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第四十三話 主人公に戻るために

 桐崎の件は俺以外には完全に伏せられた。

 風邪で休み。ただそれだけの説明だった。


 三枝先生の言葉が脳内で渦巻き、全身から力が抜けて行く。

 あの桐崎が自殺だとか、立て続けにヒロイン候補が病院に運ばれて、気がおかしくなりそうだ。


 一限の授業を急遽中止し、突然始まったロングホームルーム。配られるいじめ調査表。つまりそういうことなんだろう。

 誰かが桐崎をいじめ、その結果彼女は自ら命を絶とうとした。学校側としてはそう考えているんだ。


 三枝先生は何やらもっともらしい理由を付けていたが、最近桐崎が学校を休むようになったことを鑑みても、一部の生徒は違和感を抱いているように見える。

 武道と視線が合ってそう思った。何かを訴えかけようとしている目だ。三枝先生には誰にも言うなと言われたが、これは説明を求められそうだな。


 俺だってこんなこと、一人じゃ抱えきれない。


 このクラスは比較的全員が仲が良い。桐崎は多少敬遠こそされど、いじめられるようなことはないだろう。一人を除いて。

 だがその当人、紗衣の姿は無い。修学旅行以来、一度も学校に来ていない。


 不安が募る。そもそも貴船の件とは違い、今回は自殺未遂だ。紗衣が何かしたとは考えにくいはずだ。

 それでも、立て続けにこんなことが起こっては、無関係だと割り切ることは出来なかった。


 もしも紗衣が俺以上の力を持っていたら? この物語に直接干渉できるとしたら?

