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第二十六話 文化祭、開幕!

 学校での思い出と言えば?

 そんなアンケートを取ったら一位にはなれないが、そこそこ上位に来る行事……それが文化祭だ。

 一位は十中八九、修学旅行。二位は卒業式だろうか。三位か四位に体育祭と文化祭。ほんとそこそこ上位だな。


 常陽の文化祭は地域住民を巻き込んだ大イベントだ。の割に二日しかないのは、父兄が休みであろう土日に合わせているからだろう。

 生徒の家族や他所の学生、その他この地域の住民が学校に来て、クラス及び部活毎の出し物を楽しむ。それだけ学校側としてもこの行事には力を入れている。


「今日は勉強のこと忘れて思いっきり楽しめ。学生の本分は勉強だが、行事無しに学生生活は語れない。最高の思い出を作るように」


 あのものぐさな三枝先生がそんなことを言うくらいだ。たぶん、授業をしなくていいから楽なんだろうな……。


 朝のホームルームが終われば、学生たちは各々好きなように学校を回ることを許可されている。

 とはいえ、うちのクラスでは演劇の最初の公演が一時間後に迫っているため、即座にリハーサルが行われることになった。

 演劇は全部で四回とそこまで多くない。各日の午前と午後に一回ずつのみだ。

 あまり人前に立ちたくない俺としては気楽なものだが、回数が少ないからこそ、一回の重みは大きくなる。


「灯、調子はどう? 緊張してない?」

「ああ、緊張は特には。成功するかは別だが」


 衣装合わせを終えた紗衣にそう答える。

 現に紗衣は……どう見ても緊張している。目が泳いでるし、動きもどこかぎこちない。お転婆な王女様とは似ても似つかなかった。


「あんま気負うなよ。失敗してもリカバリーしてやる」

「あ、ありがとう。私、頑張る」

「だから気負うなっての」

「そうだぜ、クラスの皆がいるんだからさ!」


 そう言ってニコニコしながら話に割って入ってきたのは、ランプの魔人役の吉岡だ。

 こいつには緊張って言葉が似合わないな。むしろ、文化祭の雰囲気に当てられてか、いつもよりテンションが高い。


 映画を実際に見て思ったことだが、ランプの魔人役は吉岡にピッタリな配役だった。

 ユーモアのあるキャラクター性と空気を切り替えてくれる人柄。


「この日のために声真似練習してきたんだ! 俺が笑いをかっさらってやるぜ!」

「似合ってんな。期待してる」

「おう、任せろ!」


 こういう晴れの舞台には、吉岡みたいなキャラが居てくれるだけで随分と空気が和む。気が緩むとも言えるが。

 吉岡に呼応されて、役者に充てられた他の連中も笑顔が見られるようになった。


「じゃあ、始めようか」


 演劇の台本を作った……山野実だったか。彼女の一言で俺たちは気合いを入れ直し、リハーサルを開始した。

 したんだが……思った以上にやばそうだ。主に紗衣が。


「あ、ああ、アラ〇ンっていうのね! 私はジェニファー!」

「いや誰だよ」

「はい一旦ストップ!」


 誰だよジェニファー。ジャス〇ンだろお前。ジャ〇ァーと混ざってんだよ。あのおっさん顔の王女衣装想像しそうになったじゃねえかやめろ。

 明らかに他のメンバーよりも大惨事な紗衣に山野が駆け寄る。


「紗衣ちゃん大丈夫?」

「だ、だだ、大丈夫」

「嘘つけ。リハーサルなのに緊張しすぎだろ」

「し、仕方ないじゃん! 私人前に出るの慣れてないの!」

「俺もそうだけど」

「灯は人を人と思ってないからそんなことが言えるんだよ!」

「俺を何だと思ってんだ」


 紗衣にこんな欠点があったとは……。料理以外にも苦手なことあったんだな。運動もそんなにできなかったわ。苦手なことばっかですね。

 だが、苦手でも何でもやってもらうしかない。今更代役は立てられない。今回のヒロインは紗衣なんだ。

 ガチガチに緊張している紗衣を見かねて、視線を紙面上で滑らせている彼女に声をかける。


「お前さ、何を緊張してるか知らんが、俺に演技を教えてくれたのはお前だろ? そんなお前が何を緊張することがあるんだよ。俺よりはお前の方が出来るんだ。自信持っていいだろ」

「柊木君、最初は酷かったもんね」

「掘り起こすな。今はマシになったろ」

「だね。紗衣ちゃんのおかげかな?」

「……まあな。原作の映画見て、演技指導してもらって、ようやくここまで来たって感じだ。紗衣が居なきゃ、今頃俺が紗衣みたいな状況になってたかもな」

「ほほう、個別指導ですか。幼馴染はいいですねぇ」

「妙な詮索やめろよな」


 にやにやと邪推を浮かべる山野に半ば呆れながらも、俺は口元を綻ばせていた。

 山野の言う通り、紗衣のおかげってのは間違いない。最初はロボットだの感情がない人だの散々言われたからな。

 それが今や、人に見せるのに恥ずかしくない程の出来にはなった。俺が練習に前向きになったのもあるが、その原因を作ってくれたのは紗衣だ。

 だから、彼女には感謝している。恩返しと呼ぶには押し付けがましいが、今は少しでも気を楽にしてやりたい。


「紗衣。お前が演じるのは王女だが、その相手は俺だ。主人公じゃない。俺と話すようにいつも通りのお前でいりゃいいんじゃないか? 幸い、お前の演じる役とお前自身、割と似てるしな」

