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第八話 悩みと変化とブランコと

 高校から歩いて五分程の場所に小さな公園がある。

 遊具はブランコと滑り台だけ。市街地の中心にあるせいでボール遊びも禁止。

 そんな悲しみを背負ったこの公園にはいつも閑散としている。たまに散歩中のおじいちゃんがベンチに腰を掛けて休んでいるくらいだろうか。

 まあ、家とは逆方向だから数回しか来たことないんだけど。


「先輩! ブランコしましょうブランコ!」


 公園に到着するや否や、三雲はブランコを指さしてスタスタと駆け出してしまう。ブランコがそんなに珍しいか? 三雲が乗った瞬間にギイギイと鳴き始めたが大丈夫なのだろうか。

 仕方がないので隣のブランコに座る。この明らかに錆び付いてる感じ、やっぱりちょっと怖い。そこらの軽いジェットコースターよりスリルがある。


「私、ブランコ好きなんですよねー。ゆらゆら揺れてる時が嫌なことを忘れられるっていうか」


 え、忘れたいほど考えて生きてたの? と言うと流石に怒りそうなのでやめた。

 俺の知らないところで彼女が悩みを抱えていてもなんら不思議じゃない。それほど深い関わりがあったわけじゃないしな。


 まあでも、言いたいことはわからなくもない。ゆっくりとブランコに揺られていると、なんとなく頭がスッキリする。意味もなく椅子を傾けて揺らしたり、車の振動で揺すられている時に似ている気がする。忘れると言うより眠って記憶が無いだけでは?


 途切れかける意識を繋ぐ。寝るならお家に帰ってからだ。今寝ると危険だ、いやホントに。

 早く要件を聞き出して帰ろうそうしよう。


「話ってなんだ?」

「直球ですね!? もっとこう、雰囲気とかムードとか無いんですか? そんなストレートなパス、簡単にスティールされますよ!」


 バスケ部にしか分からない例え話やめろ。一番基本のチェストパスでも山なりに投げたりバウンドさせないと簡単に軌道が読まれて相手にボールを取られるんだぜ!って誰得情報だよ。


 頭の中でそんな無駄知識を披露していると、三雲はいつの間にかブランコを漕ぐのをやめていた。


「なんだ、もう飽きたのか?」

「違います。ブランコを漕ぐのに集中してると、何話していいのかわからなくなって……」


 アホの子かな? 嫌なことと一緒に大事なこと忘れてるじゃねえか。

 なかなか話を切り出さない三雲を横目に、俺はひっそりとため息をつく。


「まあ、まとまったら教えてくれ」


 ついそんなことを口走っていた。早く聞き出すどころか時間を与えてどうする。

 やはりこいつは危険だ。俺までいろんなことを忘れてしまいそうになる。


 三雲はこの性格のせいか、相手をしているとどうしても気が抜けて、感情やら思考やら、普段表に出さないよう注意していることまで赤裸々にしてしまうんだ。

 べ、別に三雲に優しくしたんじゃないんだからねっ!

