第二十九話 吊り橋効果。からの転落。
文化祭も最終日突入!
……まあ、そもそも二日しかないんだけど。
二日目になると明日の片付けを思い出して億劫でな、少し気分が下がる。
俺の気分とは裏腹に、生徒の熱は昨日以上だ。特に女子生徒。俺への視線が熱い熱い。そして男子生徒。視線を奪う俺への嫉妬が熱い熱い。火傷するわ。
昨日の男コンが予想以上の反響だったらしく、二日目の演劇も大盛況だ。
それはいいんだが、鮮花が昨日あんなことを言ったせいで、俺は今窮地に立たされていた。
「柊木君って彼女いないの?」
「柊木君この後一緒に回ろ!」
「アカリ君、昨日みたいに髪固めないの?」
「アカリ君のタキシードまた見たい!」
知らない女子生徒に囲まれる俺。その外側には刺すような視線を向ける男子生徒。三重ドーナツグラフですか? どこで使うんだよあれ。
あと名前間違えてるからな。俺はアカリじゃ──
「アカリせんぱーい! 私に確約させてくださーい!」
ボリューム設定間違えたような大音量が一際大きく教室に響く。
教室のざわめきをかき消したその声の主は、小柄なのをいいことに人混みを掻き分けて、俺の目の前までやってきた。
「三雲……お前なぁ」
「ほら、行きましょう! 時間は有限ですよ!」
「ほんと空気読めないっつうか。まあ、助かるけど」
俺は三雲に手を引かれて教室から逃げ出した。倍以上に増えた殺意の視線を背中に浴びながら。半分はお前の分だぞ、三雲。仲良く分け合おうな。辛いことは半分こだ。
「先輩があんなことするなんて思いませんでしたよ」
人混みから逃げまくり多目的室にたどり着いた俺たちは、休息がてらパックのジュースを飲みながら埃っぽい椅子に座っていた。
りんごジュースをストローで吸い上げて、呼吸を整えながら三雲に目をやる。
「俺だってあそこまでやるつもりは無かった」
「でも、あれのおかげで大人気ですね。彼女としては鼻が高いですけど、先輩が女の子に囲まれるのは少し複雑です」
「誰が彼女だ。……にしても、こんな状況じゃまともに見て回れないな」
「私は先輩と一緒ならこのまま喋ってるだけでもいいんですけどね」
「それじゃあいつもと変わらんだろ。せっかくの文化祭だ。少しは楽しめ」
「楽しいですよ? 灯先輩と一緒なら」
そう言ってにこりと笑う三雲。楽しいならいいんだが、それはそれで俺が複雑だ。
日曜日をわざわざ選んだのに文化祭に興味がなさそうなのもよくわからん。曜日って何かあるのか? 六曜気にするタイプ? 今日は先負だから午前凶ですね。割と六曜って当たるのかもしれん。今日は平穏に過ごそう……ってもう既にダメじゃねえか。
「少し休んだら二年の教室でも見に行こう。俺、昨日はほとんど素通りしただけなんだよな」
「先輩のお望みならたとえ火の中水の中!」
草の中森の中? あの子のスカートの中は捕まるからやめようね。
パックにしては美味しいりんごジュースに舌鼓を打っていると、視界の端で何かが動いた。
咄嗟に目を向けると、寝ぼけ眼を擦りながらゆっくりと起き上がる女子生徒が一人。既視感あるなこれ。
「うるさいと思ったらまたあんたたちなの」
「汐留……。お前文化祭でもここで寝てたのかよ」
俺がため息混じりにそう言うと、汐留は大きな欠伸を隠す様子もなく腕を挙げて背伸びをしている。その暴力的な仕草はやめてやれ、三雲が胸に手を当ててるぞ。
「ほんと仲良いね、あんたたち」
「彼女ですから!」
「三雲、こいつは知ってるから大丈夫だ」
「話したんですか、私たちの結婚のこと!」
「お前の仮想の物語は知らん」
是が非でも話に乗らない俺に、ぶーっと口をとがらせる三雲。
にしても三雲といい汐留といい、学校行事に目もくれない奴は一定数いるんだな。
行事にうつつを抜かす連中に対して達観しているのではなく、こいつらに関してはたぶん本当に興味が無いんだろうけど。
汐留は今勉強の方が楽しそうだし、三雲はスポーツ大好きっ子だから体育祭なら全力を出すのだろうが、文化祭は確かに似合わないな。
ノリから外れた連中のたまり場みたいな空気の中、汐留が机から飛び降りる。
「うち、飲み物買ってくる」
「オレンジジュースならあるぞ」
「なんであんの? 今りんごジュース飲んでるじゃん」
「間違えて買ったんだよ。俺柑橘系ダメなのに」
「じゃあもらう」
実際には三雲が勝手に押したんだけどな。
パックのオレンジジュースを投げると、汐留は器用に片手でキャッチする。食べ物で遊んじゃいけません!
