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第二十八話 一日目の終わり

 公演一日目、午後の部。

 男コンの宣伝効果もあってか、教室に収まりきらないほどの観客の中、公演は幕を下ろした。

 終始俺に向けられる好意と好奇の目線が痛く、やりづらいったらありゃしない。まさかこんな場所にまで影響が出るとは。


 客席を気にしてはいけないと思いながらも、俺が声を発する度に客席が盛り上がっては、気にかけない方が難しい。

 思う通りの演技が出来ずに歯がゆい思いをしていた俺を救ってくれたのは、あろうことか午前中に散々な演技を披露していた紗衣だった。

 俺がセリフを噛んでも紗衣が上手いことカバーしてくれて、吉岡と一緒に場を盛り上げてくれた。

 体育館に忘れてきた着替えも持って来てくれたし、紗衣には感謝してもしきれない。


 公演を終えて教室を見渡すと、鮮華先輩は教室の後ろの方で静かに拍手を送っていた。


「お疲れ様。良い出来だった……とは言えなかったね」

「まさかあんなに人が集まるとは思わなかったですよ」

「それが君の影響力だよ」


 鮮花先輩はそう言って満足気に笑う。ほら見たことかと言いたげな顔だ。

 不本意だが、彼女の言うことは正しかったらしい。

 俺は衣装コンテストで多くの人の目を惹き付けた。それは揺るぎない事実らしい。

 それでも上手く受け入れられない俺は、頬を引き攣らせた。


「と、とりあえず、今日の俺の出番はこれで終わりですね。あと二時間くらいしかないですけど、どこか回りますか?」

「それじゃあ、せっかくだし付き合ってもらおうかな」


 俺は鮮花先輩に付き添い、教室を後にした。

 どこに行くでもなくぶらぶらと足を迷わせながら、校内を散策する。


 鮮華先輩は心配になるくらいいつも通りで、俺たちにかけられる声にもいつもの笑顔で応えていた。

 自分の本心を隠すように、誰もがよく知る生徒会長を演じている。

 その感情を押し殺す笑顔が、何故か胸を締め付ける。


「二年生の教室も盛り上がってるね」

「文化祭だけあって気合い入ってますからね」

「灯君は気合いとは程遠い顔をしていたけどね」

「それは言わないでくださいよ」


 肩を竦めて見せると、鮮華先輩はくすりと笑った。


 弾まない会話。煮え切らない感情。

 先程の生徒会室での話が尾を引いている。

 俺はその場の空気に耐えきれず、御手洗と称して先輩を残し、その場を離れた。


 洗面所の鏡に映る俺は、メイクのおかげで取り繕ってはいるものの、決して楽しそうな表情ではなかった。

 せっかくの鮮華先輩との時間。先輩と過ごすのは今日だけだというのに、俺は鮮華先輩を楽しませてあげられているだろうか。

 そんな不安が募る。


 三雲が楽しかったと言える文化祭にしてみせると意気込んでいた俺が、鮮華先輩に対しては辛い思いをさせてはいないか。

 させてるだろうなぁ。鮮華先輩の泣いている姿なんて久しぶりに見た。それほど彼女を追い詰めていたんだ。


 このままでいいのだろうか。

 鮮花先輩は、俺が彼女の気持ちを受け取らないと知っていながら、本心をぶつけてくれた。

 俺が彼女の好意に応えられないとわかっていながら、こうして文化祭で一緒に過ごしたいと言ってくれた。

 俺は、そんな彼女の気持ちを踏み躙ってはいないだろうか。


 考えるまでもないか。

 与えられるだけ与えてもらって、俺は彼女に何も返せてはいない。

 俺がこうして文化祭に参加しているのも、鮮花先輩が俺の塞いでいた感情をほんの少しこじ開けようとしてくれたおかげだ。

 彼女の言う『本物の気持ち』に触れなければ、俺はきっと今も一人で塞ぎ込んでいただろう。