「灯……」


 紗衣は少し落ち着きを取り戻したのか、ゆっくりと呼吸を繰り返しながらこちらに目をやる。


「そんなに似てないよ? 王女様でもないし、あんなに活発でもないし」

「うるせえな、そこはいいんだよ。とにかく、俺と話すように普段通りやればいいって話だ」


 なんだかクサイセリフを吐いてしまったことを後悔する。山野にも笑われてしまい、ものすごく恥ずかしい。

 だが、その甲斐あってか、紗衣の震えは止まっていた。


「うん、そうだね。よし、もう大丈夫!」

「じゃあ再開しよっか。お客さん入るまで時間ないよー! みんな頑張ろー!」


 おー!と調和する声。その中には紗衣も居た。

 文化祭一日目の大事な初回。俺たちはリハーサルを終え、本番を迎える。




「ボロボロだった」

「リハーサルよりはマシだったけどな」


 俺たちは第一回の公演を終えた。紗衣は結局緊張が勝ってしまい、上手く演じきれなかった。

 俺や吉岡が上手いことフォローして乗り切り、お客さんとしては満足だったようだが、紗衣にとっては不本意なのだろう。まあ、噛みまくってたし仕方ない。


「午後から頑張ればいいだろ。まだあと三回残ってんだ」

「嫌なこと言わないでよ……。あと三回もこんな醜態を晒したくない……」

「励ましたつもりなんだけどな」


 どうやら紗衣には逆効果だったらしい。

 だが、もうしたくないだの他の人に代わってほしいだの言わないだけ、紗衣は強い奴だと思う。


 ちゃんと自分に与えられた役割を果たす姿勢は評価したい。何様だって感じだけどな。俺もまあまあ酷かったし。魔人との掛け合いは吉岡がほとんど一人で盛り上げていた。

 そもそも吉岡が余計なアドリブ挟まなければ、俺は特に問題なかったんだけどな……。

 次のことを考えて肩を落とす紗衣の背中を軽く叩く。


「ま、気楽にやろうぜ」

「……そうだね。うん、次こそ頑張る!」

「その意気があれば大丈夫だ」


 やるぞー!と声を上げる紗衣の姿に少し安堵する。次はもっと良い演技が期待出来そうだ。

 山野と次回の打ち合わせに向かう紗衣の姿を目で追っていると、その先に見覚えのある人がいた。

 彼女は俺と目が合うと軽く手を挙げて、ゆっくりとこちらに歩みを寄せた。


「やあ、灯君。お疲れ様」

「鮮華先輩……見てたんですね」

「当然だよ、僕が推薦したんだからね。君の有志は見届けないと」

「ほんと勘弁してくださいよ……」

「午後は衣装コンテストもあるんだ。頑張ってもらわなきゃね」

「俺に何か恨みでもあるんですか」

「いやいや、愛情だよ」


 この人の愛情は鞭が多すぎるんだよなぁ。もっと優しくしてくれよ、虎の子じゃないんだからさ。

 俺と鮮華先輩が会話する様子を見てクラスがざわめく。まあ当然だ。皆の憧れの生徒会長が見に来てたんだからな。


「柊木、会長のこと下の名前で呼んでるぞ」

「生徒会権限かよ。羨ましい奴め」


 ああ、そっち? 呼ばされてるだけなんだよなぁ。

 思い返せば俺以外の生徒たちは皆、鮮花先輩のことを「会長」と呼んでいる。武道もそう呼んでたしな。だが、気持ちもわからんでもない。

 鮮華先輩は普通に見りゃ顔良しスタイル良し頭も良し運動も出来て生徒会長まで勤める、この学校のカリスマ的存在だ。俺から見りゃカリスマどころかAKUMAだが。悪性兵器かよ。

