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第三十七話 帰ってきたラブコメ要素

 深い深いため息が出る。吐き出しすぎて肺が空っぽになりそう。全集中の練習ってこんな感じなのかもしれない。


 亜梨沙の家を訪れた翌日。

 俺は朝から呼び出しを食らい、ショッピングモールへと足を運んでいた。

 正直、全くそんな気分じゃない。午後からの汐留との勉強会ですら断ろうと思っていたのに。

 そんな俺のことはお構い無しに、俺を呼び出した張本人は服を着替えては俺に見せびらかしている。


「これはどう?」

「あー似合う似合う」

「アカリ君、さっきから全部その反応だねー。楽しくない?」


 黒のワンピースに白のアウターを羽織った貴船は俺の顔を覗き込むように首を捻る。その上目遣いといい起伏がはっきりした服選びといい、ほんと男心をわかってる奴だ。あざといな。


「楽しくないわけじゃないんだけどな」

「ショッピングって男の子は暇だもんね。急いで決めるからちょっとだけ待って」

「いや、ゆっくりいいよ」

「良くないよ、そういう気遣い。りりは嬉しいけどアカリ君は疲れちゃう」


 そう言う貴船も結構気を遣ってんだよなぁ。気を遣わせる原因が俺にある以上何も言えないけど。

 ただ、先日のことを有言実行しようとしている貴船の気持ちをぞんざいに扱うのは良くないのは確かだ。


「あー、あれだ。今まで着た中だと一番可愛いと思う」

「ほんと? じゃあこれにしちゃお」


 果たしてセンスの欠けらも無い俺の好みで良かったのだろうか。まあ、貴船が決めたことに口を出すつもりもない。


 服を買い終えた貴船がご飯にしようと言うので、俺たちはフードコートに入った。


「なんか意外だな。もっと洒落た店に行くのかと」

「えー。私たちまだ学生だよ? そんな高価なお店には行けませーん」


 べっと舌を出す貴船。ほんとあざといなこいつ。それが可愛いのは創作の中だけだ。あ、ここも創作でしたね。そりゃ可愛いわけだ。


 今までも美人だったり可愛かったり、顔が良い女の子と仲良くしていた。それがラブコメの主人公の宿命だと言わんばかりに。

 しかし、貴船は顔だけでなく行動や発言、細かい仕草に至るまで、可愛いを追求した可愛いの権化みたいな奴だ。

 そのせいか、俺の中にある男としての本能が少しずつ気を許している気がしてならない。

 以前のような苦手意識はないが、いつの間にか虜になりそうという意味ではやはり苦手だ。


「私、うどんにしよっかなー」

「マジか。もっとこう、『私可愛いでしょ』ってアピール出来るもん選ぶと思ってた」

「アカリ君って私のこと、可愛さのおかげで成り立ってる人って思ってるよね?」


 あ、バレてた。

 図星ですって顔をしてしまったせいか、貴船はくすくすと笑う。


「間違ってないかもしれないけどね。でも、私の可愛さは努力した成果なんだよ? どうしたら可愛く見られるか、研究して実験して、失敗したらまた反省してやり直し。その結果が今のりりなのです!」


 ふふんと鼻を鳴らしてふんぞり返る貴船。人は見かけによらないってのは本当なんだな。

 現に貴船は、男子から見れば誰もが虜になるほどに、女子から見れば男子の視線を独占するほどに、可憐で愛らしい女の子の地位を確立している。

 俺はどうやら貴船に対して大変失礼な印象を抱いていたらしい。

 彼女も彼女なりに悩み努力した結果、今の貴船りりという少女が出来上がっているわけで、褒められても「顔が良いだけ」なんて貶される筋合いは無いだろう。

 俺も考えを改めなければ。


「すげえな。そりゃ自信も持てるはずだわ」

「でしょー? まあ、うどんを選んだのは私が食べたかったからってだけなんだけどね。アカリ君って可愛いもの食べてもそう簡単に落ちなさそうだし」

「よくわかってんな」


 むしろ自分に正直に好きなものを食べて好きなことをする方が好感がある。あれ? 既に落ちかけてません? 恋に落ちるまであと一歩の崖っぷちですよ、船〇さん助けて!


