表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/50

第四十話 したいこと

 翌日、俺は朝から亜梨沙と合流した。

 先に亜梨沙と二人で話す時間が欲しいと貴船に伝えたところ、俺を残して班の連中と別行動を取るよう誘導してくれたんだ。

 彼女には頭が上がらないな。


「あれ、今日は灯一人? はぐれた?」

「なわけねえだろ。お前を待ってたんだよ」


 少し話したいと伝え、センターハウスの休憩所で隣り合わせになって座る。何を期待してるのか知らんが、そわそわしてもそんな楽しい話は無いぞ。


「今日、直接紗衣と話そう」

「は? なんで」


 亜梨沙は語気を荒くしてこちらをギロリと睨む。まあ、当然そうなるよな。

 昨日までと言ってることが違うからな。亜梨沙はあくまで紗衣が犯人だと確証してから、あんな行為に至った理由を聞き出したかったんだろう。


 だが、紗衣の反応を見ても亜梨沙と俺との関係をよく思っていないのは明白で、これ以上泳がせて亜梨沙に何か危害が及ぶ方が困るんだ。


 俺たちが別れたのは、確かに第三者の介入がきっかけだったのはあるが、結局は俺が亜梨沙と会わなかった、向き合うことから逃げていたことが原因だ。

 そう、亜梨沙に伝えた。諭すように、自ら罪を告白するように。


「それだけなら……いいんだけど」


 話を聞いた亜梨沙はそれだけ言って「灯が決めたなら」と俺の提案に乗ってくれた。

 その言葉に引っ掛かりはするものの、亜梨沙が話したがらないことを無理に聞き出すことは無い。聞いたところでやることは変わらないんだ。


 せっかくだから合流するまで遊ぼうと亜梨沙に連れられてスキーをしていたが、やはりこの後のことを考えると楽しむ余裕はなかった。




 迎えた昼休憩。班のメンバーと合流して直ぐに、俺は紗衣を呼び出した。


 心配そうにこちらを見ていた貴船に、大丈夫、と目線を送っておく。

 紗衣も恐らく何の話かわかっているんだろう。怯えたように肩を震わせながら俺の隣を歩いていた。


 センターハウスから少し離れた場所で、俺と紗衣、そして亜梨沙の三人で向き合う。

 二人の表情がはっきりと見える。嫌悪とも憎悪とも違う、悪さをして反省の色が伺える子供のような少女と、嫌いなものを拒否するように眉を顰める少女。


「単刀直入に聞く。二年前……中学三年の受験日のことだ。亜梨沙に手紙を出して待ち合わせ場所を変更させたのは……紗衣、お前だな?」


 紗衣は、その質問が図星であるように、やはりその話だと諦めたように、こくりと頷く。


「どうしてそんなことをしたんだ?」


 俺はただ、その理由を知れりゃそれでいい。紗衣を問い詰めるつもりも、糾弾する気もない。

 俺にだって悪いところはあったんだから、理由を話してごめんなさいで全て忘れるつもりだった。


 それだけのつもりだった。


「灯は、私のものだから」


 紗衣の口から出たのは、謝罪でも反省でもなかった。

 わがままな子供の言い訳。いや、それ以上に自分勝手な、明確な悪意だった。


「……どういう意味だ」

「幼稚園の頃からずっと灯を見てたのは私だから。灯のことを一番よく知ってるのは私だから。灯の傍に居るべきは私だから」


 タガが外れたように、紗衣は言葉を吐き続ける。


「灯のことをずっと好きだったのは私。灯に相応しいのは私。それなのに、急に他の女の子と付き合ったりして、今だって他の女の子と仲良くして、許せなかった。灯は騙されてる。ままごとみたいな安い愛情に振り回されて、可哀想だった。だから、私が助けてあげようと思った」

「お前、何言って」

「だってそうでしょ? この世界は灯がヒーローで私がヒロイン。それだけだから。他の女の子なんて通行人と何も変わらない。それなのに、みんな灯のことを誑かして、拐かして……モブのくせに何様のつもり? そのせいで灯が苦悩してるとも知らずに」


 ヒーロー? ヒロイン? 紗衣は一体何を……どこまで知っている?

