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第三十八話 あざとい協力者

 文化祭が過去のイベントになると、生徒たちは期末試験に向けて勉強一色。

 とはならず、すぐさま次の行事に向けての準備が始まった。

 次は高校生最大のイベント。そう、修学旅行だ。


 常陽の修学旅行は毎年十二月の頭に長野でスキー体験というのが恒例だ。俺たちの代も当然同じ。

 そのため、十一月になると班分けやしおりの作成などの準備が始まる。

 そしてそれは、俺にとっての地獄の時間を意味していた。


 俺は少しずつクラスメイトと話すようにはなったが、決して仲良くなったわけじゃない。

 大抵の奴らは元々仲の良い連中と集まり、既に複数の班が形成されていた。

 俺はと言うと、教室の端っこでぼーっと窓の外を眺めていた。

 彩りを失った木々。澄んで果てしなく遠く見える空。窓は閉め切っているのに、冬の寂しさが肌に直接伝わってくるようだ。


 今決めているのは民宿で同じ部屋になる生活班だが、この後は男女混合で行動班まで決めなければならない。

 俺は一人で居ることには慣れてしまったし、別に一人で行動しても構わない。しかし、学校の行事とあっては、そんなわがままも通用しない。

 だから俺は、人数が足りない班に入れてもらうことにした。俺を入れる側としては勘弁してほしいだろうけど。

 我関せず焉、と長いホームルームを待っていると、俺に話しかける一人の男が現れた。


「柊木君、一緒の班にならない?」


 爽やかな笑顔。真っ白な歯。一切の悪意すら感じられないその雰囲気。

 説明の必要も無いな、武道だ。文化祭が終わった今、自発的に俺に声をかける男なんてこいつしかいない。


「なんだよ急に」

「どうしたんだい、そんなに驚いて。僕が君を誘うのがそんなに意外かな」

「意外だな。お前なら他に仲良い奴がいるだろ。サッカー部の奴とか」

「はは、そうかもね。だけど、僕は君と一緒に過ごしたい」

「何それ気持ち悪い」

「酷い言われようだね。これでも柊木君と仲が良いつもりだったんだけどな」


 マジか。こいつ、喋った相手は全員友達になるタイプか?

 その中でも俺に話しかけてくるということは、俺たちは既に親友という可能性もある。

 ふふふ、こいつもとうとう主人公として生きる覚悟を決めたということか。親友ポジに、俺はなる!


「俺は相手も居なかったし、別にいいぞ。浮くのは流石にちょっと傷つくからな」

「そうかな? 皆、柊木君狙いだったと思うよ」

「は? なんで」

「たぶん、女子が柊木君狙いだからじゃないかな」


 小声でそう言われ周囲を見ると、確かに皆が皆俺たちの方を見ていた。いやー、モテモテで困っちゃうなぁ。ほんと困るからやめてね。

 状況を理解してわざとらしくため息をつくと、武道はにこりと笑った。


「もう一人は啓介でいいかな? 啓介なら君にとっても無害だし、場を盛り上げてくれると思うよ」

「啓介?」

「ああ、吉岡だよ」


 あいつそんな名前だったのか。まあ、俺としてもそれなりに話したことのある相手の方がありがたい。


「なるほど。じゃあそれで」

「良かった。それじゃあ、班が決まったって伝えてくるよ」


 武道はそう言ってクラス委員に報告をしに行った。モブはモブらしくモブと組みたいところではあったが、これはこれでチャンスかもしれない。

 武道と一緒に居ながらモブに徹することで、俺の主人公としての存在価値が下がる。流石俺、有能か?

 だが、武道と組むと余計に女子に囲まれることになるんじゃないのか。うーん、これは無能。



 生活班が決定し、次は行動班を決めることとなった。

 単に男子の班と女子の班をくっつけるだけだから、そう難しいことは無いはずだ。

 無いはず……なんだけどなぁ。

 女子たちはなにやら牽制し合っている様子。なにこれ、どういう状況?

 男子衣装コンテストの優勝と準優勝が揃っているんだ。注目されるのも無理はない、か。ライオンの檻に入れられた気分だな。


「アカリくーん! 行動班一緒になろー」


 おーっと先制攻撃を仕掛けたのは貴船選手! 周囲の空気をものともせず突っ込んできたァ!