「あと、うどんを舐めない方がいいよ」


 何を言ってるんだこいつは。うどんは啜るものだろ。あ、そういう話じゃないですね、はい。



 貴船が言っていた言葉の真意は、食事を始めてからすぐにわかった。


「はふ、はふ」

「……」

「ん、あちっ」

「…………」

「アカリ君、食べないの?」

「え、お、おう」


 あつあつのうどんを吐息で冷まし、それを啜るだけ。それだけだ。それだけだろ?

 なのに、どうしてこんなに可愛らしく見えるんだ。そんなのが通用するのは創作だけだぞ! あ、創作でしたね。いやさっきこの流れやっただろ落ち着け俺。


 なんとか気を逸らそうとハンバーグにありつく。美味しい。美味しいなー、ハンバーグじゃなくて目の前のうどんに視線が吸い込まれるのは何故でしょう?

 彼女にすっかり目を奪われてしまった俺の視界に可愛らしい双眸が映り込む。


「ふふーん。思い知った?」

「……そりゃもう存分に」


 うどんを舐めていた。たかが食事でここまで可愛さを追求出来るとは。これを分かっていてやっているのだから、尚更タチが悪い。これこそ小悪魔だ。

「俺の負けだ」と付け加えると、貴船は満足そうに満面の笑みを見せる。魅せるの方が正しいかもしれない。

 ほんと、魅了ですよこんなの。ソシャゲなら天井まで何万もつぎ込むレベル。天井無かったら破産まで限界突破しそう。


 ハンバーグは美味しかったが、敗北を認めても可愛さを見せつける貴船のせいで胃もたれがすごい。文字通り、君の笑顔でお腹いっぱいだよ……。



「アカリ君ってこの後予定あるんだよね?」


 フードコートを出てバス停まで移動しながら、貴船が問いかけてきた。


「ああ。そろそろ帰る」

「えー、寂しい。因みに何の予定?」


 その上目遣いやめろって。寂しそうな演技さえ女優クラスだ。こいつはどこまでが本心なのか、鮮花とは違う意味でよく分からない。

 まあ、汐留に勉強を教えていることはクラス中に広まっただろうし、隠す必要は無いか。


「俺ん家で汐留と勉強会」

「私も行く!」


 隠す必要あったわ。

 まさかそう来るとは思わなかった。いや、想定しておくべきだった。

 彼女の距離の詰め方は常人のそれとは段違いなんだ。家に着いて来ることも想像に難くないはずだろ。

 くそ、これも貴船の魅了のせいか。俺の思慮が足りなかっただけですね、はい。


「お前、汐留と接点あるのかよ」

「無いよ? でも汐留さんと仲良くしたいなーって思ってたから」

「いや汐留が困るだろ」

「じゃあ聞いてみて、ね? おねがいっ!」


 どうにか断ろうと奮闘してみたが、俺には無理だ。既に可愛いの包囲網に囚われていた。

 語尾にハートマークが着きそうなお願いに気圧される形で汐留に連絡すると、すんなり了承された。

 汐留なら断ると思っていたんだが、どうやらここ最近で彼女にも心境の変化があったのかもしれない。一匹狼も今や牙が折れ、大人しい子犬になってしまった。

 きっと彼女にとっても良い変化なのだろうけど、断ると期待していた俺には想定外な返答だった。

 ともあれ、汐留が良しとするなら俺が断る理由もない。余計な嘘で人を傷つけるのも心が痛むしな。


「いいってさ」

「やったー! あ、じゃあもう一つだけ買いたいものがあるんだけどいい?」

「もうすぐバス来るぞ」

「すぐ買ってくるー」


 小気味よい足取りで駆けて行く貴船の背中を見送り、俺はため息を吐いた。

 文化祭を境に、俺の周囲には大きな変化が訪れたように思う。

 勉強を教えるだけの間柄だと思っていた汐留。ただの後輩だと高を括っていた三雲。もう関わることは無いとその存在を記憶の片隅に追いやっていた亜梨沙。そして、それまで全く関わりのなかった貴船。

