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第三十話 本物の演技

「ごめん、迷惑かけた」

「気にすんな」


 外のベンチに腰をかけて汐留と向き合う。

 三雲は昼食を買いに行ってくれた。憔悴しきった汐留に対し、少し罪悪感が芽生えたらしい。

 あいつにも反省とか心配って気持ちが存在するんだな。俺の心を揺るがしたことも反省してほしい。


「柊木ってああいうの平気なんだ」

「所詮作り物だからな。自分よりもビビってる奴が居ると心が穏やかになるってのもあるが」

「う、うるさい!」


 顔を赤らめ、視線を逸らす汐留。

 まあ、さらにその上に理性との戦いがあったせいではあるが。ボッコボコにされたな、うん。


「悪くは無いだろ、誰にでも苦手なことはあるんだし」

「そ、そうかな……」


 弱点がある方が人間らしい。俺も女の子に近付かれるのは結構弱いんだと気付いた。弱点があって人間らしいですね。フィクションなら無敵コマンドくらい用意しておいてくれよ。


 汐留と軽く談笑していると、三雲が両手いっぱいに食べ物を抱えて戻ってきた。何人前だよ。注文数一桁間違えた出前じゃねえんだぞ。


 まあ、そんな心配の必要はなく、一般男子高校生よりも食欲旺盛な三雲が一人で全体の半分ほどを平らげてしまった。

 その華奢な体のどこに栄養が向かってるんだよ。身長……ではないし、引き締まった体には余計な肉もない。

 ま、胸もないんですけどね。悲しいなぁ。


「食べ終わったら女子コン行きましょう!」

「女子コン?」

「あれですよ、あれ」


 俺が首を傾げると、三雲は近くの掲示板に貼られたポスターを指さす。ああ、女子仮装コンテストね。そういや今日は女子の部か。


「女子コン、うちのクラスから桐崎さん出るんだってね」

「マジか。大変だなあいつも」

「なんで同じクラスなのに知らないの……」


 逆に何でお前は知ってんだよ。俺より授業出てなかったし、クラスにも友達居なさそうなのに。

 俺も条件は一緒か。クラス会議サボりすぎましたね、はい。


「先輩たちのお友達も出るんですね。じゃあ尚更、応援に行きましょう!」

「女子コンって女子から見ても楽しいもんなのか?」

「うちはオシャレとか好きだから楽しいけど」

「私も楽しいですよ! 本当は出てみたかったですけどね」

「燈ちゃんって結構大胆だよね」

「私が優勝すれば灯先輩と並んで男女コンテスト優勝者カップルに」

「大胆ってより馬鹿なんだと思うぞ」


「ひどいですー!」とぽかぽか叩いてくる三雲。汐留は俺たちのやり取りに苦笑している。本当のことを言って怒られるとはこれ如何に。

 そもそも三雲は優勝してもおかしくない見た目してるが、俺の優勝は無いだろ。無い……よな?



 お腹も膨れた俺たちは体育館に移動した。既に多くの生徒が集まっている。昨日とは一転、男子生徒の割合が多そうだ。ただ、三雲や汐留の言う通り女子生徒の姿も少なからずある。


「すごい熱気ですね」

「だな、巻き込まれないように後ろの方に居よう」

「そうだね。ここからでも見えるし」

「私の身長でも見えますかね」

「それは知らん」


 三雲は小さいからなぁ。その視界から見える世界は俺にはわからん。俺の位置からは見える。まあ、ステージ上は高さがあるから見えるだろ。



 場所取りから間もなく、司会者の進行に合わせて女子コンが始まった。

 一年生から三年生まで、自薦他薦問わず見た目が良い連中が集まっているらしい。見た目が良くないとそもそも成り立たないしな。俺みたいなネタ枠は居ますか?


 そんな人は居ないようで、きちんとめかしこんだ女子生徒が次々に壇上に上がってはアピールをしていく。その度に盛り上がる会場。

 たまに際どい衣装もあったが、あれは学校的にはセーフなのだろうか。描写するとR指定入りそう。R-13くらい。中学生が拾うちょっとえっちな水着本じゃねえんだぞ。


「うちならもっとこう……」とファッション評価をしている汐留と「先輩は見ちゃダメです! あれはえっちです!」と俺の視界を遮ってくる三雲に挟まれながら女子コンを楽しんでいると、満を持して彼女の出番がやってきた。

 特別な格好はしていない。ただ、その長い黒髪をハーフアップに編み込んでいるだけ。たったそれだけだ。

 たったそれだけで、会場の視線を独り占めにしていた。

 ツンとした素っ気ない態度。嫌々出ているのが伝わってくるが、確かに桐崎の見た目なら優勝してもおかしくない。

 現に俺も今までの奴らの顔なんて忘れちまった。それだけの存在感を放っていた。


「綺麗な方ですね……」

「彼女が桐崎さんだよ」

「ほえー、灯先輩のクラスって美人しか居ないんですか? 先輩の周りに美人が集まるだけです?」

「どっちでもねえよ、偶然だ」


 まるで主人公の周りに可愛いヒロインが集まってるみたいな言い方やめてもらえますか?