 このままでいいのか。そんなの、ダメに決まっている。

 彼女を泣かせておいて、彼女の勇気をこの身で感じておいて、見て見ぬふりは出来ない。

 このまま鮮花先輩の最後の文化祭を終わらせてしまっては、モブだの主人公だのと言う前に男として最低だ。


 鮮華先輩の好意に応えるとまではいかなくとも、最後の文化祭は最高の思い出だったと言えるような日にしてあげたい。いや、しなきゃならない。

 それが俺に出来るせめてもの恩返しだ。


 三年生の出店で飲み物を買って鮮華先輩の元へ戻ると、彼女の周囲に人集りができていた。人通りの少ない場所だと言うのに、流石は鮮花先輩と言うべきか。

 さっきあれだけのことがあったんだ。注目を集めるのは仕方の無いことだろう。


 だが、何やら様子がおかしい。

 鮮華先輩の周りにいるのはこの学校の奴じゃない。見たところ大学生、しかも男ばかりだ。

 地域を巻き込んだ文化祭ではありがちなナンパだ。治安の良い街でもああいった連中は少なからず存在する。ほんと、面倒この上ない。


 俺はこれから鮮花先輩を楽しませなきゃならないんだ。こんなことで邪魔をされたくない。

 俺は歳上の男たちにも臆することなく、鮮花先輩の元へ近付いた。


「鮮華先輩、お待たせしました」


 俺に集まる視線。まあそうなるよな。


「は? 何お前」

「何それコスプレ? ウケるんだけど」


 やべー、今の俺ってただのアラビアンなコスプレイヤーじゃん。俺の方が変質者じゃねえか。せめて男コンの格好ならまだ見栄えも良かったものを。

 急に話を遮られて一瞬戸惑っていた男たちも俺の格好を見て口角を上げる。間違いなく下に見られた。


「俺、彼女に話してんだよね。お子ちゃまは一人で遊んでろよ」

「ガハハ、ほんとそれな。ほら行こうぜ、大人の遊び教えてやるよ」


 テンプレートなチンピラだな。今時そんなんでついてくる奴いねえぞ。だから失敗するんだろ。

 なんて言葉には出せず。情けねえ……。


 強引なナンパ男Aが鮮華先輩の腕を掴む。

 鮮華はなんとか抵抗するものの、やはり年上の男性の力にはどうにも敵わないのか、腕を振り解けない。


「やめてくださいよ。俺の彼女なんで」

「は?」


 やだ怖い。高校生になって少しは大人になったと思ったが、それでも歳上は怖い。

 だけどまあ、これだって作り物だしな。だからテンプレな展開になるんだ。

 俺は男の腕を軽く払い、鮮華先輩の手を握る。


「行こう、鮮華」

「え、あっ」


 俺に言われるがまま、力なく引っ張られる鮮華先輩。本当に弱々しくてまいる。いつもの調子はどこへやら。

 そうだ。いつもの彼女なら、ナンパなんて軽くあしらっているはずだ。何ならチンピラ共を一蹴して服従させるまである。

 そんな彼女がまんまとチンピラ連中に囲まれてしまったのも、俺が彼女に無理をさせていたせいだろう。

 だからこそ、ここは俺が彼女を護らなきゃならない。


「ガキが邪魔してんじゃねえよ」

「邪魔? 彼女、嫌がってるんですけど」

「は? お前が割り込んで来たからだろ」


 え、マジ? もしかして俺のせい?

 と、一瞬謝りそうになったが、左手に伝わる鮮花先輩の震えが男の言葉を否定する。


「人の気持ちも理解しようとせずに、人から好意を得られるはずがないだろ」


 うっ……自分で言っておきながら俺にもダメージが。

 これ以上話してると俺が悲しくなるな。さっさと退散しよう。


「待てよ。お前何、調子に乗って」

「高校生相手に多勢に無勢。恥ずかしくないの?」


 俺に向けて伸ばされたナンパ男Aの腕は俺に届くことはなく、間に入ったイケメンによって阻まれた。

 すっきりとした髪にシャープなスタイル。漂わせる爽やかな雰囲気。なんでこの人がここに居るんだ?