 ヒロイン候補とも呼べる異性は増える一方で、俺のモブ転落計画は破綻しかけている。今更モブになるなんて不可能だと思えてしまう。

 諦めたわけじゃない。当然、主人公であることを受け入れるつもりもない。

 それでも、彼女たちを見ていると、どうにも突き放すことが出来ない。

 このまま青春を謳歌して、のんべんだらりと物語の結末を迎えるのも悪くない気がしてくる。


 いや、ダメだ。それこそ、この世界を作ったシナリオライターの思うつぼだ。

 俺はこの悪質な創作の世界にまんまと従う気は毛頭ない。

 この世界の全ては作り物で、この場所も登場人物もそこらを歩く赤の他人も……そこにある表情も感情も言葉も全てが偽物だと知っている。

 その上でこの世界を、この世界の人々を愛せるか。気持ちに応えられるか。

 答えは否だ。受け入れられない。心が痛んでも胸が締め付けられても素直に受け取れない。

 それが俺の宿命であり、この世界の理を知った者の末路だ。

 やはり俺は、どこまでもこの世界に踊らされている。



 そんなことを考え始めてはや十五分。貴船が戻って来る様子はない。

 すぐ とは、で検索をかけたい。バスに乗り遅れたんだが?

 このまま待たされるのも癪だ。少し遅れると汐留に連絡し、俺は貴船を探しに向かった。


 走って行った先から考えると雑貨屋だと思ったが、店の周囲に貴船の姿はない。

 次の候補は……いやいや、ランジェリーショップはないだろ。ないよな?


 念の為に確認しに行こうと昇降口の前を通ったその時、貴船の姿が視界の端に映った。何故か男に囲まれている状態で。なんかこういうの前にも見たな。どこに行っても男ってのは学ばないんだなぁ。


「何してんだ。バス行ったぞ」

「あ、アカリ君……」


 貴船は目を潤ませてこちらを見る。その視線につられるように二人の男もこちらを見る。視線誘導上手ですね。幻のシックスマンの方ですか?

 にしても、貴船なら男にモテるだろうし、ナンパなんて簡単にあしらえると思っていた。

 しかし、彼女の怯えた表情がその甘い考えを否定する。


「この子、俺の連れなんで。行くぞ、りり」

「ふぇっ……? は、はいっ」


 貴船の手を引き、男たちの舌打ちに見送られながらその場をさっさと立ち去る。しつこい連中じゃなくて良かった。ショッピングモールって場所が功を奏したか。



 なんとかバスに乗り込み、空いている席に座ったところでようやく一安心。今度は忘れずに手も離す。

 貴船と並んでバスに揺られていると、彼女が小さく口を開いた。


「あ、アカリ君……その、ありがとう」

「気にすんな。一人で行かせた俺にも非がある」


 相当怖かったのか、貴船は小さく震えている。

 人を見た目で判断するなとはよく言ったものだ。自身の長所を惜しみなく使いこなす貴船に、まさかこんな弱点があったとは。


「悪い。勝手に男のあしらい方も上手いと思ってた」

「えへへ。実は私、男の人って苦手なんだよね……」


 俺は彼女の言葉に思わず目を細めた。

 彼女の言うことには何処と無く疑問が残る。

 貴船は男が苦手なのに、どうして俺に話しかけてきたのだろうか。

 第一印象は軽い女の子だと思った。俺を口説いてきたからだ。

 そんな彼女は同じ口で男の人が苦手だと言っている。矛盾していないか?