 紗衣の言葉を聞いて黙って居られなかったのだろう。亜梨沙が声を荒らげる。


「な、何言ってんだよ。私が灯を好きな気持ちは本物だ。じゃなきゃ私は自殺なんて考えなかった」

「…………よかったのに」


 聞き取れないほどの小さな声。だが、その言葉は促してはいけないと感じた。

 しかし、亜梨沙が「なに?」と睨みつけたことで、紗衣の言葉は加速する。


「あんたなんてどうせこの世界じゃただの通行人。エキストラ」

「もうやめろ」

「私と灯以外がどこで何をしようと関係ないんだから」

「紗衣」

「あんたなんてあのままし」

「紗衣!」


 怒りに任せ、低く鋭い声が出た。

 俺が怒鳴ったことでようやく紗衣は口を噤んだ。


「そこから先は絶対に言わせない。例え幼馴染でも許さない」

「と、灯……? どうしたの? 私は灯のために」

「俺のためを思うなら、これ以上人を傷つけるようなことはやめろ」

「どうして? この世界はひとつの物語なんだよ。灯は知ってるでしょ? だからあんなに悩んでたんだよね?」

「ああ、知ってる」

「だったら、私たち以外はどうでもいいでしょ? 私が灯を幸せにするから。ちゃんとハッピーエンドを迎えられるようにしてあげるから。ね?」


 ハイライトを失ったような虚ろな目。それでいて、俺に懇願するように縋る紗衣は、確かにこの世界のことを知ってしまっていた。


 紗衣は知っていた。この世界がフィクションであることを。俺が主人公であることを。

 だから俺と結ばれるエンディングへたどり着くためだけに、亜梨沙を傷つけたんだ。いや、亜梨沙だけじゃない。このままだときっと、他の人にも危害を及ぼすつもりだろう。


 全てを切り捨てようとした俺とは違う。俺だけを選ぼうとした紗衣の選択が間違っているのかはわからない。

 しかし、物語上正しい行為だったとしても、俺が許さない。許せない。


「お前が俺のことを想ってくれていたのは、嬉しいよ」

「じゃあ……」

「だけど、それは人を傷つけていい理由にはならない。お前のやり方は間違ってる」


 俺も一度は歩もうとした道だ。全てが作り物なら、誰を傷つけてでも俺は主人公にはならないと誓った。


 だが、亜梨沙や桐崎や三雲や汐留や鮮華、武道、涼介さん、三枝先生……それに紗衣だって、みんな自分の想いを抱えてる。

 愛情や友情、慈しみ、優しさ、怒りや悲しみだってそうだ。

 それを簡単に作り物だからと切り捨てて良いわけがない。今だからこそ、そう言える。


「俺は誰かと結ばれるような道は選ばない。そのつもりだった。この世界が全て誰かの手によって作られた創作だと知って、そう決意した。だけど……」


 俺も一歩間違えば、紗衣と同じ道を辿っていたかもしれない。

 傷ついた人たちを見て見ぬふりして、傷つけることになんの躊躇いもなくなって、自分のためだけにこの物語をねじ曲げていたかもしれない。

 そう思うと、途端に苦しくなった。


 俺は救われた。そんな過ちを選ばずに済んだ。

 それは、この世界に生きる人たちのおかげだ。その中には当然、紗衣の存在も不可欠だった。

 俺は紗衣に支えられていた。

 それなのに、どうしてその紗衣が俺が歩みかけていた間違った道を選んでしまったんだ。


「俺に好意を寄せてくれる人も、俺のために力を貸してくれる気持ちも、亜梨沙と付き合っていた頃の思い出も、全て偽物だなんて思わない。信じたくない」


 俺に必死にしがみつく紗衣の体を離した。

 彼女は驚嘆と恐怖が渦巻く眼差しで俺を見上げていた。


「だから、お前がそんな考えで俺と結ばれると思っているなら、俺は絶対にお前を選ばない。俺は、俺が主人公として本当に幸せになれる選択を模索して、必ずこの物語をハッピーエンドで終わらせてやる」


