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第三十四話 ターン制の後夜祭

「ダブル優勝おめでとう!」


 閉会式を終えて教室に戻ると、拍手と共にクラッカーの音が響いた。明日片付けがあるのにゴミを増やすな。


「ほらほら、学校一の色男! そんなところに突っ立ってないで! さあさあ!」


 紗衣に背中を押され、教室の中心に移動させられる。

 学校一? 何の話?


「にしても武道君を抑えて優勝しちゃうなんて」

「柊木君かっこよかったもんねー」

「私も確約したくなっちゃった」


 あれれー? おかしいぞー?

 黒板には『衣装コンW優勝!柊木灯!桐崎茜!』と書いていた。名前間違えてません?


 武道が優勝だろうと思っていた男コン。だが、実際には俺が二位の武道に倍以上の差をつけて優勝していたらしい。取り消せよ……今の結果!


「この後クラス会しようぜ!」

「いいね、ダブル優勝記念に!」


 なんの記念だよ。俺は帰るぞ。この二日間でメンタルがズタボロなんだよ。

 鮮花に三雲、亜梨沙、それに紗衣。たった数日で彼女らの想いを知り、俺も自分の本心と向き合うきっかけを生んだ。

 そして、答えの出せない俺は、彼女らを傷つけ、悩みの種を増やす結果となった。

 こんな気分のまま打ち上げなんて、とてもじゃないけど乗り気にはなれない。


「いや俺は」

「主役が来ないのはいただけないね」


 そそくさと退散しようとした俺の鞄を奪ったのは武道だ。


「お前、何のつもりだ」

「クラス会になったら柊木君は逃げようとするから必ず捕まえるようにって」

「……因みに誰から?」

「生徒会長」

「お前は鮮華の犬か何かか?」


 生徒会所属の俺よりもあの人に従順だなこいつ。弱みでも握られてんの?

 あの人、クラス会のことにまで首を突っ込んでくるとか暇なの?


「そういうことだから、諦めてほしいな」


 へらっと笑う武道。そういうことって、犬ってことでいいのかお前は。あの人、飼い殺しにするタイプだぞ。甘やかすだけ甘やかして、ぶくぶく太った駄犬にされるぞ。


 まあいい。今は武道より自分の心配だ。

 クラス会にはほぼ全員が参加することとなり、俺と共に強制参加となった桐崎も辟易している様子だ。こいつ、あんまそういうの好きじゃなさそうだもんな。


「なんでこんなことに……」

「諦めろ。俺は諦めた」


 そう同情すると、桐崎はがっくりと肩を落とした。

 聞いた話だと桐崎の出場は推薦で決まったらしく、そのまま流れるように優勝した、と。うん、なんか、ドンマイ!


 支度を終えたクラスメイト一行は、俺たちを連行するようにクラス会の会場へと向かった。




 棚に並ぶ数多くの酒。髭を蓄えた老年のマスター。腰よりも高い椅子に綺麗に磨かれたカウンター。

 洒落た内装は大人な雰囲気を醸し出す。映画やドラマで見た事のある光景がそこにあった。

 ってバーじゃねえか! 俺ら未成年だぞ! フィクションだからって酒やタバコは許されねえぞ!

『お酒とタバコは二十歳から』って注釈入れとけよな。


「今日は貸切だから好きなだけ盛り上がってね」

「会長ありがとうございまーす!」

「すごーい! さすが会長!」


 盛り上がる一行に囲まれる鮮華。なんで居るんですかねぇ。他所のクラス会に顔出すとか、やっぱ暇なの?


「ここ、蓮城財閥が経営してるらしいよ」


 俺が言わんとすることを察したのか、隣にいた汐留が教えてくれた。そういやこいつも嫌々参加させられてたな。不憫。


「はえー、さすがお嬢様」

「柊木のアピールにときめいたから特別に用意したって言ってた」

「ありがた迷惑な話だな」


 絶対についてきたかっただけだと思う。俺のこと好きすぎるでしょ。


「ほらほら、主役はこっちだぜ!」

「柊木君、乾杯の音頭を!」


 ジー〇ー吉岡に腕を引かれ、皆の中心に連れられると、グラスを構えるクラスメイトたちと目が合う。マジかよ俺なの?