 モブたちに軽く手を振る鮮花先輩の傍らで、俺は紗衣に軽く声をかけた。


「じゃ、昼休みの終わりに体育館で」

「うん、いろいろ用意してるから楽しみにしててね!」


 たかが衣装コンテストに何を用意するんだか。不安マシマシ二郎系イマジンが完成しそうだ。

 紗衣と二年後にどこぞの諸島で再会しそうな約束を交わして、俺は鮮華先輩と共に教室をあとにした。




「見て回りたい場所とかあるんですか?」

「そうだね。それもあるけれど、生徒会長としての見回りもしなきゃならないんだ。一応、全て見て回るつもりだよ」

「一人で全部は無理でしょ……」


 と呆れていると、俺のスマホが震えた。

 鮮華先輩に断りを入れて確認する。明からの電話だった。そういや三雲との合流の中継するって言って忘れてた。


「あ、もしもし?」

『もしもしじゃないんだけど? 何回も電話したのに出ないし』

「ごめん、クラスの演劇で出れなかった。今どこだ?」

『あ、そっか。それはごめん。さっき学校に着いたところ』

「校門で待っててくれ。三雲には俺から伝える」

『わかった。校門で待ってる』

「おう、一応俺も行く」


 そう言って電話を切り、鮮華先輩に状況を話すと、先輩はすんなりと了承してくれた。

 その代わり鮮華先輩もついてくるらしい。どうしてだ? なんか怖いよ監視かな? 俺、恐怖の俳句。



 三雲にも連絡を入れて校門へ向かうと、既に二人は合流していた。

 鮮華先輩はついてきたのに少し離れた場所で待ってるとのこと。なんで来たんだ。


「あ、アカリせんぱーい!」

「それで呼ぶのやめろって言ったろ……」

「お兄ちゃん、お疲れ様。わざわざ来なくてもよかったのに」

「まあなんだ、いきなり二人じゃ気まずいかと思ってな」


 ファーストコンタクトがあれだったわけだしな。セカンドインパクトが起こらないとも限らない。三雲はいいとしても、明は少し抵抗があるだろうし。

 と思っていたが、案外そうでもないらしい。


「明ちゃん、すごく優しいんですよ! 先輩の妹さんとは思えないですね!」

「おいどういう意味だ」

「そ、そんなことないよ。私としてはもう誤解はしてなかったんだけど、燈ちゃんがすぐに謝ってくれて……。その、悪い人じゃないんだなって」

「ほら! 灯先輩は褒めてもくれないのに、明ちゃんはこんなに優しいんです!」

「悪かったな」


 なんかいつの間にか下の名前で呼び合うようになってるし。三雲は明を気に入ったのか思いっきり抱きついている。明も満更でもなさそうだ。

 何がどうしてこうなったのかは分からないが、まあ一安心だな。



 俺は和気あいあいと話しながら校舎へ向かう二人を見送って、鮮華先輩と再度合流した。


「明ちゃん、大きくなっていたね」

「あー。会うのは十年ぶりですもんね。挨拶しなくてよかったんですか?」

「うん。まだ少し気まずくてね」

「明はもう気にしてないと思いますよ?」

「そうかもしれないけど、少しね」


 鮮華先輩はどうやら明のことが苦手らしい。この人にも苦手なものとかあるんだな。

 自嘲気味に笑う鮮華先輩。そんな顔されるとこっちも気まずいんだよなぁ。

 そんな弱々しい鮮華先輩よりはいつも通り自分勝手で俺を振り回す鮮華先輩の方がいいや。


「ま、いずれ打ち解けさせてみせますよ。今は文化祭を楽しみましょ」


 見回りも兼ねているとの事なので、俺は生徒会の腕章を取り出す。これ着けるのも久しぶりだな。俺がサボってたせいだけど。

 腕章を腕に通そうとすると、鮮華先輩がその手を止めた。


「それは着けないでほしいな」

「どうして? 見回りならこれがあった方がいいと思いますけど」

「見回りとは言ったけど……」


 鮮花先輩は俺の手を握ったまま口ごもる。なんだ? 鮮華先輩にして珍しくはっきりしないな。

 唇をきゅっと噛み、その口をゆっくりと開いた。


「その、今日は生徒会の先輩後輩じゃなくて、二人の男女として灯君と過ごしたい」


 一瞬、胸がぎゅっと締め付けられた気がした。鮮華先輩が見たことも無い表情でそんなことを言うからだ。

 見たことも無いと言えば語弊があるか。十年前まではよく見せていた、頬を染めて髪を耳にかける仕草。鮮華先輩が恥ずかしがる時によくやっていた仕草だ。

 いつもの凛々しさはどこへやら。これじゃあ普通の女子高生だ。いつも通りの方がいいとは思ったけど、これは反則だろ。素直に可愛いと思っちまった。


「わ、わかりました。じゃあこのままで」

「うん。僕も腕章は外すよ」


 鮮華先輩は腕章をポケットに仕舞う。

 なんとなく気恥ずかしい。先輩は身長が高いせいで、俺とあまり目線が変わらない。俺が170cm弱しかないせいでもあるが。

 そのせいで、多少俯いていても表情がはっきり見えるんだ。嬉しそうに目を細め、恥ずかしそうに少しだけ口角を上げる表情が。

 ほんと、勘弁してくれよ。変に意識しちまう。


「行きましょう。全部見て回るなら急がないと。時間は有限ですから」

「そうだね。まずは各部活動から見ていこうか」


 それから俺たちは文化祭を回ったが、会話は少なかった。

 鮮華先輩があんな顔するからだ。ほんと、調子狂う。

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