「えー。でも、私に結奈先輩、桐崎先輩、生徒会長に私に明ちゃん、あと幼馴染も居るらしいじゃないですか? それに私もいますし」

「私何回出てくんだよ。嵩増ししても印象は変わんねえぞ」

「ケチですね」

「ケチとかじゃなくてな?」


 サブリミナル三雲やめろ。脳内に刷り込まれそうで怖いわ。

 三雲は置いておくとして、彼女の言う通り、俺の周囲にはヒロイン候補が多い。

 顔も良いし、誰をヒロインとしてもラブコメ作品が作れそうなレベルだ。気をつけなければ俺の生活が女の子に侵食されてしまいそうなくらい。


「でもほんとに柊木の周りって女の子多いね。たらしなの?」

「風評被害やめろ。偶然付き合いがあるだけだ。お前もそうだろ」

「まあ、確かに」


 納得してくれて助かったが、汐留とも少しずつ距離が縮まっているのもまた事実だ。

 ダブルデートに加えて、二人きりでの勉強会に文化祭でも一緒に過ごすときたものだ。

 今でこそただの友人で、汐留も俺に恋愛的な好意は持っていないだろうが、どこかできちんと線を引いておかないと後戻り出来なくなってしまう。


 三雲に至っては今日、その線をあっさりと超えてきた。彼女はもうヒロインとして立派なフラグを立てている。

 主人公にはなりたくないと願いながらも着実にその道を進みつつある。

 このままではいけない。わかっているはずなのに、今この時間を楽しんでしまっている。

 何も解決しないまま、時間だけが過ぎて、人の気持ちだけが移り変わっていく。


 もしかすると、止まっているのは俺だけなのかもしれない。

 この世界について知っていて、物語の終焉をのぞんだはずの俺だけが、何も決められずに立ち止まっているのかもしれない。


 そんなことを考えているうちに桐崎の出番は終わり、三雲に手を引かれて次の目的地へと向かうのだった。




「大盛況ですねー」

「柊木の集客効果すごいね」

「勘弁してくれよ、ほんと」


 二日目、午後。うちのクラスの演劇も残るは最後の一回のみ。

 前回分が人数オーバーで入れなかった人。もう一度見に来た人。中には女子コン効果で桐崎目当てに来た男子生徒も居るようだが、残念ながらあいつは出ない。今頃どこかに身を潜めてるんじゃないかなぁ、昨日の俺みたいに。


「ほら、出番だよ!」

「あ、紗衣。明も一緒か」

「今日は紗衣ちゃんとデートなんだ」

「迷惑かけんなよ」

「お兄ちゃんほどじゃないよ」


 たしかにー。そう言われると言い返せねえや。無慈悲な正論パンチが俺を襲う!


 しかし、やはりと言うべきか。紗衣とは少し気まずい。どうしても文化祭前のことを思い出してしまう。

 紗衣はもう気にしちゃいない様子だが、傷つけた側の俺としては、紗衣のことが少し心配になってしまう。今や女の子を二人も連れてるわけだしな。


 俺の様子を見かねてか、何か言わんとすることを察したのか、紗衣がこっそりと近付く。


「大丈夫? 元気ないよ」

「心配すんな、大丈夫だ。ラストの公演、成功させような」

「うん! とっておきの演技、見せてあげる」

「俺も演じる側だから見てる余裕ないけどな」


 くすくすと笑う紗衣。その表情に少しだけ安堵する。

 紗衣は公演にも慣れてきたようで、客は増えても緊張は見られなくなった。戦いの中で成長する主人公タイプだな、うん。主人公代わろうか?


 三雲たちの応援の声を背に、俺たちは用意された暗幕の裏へと入った。


 とっておきの演技と言った割に、最後の演劇は至って普通に進んだ。

 確かに上手くなっていて感心するが、あれだけ啖呵を切っていた割には、特に感想のない普通な感じ。紗衣ならこれくらい出来るだろうという想定を抜けなかった。


 感想求められたらなんて返そう、と悩みを抱えながら迎えた最後のシーン。俺と紗衣の二人きりのシーンが訪れる。


 尺の都合上、最後は少し改変してある。

 苦難を乗り越えた二人はお互いの気持ちを確かめ合い、愛の言葉を交わす。そして二人は幸せなキスをして終了。

 当然、暗幕で顔を隠してキスしてるフリをするだけだが。


「私あなたのことが好きよ!」

「僕もさ! 君のことが大好きだ!」


 何度やってもこれは恥ずかしい。作り物のセリフだとわかっていても、だ。

 ただ、そこで想定外のことが起こったせいでさらにその羞恥心に拍車がかかる。


 手を繋ぐだけのはずが、紗衣は何を思ったか俺に抱きついてきた。

 柔らかい体が俺の胸元に温もりを届ける。最後だからってテンション上がりすぎたんですか? 

