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第三十九話 シナリオと自分の意志

「やっぱ寒いわ」

「そうだね。柊木君、マフラーは?」

「持って来てない」


 失敗したと思う。寒いだろうとは思っていたが、マフラーなんて普段着けていないせいで家に置いてきてしまった。

 降雪地域の気温を舐めていた。首から冷気が襲ってきて体の芯から冷えそうな勢いだ。


「体動かせばあったかくなるっしょ! ほら行こうぜー!」

「あいつ元気だな」

「啓介の良いところだね」


「僕たちも行こうか」と武道に促され、寒さをものともせず駆けて行く吉岡の後を追った。

 民宿で挨拶を済ませてゲレンデに向かうと、既に貴船たちが準備を終えて待っていた。


「遅いよー」

「仕方ないだろー。男子の民宿って遠いんだぜ?」

「女子の民宿はすぐ近くなのか?」

「あ、うん。うちらはすぐそこの民宿」

「紗衣ちゃん、寒いから早く滑ろうよ」

「そ、そうだね」


 合流した俺たちは軽く会話を交わして、スキーの準備に取り掛かる。

 宣言通り、ほとんど紗衣にくっつく形で話している貴船。少し離れた場所で身震いしながらスキー板に足を通している汐留。顔が死んでるけど大丈夫か?

 ……もう一人足りないな。


「なあ、桐崎は?」

「アカリ君、聞いてなかったの? 茜ちゃんはお休みだよ」

「ほんともったいねえよなー。せっかくの修学旅行だってのに」

「風邪なら仕方ないよ。無理に来て悪化しても困るからね」


 修学旅行に休みか。俺も休みたかったな。

 と言うと休んでいる桐崎に失礼だろう。せめて手土産と土産話くらい持って帰ってやろう。


 そんなこんなで準備を済ませ、いざスキー開始!と、リフト乗り場へ向かおうとしたその時、スマホがブルブルと震えた。


「ごめん、ちょっと電話」

「柊木ぃー。先行っちゃうぞー」


 ごめんごめんと謝りながら画面を確認すると、亜梨沙からの着信だった。


「なんだよ」

『ラブコール』

「いやそうじゃなくてな?」

『もうスキー場着いた?』

「今からリフトに乗るところだ。切るぞ」


 切る前に切られた。何だったんだよ。

 再度合流し、改めてスキー開始!と思いきや。


「よ、灯」

「お前……誰?」


 スキーウェアに身を包み、ゴーグルまで装備している怪しい人に声をかけられた。


「誰は酷くね? 彼女に対してさ」


 フードとゴーグルを外すと、そこから見覚えのある顔が出てきた。ウルフカットの短い髪をさらさらと振って、にっこりと微笑んだのは亜梨沙だった。


「あ、亜梨沙……なんでお前ここに……」

「え、私も修学旅行。今電話しただろ?」

「だろって言われてもわかるかよ!」


 日程や行先聞いてきたのはこのためかよ。つかどうすんだよこの状況。


「えー! 柊木の彼女!?」

「ねえ、柊木君の彼女が来てるって」

「え、どれどれ」

「やべ、超可愛いじゃん」

「柊木死ね」


 おい誰だ今の。喧騒に混ざって明確な殺意が聞こえたんだが?

