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第四十六話 宣戦布告

 放課後。予定通り三枝先生に連れられ、紗衣の家へ向かうこととなった。


「どうしてお前らも居るんだ」


 俺と三枝先生の二人で向かう予定だったにも関わらず、さも当然のようについてくる鮮華、武道、そして三雲。

 思ったより大所帯となってしまった。

 三枝先生も説得を早々に諦め、後部座席に平然と座る三人をバックミラー越しに見る。


「いいか。話をするのは基本俺と柊木だ。ついて来てもいいが、余計な口は出すなよ」


 三人は、はーいと間延びした返事をする。本当にわかっているのか。

 だがまあ、人が多ければ紗衣も実力行使には出にくいだろう。そういう意味ではついてきてもらった方がありがたいのかもしれない。




 紗衣の家は俺ん家のすぐ近く。つまり学校から近い場所にある。

 家の前の道は、帰路として利用する生徒も少なくない。

 そのため、少し時間を置いてから家に向かうことにした。


 汐留には悪いが、紗衣と俺たちが接触するまでは俺の家で待機してもらうように伝えている。貴船の病室にも俺と汐留以外は通さないよう頼んでいるので、問題ないだろう。


 紗衣が学校に来ていない以上、あいつの今の動向を知る術はない。果たして家に行ったところで会えるのだろうか。


 そんな心配は杞憂に終わった。


 三枝先生がインターホンを鳴らすと、すぐに紗衣が出てきた。

 髪は乱れ、ろくに着替えていないのか、制服はよれて皺ができている。虚ろな目をふっと細め、口角を上げた。


「いらっしゃい、灯。そしてモブの皆さん。来ると思ってたよ」


 その声は枯れ、以前の紗衣は見る影もない。


「来ると思っていたなら、俺が何の話をしようと思っているかもわかってるよな」

「はい。モブヒロインのことでしょう? 上がってゆっくり話しませんか?」

「いや、ここでいい。まずは教えろ。貴船に怪我を負わせ、桐崎を自殺に追い込んだのはお前か?」

「はい、そうですよ」


 あっさりと認め、だから何だと言いたげな不敵な笑みを崩さない紗衣に、三枝先生は眉間の皺を増やす。

 やはり桐崎の件も紗衣が……。


「どうしてだ? どうして貴船や桐崎を狙ったんだよ!」


 思わず口を挟んだ。俺が声を荒らげても紗衣はくすくすと不敵な笑みを浮かべて淡々と答える。


「邪魔だったから」

「邪魔……?」

「りりちゃん、可愛いんだもん。あんな可愛い子が居たら私の居場所が無くなっちゃう。だから、目を潰したの。顔を傷つければヒロインとして生きられないよね。でも、ちゃんと両目を潰しておけばよかったなぁ。まさかあんなにしぶといとは思わなかったもん」

「そんな理由で」

「あ、桐崎さんはね、ふふ、面白かったなぁ。知ってる? 桐崎さんの両親って再婚したんだって。新しいお義父さんに暴力奮われて、処女も奪われちゃったんだって。でも、灯の存在が唯一の救いだったんだって。灯は一人の女の子として見てくれるから。だから、教えてあげたの。この世界のこと。灯は主人公で、ヒロインは私。モブの居場所なんて無いんだよって」


 紗衣は薄気味悪くケタケタと笑う。


「そしたらさ、あの子自分で首を吊っちゃった。ふふ、面白いよね。モブが死んだところで、何も変わらないのにね」

「もういい」


 紗衣は顎に手を当てて上を向く。


「あーでも、偶然それをお母さんが見つけて、助かっちゃったみたい。この世界じゃ人が死なないように出来てるのかな?」

「もう黙れよ!」


 紗衣の胸ぐらを掴むと、紗衣は素っ頓狂な顔をして首を傾げる。


「なんで怒ってるの? ただ、登場人物が一人消えただけだよ? 私と灯には関係ないでしょ?」


 悪びれる様子もなく、紗衣は口をとがらせてうーんと唸る。

 こいつは、自分が何をしたのかわかっていないのか? そんなに簡単に人を傷つけて、どうして平気で居られるんだ。


「教師の前でもお構い無しかよ。狂ってんな」

「三枝先生なんて、この物語じゃただのモブですよ。先生が何をしようと、私が主人公である限り私に手は出せません。無力なんですよ。その辺の石ころと何も変わらないんです」


