第三十三話 静かな幕引き
すっかり薄暗くなったグラウンド。
その中心では大きな炎が上がり、周りにはたくさんの生徒が集まっている。
そのほとんどが男女の組み合わせ。恐らくカップルだろう。去年暇だったとしても来ることは無かったな、うん。
にしてもベタベタイチャイチャと暑苦しい。一部、初々しく手を繋いでいる男女も居るが、それはほんの一部だ。
恋人でもない俺たちがあの輪に入るには少し勇気がいりそうだ。
「すごい人集りですねー」
「そうだな。右も左もカップルばっかだ」
「私たちもカップルに見えますかね?」
「さあな」
「もー、こんな時でも素っ気ないんですね」
こんな場所に男女で来るとなれば、考えずとも恋人に見えるのは明白だ。
それでも俺は言葉を濁した。
三雲の嬉しそうな表情を否定する気にはなれなかったし、これが俺たちらしいと思った。
そうこうしていると、オクラなんとかが流れ始める。めちゃくちゃネバネバしてそう。まあ、こういう場ではよく聴く曲だな。
嬉し恥ずかしそうに踊り始める生徒たち。
もしかしなくても俺たちも一緒に踊るのか? 想像しただけで恥ずかしさで顔が赤くなる。
案の定、三雲はこちらに手を差し伸べた。
「ほら、私たちも!」
「いや、俺振り付けとか知らんし」
「いいんですよ適当で」
「いいのかよそれで」
雰囲気も何も無い三雲に流され、彼女の手を取る。
校庭の端っこで周囲をキョロキョロと観察しながら、見様見真似で踊ってみる。
少し離れた場所で踊っている分、余計に目立つ気がしてならない。中心に行くのも嫌だが。
「先輩ぎこちないですよ」
「初めてなんだから仕方ないだろ」
「私も初めてですけどね!」
その割に三雲は綺麗な足さばきで器用に踊っている。元々持っていた運動の才か、この日のために練習したのか。後者だろうな。
一人で鏡を見ながらダンスの練習をしている三雲を想像して、少しおかしくなった。
三雲はこれでも努力家だ。バスケだって、一人残って頑張っていたことを知っている。
そんな彼女が必死にダンスの練習をしている姿は容易に想像できたし、それを人には見せないようにしているのが三雲燈という少女だ。
真っ直ぐでひたむきで、何事にも一途な少女なんだ、三雲は。
曲が数ループした頃、三雲はふと足を止めた。俺もつられるようにダンスを中断する。
両手を握ったまま、三雲と向き合う。少し小っ恥ずかしい。
「灯先輩」
急に声のトーンを落とし、哀愁漂う真面目な顔つきになる三雲。そのギャップに思わずドキリと心臓が跳ねる。
「な、なんだよ」
「今日はありがとうございました」
「どうした、藪から棒に」
「私、楽しかったです。本当に。今まで生きてきて一番楽しかったです」
「一番は盛りすぎだろ」
「本当ですよ」
三雲は急に俺の手を引いて胸に飛び込む。
表情は見えないが、華奢な体から伝わる温もりとその震えで胸が締め付けられる。
「私、灯先輩に出会えてよかったです。部活でもクラスでもひとりぼっちだった私に、温もりを与えてくれて、明ちゃんというお友達を与えてくれて、灯先輩という大好きな人を与えてくれて」
「逆だろ。お前の好きだったバスケを奪って、クラスから居場所を奪って、明にお前を押し付けただけ」
「先輩が本当にそう思っているなら、それでもいいです。少し寂しいですけど。でも、私が先輩に感謝していて、先輩のことが大好きなのは本物の気持ちですから」
本物、という言葉にちくりと胸が痛む。
部活を辞めさせたのも、三雲のクラスで三雲を庇ったのも、明に三雲の友達になってほしいと願ったのも、全て三雲の悲しい顔を見たくないと願った俺の自己満足でしかない。
それでも、三雲をどうにか救えないかと動いたのは、俺の本物の気持ちだったのかもしれない。
バカな話だ。こんな世界、全て偽りだと知っているのに。三雲の悲しい顔だって楽しそうに笑う顔だって、ゲームの一枚絵と大して変わらない。
そんなことは知っているはずなのに。
そうだと知っていても彼女のために動いたのは、きっと彼女の素直さに感化されたからだ。
三雲と一緒に居ると、俺もなんだか素直になれる。俺が悪態ついても三雲をぞんざいに扱っても、彼女は笑って受け入れてくれるから。
それでも彼女は、俺のことが好きだと、その気持ちは本物だと言ってくれるから。
「感謝してるのは俺の方だ。お前には振り回されてばかりだけど、お前が居てくれたから、俺は少しだけ変われた気がする」
三雲の頭に手を乗せる。滑らかな黒髪は俺の指をすんなりと受け入れた。
彼女の体から伝わる鼓動が早くなる。たぶん、俺もそうだ。
三雲はいつでも正直に、素直な気持ちをぶつけてくれる。
だから俺も飾らずに、本心を伝えよう。
「でも、お前の気持ちには答えられない。少なくとも今は」
「いいんですよ。ゆっくりでいいんです。今は、気持ちを伝えられただけで満足ですから」
三雲の肩が震えている。ほんと、こいつは嘘が下手だ。本当は辛いのに、悲しいのに、それを頑張って隠そうとする。
「ごめん」と言葉が漏れた。
俺がこの世界を受け入れられたら、この世界がフィクションなんかじゃなかったら、きっと三雲の気持ちに応えられたんだと思う。
音楽が余韻を残して消えていく。
キャンプファイヤーの残り火がやけに虚しく、眩しく見えた。