 ……これ、男が言うとちょっと気持ち悪いな。赤裸々にするにしてもこれだけは言わないようにしよう。


「整いました!」

「なに、なぞかけなの?」


 何言ってるんですか? みたいな顔やめろ。今のはお前が悪いだろ。絶対その流れだったろ今の。

 俺はなんだか恥ずかしくなって、「いいから言え」と話を促した。


「……先輩は女バスの人に知り合いは居ますか?」


 整った割には脈絡がなく、要領を得ない質問だ。


「三雲っていう生意気な後輩は知ってる」

「三雲……って私じゃないですか!」


 反応遅くないですかね。

 実際、男バスと女バス──男子バスケ部と女子バスケ部には大した関わりはない。精々同じ体育館で練習し、休憩中にちょっと話すくらいだ。

 かく言う俺も、休憩中に三雲と偶然話す機会があり、そこから何となく顔を合わせる度に話すようになった。


「じゃあ先輩は今の女バスのことを知らないんですね」

「当然だ。そもそもバスケ部に顔出してないしな」

「それ、威張れることじゃないですよ……」


 サボったお前が言うな。

 なぜかため息をつく三雲。ため息をつきたいのはこっちだっての。

 やたら遠回しな話のせいで何が言いたいのかもよくわからない。


「それで、女バスが何かあったのか? 廃部?」

「……その方がマシだったかもしれないですね」


 三雲はそう呟いて、物憂げに目を細めた。

 やっべー、絶対地雷踏んだ。

 運動大好きっ子の三雲がこんなことを言うんだ。地雷の上でタップダンス踊った可能性まである。

 これは怪我する前に話を逸らそう。


「何を悩んでんだ。三雲らしくないな」

「私らしい……ですか。私ってどんな感じだったんですかね」


 地雷の上でタップダンスしてたらその上に爆撃機墜落したんだが。これはもう生きて帰れないな……。


 これ以上無策に口を開けば痛い目を見る。俺は一度大きく深呼吸をした。

 一旦落ち着こう。三雲だって女の子だ。その考えを忘れるな。ブランコを漕ぐと忘れそうだからもうやめとこ。

 言葉選びは慎重に。フラグを避けるとか距離を置くとか言ってる場合じゃない。このままだと三雲をボロ雑巾のように締め上げて放り捨てた男として悪名が広まってしまう。

 流石の俺も女の子を叩き潰すような趣味はない。俺が傷つくからな、そんなのはごめんだ。


「さっき俺と話してた時は、少なくとも俺が知ってる三雲だったぞ」

「それは先輩と話してるからですよ。それでも今は、上手く笑えなさそうですけど」


 まずい、これは色んな意味でまずい。

 三雲とフラグが立つとか俺が主人公に戻るとかそれ以前に、三雲を三雲たらしめるアイデンティティが失われつつある。


 今、隣で薄暗い地面を見つめている三雲は、俺の知っている彼女とは大きくかけ離れている。それこそ、彼女らしさの欠片もない。

 こんな時、シナリオ通りに主人公をしていたら、彼女を上手く励ます言葉だって思いついたかもしれない。


 俺が捨てたはずのものに縋りたくなるほど、今の俺は追い込まれているらしい。

 彼女にかけられる言葉のひとつすら思いつかないなんて、主人公どころか男として情けない。


「……上手く笑う必要なんてないだろ。本心からの笑顔に上手も下手もないんだし」

「先輩……。今のちょっとクサイですよ。かっこつけたんですか?」

「うるせえよ! こちとらお前を励ますために必死なんだっての!」


 くすくすと笑う三雲。彼女らしい明るさは無いが、その笑顔は作り物にしては出来すぎていて、本心からの笑顔だと伝わってくる。フィクションとは到底信じられない微笑みだった。

 しかし、その笑顔は突如として陰を落とす。


「私、虐められてるんです」

「それは……女バスでってことか?」

「はい」


 淡々と答える三雲。なんだか少し吹っ切れたような、諦めたような声。

 この三雲が虐められる? その明るさから男にも女にも好かれそうなこいつが?


「なんつーか、意外だな」

「そうですか? 女の子なんて裏では真っ黒ですよ」


 うわぁ、聞きたくなかったそんな話。もしかして俺も裏では散々なこと言われてるのかしら?

 まあ、俺が周りと距離を置くようになってからというもの、裏どころかめちゃくちゃ俺に聞こえるように悪口言われてましたけどね。調子に乗ってるとかお高く纏ってるとか頭がおかしくなったとか。最後のは割と当たってる気がしなくもない。


 いやいや、とりあえず今は俺より三雲だ。


「原因とか……その、首謀者とかはわかってるのか?」

「わかりませんよ。何故か突然無視されるようになって、後ろからボールぶつけられたり、更衣室に置いてたブラウスがなくなってたり。首謀者というか、みんなしてそうなんです」

「マジかよ……」


 胸糞悪い話だ。

 常陽はあくまで進学校だ。そんなものとは無縁だと思っていた学校でいじめって話でも気分が悪いのに、それが知り合いの、しかも一年生の女の子ともなれば、胸糞悪いどころか腹立たしくもある。


「辞めねえのか?」

「辞めようとも思いました。私は運動が好きですし、バスケじゃなくてもいいんじゃないかって。でも、先輩が戻って来るかもと思うと、その……」


 ああ、ここで俺ですか。

 つまり、俺がバスケ部を退部したわけじゃないから、俺が戻るのを健気に待っていたと。

 こんなことならさっさと退部届出しておくんだった。

 俺の中途半端な行動が彼女を縛り付けていたと思うと自己嫌悪に苛まれる。


「つっても、俺じゃあイジメは解決できねえぞ」

「違いますよ。先輩が居てくれるだけでいいんです」


 なに? なぞかけなの? 遠回しすぎて結論が見えてこない。

 いや、薄々は気付いているんだ。それでも見て見ぬふりをしている。俺が主人公に戻りたくないばかりに、さらに三雲を傷付けようとしている。

 ああ、何も変わらない。これじゃあ後悔する未来しかないとわかっているはずなのに。


「本当はもっと前から虐めはあったんです。でも、先輩を見てるとそんなことどうでも良くなるくらい、部活に打ち込めたりして」


 今にも泣き出しそうな彼女の顔を見ているのが辛かった。

 それでも、俺には彼女を救えない。


「俺はバスケ部には戻らない。だから、三雲も辞めてしまえばいい」

「そう……ですか。そうですよね」


 そう言った三雲は少し寂しそうに笑った。


「わかってたんです。先輩はもう来ないんだろうなって。でも、楽しそうにバスケをする先輩の姿とか、休憩中に会うとちょっと面倒臭そうな顔をしながらも私の話に付き合ってくれるところとか……そんな灯先輩をもう一度見たいなぁって」


 そうか。

 これは好意か、憧れか。それに似た感情なのだろう。

 本気で笑えない部活。ただ運動が好きなだけなのに、心の底から楽しむことが出来ない。

 三雲はそんな中で、俺に憧憬の意を抱いていたのだろう。


 自分にはできないことをしている俺が、自分には無いものを持っている俺が、羨ましくて仕方なかったんだ。喉から手が出るほど欲したその景色を求めずには居られなかったんだ。

 しかし、バスケ部には三雲の居場所は無かった。ただ耐えるだけの日々。そんな場所に意味はあるのか? そんな生活に未来はあるのか?