 こういう時って何言えばいいんだろうな。関係ないけどジー〇ー吉岡って売れない芸人感すごいな。


「えーっと、まあなんだ、演劇が成功したのは皆が頑張ってくれたおかげだし、俺と桐崎が優勝したのも皆が支援してくれたおかげだ。お疲れ様。そしてありがとう。乾杯」


 かんぱーい!と盛大に始まったクラス会。誰も酒頼んでないよな? その泡が出てるやつは子供ビールだよな、吉岡よ。


「まともなこと言えたんだね」


 少し離れた場所で聞いていた鮮華が近付いてくる。


「舐めんな。これでも昔は陽キャだったんだ」

「今もそうしていたらいいのに」

「勘弁してくれ……」

「柊木ぃ! こっち来いよ!」


 クラスメイトの……滑川だったか、が俺の事を呼んでいる。他のクラスメイトたちも席を空けて俺を手招く。


「行っておいで」

「鮮華は混ざらないのか」

「今日の僕はウエイトレスだからね」

「でも」

「いいからいいから」


 顔を見せないように背後に回った鮮華に背中を押されて会話に混ざる。


 俺と桐崎を中心に会話は弾んでいく。まあ、周りが勝手に盛り上がってるだけだが。

 演劇をするに至るまでの話。小道具の作製に苦労した話。俺が主役に決まった時はどうなる事かと思った話。文化祭の最中にクラス内でカップルが成立した話。ひとつ余計なのが混ざってたな。


 俺も適当に相槌を打ちながら会話にほんのりと混ざる。

 俺よりもノリについていけてない桐崎が心配になる。ピザとにらめっこしてないで返事してやれよ……。


「そんなに気になるなら食べればいいだろ。頼めばまた作ってくれるだろうし、数は気にすんなよ」

「あ、いえ……」


 否定的な反応をしながらも、桐崎の視線はピザに釘付けだ。

 こんな手を使って食べるような愚民の食べ物には屈しないという意志の現れか。桐崎ってちょっとお嬢様っぽいもんな。完全に偏見だが。

 しかし、桐崎がピザを頬張っている姿は確かに想像出来ない。三雲や紗衣なんかは切らずにそのまま食らいついてそうだし、やはりイメージというのは大事なのだろう。


「……これは手で食べればいいのかしら?」


 桐崎の裏事情を詮索していると、彼女は不安げに呟いた。どうやら俺の予想は間違っていたらしい。

 彼女はピザという料理と対面すること自体が初めてで、その扱いに困っていただけらしい。そこまで行くとお嬢様ってより王女様だ。


「ピザ初見ってマジか」

「な、何よその目。私にだって知らないことはあるわよ。ジャンクフードには縁がなかったから仕方ないじゃない」


 果たしてピザはジャンクフードなのか?

 まあ、今はその定義については重要じゃない。

 それよりも、世間を知らない彼女に庶民の食事というものを手解きしてやらねば。


「切ってあるから端の方もって食べりゃいい。手拭きはそこにある」


 俺の指示通りに耳の部分を掴み上げ、チーズが伸びているピザの先端におっかなびっくり噛み付く桐崎。そんなに警戒しなくてもピザは襲ってこないぞ。


 小動物のように小さく一口目にありついたものの、チーズが伸びて上手く切れないらしい。ふんふんと息を漏らしながら、ひたすら伸びていくチーズと戦っている。

 彼女の様子にクラスメイトは大盛り上がり。まあ、正直可愛い。ハムスターにおやつをあげている気分だ。

 なんとか一口目を飲み込んだ桐崎は目を丸くして「美味しい」と呟く。


「良かったな。手がソースまみれになってるから気をつけろよ」

「お、お手拭きは」

「どうせ全部食べるんだからその後でいいだろ」


 おしぼりを桐崎の前に置いたものの、当の桐崎はピザが気に入ったのか、既に二口目を頬張っていた。

 ここまで必死にピザを食べる奴は初めて見た。

 美味しそうにピザを食べている桐崎の姿がおかしくて、少し微笑ましかった。



 桐崎のピザ事件も落ち着いた頃。俺たちを取り囲む人数も減り、クラスメイトたちは各々仲の良いメンツで固まっていた。

 桐崎も汐留も女子とよろしくやってるようで少し安心した。あいつらが人とつるんでるところ、見たことなかったしな。


 そして俺はぼっち。いいんだよこれで。べ、別に寂しくなんてないんだからねっ!

