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番人と商人

 僕は、(わだち)を辿るセラスさんの少し後ろをついて歩きながら、色んなことを考えた。前を歩くセラスさんはずっと鼻をスンスン鳴らしていて、さっきから一言も喋ってくれないから暇なんだ。


 番人に会ったら、まずは何をしようかな? 文字を教えてもらって、魔女の名前を読めるようにしようか。それとも、今のままじゃあ魔女に好きになってもらえないから、先にクマみたいに強くなる方法を教えてもらう?

 名前さえ読めるようになれば、魔女のところへ遊びに行っても良いんだって簡単に考えていたけど――僕はたぶん、このチャンスを大事にしないといけないと思うんだ。今日名前を教わってすぐに魔女のところへ戻っても、嫌な顔をされるだけかも知れないからね。


 また次も遊びに来て良いって話をしてくれるとは限らないし、もしかするとコレが、最初で最後のチャンスになるかも知れないでしょう? だからと言ってケガをして遊びに行くのは、もっと嫌われるみたいだし――。

 だったら、少しでもクマみたいになってから魔女のところへ行けば良い。ふふ、きっと魔女は僕に「結婚してください」と言わずにはいられないんじゃあないのかな。

 そうなったら仕方がないから、結婚してあげなくちゃいけないな! 魔女はゴミクズを集めてばかりだから、僕が代わりにお金を稼いであげるんだ。カウベリー村の男や、父さんみたいにね。


 ――だけど、一体どう頑張れば魔女は僕を好きになってくれるんだろうな。クマみたいになれば、それだけで好きになってくれる?

 魔女は人を好きになれないって言っていた。そもそも人が嫌いなのかも知れない。

 そんなことを考えながら歩いていると、薄暗かった道がちょっとずつ明るくなっていることに気付いた。顔を上げると、セラスさんの向かう先は道が開けていて、もうこの森から抜けるみたいだった。


 セラスさんはズズッと鼻を鳴らすと、こっちを振り向いて笑う。


「アレクシスちゃん、森を抜けてすぐに家があるからね。これからどこで何をして生きるのかは、分からないけれど……そこでしばらく休んで、痛めた体を治してからの方が良いと思うわ。きっと魔女もそのつもりで「番人に会え」と言ったんでしょう」

「うん、ありがとうセラスさん。僕、この森に住むつもりなんだ。番人は僕に色々教えてくれるかな?」

「――そうよね、もう元居た村に戻りたいなんて、思わないわよね……見知らぬ街だって怖いでしょうし」


 セラスさんはまた少し顔を歪めたけど、笑顔で頷いてくれた。

 僕はなんだか背中を押されたような気持ちになって、走り出した。セラスさんより先に森を抜けると、外の光がすごく眩しくてちょっとクラクラする。でも「明るい」と思っていたのに太陽は真っ赤で半分くらい山に隠れていて、すぐにでも夜がきそうだ。


「なんかちょっと……チクチクするな」


 今まではなんとも思わなかったのに、太陽の光ってこんなに眩しかったっけ? 帽子がないからかな? ちょっと目の奥が痛い。

 夜が近くてもこんなに眩しいって、朝や昼はどんなに眩しいんだろう。森の葉っぱで笠みたいなのが作れると良いな。

 自分の手で目の上に日陰を作って、目を細める。すると、すぐ横でヒヒーンって馬が(いなな)くのが聞こえて、見れば魔女の家よりちょっとだけ大きいくらいの家が建っていた。その家の横には、僕が乗ったのよりも大きくて立派な馬車が停まっていて、馬を撫でている人が1人。


「――うわぁ、()()だ」

「……くま? ああ、馬って言ったの?」


 僕が思わず口にした『クマ』に、後ろから歩いて来たセラスさんが首を傾げた。

 馬を撫でているのは、すごく体の大きな男の人だった。たぶんあの人も30歳――いや、40歳は超えているのかな。

 顔は四角くゴツゴツ角張っていて、短く刈った顎髭がもみあげまで続いてる。眉毛も太くて男らしいし、瞼はちょっと腫れぼったくて目は鋭い。背が高いだけじゃなくて体も分厚くて、撫でている馬の体と同じくらいムキムキだ。短い黒髪のもみあげには、ちょっとだけ白髪がある。


 ――くう、このクマさんが森の番人に違いないよ! それに、きっとあの魔女キツネはこのクマさんが好きなんだ! だってこんなにも、()()()()クマなんだもの!

 僕はなんだか悔しくなって、唇を尖らせた。魔女キツネはまだ10歳だから、この大人のクマさんは相手にしてくれないのかな? だから、他の人を好きになれないということなのかも。


 じっとクマさんを眺めていると、セラスさんが僕を追い越して、番人とその家に近寄って行く。


「ちょっと、ゴードン。もう日が暮れるっていうのに、どうしてまだここに居るのよ。暗くなる前に街へ帰りなさいな」

「セラス! 荷下ろしが済んで、お前に挨拶をして帰ろうと思ったのになかなか戻ってこないから、心配で――」

「心配って、ほんの数時間前に話したばかりじゃない」


 セラスさんに話しかけられた途端に、クマさんは日に焼けた頬っぺたを真っ赤にした。

 ――ああ、僕、こういうの見たことある。村で一番可愛いって人気だったサーシャを見る時のジェフリーが、こんな顔をしていた気がする。たぶん『好き』なんだろう。


 あのクマさんめ、魔女キツネというものがありながら魔女ウシが好きだなんて、酷い男だ。魔女キツネが可哀相だよ!

 よくよく考えたらクマさんは僕の敵じゃないって事なのかも知れないけど、でも魔女キツネがこれを見たら悲しむかもって思うと、あんまり嬉しくなかった。


 胸のすぐ下あたりがキューッて気持ち悪くなって、魔女から貰った風呂敷を抱え込む。キノコと果物と、あと牛乳の美味しい脂クリームの匂いがして、ちょっとだけ気持ち悪いのが減った気がする。

 早くまたあの泥せんべいの匂いを吸いたいなと思っていると、セラスさんが僕を見て手招きする。


「アレクシスちゃん、この人はゴードン! いつも街からここまで出張してくれる商人よ、きっとこれからよく会うと思うわ」

「……うん? ショーニン? ……番人じゃなくて?」

「え? ――ああ、ごめんなさい。そう言えば伝えていなかったわね。この森の番をしているのは私なの、この家も私のものよ」

「――えっ……えぇ!? 違う、そんな、番人まで僕が思っていたのと違う! ……この森はなんだか、ちょっとおかしいと思う!」


 目を丸めるセラスさんとゴードンさんなんて無視して、僕は「番人にクマになる秘訣を教えてもらうはずだったのに、このままじゃ牛になる!」って頭を抱えた。

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