは――あのゾワゾワする目で見られたことは、気持ちが悪いけど。でも理由があったのかも? って思うだけで、なんだか少しマシになった気がした。


 お姉さんの考えることはお姉さんにしか分からないし、こんな考え方は間違っているのかも知れないけれど、僕は「理由があったから仕方がなかったんだ」って思おう。だからと言って、次に会ったら「いくらでも触って良いよ」とはならないけどね。

 僕はセラス母さんの横まで歩いて、赤くてキレイな爪がついた指先をギュッと握った。母さんは驚いた顔で僕を見下ろす。

 やっぱり、まだ少しだけゾワゾワするけど、でも逃げたくなるような気持ち悪さはない。


「……セラス母さんと一緒に川まで行く」

「っ……ええ、走らずに一緒に行きましょうね」


 母さんが本当に嬉しそうに目を細めるから、僕も釣られて笑った。セラス母さんの指を掴んだまま歩いていると段々楽しくなってきて、繋いだ手をブラブラ揺らしながら小川を目指す。「もう、手が痛い」って言われたけど、母さんの声は楽しそうに弾んでいた。


 しばらく歩くと、サーッと水の流れる音が聞こえてきて――母さんが言うには、川の〝せせらぎ〟って言うんだって――期待に胸が躍った。

 でもよく聞くとせせらぎだけじゃなくて、バシャバシャ水が跳ねるような音も混じっている。セラス母さんも不思議に思ったみたいで「あら、もしかして……?」なんて言って首を傾げている。


 何がもしかしてなんだろうと思っていると、あっという間に木々を抜けて、目の前には広くて浅い川が広がった。すると、突然顔の前に魚が飛んで来て、僕は「うわあ!」って思いきり叫んだ。

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