「涼介さん……?」

「やあ、久しぶりだね柊木君」


 同年代の介入により、ありきたりな捨て台詞を吐いて逃げていくナンパ男たち。どこまでもテンプレだ。

「ばいばーい」と手を振ってそいつらを見送ると、涼介さんは俺たちに向き直った。

 ついこの前に見た、優しく穏やかな笑顔がそこにあった。


「いやあ、この晴れやかな雰囲気に相応しくない空気が漂っていると思ったら、まさか君がいるとは」

「それはこっちのセリフですよ。どうして常陽に?」

「あれ、言ってなかったっけ? 俺、この学校の卒業生なんだよ。OBってやつだね」


 マジかよ……。近々会うかもってのはそういうことか。

 にしても助かった。あのままなら俺は校舎裏でボコボコにされていた。喧嘩なんて勝てる気がしないしな。


「助けていただいてありがとうございました」

「気にしなくていいよ。大事な後輩が困っていたら助けるのが先輩の役目だ」


 何この人イケメンかよ。イケメンだったわ。

 彼は「それにしても」と俺の手元へと視線を落とす。


「柊木君が蓮城さんとねぇ」

「あー、これには理由があってですねぇ……」


 そういやこの人と会った時には汐留と付き合ってることになってたんだ。これやばくね?