 吉岡にも言ったけど、俺はアドリブには対応できない。どぎまぎするだけで、言葉のひとつも出てこなかった。


「私を抱きしめて」


 はいストップ!カット!そこ、私情を挟むのはやめなさい!ほら監督止めて!

 だが、俺の思いは伝わらず、むしろ客席がやたら盛り上がっているせいで、監督やその周囲からはそのままいけとグッドサインが出てしまった。お前ら覚えてろよ。

 こうなりゃやけだ。


 俺は紗衣の体を抱きしめる。細く、柔らかい感触。密着しているせいで紗衣の鼓動や吐息まで聞こえてくる。文化祭で学生がやるレベルを超過してる気がするんだが? 不純異性交友として呼び出されてもおかしくない。


「灯、好き」


 客席には聞こえないほど小さく囁かれた言葉。思わず体を離そうとするが、紗衣はそれを許さない。

 抱きしめられたまま暗幕が半分ほど降りる。

 紗衣は背伸びをして、俺の口元へ顔を近づける。


 動きが鈍くなっていた俺の思考は、そこで完全に停止した。

 口元に温かい感触がある。紗衣との距離が近い。ぎゅっと目を瞑る紗衣の顔がすぐそこに見える。

 あまりの出来事に声すら出ない。いや、口を塞がれていて出せないと言った方が正しいだろうか。


 拍手の音が教室内に響く。

 ゆっくりと顔を離した紗衣は、俺の耳元へと近付く。


「他の女の子なんて見ないで。私を好きになってよ」


 潤んだ眼差しと消え入りそうな声。薄暗い中でもわかる、熱を持った顔。薄く淡いピンクの唇が震えている。


 鼓動が早くなる。まずい、これは良くない。男児たるもの、これは心がぴょんぴょんと跳ね回る。

 早く電気をつけてくれ。そう願っても、余韻を与えるためか、なかなか明かりはつかない。

 時間がゆっくりと進んでいるような感覚。


「私、灯が大好きだよ。ずっとずっと前から、灯のことが好きだよ」


 追い討ちをかけるような甘い声。演技って何だっけ?

 答えを探すために頭の中を探っていると、パッと教室が明るくなった。

 紗衣は俺に背を向け、舞台裏に下がって行った。

 温もりと唇の感触を俺と共に舞台に残したまま。



「灯先輩、お疲れ様です!」

「演技上手いんだね。ちょっと感動した」

「お、おう」


 終了後、三雲たちにそう声をかけられるが、どう反応していいのかわからない。頑張れ俺のニューロン。シナプス繋いで、ほら、はよ!


「お兄ちゃん?」


 明の声でハッと我に返る。危うく電脳世界に引き込まれるところだった。


「おう、どうだった? 俺の名演技」

「演技が凄かったのは紗衣ちゃんだよ。お兄ちゃんは引っ張られてただけでしょ」


 呆れ気味にため息をついて「そういえば紗衣ちゃんどこ行ったんだろ」と辺りを見回す明。演劇が終わってすぐ教室から出て行ってしまい、戻って来る様子はない。

 まあ、顔なんて合わせられないし、俺としてはありがたいんだけどな。

 紗衣が戻る前に早く退散しよう。


「紗衣は着替えるって言ってたぞ。俺も着替えてくるわ。終わったらまたどっか回ろう」

「じゃあ私、紗衣ちゃんと合流するね」

「ああ、頼む」


 紗衣のことは明に任せよう。紗衣も変なことは言わないだろうし、俺が探しに行くよりも明が一緒に居る方が安心出来るだろう。

 俺は制服を持って更衣室に移動した。



 一日の出来事が頭を巡って離れない。僕の気持ちは本物だと言う鮮華の言葉が頭をよぎる。

 三雲の笑顔も紗衣の言葉もきっと、本物の気持ちだったはずだ。

 じゃあ俺はどうだ? その気持ちに応えられるのか? 彼女らの気持ちを受け入れたとして、俺の気持ちは本物だと呼べるだろうか。


「ああ、くそ」


 行き場のない気持ちをはき出す。

 誰も居ない更衣室に俺の声が虚しく響いた。

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