 本当に狂ってる。紗衣はきっと、もう戻れないほど深い闇の中に落ちてしまった。説得なんて甘かった。

 紗衣は俺の手を握った。人の手だとは思えないほど冷たい。


「灯、もう少し待っててね。ヒロインなんて全員殺して、私が迎えに行くから」


 言葉に反して不気味なほど明るい笑顔。気味が悪い。寒気がする。その手を振り払いたいのに、体が震えて言うことを聞かない。


 甘かった。紗衣も救いたいなんて、楽観的にも程がある。

 こいつはもう、俺の知っている紗衣じゃない。物語に踊らされた道化だ。

 その瞳に映るのは、深い深い暗闇だった。何も見えない真っ暗闇。力の抜けた体は糸で吊るされたように機械的で、貼り付けられた笑顔も本物とは程遠い。

 そこに紗衣は居ない。あるのは、抜け殻の中に悪意を詰め込まれた人形だ。


 変わり果てた紗衣を直視出来ずに顔を伏せる。

 恐怖で足が竦む。言い知れぬ不安で手が震える。

 彼女はもう──


 その時、紗衣の手がバチンと振り払われた。

 顔を上げると、三雲は小さな体に力を込め、潤んだ目で紗衣を睨みつけていた。


「そんなことはさせません。私は絶対に思い通りにはなりません。灯先輩は私のものです。この物語は、私と灯先輩のハッピーエンドで終わらせてみせます!」

「なに、急に出てきて。そんなことが出来ると思ってるの?」

「できますよ」


 三雲は俺の首に腕を回し、背伸びをする。

 あどけなさが残る小さな顔が近付く。唇が触れる。舌が絡め取られる。口の中に仄かな甘みや温もりが伝わって来る。

 数十秒にも及ぶ長いキスを終えると、三雲は再び紗衣に向き合った。


「私の先輩に対する想いは誰にも邪魔はさせません。あなたが私を殺そうとしても、私は絶対に死にません。灯先輩を主人公にして、私がヒロインになってこの物語を終わらせてみせます」


 呆然とする俺の手を引き、三雲は駆け出した。

 背中に禍々しいほどの殺意を受けながら。




 俺たちを追いかけてきた三枝先生たちを含め、うちのリビングで今後について再度話し合うことになった。


「突然押しかけてすみません。生徒会室が改修工事で、少し場所を貸していただくことになってしまい」

「あ、いえ。二人で暮らすには広い家なので。兄がいつもお世話になってますし、好きにお使いください」


 三枝先生が上手く誤魔化してくれたおかげで、明に事情を話さずに済んだ。


 はずだったが、なぜか明は俺を呼び出した。

 明の部屋を訪れると、明はベッドに腰を掛けてぽんぽんと隣を叩いている。ここに座れということだろう。


「お兄ちゃん。なにか危険なことしてないよね?」


 膝の上で手を握り、明は俯いている。


「危険なことってなんだよ」


 冗談交じりに笑って答えても、明の様子は変わらない。

 きっと気付いているんだろう。何をするのかまではわかっていなくても、それが危険であることには気付いている。明はそれが心配なんだろう。

 俺は誤魔化すのをやめ、明に向き直った。


「大丈夫だ。明の心配するようなことじゃない」

「本当に? 誰も傷つかない? お兄ちゃんは傷つかなくて済むの?」


 明は目じりに涙を溜め、懇願するように問う。

 妹にこんな顔をさせてしまうなんて、兄失格だな。


「私嫌だよ。お兄ちゃんが辛そうにしているのが嫌。最近は少し、前みたいに明るくなって、嬉しかった。でも、今のお兄ちゃんは何か抱え込んでるみたいな、目を離すとどこかに行っちゃいそうな気がして、すごく怖い。すごく不安なの」


 そりゃあ、物々しい雰囲気の連中が急に家に来たら不安にもなる。

 それに、俺も今後のことを考えると明るく振舞ってやることも出来ていなかったらしい。

 その積み重ねが明の不安を煽ったんだろう。

 明は俺の腕にしがみつき、縋るように体重を預ける。

 そして、声を殺して静かに泣いた。


 少し前まで俺を物のように扱っていた奴と同一人物とは思えない。

 なんだか、昔の泣き虫な明を見ているような懐かしさがある。


「昔はよく俺の後ろをついてきては、そうして泣いてたよな」

「……うるさい」

「俺が鮮華や紗衣と遊びに行こうとしたら、毎回寂しそうな顔してさ。なんやかんや一緒についてきたよな」

「……うん」

「少し前までは冷たくされて、明に嫌われたのかと思ってたよ」

「嫌い……じゃないよ。でも、少し前までのお兄ちゃんは嫌だった。私とも話してくれなくて寂しかった。優しいお兄ちゃんに戻ってほしかったけど、私には何も出来なくて。それが嫌で、お兄ちゃんに八つ当たりしてた。だけど、今のお兄ちゃんは大好き。私が急に泣いても昔みたいに撫でてくれるもん」

「はは、ブラコンめ」

「うるさいきもい」


 明はさらに強い力でぎゅっとしがみつく。

 何年経ってもどれだけ大きくなっても明は明のまま。兄想いの優しい妹だ。口は悪くなったけど、それすら愛おしい。


「お兄ちゃんはもうどこにも行かないよね。私を一人にしないよね」

「当たり前だろ。腐ってもお兄ちゃんだからな。ブラコンの妹の願いならなんでも聞くさ」

「ふふ、なにそれきもい」


 頭を撫でてやると、嬉しそうに額をぐりぐりと肩に擦り付けてくる。

 俺の可愛い妹は、幾つになっても可愛い。


「俺は明のことが大切だ。誰よりも大切だ。だから、今回の件には首を突っ込まないでほしい。俺の帰りを待っていてほしい」

「ちゃんと帰ってくるよね」

「当たり前だろ。ここが俺の居場所だからな」

「じゃあ、毎日お兄ちゃんの好きな物作って待ってる。今日はハンバーグね。明日は何食べたい?」

「んー、じゃあオムライスかな」

「卵とろとろのやつね」

「よくわかってんじゃん」

「腐っても、ダメなお兄ちゃんの妹だもん」


 何それ可愛い。俺が言うときもいのにこの差はなんだろうな。愛情の差か? 単純に可愛さか。

 俺は愛しい妹をぎゅっと抱きしめて、ありがとうと告げた。兄妹愛。これもひとつの本物の好意だ。




 リビングに戻り、俺たちは話し合いを始めた。

 この物語の終焉に向けての最後の話し合い。

 絶対に成功させる。必ず俺がこの物語を終わらせる。

 その先にどんな未来があるのかは分からない。でも、必ず全員が幸せになれると信じて。

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