 そういや紗衣がいないな。ここに来る時は確かに見かけたんだが。


 紗衣を探してきょろきょろと辺りを見回していると、隣に座る人影が。えっと……貴船(きふね)りりだ。りりは確か平仮名だったと思う。おかげで覚えられた。


 クラスの中心人物でムードメーカー。丸く大きな目とよく笑う姿がちょっと印象に残っている。あとは……赤みを帯びてウェーブのかかった髪が派手で明るい女の子を体現していて、モブにしてはキャラ付けがしっかりしていると思った。

 見た目という記号は大事だ。それくらいしか判断材料がねえんだよ。


 友達が多く異性に人気という点では紗衣と似ているが、人の良さで人に好かれる紗衣と比べ、その見た目の可愛さで全てを補っている感じが、正直苦手だ。

 悪い意味で覚えるのは失礼では?


 貴船と話すのはこれで数回目か。話したと言っても、挨拶くらいしかしたことがない。

 それでも彼女は、密着するほど近い場所に陣取って俺の顔を覗き込む。もっとスペースがあるんだから、もう少し離れてほしい。


「ねえねえ、柊木君って会長さんと付き合ってるの?」

「いや、付き合ってない」


 唐突な質問に冷静な態度で返す。初めてのまともな会話の割にデリカシーに欠ける内容で辟易する。

 そんな俺の心情も知らずに、貴船は質問を続けた。


「じゃあ、紗衣ちゃん?」

「なんでだよ。誰とも付き合ってない」

「え、桐崎さんとか、汐留さんとも仲良さそうなのに。あと後輩の可愛い女の子」

「仲の良さと交際関係は別だろ」


 こうしてズケズケと人のテリトリーに土足で踏み込んでくるのも正直つらい。こういうところは鮮華と似ている部分もあるが、彼女とはこれまでの関係があってこそ成り立つものだ。