 俺は亜梨沙の手を引いて、紗衣を置き去りにしたまま、その場から立ち去った。


「もう手遅れだよ」


 背後に不穏な気配を感じながら。




 そこからはまあ、最悪な時間だったな。


 円満な解決を望んでいた貴船には期待通りの報告が出来ず、俺がひたすら別行動を望んだせいで武道と吉岡には心配をかけた。

 何も知らない汐留は俺や紗衣のことを気にしながらも、何も出来ずにひとりそわそわしていた。


 自分で選んだ結果だというのに、釈然としない。胸につっかえたものがそこに留まったまま。


 あれで良かったのだろうか。

 紗衣だって、この世界に踊らされた被害者の一人なのかもしれない。

 そう思うと、紗衣をあそこまで突き放して、俺は自分を正当化して、自分は正しいんだと思い込もうとしているようにさえ思えてしまう。


 この世界はフィクションで、紗衣はどこかでそれを知ってしまった。俺と同じだ。

 それなのに、同じ境遇にいる俺が紗衣を否定してしまっては、誰が彼女の理解者になってくれるのだろう。

 人から受ける好意がこんなにも苦しいものだとは思わなかった。

 業を背負った咎人のように、俺の心は雁字搦めになって、歯がゆい気持ちのまま何も出来ずに時間だけが過ぎた。




「じゃ、私帰る時間だから」


 日が傾きかけた頃、亜梨沙はそう言った。

 その日行動を共にした亜梨沙も、俺たちより日程が一日早いせいで今日で帰ることになっていた。


「悪かったな」

「何言ってんだよ。灯があそこまでガツンと言ってくれたのは嬉しかったよ」


 紗衣と話す前から何かを懸念していた亜梨沙は、恐らく紗衣の本質を見抜いていたんだろう。

 あの時ちゃんと亜梨沙の言葉に耳を傾けておくべきだった。これじゃ中学の頃と何も変わらない。


「灯が誰かを選ぶってことは、私にもまだチャンスはあるんだよな?」

「……え?」

「え、じゃねえよ。何がきっかけであれ、私は灯と別れた。でも言っただろ? 私はずっと灯のことを忘れたことは無いって。今でも灯のことが好きなんだ。だから、また灯に選んでもらえるような奴になってみせるからさ」


 笑顔が夕陽に照らされ、朱に染る。

 彼女はどこまでも気丈で、しっかりとした芯の通った少女だ。

 何も変わらないな。俺は、彼女のこういうところに惚れたんだ。

 亜梨沙は大きく手を振り上げて、俺の背中をバシンと叩いた。


「なんだよその顔。灯が落ち込むことは何も無いだろ。灯が言ってたことは正しい。もっと自信持てよなー」


 亜梨沙は白い歯をにかっと見せた。亜梨沙なりに俺を励まそうとしているんだろう。


 俺にはこうして理解してくれる人がいる。鮮華も武道も俺の話をちゃんと聞いてくれた。貴船だって、この世界のことは知らなくても、俺と紗衣がまた楽しく笑えるように努めてくれた。

 だからこそ、俺はこうして、この世界を受け入れるまではいかなくとも、人の気持ちに向き合うことができるようになった。

 だけど紗衣は……。


「灯は何か勘違いしてるよな」

「勘違い?」

「結城さんは間違ったことをしたと思う。それは灯も言ってただろ? でもそれは、結城さんが一人で突っ走った結果だ。灯にどうこうできる問題じゃないんだよ」

「でも……俺が紗衣の境遇に気付いていたら」

「気付けると思うか? 私の気持ちにも気付けないのに」

「それは……そうだけど」

「人の気持ちなんて、考えてわかるものじゃねえだろ。だからこそ私たちは話し合って、お互いの気持ちをぶつけ合うんだよ。喧嘩しても関係が悪くなっても、そうしなきゃならないんだよ。灯と結城さんは今、そのスタートラインに立っただけだろ?」


 確かにそうだ。

 コミュニケーションの基本は会話。人のことを知るにはそれが最も近道で、単純明快な答えだと言える。

 しかし同時に、簡単なことのように聞こえて、とても難しいことでもある。


「結城さんが自分以外の全ての人を蔑ろにしたのは結城さんの本性でしかない。嫌な言い方かもしれないけど、それが本物の結城紗衣なんだよ。灯には、いや、誰にも彼女は救えなかった。それどころか彼女の相談にのることは彼女にとっては救いですらなかったはずだ。ただそれだけの話だ」