 吉岡が大きい声で反応するもんだから、他の班の奴らまで集まってきた。マジでどうすんだこれ。


「西山さん……」

「結城さん、久しぶりだな。元気してた?」

「あ、うん。西山さんも」

「私はいつも通り元気だぜ!」


 そのキャラはなんだ。恐らく警戒から出る空元気だろうけど。そこまで表面武装するならわざわざ接触するタイミングで来なくても……。


「アカリくーん! りりたち先行くねー!」

「あ、おう」


 貴船は班の連中を連れて、リフトへと足を向ける。

 やべえ、貴船は頑張って俺との距離縮めようとしていたのに、彼女が現れたんじゃ俺がクズ野郎みたいじゃねえか。

 こんなことなら貴船には相談しておくべきだったか。


「ちょっと来い」

「やーん強引!」


 変なキャラを通す亜梨沙の腕を引き、センターハウスの裏手へ移動する。

 ここなら人目に付くこともないだろう。


「お前なぁ、居るなら居るって言っとけよ」

「サプライズの方が面白いかなって思ってなー」

「じゃなくて。お前、無理しすぎだ。顔が引き攣ってんぞ」

「あー……バレたか」

「当たり前だろ。ったく」


 亜梨沙の反応からして、彼女が想定している犯人も紗衣で間違いないのだろう。

 だが、亜梨沙にとっては自身を自殺にまで追い込んだ相手だ。そんな相手の前に出てくるのは怖かったはずだ。


「おびき出すなら、直接恋人っぽいところ見せつける方が早いと思ったんだよなー」

「だからって、お前が無理してちゃダメだろ」

「心配してくれるんだ」

「うるせえよ」


 そりゃあれだけ怯えて肩を震わせながら笑う姿を見てりゃ心配にもなる。

 ただ、亜梨沙の言う通り、直接見せつけるのは一番良い手だとも思う。


「亜梨沙、お前のところは自由行動なのか?」

「うん。班別行動にはなってるけど、個人個人で動いても問題ない」

「じゃあ俺と一緒にいろ。絶対に一人で接触するなよ」

「え、どうしたの急に」

「お前らが互いに変な気を起こさないように見張るためだ。あくまで俺は、あんな事をした理由を聞き出したいだけだからな」

「わかってるよ。私だって怖いから二人きりで話したくないし。恨みはあるけど、それでどうこうしたいわけじゃない」


 俺たちの目的はあくまで、紗衣が俺たちを別れさせた理由を突き止めることだ。それを知れば、この物語で俺たちが別れなければならなった理由もわかることになる。

 引いてはクソみてえなシナリオライターの真意が突き止められると思っている。


「あと、ゴーグルとフードは外すな」

「なんで?」


 亜梨沙は目を丸くして首を傾げる。見た目はボーイッシュで可愛いから目立つ、とは言えないよなぁ。


「なんでもだ」

「せっかくだし、異性関係に困ってるならこんな顔の彼女が居るって見せればいいだろ」

「うるせえ」

「照れてやんのー」


 確かに言い寄られることは減るだろうが、それ以上に俺たちの関係について部外者に質問攻めされるのが嫌なんだよ。

 それに、この物語じゃ俺だけでなく、ヒロイン候補である亜梨沙にも何が起こるかわからない。目立たないに越したことはないはずだ。


 なんとか顔は見せないようにする方針で納得させ、俺たちは普通にスキーを楽しむことにした。


 元々運動神経が悪くない俺に対し、運動は苦手な亜梨沙はスキーが絶望的に下手だった。

 ちょっと滑っては転び、スピードが出て止まれなくなっては転び、なんなら歩いてるだけでも転んだ。


 その度に亜梨沙は悔しそうにしながらも笑っていたが、俺はどうしてもあの問題が胸に引っかかって、素直に楽しむことが出来なかった。




「じゃ、私そろそろ戻る」

「おう、また明日な」


 日も暮れてきた頃、亜梨沙は集合時間とのことで俺たちは別れた。

 聖女は昨日から来ていて明日の夕方には帰るとのことで、それまでは一緒に行動することになった。


 時間を持て余した俺は、センターハウスで班の連中を待つことにした。

 数分後、先に女子三人が戻って来た。


「あ、アカリ君」

「よう。武道と吉岡は?」

「上級者コースに行っちゃった」

「さすが運動部」


 吉岡も確かサッカー部だった気がする。女子三人はお世辞にも運動ができるとは言えないため、別行動することになったのだろう。


「アカリ君、ちょっといい?」

「ああ」


 まあそうなるよな。あの女誰よ!のパターン。

 貴船の性格上そんなことは言わないだろうが、少し傷つけてしまったかもしれない。


 そんな俺の不安は杞憂に終わった。


「ねね、なんで付き合ってるフリなんてしてるの?」


 なんでわかるんですかねぇ。よく見てるとかそういうレベルじゃないだろ。人の思考でも読めるのかこいつは。斉木楠子ちゃんでしたか?