 いや落ち着け。そんなことが出来るなら、他の奴らを狙わずに、直接俺の意識を弄ればいいだけだ。

 ああクソ。どうしても悪いことばかりを考えてしまう。

 どうすりゃいいんだ。どうしたら紗衣を止められる。この物語をハッピーエンドに導ける。

 目の前の空席を見つめる。答えは見つからないまま、時間だけが過ぎて行った。




 昼休み。俺が接触するよりも先に武道が声をかけてきた。

 俺も話したいことがある。武道の誘いに乗って教室を出た。

 と、そこでばったりと小柄な少女に遭遇した。


「あ、アカリ先輩。今日はお友達と一緒なんですね」


 寂しげに顔を伏せる三雲から目を逸らし、武道に尋ねる。


「三雲も一緒にいいか?」

「僕はいいけど……いいのかい?」


 それは、この世界のことを話すことになる、という意味だろう。或いは、桐崎のことを聞き出すつもりだと。

 三雲にはまだ何も話していない。この世界のことも、今起こっていることも。

 だが、ヒロイン候補である三雲を一人にしておく方が不安だ。三雲を巻き込みたくはないが、そうも言ってられない。


「ああ。三雲、一緒に来てくれ」

「えっ、アカリ先輩っ?」


 三雲には選択権を与えず、無理やり手を引いて武道の背中を追った。




 食堂の一番端の席で向き合って座る。

 ここには生徒たちが大勢いるが、武道曰く「大事な話ほど堂々と話す方が詮索されないんだ」とのこと。木を隠すなら森の中ってことか。


「桐崎さんのこと……貴船さんのことも、かな。柊木君は何か知っているよね」

「ああ。これから話すこと、絶対に他の奴にはいうなよ。特に三雲」

「ええっ!? 言いません言いません! 神様アカリ様に誓います!」


 その誓い方はよくわからないが、今は三雲のボケに付き合う余裕もない。

 俺はゆっくりと深呼吸を挟んで、事のあらましを語った。


「……貴船は頭を三針縫う怪我。それと、目をやられてる。桐崎は自殺未遂にまで追い込まれた」

「その言い方だと、誰かが故意にやったように聞こえるね」

「桐崎の方は俺の想像でしかないけどな」

「つまり貴船さんの方は確定だ、と。一体誰が?」

「……紗衣だ」


 武道は一瞬目を丸くしたが、すぐに眉間に皺を寄せ「そうか」と呟いた。三雲は何が何やらと首を捻る。


「あ、あの。自殺とか誰かが故意に傷付けたとか、物騒じゃありませんか?」

「悪い。三雲には聞かせるべきじゃないかもしれないが、そうも言ってられないんだよ」

「柊木君と仲の良い女子が狙われている、ということかい?」


 首肯して見せると、武道はテーブルに肘を着いて唸った。


「どうしてそんなことを」

「紗衣は知っていたんだ。俺が知るよりもずっと前に。この世界のことを」

「自分が確実にヒロインになるため、か」

「多分な」


 静かな時間。あの武道でさえ、この件に関してはそう簡単に回答は出せないのだろう。

 沈黙に耐えきれなかったか、三雲は弁当を広げて食べるように勧めた。が、どうしてもそんな気分じゃない。


「悪い、三雲。今は」

「ダメです! すごく辛いのも大変なのも伝わってきます。でも、栄養は取らないと。食べないことには良い解決案も出てきません!」


 三雲は肉じゃがを橋で掴み上げてこちらに向ける。

 まあ、三雲の言うことも一理あるかもしれない。

 俺は促されるがまま三雲が作ってきてくれた弁当を食べた。だけど、少し残した。




「柊木君はこの世界に干渉できないのかい?」


 三雲にこの世界のことを説明していると、購買で買ってきたパンを食べ終えた武道が切り出す。


「いや、無理だな。それどころか、一度この世界のことを知ったきり、第四の壁の向こう側を見ることさえできない」

「どうしてだろう。今のところ、結城さんと柊木君だけがそこに到達している。けれど、柊木君はその力を奪われた。結城さんに今も残っているのかはわからないけど、その二人が選ばれた理由が何かあるはずだよ」

「理由、か」


 再び考え込んでいると、弁当箱を仕舞った三雲が「はい!」と手を挙げた。


「アカリ先輩が主人公だからじゃないでしょうか!」

「いや、関係ないだろ」

「……そうでもないかもしれない」


 意外にも武道は三雲の意見に賛同した。

 どういうことだ、と話を促す。


「柊木君も結城さんも物語の主人公になったから、その力を手に入れたのかもしれない」

「紗衣が主人公?」


 物語の主人公には相応しくないようにすら思うが。


「ホラーやサスペンスのカテゴリならどうだろう」

「……ホラー、サスペンス……」

「ただ一人の好きな人を強く想い続けた結果、他のヒロインを陥れて自分なりの幸せを掴もうとするダークな主人公。それなら辻褄が合うんじゃないか?」

「だ、だとしても、俺が力を失ったのは?」

「柊木君は自ら主人公を降りただろう?」


 そんな空想、信じられない。だが、辻褄が合うのは確かだ。

 物語の主人公としての素質を認められれば、第四の壁の向こう側を知る権利が与えられる。

 恐らく、そこまでがシナリオのひとつなんだろう。本当にタチが悪い。求める人生を与えられて、現実を突きつけられるんだからな。


 紗衣の場合はそれが最悪の方向に転んだらしいが。


「その予想が正しいとしたら、柊木君が主人公に戻れれば、無理やりこの物語を終わらせられるんじゃないのかな」

「戻るったってどうするんだよ。俺が女子に囲まれて、その気持ちを受け入れるようになっても力は戻って来ないんだ」

「結城さんから奪わなきゃならないだろうね」

「奪うったって……」


 武道は黙って俺を見る。それが答えだ。目は雄弁だな。

 思いつかないんじゃない。口に出しては言いたくないということだ。それだけで伝わって来る。


 今のこの世界は、俺を主人公としたラブコメじゃない。紗衣を主人公としたホラーサスペンス。ダークヒロインが次々にヒロイン候補を蹴落とす物語。

 その紗衣から主人公のポジションを奪い、俺がこの物語をラブコメとして、ハッピーエンドで終わらせる。

 そのためには……。


「少し、考えさせてくれ」

「あまり時間は無いよ。このままだと他の子たちも危ないからね」

「わかってる」


 そんなことはわかってる。

 でも、俺に出来るのだろうか。

 紗衣をこの世界から抹消し、この物語を正しく導くことなんて。

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