第三十一話 最悪な再会
更衣室から戻ると、人が少なくなった教室で三雲が待っていた。
二年生の教室に一年生が一人という状況が珍しいのか、やたら視線を集めている。
というか、一人?
「悪い、待たせた。お前一人か?」
「あ、灯先輩! そうなんですよー。結奈先輩、クラスの人たちに連れ去らちゃって」
「連れっ……変なことに巻き込まれてないよな」
「大丈夫ですよ。結奈先輩と仲良くしたい女の子に囲まれただけです。私は灯先輩と一緒がいいので残りましたけど」
「なるほどな」
汐留は最近こそクラスに顔を出すようになったが、やはり昼休みや放課後は一人で過ごしている。
クラスの女子としてはそんな一匹狼気質な汐留と仲良くしたいんだろう。汐留にとっても良いことだ。本人が望んでいるかは別だが。
「ほらほら! 私たちも行きましょう!」
「そうだな。行きたいところあるか?」
「私オケ部見たいです!」
「オケ部? ああ、オーケストラか。いいよ」
オーケストラ部の演奏は文化祭のフィナーレとして体育館で盛大に行われる。
汐留と三人でほとんどの出し物を見て回ったし、締め括りとしては悪くない。
常陽のオーケストラ部は全国でもかなり有名で、数々の実績を残している。確か生徒会室にもトロフィーやら賞状やらが並んでいた気がする。
「私これでもオーケストラ好きなんですよ!」
「これでもってなんだよ。まあ、意外ではあるけど。運動以外興味無いと思ってた」
「そんなことないですよ? オーケストラだけじゃなくて、ボードゲーム部とか漫画研究部とか軽音部とか……あと宇宙研究会とかにも入ろうと思ったことがあります」
「宇宙研究会とかあんのかよ。何するんだよ」
「宇宙についての研究です!」
「まんまじゃねえか」
生徒会に所属していても、常陽の多すぎる部活動や同好会を全て把握するのは難しい。ほとんど活動していない同好会も含めればざっと百はあるだろう。百個もコンテンツ分けられねえだろ。絶対合併した方がいい。
「うちゅ研はほとんど活動してなかったので入らなかったんですけどね。他の部もバスケ部との兼部になって、迷惑になると思って諦めました」
「もっとマシな略称なかったのか……。今なら新しい部活始められるんじゃないか?」
「部活はなんか、もういいかなって」
「あー……悪い」
「あ、違います違います! 先輩と一緒の時間が減るから嫌ってことです!」
三雲はそう言って笑って見せるが、今のは無神経だったと反省する。
部内でいざこざがあってバスケ部を退部させた三雲に対して、部活動に入れと言うのはあまりにも無責任で、三雲の気持ちを無視した発言だ。
クラスでもあまり馴染めていないようだし、もう少し三雲のために何か出来ればいいんだが……。
三雲が笑うのに合わせて俺も笑って見せたつもりだったが、三雲は俺の背中をパンっと叩いた。
「先輩、気にしすぎですよ! 灯先輩が私のこと考えてくれるのは嬉しいですけどね!」
笑顔を作りながら俺の腕に抱きつく三雲。だが、俺には作り笑顔は通用しない。
鮮華というペルソナ使いが身近にいるからな、嘘で固めた表情は大抵見抜ける。無駄な能力を手に入れちまったなぁ。
三雲は俺にバレていないと思ったのか、その表情を少しだけ曇らせる。三雲が楽しめるように努力すると言っておきながらこんな顔をさせるのは心苦しい。
それに、三雲のこんな顔はあまり見たくない。
俺が多少ぞんざいに扱っても楽しそうに笑ってくれる三雲の方が俺は好きだ。
そんなこと、本人には言えないけど。
気がつくと、俺は三雲に手を伸ばしていた。
三雲を傷つけた罪悪感のせいか、三雲の心からの笑顔を見たいと思ってしまったせいか、その理由は分からない。
もしかしたら、彼女の本物の気持ちを受けて、俺も自分の気持ちに正直になろうとしたのかもしれない。
いや、それはないな。もしそうなら、俺は心の底から三雲の頭を撫でたいと思ってしまったことになる。
「え、えっと……灯先輩?」
「あー、なんだ。手を置きたくなった」
「ふ、ふふふ、私の身長がちょうど良かったんですね! ずっと置いてていいですよ!」
「歩きにくいからやめる」
「えー! じゃあこっちの腕離すので頭に置いててください!」
「恥ずかしいからやだ」
「けちー!」と頬を膨らませて俺の体に抱きつく三雲は、どことなく嬉しそうに見える。まあ、なんだ。これで良かったのかもしれん。
三雲に抱きつかれながら向かった体育館は満員御礼。人が溢れ通路さえ確保できない状態だった。
あと熱気がすごい。これだけの熱気があれば空も飛べそう。いやそれは物理的に無理だわ。
「ふげっ」
人の波に押されて変な声を漏らす三雲。こいつの身長じゃステージは見えないんじゃないだろうか。俺も見えないしな。身長欲しいなちくしょう!