 冷たい言い方で悪いけど、と亜梨沙は俯く。

 確かに冷たい。だが、亜梨沙からすりゃとんだ迷惑行為だ。そんな言い方になってしまうのも当然だ。

 それでも亜梨沙は無理やり笑顔を作って、俺の頬に手を触れた。


「結城さんの気持ちもわかる気がするんだよ。私が同じ立場でも同じことをしたかもしれない。だからさ、この先結城さんが道を外しそうになったら、その時に止めてやりゃいいんじゃないかな。過去は過去って割り切るのは難しいけど、結城さんのこと、少しずつ受け入れたいと思うんだよ、私は」


 それが本心なのかはわからない。この世界に必要の無い人間だと揶揄されてなお、そんな言葉が本心で言えるのだろうか。

 それはわからない。無理をしているだけかもしれない。

 だけど、亜梨沙は紗衣と向き合おうとしている。過去を受け入れて前に進もうとしている。

 そんな彼女の前で弱音は吐けない。


「ああ、そうだな。亜梨沙の言う通りだよ、ほんと」

「だろ」


 亜梨沙は眉根を寄せながらも笑顔を見せた。こいつには励まされてばかりだ。

 ふうっと息を吐くと、白い吐息が空に昇った。

 手紙を出した犯人は紗衣で間違いない。その行為は到底許すことも出来ない。

 だが、同じくらい彼女に救われたのもまた事実だ。

 紗衣が居なければ、この物語は俺の独白だけで終焉を迎えていたはずだ。

 最初はうんざりしていた。放っておいてくれと何度も思った。何度も彼女を遠ざけようとした。

 だけど、紗衣は諦めずに俺に話しかけてくれた。ずっと俺のことを心配してくれた。俺を好きで居てくれた。

 今はそうしてくれて良かったと、心の底から思うんだ。


 だから今度は俺が紗衣を救う番だ。

 彼女の過ちは俺が受け止める。これ以上の過ちは犯させない。

 それがこの物語の主人公に選ばれた俺のすべきことだと思うから。




 時間が迫っていると言う亜梨沙を民宿まで送り、俺はセンターハウスへ戻った。


「あ、柊木」

「えっ、あっ! アカリくーん、こっちこっちー!」


 センターハウスに入るや否や、テーブル席に座る貴船に手招きされた。汐留も一緒だ。

 周囲を見渡すも紗衣の姿はない。少しだけ表に出た安堵を隠しつつ二人の元へ向かう。


「どうしたんだ、もう滑らないのか」

「結城さんが体調悪いって言ってたから、民宿まで送ったんだ」

「アカリ君こそどうしたの? 彼女さんは?」

「もう帰るらしい」

「えー、それは寂しいね。彼女さんと話してみたかったなー」

「向こうに戻っても好きなだけ話せるだろ」


 湯気のたつカップを手に貴船は落胆する。亜梨沙と何を話すつもりなんだよ。


「柊木も座りなよ」

「ああ、そうする」


 飲み物を買ってきて三人でテーブルを取り囲むように座る。


「柊木さ、結城さんと何かあったの?」

「えっ、いきなり聞くの!?」


 紗衣は当然ながら、この二人には何も話していないらしい。恐らく、体調不良というのも一人になるための言い訳だろう。

 二人がここに居たのも紗衣の話をしていたからか。貴船は汐留に何か話したのだろうか。

 いや、俺たちの様子を見てりゃ誰でも俺に原因があると気付くか。


「なんだ、喧嘩みたいなもんだ」

「柊木が悪いなら早く謝りなよ」

「なんで俺が悪い前提なんだよ。どっちが悪いとかそういう話じゃねえんだよ。もっと複雑な話なんだ」

「複雑、ねえ」


 怪訝な目で見られても本当にそうなんだよなぁ。紗衣がああなった原因も突き詰めればこの世界がフィクションだったことにたどり着く。

 だから誰が悪いとかそういう話はできない。強いて言えば、悪趣味なシナリオライターが全て悪い。


「柊木、知ってることを全て話してよ」

「なんでだよ」

「うちが知りたいから」

「好奇心かよ」

「違う。うちらさっき話してたんだよね。柊木が抱え込んでる悩みをうちらで解決しようって」

「無理だな」

「なんで?」

「そんなに簡単な話じゃないからだ」


 俺の悩みを解決するってことは、突き詰めればこの世界の不条理に手を伸ばすような行為だ。