 その点貴船は似ても似つかない。自分のしたいように行動するワガママお嬢様って感じだ。苦手だ。


「じゃあ、りりが付き合ってもいい?」

「は?」


 ツキアッテモイイ? なにそれ新しい偉人? ツキア=テモイイ(135~236)。めちゃくちゃ長生きしてますね。じゃねえんだ。


「付き合う? 俺と?」

「うん。りり、アカリ君のこと良いなって思ってて」

「灯な」

「知ってるよ? アカリ君って呼び方可愛いなーって」


 距離の詰め方えぐいな。縮地法ですか? 殺し屋の異名を持ってそう。いや男殺しって意味では間違ってねえなこれ。


 体を近付けてくるせいで、ボタンを開けた制服の隙間から赤い布が見えてんだ。あとすごい谷。もうなんかすっごい。峡谷ですよこれ。絶景かな。


「ダメかな?」

「ダメも何も、お互いのこと全然知らないじゃないですか?」


 動揺を隠しきれずに敬語になってしまった俺に反し、彼女は臆することなく体を寄せる。


「これから知っていけばいいよ。アカリ君のことも教えてほしいし、りりのこともたくさん教えてあげる」


 うわ何この子つよい。全然引く気がないな。雰囲気も相まって嬢と客って感じだ。ドンペリとか追加させられそう。世の中の男たちはこうしてお金を落とすんだなぁ。


 じゃねえ。俺も気をつけないとこのまま飲み込まれる。他人事じゃねえぞ。言うことはきっぱりと、だ。


「そういう付き合い方はしたくないんだよ。ちゃんと相手のことを知って、本当に好きになってからじゃないと付き合わない」

「ふーん、結構お堅いんだ。じゃあ、連絡先交換しよ。そしたらりりと仲良くなれるでしょ?」


 そうきたかー。貴船りりの包囲網半端ねえ。蜘蛛の巣に引っかかった蝶ってこんな気分なのか。絶望感しかねえ。俺はどっちかと言うと蛾だが。


 相手のことを知ってからと言った手前、断る理由も思いつかない。俺は諦めてスマホを差し出す。


「やったぁ! ありがと、アカリ君!」

「悪用すんなよ」

「しないよ。りりが独り占めしたいし」


 独り占めって何だよ怖えよ。これはあれだ、嫉妬深い束縛強い系女子。よく言えば一途で彼氏想いな女の子。あれ、悪くないのでは?


 問題はその束縛がスマホ没収、他の異性との関わり禁止、最悪軟禁までありえるところだろうか。こいつならやりかねないと思ってしまうのは何故だろう。見た目故か? やっぱ第一印象って大事ですね。

 慣れた手つきで俺の連絡先を登録した貴船は、スマホを俺に返すと見せかけて、そのまま伸ばした手を掴んだ。


「ねえ、二人で抜け出さない?」


 おーっと最強の口説き文句! 全ての男を勘違いさせる最強の言葉ランキング一、二を争う無敵の一手!

 因みにもう一つは『私だったら〇〇君みたいな人と付き合いたいなー』だ。昔の俺なら間違いなく堕ちてる。

 だが今の俺には通用しない。その言葉だって偽りだと知っているからな。


「断る。変な噂になると困る」

「えー。噂なんて本当にしちゃえばいいんだよ」

「そこに至るまでに時間がかかるんだろ」

「なかなか頑固だね。そういうところが好きなんだけど」


 好き、という言葉に眉がぴくりと動く。


「全然知らない相手のこと好きになれるのか?」

「なれるよ。第一印象って大事でしょ? 見た目から入るのも大事だと思う」


 ああ、そうか。

 こいつは、いつだったか鮮花が言っていた、彼氏をひとつのステータスとして見ている奴だ。


 この世界が嘘偽りだと知っている今だからこそわかる。人を好きになるってのは、そう簡単なものじゃない。

 見た目から入る。確かに大事なことだ。だが、その見た目から好きへと跳躍するのは違う。それはそいつの見た目が好きなだけで、そいつ自身が好きなわけじゃない。

 貴船りり。お前は重大なミスを犯した。お前の敗因はただ一つ、相手が俺だったことだ。


「見た目が好き、大いに結構だ。だが、それなら俺は絶対に付き合わないし、時間をかけてもお前のことを好きになることは無い」

「え、なんで? なんで怒るの?」

「そこに本物の気持ちは無いからだ。本当に好きになるってことは、相手のことを知って、相手の嫌なところも良いところも全部ひっくるめて愛せるってことだろ。お前は俺のことなんざ見ちゃいねえんだよ。そんな奴、俺は絶対に好きにならない」


 鮮華だって、三雲だって、紗衣だって、俺がどれほど卑屈でも、どれほど突き放しても、それでも俺のことを好きだと言ってくれた。

 その言葉に比べりゃ貴船の言葉なんて、この世界がフィクションでなくとも、おままごと程度の言葉にしか聞こえねえんだ。


 周囲に喧騒が蔓延る中、俺たち二人だけが沈黙に包まれていた。

 言ってしまってから思った。貴船って男子から人気だよな? 俺もしかして明日から居場所なくなる? こいつが「陰キャモブに説教されたんだけどww」とか言いふらしたら俺の人生終わる?


 急に熱が冷めてきて、どうにか弁解の言葉を探していると、先に貴船が口を開いた。


「そっか……そうだよね、わかった。じゃあ、りりが本当にアカリ君のこと好きになったらちゃんと告白する。この気持ちが本物だって証明出来たら、アカリ君も納得するでしょ?」