 もう面倒臭いから貴船でいいや。


「ああ、わかった。二人が良ければ」

「柊木君がいいなら僕もいいよ」

「俺もオッケー!」

「やったー、じゃあ決定だねー」


 そういうことで行動班は即決。落胆する女子たち。

 正直誰でもよかったから最初に話しかけてきた人に決めようと思っていた。思った通りの奴が来たけど。


「因みに貴船の班は他に誰がいるんだ?」

「えっとね、結奈ちゃんと、茜ちゃんと、紗衣ちゃん!」


 その名前を聞いた瞬間、背筋が凍るような感覚に襲われた。

 なぜその四人で固まったのか、そもそもどうして四人なのか、そんなことはどうでもいい。

 そんな疑問よりも先に、その名に言い表し難い恐怖を感じた。

 ここ一週間ほどずっと避けていたのに、それでも逃れられなかった。


「灯、同じ班だね」

「あ、ああ。よろしくな」


 できるだけ平静を装って答える。

 紗衣と話していると、嫌でも亜梨沙の言葉を想起させる。


── 私が灯以外の人好きになれるわけないだろ。


 亜梨沙は確かにそう言った。

 亜梨沙に新しい彼氏なんて居なかった。だが、紗衣からは彼氏が出来たと聞いた。

 そもそも、亜梨沙と紗衣は近況報告をし合うような仲じゃなかったはずだ。亜梨沙に彼氏が出来たところで、紗衣がその報告を受けることは無いだろう。

 じゃあ、どうして紗衣はそんな嘘を?


 落ち着け。まだ紗衣が犯人だと決まったわけじゃない。亜梨沙だって、特定の誰かを指したわけじゃないんだ。

 たかがひとつ、言葉に矛盾があっただけ。それだけだろ。


「珍しい組み合わせだね」

「りりと紗衣ちゃんで一緒の班になろーって話してて、りりが結奈ちゃん誘いたいって言って、茜ちゃんも話してみたかったから私が誘ったの」

「貴船さんすげー、行動力あるよな!」

「そうかな? せっかくの修学旅行だし、これを機に仲良くなれる方が良いかなーって思っただけだよ」


 クラストップレベルの美男美女〜吉岡を添えて〜の会話を横目に見ながら、俺は呆れたようにため息をつく桐崎に話しかける。


「なんで四人なんだ」

「男子は二十一人でちょうど三人ずつかもしれないけれど、女子は二十三人。四人の班もできるのよ」

「あー、そりゃそうか」


 それで巻き込まれたってことね。可哀想に。

 にしても同じクラスのヒロイン候補が全員集まるとか、これなんてラブコメ?

 元々ラブコメだったわ。じゃあ、疑念渦巻くシリアスな話はやめてくれませんかね……。



 班決めも無事……ではないが終わり、俺は学校を出る。

 真っ直ぐに校門を目指すと、周囲の注目を浴びながら、この学校の制服ではない少女が佇んでいた。


「悪い、待たせた」

「毎回謝らなくていいって。帰ろ」


 亜梨沙との会議の結果、常陽に居るであろう犯人──俺たちを別れさせた人物のしっぽを掴むため、亜梨沙が暇な日は一緒に帰ることになった。

 今日で三日目になるが、相変わらず何の変化もなく、俺たちは普通に恋人として振舞っている。


「私から提案したことだったけど、灯はこれで良かったのか?」

「何が?」

「いや、新しい恋人とか……ほら、文化祭の時にいた女の子とか」

「何の心配だよ。付き合ってねえって。それにあいつには一応説明してる。詳しいところは省いてるけど」


 理由があって放課後は時間を作れないと伝えた時、三雲は少し寂しそうな顔をしていた。だが、あいつは何も聞かずにそれを受け入れてくれた。

 まあ、代償として昼休みは毎日三雲と過ごすことになったが。


 三雲や俺のことは気にするなと再三説明したが、やはり亜梨沙は申し訳なさそうに顔を曇らせる。

 そんな彼女を見ていたくなくて、俺は話を逸らす。


「そういや今日、修学旅行の班分けがあってさ」

「大丈夫? 灯ひとりぼっちの班になってない?」

「バカにすんな。主人公みたいなイケメンと一緒だわ」

「おお、ダブル主人公みたい」

「じゃなくてだな。もしかしたら、犯人と同じ班になったかもしれねえ」

「犯人」


 亜梨沙はきゅっと眉を寄せる。


「灯の修学旅行って、十二月最初の木曜から土曜でスキーだったよな。場所は?」

「長野……確か俺のクラスは白馬」

「なるほど。それは使えるかも」

「使える?」

「いやこっちの話。寂しいだろうから連絡してやるよ」

「いらねえよ。あーいや、それもありかもな」

「ラブコール待ってろよな」

「すぐ切ってやろうか」

「やーんひどーい」

「きしょ」


「は?」と低い声で凄まれたので、俺はそっと目を逸らす。

 ともあれ、俺にとっては楽しい修学旅行とはなりそうにないなと、少し諦め気味になっていた。


 少し億劫なまま、無情にも時間は流れる。


 やがて大波乱が待っていそうな修学旅行当日を迎えた。小波乱くらいで勘弁してください。お願いします神様仏様クソッタレな作者様。




 十二月にもなると制服の上からコートを着込まないと寒くてしょうがない。

 これから向かう先は降雪の多い地域だ。普通の防寒じゃ凍死するんじゃなかろうか。


 目的地までは五時間にも及ぶ長いバスの旅だ。朝早くから集合させられたせいで気分も晴れない。元から曇り時々大嵐みたいな予報だけどな。

 大きい荷物を預けて乗り込むと、暖房のおかげで快適だ。

 適当に窓側の席に座ると、すぐに隣に座り込む人物が。


「アカリ君、隣いい?」

「もう座ってんだろ」

「アカリ君なら断らないかなーって」

「まあいいけど」


 貴船はにこっと天使のような笑顔を見せる。あざとい。

 ついでにコートを脱ぎ、「バスの中暑いね」と吐息を漏らす。うーん、あざとエロい。

 まあ、気まずくなるような相手よりはマシだな。にしても貴船って距離の詰め方えぐいよな。殺し屋の異名は伊達じゃない。


 バスに揺られる間、ひたすら貴船と会話をしていた。よくまあそんなにぽんぽんと話題が出てくるもんだ。配信とか向いてそう。貴船の見た目とキャラなら投げ銭で大儲け出来そうだな。