 しかも鮮華先輩と知り合いか。まあ、大学二年生なら鮮華先輩が一年生の時に三年生なわけだし、知っていてもおかしくはない。

 どう誤魔化そうかと思考を巡らせていると、彼はいたずらを思いついた子供のように無邪気に笑った。


「柊木君がタメ口で話してくれるなら詮索はしないよ」

「何でそれにこだわるんですか……」

「あ、詮索されたい?」

「勘弁……してくれ」

「うん、素直なのは良いことだ」


 爽やかイケメンスマイルを見せつける涼介さん。そのタメ口への執着さえなんとかしてくれりゃ完璧なのにな。

 小さく息を吐くと、涼介さんは「そういえば」と言ってスマホを取り出す。


「連絡先、教えてくれないか?」

「え、俺?」

「うん。君とはいろいろと話してみたいんだ」

「何を話すんだよ……」

「ま、いいからいいから」


 スマホを向ける涼介さんに断ることも出来ず、俺は連絡先を登録した。


「何かメッセージ送っといて」

「わかった。もう行くのか?」

「友達を待たせてるからね」


 今日は友達と来ているのか。そういやあの彼女とはどうなったんだろうか。

 そんな疑問をぶつける前に、涼介さんは軽く手を振って立ち去ってしまった。まあ、あの様子だと続いてることはなさそうだけど。

 嵐のように去って行った涼介さんを尻目に鮮花先輩に向き直る。


「俺たちも行きましょうか。あまり時間はないですけど」

「……あ、うん」


 やはり元気の無い鮮花先輩の手を引く。

 数歩進んで、俺は足を止めた。さも自然に手を繋いでいたことに自分でも驚いたからだ。

 これじゃあまるで恋人だ。このまま人目のつく場所に出ると、さらに勘違いを生むことになる。

 俺は周囲に人が居ないことを確認して、その手をゆっくりと離した。


 途端、「あっ……」と小さく声を漏らす鮮華先輩。目を曇らせ、寂しげな表情を隠すことも無くこちらに向ける。そんな顔されると困るんだよなぁ。

 もう一度手を繋ぐと、安心したように目を細める。ほんと困るからやめてね。こっちまで意識しちゃうから。


 このまま残りの模擬店を見て回るわけにもいかず、俺たちは傾いた日差しに照らされた校舎の影で並んで佇む。

 刻々と時間だけが過ぎて行く。鮮花先輩と一緒に居て、ここまで会話が無いのも珍しい。


 暫くして、彼女の震えた声が沈黙を破った。


「灯君、僕に対してもタメ口で話してくれないかな?」


 突飛な提案に俺は目を丸くする。

 先程の涼介さんとのやり取りがあったからだろうか。

 だからと言って、鮮花先輩までフランクさを求めてくるとは思わなかった。

 同じ高校に入学してからずっと先輩として接してきたんだ。鮮花先輩もその関係が適切だと思っているとばかり。


「先輩たちのそのタメ口希望はなんなんですか。タメ口だからって距離が近づくわけじゃないんですよ」

「そうかもしれないね。でも、先輩後輩としてじゃなくて、昔のようにただの友達として、僕と接してほしいんだ」

「そう言われても、周りの目とかありますし……」

「二人きりの時だけでもいい。ダメかな?」


 上目遣いで見られると辛い。その破壊力をなんとかしてくれ。

 美人で凛々しい鮮華先輩がそれやると、ギャップで国家転覆できるくらいの戦闘力がある。


 きっとこれが鮮花先輩の本心だ。

 少しずつ歳を重ねて、性別や年齢を気にするようになって、ひとつ上の彼女と『先輩と後輩』という関係性が適切だと判断していたのは俺だけだった。

 鮮花先輩が歳上だろうと、清廉な女性だろうと、生徒たちから一目を置かれる生徒会長だろうと、彼女は昔の関係を求めている。


 付き合いの長い鮮花先輩のことは、この学校では誰よりも理解しているつもりだった。

 勿論、本心を隠す彼女のことだ。全てわかっているとは思っていない。

 それでも、彼女の本気の愛情も、小さな願い一つでさえも理解しちゃいなかったんだ。


 少しの間、彼女と見つめ合っていたが、結局俺が折れる形で首を縦に振った。


「わかった。じゃあそうする」

「ふふ、ありがとう」


 無邪気に笑う鮮華。その笑顔に喜んでいる自分が居る。

 本心を隠すような貼り付けた笑顔じゃない。これが彼女の本当の笑顔なんだと思う。

 これが作り物だなんて到底思えなかった。


「鮮華、変わったな」

「変わったのは灯君の方じゃないかな?」

「まあ、そうかもしれない。鮮華のおかげかな」

「僕?」

「鮮華が、その……自分の好意は本物だって言ってくれたから」

「受け入れてくれたのかい?」

「まあ、少しは」


 受け入れた、とは少し違うかもしれない。

 俺はただ、信じたいと思っている。

 心配する気持ち、嫉妬する気持ち、好きだという気持ち。俺に向けられる全てが作り物というわけではないと、信じたい。


 鮮華のことを好きになったわけじゃない。当然、嫌いなわけでもないけど。

 ただ、鮮華の俺に対する好意が本物だと言うのなら。


「鮮華の好意が本物なら、俺が今手を繋いで緊張してるこの感情も、本物ってことでいいんじゃないかと思ってる」


 不意をつかれたようにぱちぱちと瞬きを繰り返す鮮華。

 その目は少しずつ目じりが垂れ、細くなっていく。


「じゃあ、僕の好意を受け入れてくれる日もそう遠くないかもしれないね」

「それは……どうだろうな」


 俺たちは顔を合わせて笑った。昔、俺たちがそうしていたように。



 文化祭一日目が終わりを迎えた頃、特例として全生徒が体育館に集められた。招集をかけたのは鮮華だ。

 壇上に立った鮮華は、全校生徒を一瞥する。


「今日の男子衣装コンテストに関して、柊木灯君のアピールタイムの際、僕と柊木君は告白が成功したかのように振る舞いました。しかしあれは、一種のアピールです。僕らの間にそのような関係は一切ありません」


 いつもの凛とした鮮華の姿。やっぱり鮮華はこうでなくちゃな。


「いつもは冴えない柊木君ですが、仕事はきちんとこなし、約束はちゃんと果たしてくれます。とても優しくて男らしい一面もある彼が気になる人は、是非アピールしてみてください」


 一斉に向けられる嫉妬と好意が入り交じった視線。ああ、ほんとこの人は。

 荒れ狂う体育館の中、鮮華はくすりと笑い、「まだ、ね」と呟いたような気がした。

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