「俺とは普通に話してるだろ」

「アカリ君は誠実というか、あまり人に興味が無さそうだし、変なことしないって思ってるから」


 それは褒めているのだろうか。まあ絶対にしないけど。

 そこから先には踏み込まなかった。と言うより、踏み込めなかった。

 実は陰で努力をしている貴船がナンパをあしらう努力をしなかったとは思えない。たぶん、できないほどの原因があるんだろう。

 そんな過去、掘り起こす必要も無いし、掘り起こしたところで俺がどうこうできる問題でもない。


 貴船についての詮索をやめたところで、彼女はいつの間にか増えた手荷物の取っ手をぎゅっと握った。


「ね、ねえ。もう一回だけ名前出呼んで?」

「は? なんでだよ」

「おねがいっ。一回だけでいいから」


 可愛らしく首を傾げる仕草に思わず仰け反った。やはりこういうところは苦手だ。

 しかし、この程度のハニートラップに引っかかってしまうのもまた男の性だ。

 俺のせいで怖い思いをさせたわけだしな。その償いみたいなもんだ。


 自分にそう言い訳をして「りり」と呟くと、彼女はだらしなくふにゃりと顔を崩した。

 なんとも言えない気持ちになって頭を搔く。ほんと、あざとい奴だ。




「ただいま」

「お兄ちゃんおかえ……り」

「お、お邪魔します」


 帰宅するとちょうど明が二階から降りてきた。手に持ったトレイから、汐留に飲み物を持って行ったのだろうとわかる。見覚えのない靴もあるし、先に部屋で待っているのだろう。


「明、悪いけどあと二人分いいか?」

「お兄ちゃんその前に話が」

「あっはい」


 しれっと貴船を部屋に上げようとしたところで、鋭い目付きの明に呼び止められてしまった。恒例のこの女誰よタイムに突入するんですね、わかります。


「きゅ、急にお邪魔してごめんなさい。一緒に勉強教えてもらいたくて……あ、私灯君のクラスメイトの貴船りりですっ」


 悪い空気を察してか、貴船が先制の挨拶をかます。

 緊張しているのか、いつもの自信に満ち溢れた貴船の姿はない。

 代わりに礼儀正しく腰を折って挨拶をする見覚えのない少女がいる。こいつ、こういうところはしっかりしてんだな。


「兄がいつもお世話になってます。妹の明です。今日はゆっくりして行ってくださいね」


 その誠実さに当てられてか、明の機嫌は決して悪そうではない。良かった、土下座は免れそうだ。


 貴船に部屋の場所を伝え、俺はリビングへと向かう。

 台所では明が飲み物を準備している。貴船が粗方事情は説明してくれたが、これからどんな詰問が始まるのかと思うと胃が痛い。


「お兄ちゃん、次から次に女の子連れてくるのは良くないと思う」

「仰る通りで」

「しかも美人な結奈さんの次はすっごく可愛い女の子だし。お兄ちゃんって異性の友達しかいないの?」

「いや、同性もいるから」


 たぶん。いるよな? 武道、お前は俺の親友だよな? 今度連れて来ようそうしよう。あいつを主人公にして俺がその親友ポジに落ち着くのも悪くない。


「結奈さんには伝えてるの?」

「ああ。汐留に許可は貰ってる」

「それならいいや。私、この後買い出しに行くけど、変な気は起こさないでね」

「毎回言うが、俺ってそんなに信用無いか」

「貴船さんって男慣れしてそうだから、お兄ちゃんの貞操が心配なんだよ」

「いやそっちかよ」


 確かに俺も最初は食われるんじゃないかと心配したが、今となってはそんなこと気にするだけ無駄だとわかった。

 少なくとも汐留が同じ空間に居る以上、何かあれば彼女のボディーブローが俺の腹部を貫くことになるだろう。


「それなら心配するな。貴船は意外と臆病でピュアだ」

「へぇー、よく知ってるんだね」

「変な詮索はやめてくれ」


 明は訝しげに目を細めるが、決して彼女について詳しいわけじゃない。

 人の嫌がることはしない奴だとわかっているし、恐らく本当に男に対して苦手意識もあるんだろう。あの様子を見る限り、男の家に入るのも初めてなんじゃないか。

 貴船が本性を隠していると言えばそれまでだが、あいつがそこまで器用だとも思えない。

 とまあ、ほとんどが俺の勝手な想像で、実際には貴船の本心なんて知る由もないんだ。

 当然、知る気もさらさらないけどな。



 俺は明が準備してくれた飲み物を持って自室に向かった。


「何してんだお前ら」


 扉を開けて第一声。そりゃこの光景を見たら誰でもそう言いたくなる。

 汐留に抱きつく貴船。しかも少し泣いている。汐留は汐留で困惑しつつも貴船の頭を撫でている。どうしてこうなった。何も起こらないと宣言したのに百合展開は困ります!もっとやれ!(やめろぉ!) 