「端の方に行こう。ここじゃ熱い」
「ですね。見えないのは残念ですけど」
「大変そうだな。良かったら上の席に行くか?」
突如現れるのは神出鬼没なこの男ー!新島涼介!
エ〇タみたいな紹介やめろ。てか何でいるんだよこの人。
「急に出てくるのやめてください」
「そういや、この前の土曜」
「急に出てくるのやめて!」
よろしい、と笑う涼介さん。タメ口で話すのに気を遣うってどうなの。
「俺、オケ部のOBで後輩の様子を見に来たんだ。OB特典でギャラリーに席用意してもらってるんだけど、良かったら一緒にどうかと思って」
「マジか。コネ発揮しすぎだろ」
「コネって言い方は酷いな。後輩の計らいだよ」
「あ、あの、この方は?」
突如現れた初見のイケメンに困惑する三雲。そりゃそうなるよな。何度か会ってる俺でも困惑してる。
涼介さんは俺の後ろに隠れる三雲に気付き、慣れた様子で爽やかな笑顔を向ける。
「俺は新島涼介。この学校のOBで大学二年生だよ」
「と、灯先輩! 年上の人にタメ口は良くないですよ!」
「逆なんだよなぁ。あと自己紹介しないお前に言われたくない」
さらに困惑する三雲は放置し、俺たちは涼介さんの案内の元、ギャラリー席へと移動した。
「三雲燈ちゃん、ね。君は柊木君の彼女かな?」
「あ、えっと……」
いつもは自ら彼女だと豪語するのになぜ口ごもるのか。イケメンに緊張してるのか? それとも人に言われると恥ずかしいとか。後者だな。顔赤くしてんじゃねえ。
もじもじと俺を盾にしている三雲の代わりに答える。
「ただの部活の後輩だ。それより、涼介さんってオケ部で何演奏してたんだ?」
「俺はバイオリンだよ」
「マジか……」
顔も性格もイケメンでバイオリン弾けるとか属性盛りすぎだろ。ちょっとは俺に分けてほしい。もしくは主人公代わってくれ。
涼介さんは俺の腕をぎゅっと掴んで離さない三雲に何かを察したのか、にやりと頬を緩める。
「デート中とは悪いことしたなぁ。俺、退席しようか?」
「付き合ってねえって。あと涼介さんが居なくなると俺たちが居心地悪いだろ」
ため息混じりに答えると、涼介さんはけたけたと笑った。
そうこうしていると、暗幕が上がり演奏が始まる。
開幕から大音量の演奏が会場を包み込み、俺は息を飲んだ。
これはあれだな、すごいやつだ。なんかもうすごい。素人の俺でもわかる。何もわかってないんだよなぁ。
ただ、一糸乱れぬ演奏は素直に感動ものだった。
低音と高音が心地よくハマり、ドスンと胸に響いてくる。
CMで聞いたことのある有名な曲でさえ、オーケストラで演奏すると盛り上がりも凄まじい。客席も沸きまくり。最後の最後まで元気だなぁ。
「すごかったです! なんかもう、すごかった!」
「ああそうだな、すごかった」
「確かに上手くなってたな。先輩としても一安心だ」
大盛り上がりで幕を閉じたオーケストラ部の演奏。
三雲も終始熱中していて満足しているようだ。いつの間にか涼介さんとも打ち解けて、普通に会話を楽しんでいる。やはり音楽は人と人を繋げるんだな。
ただ、「すごい! やばい!」しか言わないのはどうかと思う。感想の語彙力が俺と変わらんぞ。悪いな、音楽のことはわからねえんだ。
「この後衣装コンの結果発表ですよ! 見て行きます?」
「衣装コンテストか。武道と桐崎で決まりだろ。見ることも無い」
「えー、先輩の圧勝でしたよ!」
「ないない」
そんな会話をしていると、涼介さんが話に割り込む。
「ごめん、燈ちゃん。柊木君少し借りてもいいかな?」
「え、何? 怖い」
「灯先輩ですか? 一時間くらいなら大丈夫ですけど」
「なんなら燈ちゃんも一緒に来てもいいよ」
「じゃあ行きます!」
「俺が行くことは決定かよ」
行先も目的も告げず連れ出される俺たち。
なんかその不敵な笑み怖いんで、やめてもらっていいですか?