手際よくストローをパックに刺し込んだ汐留は、教室の後方に集められた机に腰を下ろした。
「あんたたち、付き合ってないのに文化祭は一緒に回るんだね」
「仲は悪くないからな」
「婚約者ですからね!」
「お前の脳内どうなってんだよ。なんで進展してんだ」
放置ゲーかよ。何もしなきゃ勝手に結婚したことになってそう。俺まだ十六だから無理だぞ。無理じゃなくてもしないが。
「汐留先輩は文化祭見て回らないんですか?」
あまり会話が弾まない中、三雲がそう問いかける。
俺や汐留は黙ってても気にならないタイプだが、三雲は喋ってないと息が詰まるタイプなんだろう。タイプタイプってポケ〇ンかよ。『ポケット〇ンスター 陰キャ/陽キャ』好評発売中! 絶対好評じゃないなそれ。
「一人で回ってもつまらないから。うちはここで寝てる」
「じゃあ一緒に回りませんか?」
突如そんな提案をする三雲。マジ? てっきり二人きりで過ごしたいのかと思ってた。もしかして俺、自意識過剰だった?
当然汐留もきょとんとして腑抜けた顔になっている。いつも素っ気ない態度の汐留にしては珍しい。ギャップのせいかちょっと可愛い。
「え、いや。二人の邪魔するのもあれだし」
「私はいいですよ、人は多い方が楽しいです! 灯先輩もいいですよね?」
「え、俺はいいんだけど」
それよりも三雲がそんな提案をすることに驚きを隠せない。こいつなら俺を独占すべく今すぐにでもここから抜け出すとばかり思っていた。
「ですって! 結奈先輩……でしたよね? 一緒に行きましょう!」
三雲は汐留の手を握り、キラキラとした眼差しを向ける。
距離を詰められることに慣れていない様子の汐留は目を逸らして「えっと、その」と口ごもる。
汐留にとってもそう無い機会だ。三雲が汐留と仲良くなりたいと言うのなら、俺も合わせてやろう。
「いいんじゃないか? せっかくの文化祭だ。勉強には息抜きも必要だぞ」
「え、うーん。まあ、そうかもしれないけど……」
俺の後押しで少し悩んだ末、「じゃあ、お願いします」と三雲の手を握り返す汐留。なんだこの集まりは。
恋人のフリをしただけなのに、なんか彼女と元カノが仲良くしてるみたいな居心地の悪さがある。修羅場じゃん。修羅場と呼ぶにはお花畑な雰囲気だけど。
こうして俺たちは謎のトリオを結成して三人で文化祭を回ることになった。
が、人前に出てそれが失敗だったと気付く。
「え、柊木君、女の子二人も連れてる」
「両手に花かよクソ」
「昨日会長とあんなことしてたのに」
ヒソヒソと話す声が絶えない。両手に花では無いけどな。俺放置して花だけ盛り上がってるし。一文無しの前に豪華な花束が置いてある感じ。嫌がらせかよ。
まあ、二人が楽しそうならそれでいいんだけどさ。終始三雲のテンションに気圧されている汐留の構図で汐留が少し不憫なんだ。バランス悪いなこいつら。
しかし、文化祭を回っているうちに汐留も少しずつ慣れてきて笑顔を見せるようになった。娘に友達が出来たような感動がある。授業参観かよ。
「結奈先輩、お化け屋敷ですよ! 行きましょう!」
「えっ……お化け屋敷かぁ」
「苦手なのか?」
「驚かされるのが苦手なの」
「なるほどな」
こういうのは人や仕掛けでビックリさせるものが定番だ。驚かされるのが苦手なら汐留には厳しいだろうな。
「大丈夫ですよ! 私が護ってあげますから!」
「お前逞しすぎだろ」
護るってなんだよ。頼むから仕掛け。壊すなよ?
あと生徒を殴るのも禁止な。三雲ならやりかねん。
「行きますよ! こういうのは慣れです!」
「あ、ちょっと」
「諦めろ。三雲は人の話を聞かない」
「少しは助ける努力してよ!」
無理だな。脳内で勝手に挙式する奴だぞ。たぶん三雲の脳内では今、このお化け屋敷を滅ぼして歴戦の勇者顔をして出てくる未来が見えている。いやほんとやめてね?