「えっ? ま、まあ……」

「よし。じゃあまずは仲良くなるところからね! とりあえず毎日連絡するから、今日からよろしくね、アカリ君」


 そう言って天使のような笑顔を見せる貴船。何この子つよい……。

 なんか思ってたのと違う。最悪の想定は回避出来たけど、もしかしたらとんでもない子に目をつけられたかもしれない。

 俺の敗因はただ一つ。相手がダイヤモンドよりも硬いメンタルを持った貴船りりだったということだ。




 何やらやる気満々な貴船が去った後、俺の隣に座ったのは武道だった。


「やあ。貴船さんと話し込んでたけど……大丈夫?」

「大丈夫に見えるか?」

「見えないね」


 なんかもうすごく疲れた。今すぐ帰りたい。ベッドに飛び込んでそのまま眠りたい。

 俺が疲れ果てている姿が滑稽だったか、武道は楽しそうに笑った。ぶん殴るぞ。


「衣装コンテスト以降、柊木君の噂は絶えないからね。会長や後輩の子と一緒に居たのも見られていたようだし」

「マジか。変な噂じゃなきゃいいが」


 噂とは尾ひれが着くものだ。噂は魚だった……?

 必ずと言っていいほど、実際とは異なる内容が事実として一人歩きする。歩くなら魚じゃないですね。

 はっ!もしや噂の正体はサンショウウオ!? これは新発見ですね。学会で発表しよ。


「ところで、結城さんを見てないかい? ここに来てから姿が見えないんだ」

「俺も見てないな。ここには来てたのか?」

「うん。一緒に乾杯したのは見たんだけど」

「んー、まあ、連絡入れとく」

「何か考え事をしていたみたいだから、少し気になってね。そうしてくれると助かるよ」


 よく見てんなこいつ。もしや紗衣のことが? それこそあらぬ噂ですねごめんなさい。

 にしても考え事か。昔からたまに思い詰めてる時があったからなぁ。大抵は寝ればスッキリしたような顔してんだけど。


「た、助けて柊木」


 武道と逆サイドに座り込んだのは汐留だ。なんか俺以上に疲れてんな。


「どうした?」

「お化け屋敷で柊木にくっついてたの見てた人がいたみたいで……」

「まあ、二年の廊下だしそりゃいるだろ」

「そのせいでうち柊木と付き合ってることになってんの! デートも見られてたらしいし。柊木からもなんとか言ってよ!」

「ああ、なるほど……」


 これが噂の噂の一人歩きですね。噂噂うるさいな。ゲシュタルト崩壊しそう。


「彼氏のところに逃げなくてもいいじゃーん」

「結奈ちゃんが仲良くしてる男子って柊木君だけだもんねー」


 これが井戸端会議のおばちゃんですか。ほんと勝手なこと言ってんな。


「まあ落ち着け。俺たちは付き合ってない」

「照れ隠ししなくてもいいのにー」

「事実だ。俺は汐留に勉強を教える約束をしてるだけ。それ以上も以下もない」

「ダブルデートしてたのに?」

「あれは大学生に勉強教えてもらってただけだ。もう一人の女の子はその大学生の従兄弟」

「えーそうなの?」

「付き合ってないんだー」


 なんかごめん、涼介さん。まあもう別れただろうし、遠くに住んでる従兄弟ってことにしてほしい。

 余計なこと言うとまた突っ込まれそうだしな。嘘をつく時には嘘と本当を混ぜるべしって偉い人が言ってた。そいつ絶対ろくでもない奴だな。



 なんとか勘違いを解消し、噂大好きっ子たちは退散する。汐留は大きなため息をついている。大変だなぁ。


「ありがと。うちが何言っても照れ隠しとしか言われなくて」

「気にすんな。俺も当事者だしな。ねじ曲がったことを真実として言いふらされても困る」

「二人とも大変そうだね」

「武道はなんでそんなに余裕なんだよ」


 この男こそ女の子に囲まれて噂が絶えない生活送ってそうなのに、女絡みの話は聞いたことがない。


「僕は誰とも付き合わないって公言しているからね。特定の異性と仲良くするのも避けてるし」

「徹底してんな」


 さすがイケメン。これが煙すら立たせない男の手法か。俺も真似しようかな。もう手遅れなんだよなぁ。


「それじゃあ、邪魔者はお暇しようかな。あとは二人でごゆっくり」