連れてこられた校門前。
体育館や出店に人が集まっているせいか、ここは人通りは少ない。
それでも父兄や他所の学生がこちらをチラチラ見ながら帰って行く姿は目に留まる。絶対に涼介さんのせいだ。
その涼介さんは誰かと電話している。なに、怖い人たちを呼び出してボコられちゃうの? ここじゃ目立つから校舎裏とかの方がいいですよ? いやそもそもボコられない方向でお願いしたい。
電話を終えた涼介さんがこちらに近寄ってくる。
「お待たせ、もうすぐ合流するから少し待ってくれ」
「合流って、誰か呼んだのか?」
「まあな。柊木君は知ってる人だと思う」
ボコられる方針ではなさそう。知り合いにそんな怖い人いないし。
ほっと一安心した俺だったが、その方がまだマシだったかもしれないとすぐに手のひらを返した。
そいつが目の前に現れてそう思った。
「よ、灯」
「中西……なんでお前がここに」
その少女は、白のティーシャツに黒のデニムジャケットを合わせ、この時期にしては少し寒そうな短いパンツ姿で現れた。
相も変わらず屈託ない笑顔を浮かべ、ウルフカットの髪を靡かせる。
「ど、どちら様です?」
俺とその少女の顔を交互に見て俺に問う三雲。
困惑する俺よりも先に、その少女は答える。
「聖女二年、中西亜梨沙。柊木の元カノ」
痛いのは嫌なんだよ。体もそうだが、心もな。
「なんで中西と涼介さんが知り合いなんだ」
「涼介、話してなかったの?」
「直接会ってもらう方が早いかと思って」
怪訝な目を向ける亜梨沙に臆することも無く、涼介さんは笑って答える。
二人はどうやら知り合いの様子で、涼介さんの笑顔を軽く流すように中西はため息をつく。
「まあいいや。私と涼介の親が再婚して、今は義理の兄妹。だから私も今は中西じゃなくて新島」
「マジかよ……」
なんだその繋がり。偶然にしては出木杉君だろ。
俺は知らず知らずのうちに元カノとの再会フラグを立てていたらしい。ホント勘弁してくれよ。
「ま、積もる話はあるけどさ、ご飯食べていい? 今日何も食べてないんだよな」
「もう出店も閉まるよ」
「え、マジ? もっと早く呼んでくれよ」
「なかなか会えなかったんだよ」
「はー? 昨日連絡先ゲットしたって言ってただろ」
まったく、と頭の後ろを掻く亜梨沙。
その仕草も口の悪さも、中学生の頃と何も変わらない。
「とりあえず移動しようぜ。ここじゃ目立って話しにくい」
「亜梨沙のせいじゃないか?」
「涼介の見た目が良いせいだろ」
俺たちを置いてさっさと行ってしまう亜梨沙と涼介さん。
「灯先輩、大丈夫ですか?」
「あ、ああ。大丈夫」
大丈夫、なんかじゃない。
中西亜梨沙とはもう会わないと思っていた。会いたくないと思っていた。
俺が一時期女性恐怖症に陥った原因でもあるあいつには。
「このまま二人で逃げてもいいんですよ? 大丈夫です、私がついてます!」
そう言って笑顔を作る三雲。俺を励まそうとしてくれているのが嫌でもわかる。
後輩に気遣われてなさけないったらねえな。
「大丈夫だ。行こう」
「そうですか……わかりました! いざとなれば私が連れ出します!」
「珍しく頼りになるな」
「えー! いつもですよ!」
ほんと、いつもいつも頼りになる奴だ。俺なんかよりもよっぽどかっこいい。
ありがとう、と三雲の頭を撫でて覚悟を決める。
過去のことだって作り物だ。大丈夫。何を言われても今の俺なら何も感じない。
散々嫌悪していたのに、作り物の世界であることがこれほど頼もしいってのも皮肉な話だけどな。