 本音と建前が逆なんだよなぁ。


 グラスを傾けながらクラスメイトの女子二人が抱き合う姿を堪能して数分。

 貴船はなんとか落ち着きを取り戻したようで、汐留に「ごめんね、ごめんね」と謝っている。


「私、男の人が苦手で、来たのはいいけど急に怖くなっちゃって」

「気にしなくていいから。ちょっとびっくりしただけ」

「苦手なら無理に来なくても良かったんじゃないのか」

「えっと……アカリ君なら大丈夫ってわかってるんだよ? でも、男の人の家に入るのはやっぱり怖くて」


 なんとも歯切れの悪い答えに俺と汐留は目を合わせ、互いに首を傾げる。


「何かあったの?」


 男の俺からは聞きにくいことを汐留が代わりに尋ねる。

 貴船は顔を伏せながらも言葉をひとつずつ選ぶように答えた。


「半年くらい前、仲が良かった男の先輩の家に遊びに行ったの。そしたら急に抱きつかれて……それで……」


 そこから先は貴船の口から聞くことは出来なかった。それでも、貴船にとって、トラウマを植え付けられた行為だったことは容易に想像出来る。

 そりゃ信頼していた相手に急に襲われたら、異性に対して苦手意識も芽生えるだろう。

 汐留もあまり触れてはいけないことだと認識したのか、慌てて頭を下げた。


「ご、ごめん。変なこと聞いた」

「ううん。もう過去ことだから。でも、それから男の人が苦手になっちゃって」


 気まずい沈黙が流れる。

 明るく笑顔を振りまく貴船が顔を曇らせてしまい、汐留も気を遣って貴船の様子を窺っている。

 いたたまれない空気を打開する術を探していると、貴船の手元にちょこんと居座る紙袋が目に入った。


「貴船、それ」


 俺が紙袋を指さすと、貴船はハッとしたように紙袋を抱えて、不思議そう首を傾げる汐留に向けた。


「こ、これ……結奈ちゃんにっ」

「う、うち?」


 困惑した表情で俺を見る汐留に受け取るよう促すと、彼女はおっかなびっくり紙袋に手を伸ばした。


「あ、ありがとう……」

「開けてみて」


 貴船に言われるがまま、汐留は包装を丁寧に剥がしていく。

 リボンで括られた箱の中から出てきたのは、デフォルメ化されたネズミがプリントされたマグカップだった。


「な、何これ……」


 まあ、突然プレゼントだと言われても困るのはわかる。反応としては間違っていないのかもしれないが、もう少し喜んでやれよ。

 そう思っていた矢先、汐留はにんまりと頬を緩めた。


「か、可愛い……」

「ほ、ほんと?」

「うん! うち、小動物大好きなんだ」

「そうなの? 私も好きなの!」


 ああ、引いているわけじゃなかったんだな。むしろ、今まで見た事もないほどだらしなく表情を崩した汐留に俺が引いている。近寄り難い印象は欠片も感じないな。

 それから二人は汐留がハムスターを飼っているだの、デグーという未知の小動物の話で大層盛り上がっていた。

 なんだか思っていたのと違うが、意気投合しているようで何よりだ。


「良かった……本当は、アカリ君なら安心って分かってても、家に来るのは少し不安だったの。でも、結奈ちゃんが居るなら安心かなって……。勇気出して良かった」

「変に信頼されてもなぁ。まあ、その信頼には応えられるけど」

「大丈夫。柊木がなにかしようとしたらうちがぶっ飛ばすから」

「やめて? 何もしないから」


 貴船は再び目を潤ませて汐留に抱きつく。

 あまりの勢いを支えきれなかったのか、二人してフローリングに転がった。


「結奈ちゃんっ! かっこよくて好きっ」

「そ、そんな急に抱きつかれたら困るっちゃけど」

「方言っ! 可愛い、好きっ!」

「も、もう……からかわんでよ」