俺は作り物で一喜一憂する性格ではないため、正直お化け屋敷は好きじゃない。
だから二人が戻るまで待っていようと思ったが、三雲が心配過ぎたのでついて行くことにした。
おそらく、汐留に三雲を止めるほどの力はない。いざとなれば俺が魔眼『悪魔の叛逆』を発動するしかない。
突然の厨二病やめてください。
教室の中は暗幕が張り巡らされ、足元も見えないほど真っ暗だった。予めルートが用意されていて、その通りに進むだけの親切設計。汐留にとっちゃ心折設計だなこりゃ。逃げられねえもん。
「え、ほんとにここ大丈夫?」
「大丈夫ですよ! いざとなれば暗幕潜ればすぐにゴールです!」
「身も蓋もないこと言うな」
確かにそうなんだけど、そんなバグ技みたいなことをされると、作った側としてはメンテ不可避なんだよなぁ。
お化け屋敷と称するだけあって、真っ暗闇の道筋にはびっくり要素が満載で、汐留はいつもの低めの声はどこへやら、女の子らしくキャーキャーと悲鳴をあげていた。
三雲はなんかずっと笑っている。それはどうかと思うぞ。
子鹿のように足をガクガクと震わせながら、小さな足取りで三雲の隣を歩く汐留。まだ半分も進んでないのにもう限界の様子だ。
「もういや……うち戻る……」
「戻るなって案内されたろ」
「結奈先輩、これとか可愛いですよ! この提灯──」
瀕死の汐留に反して無邪気な三雲が天井からぶら下がっていた提灯を触ると、その裏に口から血を流した顔が描かれていた。
「キャー!」
「あはは、ほら、可愛いです!」
「元気だなお前ら」
自分よりも小さな後輩に抱きつく汐留とゲラゲラ笑っている三雲。同じ光景を見てるとは思えねえなこれ。
「ほんと怖いけんやめて! 燈ちゃん前に立っとって!」
「え、結奈先輩の博多弁、凄く可愛いです!」
「そがんとよかけん! 前ば歩いて!」
「可愛かですねー」
丸く縮こまる汐留とその頭を撫でる三雲。なんだよこの構図。もうどっちが先輩かわかんねえな。つかあれって博多弁なんだな。
感情が溢れ出す時、汐留はよく方言が出ていた。つまりこれは本当にビビってるってことだ。
そういうことなんだが、三雲は汐留の方言を気に入ってしまったのか、さらに引き出そうと怖がらせているようにさえ見える。もうやめたげてよぉ!
相反する二人の様子を後ろから観察していると、一人ではしゃいでいる三雲を放置して汐留が俺に歩幅を合わせてきた。
「どうした、疲れたか?」
「ちょっとね……。燈ちゃん、かなりいい子なんだけど、すごく自由で困る」
「大変だなお前も」
俺の気持ちを思い知ったようで何よりだ。
三雲が通過した後なら安全だろうと歩いていると、俺たちの目の前に包帯をぐるぐる巻きにした男が現れた。
甲高い声が教室内に木霊する。
しがみつく相手がいなくなり、咄嗟に俺に抱きつく汐留。当たってるから! 柔らかい何かが当たってる!
当ててんのよ、なんて余裕もない汐留はそのことに気づくこともなく俺にしがみついたまま歩みを進める。その様子を口をとがらせて見ている三雲。これは不可抗力だろ。
「私も怖いですー、助けて灯せんぱーい!」
「嘘つけ。お前さっきまで笑ってただろ」
「なんのことかわかんないでーす」
左側に柔らかい感触、右側に華奢な温もりを感じつつ三人並んで進んで行く。両手に花ってのはこういうことだよなぁ。理性さんしっかり、気を確かに!
恐怖心よりも崩壊しそうな理性と戦いながら最終コーナーを曲がる。
「ほら、出口見えてきました!」
ようやく前方に光が差し込み、汐留がほっと胸を撫で下ろす。よかった、これで解決ですね!
……とはいかなかった。
出口寸前でぼとりと何かが落ちてくる。出口から差し込む光のせいで、それが人の……もといマネキンの首だとすぐにわかった。
「ひぅっ」
「わー!」
声にならない叫びと明らかに楽しそうな声。
そして、左腕に伝わる湿った感触と、右頬に伝わる温もり。
三雲の顔が近い。近いというか、完全に接触している。柔らかい、唇の感触。
「お、お前……」
「ふふ、油断しましたね」
耳元で囁かれたその甘い声は、嗚咽を漏らす汐留には届かない。
三雲の不意打ちに俺はいつもの冷静さを欠いて、心臓をバクバクと鳴らしていた。理性さん!? 理性が死んだ! この人でなし!
三雲はしてやったりといった顔で、にやりと口角を上げている。これは卑怯だ。確かに、してやられたと思う。
三雲なんてただの後輩で、恋愛対象と言うよりは妹のような存在だと思っていた。
だからこそ、モブになろうと独りを貫いていた時にも三雲を突き放すようなことはしなかった。
三雲との距離感はずっと平行線で、ふざけた調子でバカな妄言を口にする三雲と、呆れながらも付き合う俺。
そんな関係がずっと続いて行くものだと思っていた。
それがまさか、こうも簡単に崩されるなんて。
鮮花のようにこの世界のことを説明したわけじゃない。それでも、これは三雲の本物の気持ちの現れなのだ。意識するなって言う方が無理な話だ。
今後どう接していけばいいんだよ……。
そんな俺の気も知らずにいたずらっぽく笑う三雲は、お化け屋敷を出る頃にはいつもの調子に戻っていた。
両手に花束を抱えて脱出した俺たち。
だが、抱えたものが大き過ぎて、何か大事なものを落としてきた気がする。
「楽しかったですねー」
「お、おう……」
「うぅ……ぐすっ……もう絶対行かん……」
俺の左腕にしがみついて泣きじゃくる汐留と右腕にしがみついて頬ずりをする三雲。集まる視線。
俺もお化け屋敷には二度と行かない。そう固く心に誓った。