 ヒロイン候補と言えど、世界をどうこう出来るような超常的な力は持ち合わせちゃいない。この物語はただのラブコメなんだから。

 はぐらかそうとも突き放そうとも、汐留の目は俺を真っ直ぐに見つめたまま動かない。

 互いに睨み合ったまま、時間だけが流れていく。


「……それって、この世界がどうって話と関係があるの?」


 沈黙を破ったのは、予想外な貴船の一言だった。


「……貴船」

「ご、ごめんなさいっ! どうしても心配でついて行っちゃったの。全部は聞こえなかったけど、この世界はアカリ君と紗衣ちゃんのためのものだって……」


 深いため息をつく。まさか話を聞かれていたとは。

 頭を下げる貴船に悪意は感じられない。きっと彼女は、本気で俺たちを心配していたのだろう。

 そこまで聞かれておいて、何も知りません、じゃ通用しないよな。


 不本意ではあるが、俺は二人に話すことにした。もちろん、紗衣の行いは隠して。

 信じてくれるかはわからない。信じないならそれでいい。ただの戯言だと流す方が、彼女たちにとっても幸せなことだろう。


「この世界は、誰かの作り話──つまり、フィクションの世界なんだよ。俺は偶然それを知ることになった。俺が今まで生きてきた記憶もお前らが俺にかけた言葉も全て作り物。そういう世界だって知った。それで紗衣の気持ちに応えられず、関係が拗れた……と、そんなところだ」


 矢継ぎ早に、少しの嘘を交えつつ、そう説明した。

 改めて口にしても気分の悪い話だ。

 俺の行動に俺の意思はない。彼女らの言葉に彼女らの感情はない。

 マリオネットのように誰かの思うままに操られ、自分じゃない誰かの言葉が自分の口から漏れ出て行く。

 ちゃちな寸劇だ。園児の学芸会よりも稚拙で、そこらの悲劇よりも余程胸糞悪い茶番だ。

 何度説明しても、この気分の悪さには慣れそうにない。

 この事実を無関係な彼女たちに話さなければならないのも最低な気分だ。


「作り物って、りりが言ったことも全部?」

「かもな」

「アカリ君が言ってくれたことも、全部そうなの?」

「……ああ」

「そう……なんだ」


 貴船はあからさまにショックを受けている。それも仕方ないことだろう。

 お前が今までしてきたことは、誰かの意思によるものだと、引いてはお前の代わりは無数に居るのだと言ってるんだからな。


「バカみたい」


 しかし、汐留はコーヒーを飲み干してそう言った。


「うちはうちのしたいようにしてる。柊木の話を聞いたのだってうちの意思。柊木に勉強を教えてもらったのだってそう。それさえ誰かの手のひらの上だったとしても、うちは今まで通りうちのしたいようにするだけ。それがその物語にとってプラスでもマイナスでも関係ないし」

「結奈ちゃん……」

「りりだってそうでしょ? りりがうちと仲良くなろうとしてくれたのも、うちにいろいろ相談してくれたのも、りりが決めたことじゃん。柊木が嘘をついてるとは言わない。でも、うちらはうちらの生きたいように生きればそれでいいんじゃない?」


 心にかかっていたモヤがパッと晴れたような気がした。

 ごもっとも、だな。

 汐留があまりに真剣な目でそんな力説を説くものだから、俺は思わず笑ってしまった。


「ま、真面目な話ばしよっとけど! なんば笑いよっとね!」

「いや、汐留の言う通りだなって。俺は難しく考えすぎていたらしい」


 自分のしたいように、か。自由気ままな汐留らしい答えだ。

 ずっと喉につかえていた感情がスっと流れていく気分。

 それがどうにも心地よくて、強ばっていた体から力が抜けて行く。


「ふふ、結奈ちゃんの言う通りだね。りりもりりのしたいようにする!」

「だな」


 笑い合う俺たちを見て汐留は赤面している。

 俺のしたいことって何だろうな。

 ……そうだな。少なくとも今は、こうして自然に笑っていられること、かな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