 俺は一体何を見せられているんだ。もう放っておいて一人で勉強しよう。じゃないと万が一が起こるかもしれない。俺の理性がんばえー。


 やがて二人が落ち着きを取り戻すと、やけに距離が近くなった二人の向かいに座り、勉強会が始まった。

 あまりに貴船がくっつくせいで汐留は少し勉強しにくそうだが、注意しないあたり嫌ということは無さそうだ。

 汐留には友達が出来て、貴船には信頼できる相手がいる。良い事なんじゃないかな、知らんけど。


 ひとつ誤算だったのは、貴船は俺の想定より遥かに勉強ができるということだろうか。


「そう! ここにはさっき使った式を代入だね」

「なるほど……」

「やったぁ、結奈ちゃんえらいっ! よくできましたー」

「りりが教えてくれたおかげだから。な、撫でるのやめて」


 一問解く事にえらいえらいと汐留の頭を撫でる貴船。マジで何を見せられているんだ。


「俺要らないだろこれ」


 汐留の数学は貴船が見てくれている。俺は自分の苦手な英語の問題集をひたすらに解いていた。


「アカリ君にも私が教えてあげるよ?」

「なんか思ってたのと違うんだよなぁ。貴船ってそんなに勉強できたんだな」

「努力は怠らない主義なんだー。可愛いだけじゃ将来不安だもん」

「ギャップがすげえよ」


 努力できる奴だとは知っていたが、勉強にもそれは当てはまるらしい。可愛いだけだと評価していた過去の俺を殴りたい。

 俺よりもしっかりと将来設計を考えているようだし、ほんと弱点の無い奴だな。


「運動だけはどうしてもダメなんだけどね」

「そうなのか?」

「結奈ちゃんならわかると思うけど、こう、人より大きいと男の子の視線が気になって……」


 そっと胸元を押さえる貴船。ああ、貴船も汐留も大きいもんな。どことは言わんが。


「柊木? 一発殴っとく?」

「待て待て冤罪だろ!」


 どうやら視線が誘導されていたらしい。引力のせいだから仕方ないだろ!自然の摂理だ!乳トン先生に謝れ!ごめんなさい。

 貴船はそんなに気にしていない様子でくすくすと笑っていた。

 汐留に胸ぐらを掴まれながら、貴船につられて俺たちにも笑顔がこぼれる。

 貴船に一緒に参加したいと言われた時はどうなるかと思ったが、こうして一緒に笑っていられるのはどうにも心地よくて、くすぐったい。


 貴船は頼りになる汐留を信頼しているようだし、汐留は汐留で素直で真っ直ぐな貴船に心を許したらしい。

 これも本物の気持ちってやつなんだろうか。俺が自然と笑えているのも、その気持ちに当てられたせいかもしれない。




「お兄ちゃん、ご飯できたけど」


 しばらく勉強会を続けていると、明が部屋を訪れた。

 時計に目をやると、時刻は既に二十時を回っている。


「もうこんな時間か」

「遅くなっちゃったね。アカリ君、私たちそろそろ帰るね」

「良かったらご飯食べて行きませんか?」


 帰り支度をする貴船たちにそう声をかける明。


「え、でも……」

「一緒にどうかなって多めに作ったんです。お兄ちゃんと二人だとつまらないですし」

「悪かったな」


 貴船と汐留は目を合わせて、「そういうことなら」と夕飯を一緒にすることにしたらしい。



 それはいいんだが。


「明ちゃんのご飯すっごく美味しい!」

「ほんとだね。柊木の妹にはもったいないよ」

「そう言ってくれると嬉しいです! 私、結奈さんたちの妹になりたいなー」


 勝手に盛り上がる三人に置いてけぼりの俺。めちゃくちゃ居心地が悪い。

 でもまあ、三人が楽しそうだしそれでいいか。

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