「すげえなほんと。どこでわかったんだ」

「アカリ君なら本当に付き合ってる人は隠したいと思って。さっきの子もわざと見せびらかしてるように見えたの」

「なるほど。まさにその通りだわ」


 中学時代に付き合っていた時も大っぴらに付き合っていることを公表したことはない。偶然人に見られて噂になっても、なんとか隠そうとしていた。

 俺があまりそういうのを表に出したくないところまでよくわかっていてむしろ怖い。これが俺の事を知ろうとした努力の成果か……。


「他の奴には言うなよ」

「わかってるよー。だから二人きりになったんだよ?」


 こういう細かい気遣いまで完璧ときたもんだ。そりゃモテるわけだわ。

 ここまで徹底して下準備を整えてくれた貴船に黙っているわけにもいくまい。

 彼女は薄々、俺とその周囲を取り巻く関係性に気付いているはずだ。その上で接触してきたのなら、良い協力者になってくれるかもしれない。


「俺と亜梨沙……さっきの子は、中学の頃に付き合ってたんだよ。でも、別れた。別れさせられたんだ。手紙で待ち合わせ場所を変更されてさ。連絡手段もなかったから俺たちは別の場所で相手を待ち続けて、約束をすっぽかされたと思って……そのまま。それから俺は、人の好意を素直に受け入れられなくなったて、あいつは自分の命まで追い詰めてた」


 多少の嘘は含まれているが、大体のあらすじはそんなところだ。

 こうして貴船に相談していると、危うくこの世界のことまで話してしまいそうになる。

 貴船なら俺の悩みをちゃんと聞いてくれるかも。話を聞いて一緒に背負ってくれるかも。そう思わせる魅力があるんだ。


「それって紗衣ちゃん?」

「マジですげえな。確定ではないけど、たぶんそう」

「でもおかしくない? 次の日に会えば話せたよね。学校とか、家に行くとか」

「……まあな。でも、フラれたんだと思って、俺は翌日から学校に行かなかった。受験も終わって自由登校だったしな……。亜梨沙に理由を聞くのが怖かったんだよ」


 自分で言っていて情けない話だ。貴船もそう思ったのだろう。頬を膨らませて、こつん、と軽く俺の頭を叩いた。


「それはアカリ君も悪いよ」

「……だな」

「うん。紗衣ちゃんが手紙を出して、二人が別れるように仕向けたのかもしれない。でも、アカリ君が学校に行けば、家まで行ってちゃんとあの子と話せば、誤解は解けてたもん。アカリ君も辛い思いをしなくて済んだし、あの子も自分を追い詰めるようなことはなかったよ」

「ほんと、言う通りだわ」


 真っ直ぐに見つめる貴船を直視出来ず、目を逸らす。

 いつの間にか人のせいにしていた。俺たちは誰かのせいで別れたと。そういうシナリオにされたんだと。

 俺が学校に行かなかったのもそういうシナリオだったと責任転嫁するのは簡単だ。もしかしたら、本当にそうだったのかもしれない。


 でも、亜梨沙と話をしないという選択をしたのは俺の意思だ。

 誰かを思う気持ちに本物があるなら、俺のそれだって本物だ。

 俺が逃げたかった。真実を知りたくなかった。そう思ったのだって本物のはずなんだ。

 貴船は俺の頭をそっと撫でる。


「ちゃんとお話しよ? あの子と、紗衣ちゃんと、三人で。もし不安ならりりも一緒に居てあげるから。ね?」


 その手は小さくても温かい。俺を慈しむような、包み込むような優しい手。


「ああ。明日ちゃんと話すよ。でも、俺たちだけで大丈夫」

「そっか。じゃありりは円満に解決したよーって報告だけ待ってるね」


 そう言って貴船はにこりと笑う。

 ほんと、この世界のことを知らなければ俺はきっと彼女を好きになっていたのかもしれないな。

 そんなことを考えてしまうほど、やさしく温かい笑顔だった。

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