「……部活、辞めろよ」

「そう、ですね」


 俺は彼女を救えない。でも、奪うことなら出来るかもしれない。それが彼女にとって最善なのかはわからない。運動が好きな彼女からその好きなものを奪うようなものだから。

 キャラクターと言うか、アイデンティティと言うか、三雲を三雲たらしめるものを奪うということだから。

 だが、それでも彼女が俺の姿を求めると言うのなら。


「俺も部活を辞める。俺と話したいなら別にバスケに拘る必要ないだろ。どうせ暇になるんだ。昼休みでも放課後でも、好きな時に教室に来りゃいい。お前が満足するまで話聞いてやる。……ちょっと面倒臭いけどな」


 三雲の好きなものが三雲を傷付けるなら。

 三雲の好きな場所が三雲にとって幸せでないなら。

 そんなもの、捨ててしまった方が楽だ。

 そんなもの、俺が奪ってしまおう。


「先輩……」

「うおっ」


 急に視界が悪くなる。太ももがほんのり温かい。香水とは違う自然な匂いが鼻腔をくすぐる。


「おまっ、なに人の膝に座って」

「約束ですよ? 私たちは目的を共にした同志です。言質、取りましたからね」

「目的を共にって……部活辞めるだけだろ」


 後ろ姿からはその表情は見えない。だが、俺の知っている三雲が、三雲らしい三雲がそこに居る。


 俺は三雲を傷付けられなかった。俺には関係ないとその場を去ることができなかった。ラブコメの主人公のような在り来りなセリフで彼女の居場所を奪い、新たな居場所を与えてしまった。

 それが、三雲が本当に欲しかった言葉だったのかはわからない。根本的な問題は解決していないし、最善の手段ではないのかもしれない。


 それでも、なんだか悪い気はしなかった。


「そうと決まれば行きましょう!」

「行くって……」

「退部届を出しに! 学校へ!」

「そんなん明日でも……っておい」


「善は急げですよ!」と三雲は無理やり俺の手を引いて、来た道を引き返す。部活を辞めるのは善なのか?

 まあ、そんなことどうでもいいか。

 俺の手を引く三雲の足取りは軽やかで、その後ろ姿は少し、寂しそうに見えた。



 学校に戻るなり、俺たちは職員室を訪れた。

 職員室に居るか部活に顔を出しているかは賭けだったが、幸いにも顧問の山本先生はデスクでパソコンとにらめっこをしていた。この人事務作業苦手そうだもんな。頭の中までThe・体育会系!って感じだし。


 部活を辞めると言うと、山本先生は少し残念そうな顔をしたが、俺たちの決断に文句を言うことも引き止めることもなかった。

「無理に参加しても、楽しくなければ意味が無い」と俺たちの申し出を二つ返事で聞き入れるだけだった。

 俺と三雲は揃って書類を提出し、学校を後にした。




「先輩!」


 三雲を家まで送ると、別れ際に三雲が俺を呼び止めた。


「連絡先、交換しましょう!」

「なんでだよ。どうせ学校で会うだろ」

「そういう問題じゃありませんよ! 休みの日はどうするんですか? 部活なくなって暇になっちゃいましたよ」


 いや他の部活に入るんじゃないの、君。

 わざわざ昼休みと放課後って言ったのに無駄になっちゃうじゃないですかヤダー。


「バスケ部時期エースの私を引退に追い込んだ罪、忘れたとは言わせませんよ!」

「引退のきっかけになったのは俺じゃなくね?」

「そんなことはどうでもいいんです!」


 いつもの調子を取り戻した三雲は俺のズボンのポケットをまさぐり、抵抗虚しくスマホを没収される。まあ、本気で嫌だったわけじゃないけど。

 俺が止める間もなく、手早く連絡先を交換し、スマホを差し出してにかっと微笑む。


「約束、忘れちゃダメですよ!」

「俺は昼休みと放課後だけって」

「じゃあ休日も付け加えといてください!」

「んな勝手な……」


 言いたいことだけいい終えると、三雲は満足そうに身を翻して家の中に消えてしまった。

 三雲らしい三雲との会話は、ちょっと面倒臭くて、それでいてちょっとだけ、心地良かった。

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