「お前、ちょっと楽しんでんだろ」

「そんなことないよ。気を遣ってるだけさ」

「それが楽しんでるって言ってんだよなぁ」


 笑顔を振りまいて去っていくイケメン。こいつ、いつか絶対俺のポジション押し付けてやるからな。


 二人で残され、沈黙が流れる。変な気遣いをされたせいで無駄に意識してしまう。

 汐留も似たようなものらしく、髪をくるくると弄っている。

 あまり変な空気になっても困る。ここは適当にお茶を濁すとしよう。


「学校生活には慣れたか?」

「お陰様で。変な勘ぐりはされるけど、それでもクラスの子と話すようになったし」

「そりゃ良かったな」


 一匹狼気質だった汐留も、少しずつではあるが変わっているようだ。急に教室に来るようになったせいで浮くんじゃないかと心配だったが、余計なお世話だったらしい。


「柊木のおかげだよ。ありがと」

「俺は何もしてねえよ。三枝先生に押し付けられただけだし」

「でも、断ろうと思えば断れたんじゃない? それでも柊木はうちのことを見捨てなかった」


 断れなかったんだよなぁ、とは言えない。言ったらその理由まで言及されそうだし。


「そうだ。期末テストまで時間もないし、また勉強教えてほしい」

「おう、いつでもいいぞ。基本暇だからお前に合わせる」

「じゃあ水曜は? 代休だし」

「わかった。空けとく」

「いつでも暇って言ったじゃん」


 くすくすと笑う汐留。ほんと変わったな。お化け屋敷の時といい、喜怒哀楽を見せるようになったのは大きな進歩だ。


 汐留は元々こういう奴なんだろう。何事にも素直ではっきりしている。その点では三雲と似てるが、こいつは嫌なことは嫌とはっきり言うからなぁ。最初の頃はほんと気難しい奴だと思っていた。


「柊木ってさ、彼女作んないの?」

「作らんだろ。錬金術師かよ」


 人体錬成の代償は大きいんだぞ。ハ〇レン見てないのか。


「人体錬成は禁忌だから……じゃなくてさ」


 見ていたらしい。


「彼女が居たら変な勘違いされずに済むんじゃない? ただでさえいろんな子と噂になってるんだし」

「そんなに噂になってんのかよ。井戸端会議怖え」

「柊木狙いの女の子も結構多いよ。さっきも向こうでその話してた」

「マジかよ……」


 タキシード効果すげえな。タキ〇ード仮面がモテるわけだわ。モテてるのかあれ。ロリコンなだけでは?


「武道はああ言ってたけどさ、逆に特定の子が居たら噂にもならないし言い寄られることもないんじゃない?」

「それは確かに。でも俺はしない」

「なんで?」

「いろいろあるんだよ。トラウマ抱えてるようなもんだ」


 女の子に対してだけではない。少しはマシになってきたが、それでも人の好意や言葉にはどうしても猜疑心が生まれてしまう。


「柊木も大変なんだね」

「も?」

「あー、うん。うちも昔いろいろあって、男の子が苦手でさ。ギャルっぽくしてればあんま言い寄られないと思ってこうしてんだよね」

「好きでやってたんじゃねえのか」

「好きなのもあるけど、男避けってのが大きいかな」


 眉根を寄せて笑う汐留。彼女にとってはその記憶はあまり思い出したくないものらしい。

 間違いなく見た目は良いし、言い寄ってくる男は少なくなさそうだもんな。


「つか俺とは普通に話してるけどいいのかよ」

「柊木はまあ、特別」

「特別」

「へ、変な意味じゃなかよ? ただその、他の男の子とは違うなって」

「話しやすいなら好きに使ってくれていい。勉強も教えなきゃならんし」

「ふふ、じゃあそうする」


 目を細め、口角が少し上がった汐留の顔は、隠しきれない喜びを漏らしたように見えた。

 なんとも言えない気持ちになって、それを誤魔化すように頭を搔く。


 にしても意外だな。汐留でも悩みの一つや二つあるもんなんだな。

 もちろん、詮索なんて野暮なことはしない。そもそも聞いたところで何も出来ないし、汐留との距離が縮まってしまうだけだからな。

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