「アカリ君ってさ、今なにか悩み事があるよね」


 他愛もない世間話から一転。急に真面目な顔でそんなことを言い出す貴船。一転どころか急転直下やめろ。


「なんだよ急に」

「急じゃないよ? 実は明ちゃんにも少し聞いてたんだ。アカリ君、昔はもっと明るい人だったって。それが急に人と話さなくなって……明ちゃんと仲直りしたのも最近なんだよね?」


 うちで食事をした時に連絡先を交換したのは知っていたが、まさかそこまで聞いていたとは。


「まあな。でも気にすることじゃねえよ」

「アカリ君が気にしてないならいいんだよ。でも、アカリ君はりりにとって信頼できる人だから、もしも悩んでることがあるなら、何か恩返しができないかなって」

「返される恩もないな。貴船が俺の事を信頼してくれてるだけで、俺がなにかしたわけじゃない」

「りりを助けてくれたもん」


 わがままを言う子供のように口をとがらせる貴船。

 俺も別に貴船のことを信頼してないわけじゃない。信頼とまでは言えないかもしれないが、誠実で真っ直ぐな貴船の印象は、関わる前と比べると段違いに良いと思ってる。

 しかし、悩みを話せるかどうかは別だ。そもそも話してどうこうなる内容でもない。


「話して解決する問題じゃないんだよ。だから、気持ちだけで充分だ」

「解決はできなくても、一緒に悩んでアカリ君と一緒に背負うことはできるよ?」

「それ、お前にメリットないだろ。俺からの好感度が上がるわけじゃねえぞ」

「知ってるよ? でも、アカリ君が少しでも楽になるならりりはそれでいいよ」


 貴船はそう言って目を細める。

 いつもなら聞き分けが良く、俺が断ればそれ以上踏み込まないくせに、今日はやたら積極的だ。

 修学旅行のテンションってやつか。テンションに任せると身を滅ぼすぞ。酒と同じだ。知らんけど。


「もしかして、班決めのこと? みんなアカリ君と仲良くしてたから大丈夫かなって思ってたんだけど、避けたい人がいたとか」


 人目を気にするからこそなのだろうか。よく人のことを見ている。俺が隠すのが下手だったのもあるだろうけど。

 だがまあ、そこまで見抜かれているなら、その件については少し話してもいいかもしれない。


「まあ、そんなところだ」

「紗衣ちゃん?」


 びくりと体を震わせると、貴船は「やっぱり」と眉根を寄せて笑う。


「最近少し避けてるように見えたからそうなのかなーって」

「お前すげえな。エスパーかよ」

「アカリ君がわかりやすいんだよ。ごめんね、りりのせいで」

「貴船のせいじゃないだろ」

「でも」

「りりは悪くない」


 貴船は目を丸くして、ぽっと音が聞こえそうなほど顔を赤らめる。


「な、名前で呼んだら言い返せないと思ってるでしょ」

「まあな」

「むー」


 貴船は俺をわかりやすいと評したが、貴船も相当だと思う。あとその頬膨らませるの、ちょっと可愛いからやめて。あざとい。


「じゃありり、紗衣ちゃんと一緒に行動する。そしたらアカリ君も安心でしょ?」

「いや、そこまでしなくても」

「アカリ君が紗衣ちゃんのこと避けてるって、たぶん本人も気付いてるよ」

「マジか」

「これ以上やりすぎると、紗衣ちゃんも傷付いちゃう。理由はわからないど、アカリ君がそうしたいなら、りりは手伝いたい。アカリ君が話してくれたんだもん。私は力になるよ」


 貴船はピースしてにこりと笑う。無理やり引き出されただけな気がするが、班行動という閉鎖空間で紗衣を避け続けるのは確かに難しいだろう。

 だからといって、紗衣があの犯人だと確証もないまま問い詰める勇気もないし、紗衣は潔白だと信じることも出来ない。

 ならば、今は貴船の優しさに甘えてもいいんじゃないか。


「わかった。頼む」

「任された!」


 貴船は、ドンッ……というか、ぽよんと胸を叩く。それやめてね。眼球吸い込まれそうになるからもうしないでね。


「アカリ君が人と話さなくなったきっかけも、いつか教えてね」


 耳元でひっそりと囁く貴船。そっちは上手いこと流れたと思っていたんだが。

 屈託ない笑顔でそう言われ、「いずれな」とだけ返した。

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