第二十五話 小さな前夜祭
本番前日。
嵐の前の静けさと言うべきか、文化祭という大イベントを控えているにしては、学校の様子は穏やかだった。
今日は教室の設営が中心で、俺たち役者の練習は明日の本番前のリハーサルを残すのみ。
紗衣も今日は家庭部で出品するクッキーを始めとしたお菓子作りの手伝いがあるとの事で、既に教室にはいなかった。あいつに料理を手伝わせて大丈夫か?
俺が言うのもなんだが、紗衣は料理が上手くない。何でも大雑把なせいで、全て似たような食材、似たような味付けの料理が完成してしまう。
絶望的に下手なら、まだキャラクターとしてのアイデンティティとも呼べるが、普通に雑なだけだと笑うことも出来ない。
裁縫という細かい手作業が得意なのに、分量の調整はできないとはこれ如何に。
「柊木、手伝ってくれよ」
「あ、ああ」
紗衣が作るお菓子の心配をしていると、吉岡に手招きされた。なんやかんや、演劇で一緒に練習をしていた吉岡とはそれなりに親しくなった。
とは言っても、それは俺の中でという意味だ。クラスの中では喋る方ってだけ。それも、吉岡の人柄の良さのおかげな気がするし。
「俺たち役者だってのにこんな力仕事させられてさー、不公平だよなー」
「まあ、道具作りは女の子の方が多かったからな。仕方ない」
「そうなんだけどさー、人遣いが荒いっていうかさー」
「吉岡、あんた喋ってばっかいないで手動かしなさい手!」
名前も忘れてしまった女生徒に怒られて、口をとがらせる吉岡。その様子を見て笑って見せるが、俺が上手く笑えているのかは分からない。
先日紗衣と話してから、なんとなくこの胸の内にあるわだかまりが消えない。
紗衣に対する申し訳なさなのか、モブでありたいと願いながら正反対の行動を取り続けているちぐはぐさなのか、その原因はわからないまま。
「柊木君、ちょっといいかな?」
準備も仕上げに差し掛かった頃、そう声をかけてきたのは武道だった。
文化祭前日はどの部活も休みらしく、武道も設営の手伝いをしていた。
そんな彼は、俺を連れて多目的室に足を運んだ。
文化祭前日だというのに、いつもの埃っぽさを保ったままの多目的室。お前は文化祭でも使われることは無いのか……。
「柊木君、男コンに出てくれないか?」
「は? 男コン?」
男子衣装コンテスト。略して男コン。発音だけならちょっと卑猥なのやめてほしい。
衣装コンテストの名の通り、参加者は華やかな衣装を着てステージ上でアピールをする文化祭のメインイベントの一つだ。
観客の投票によって順位付けされ、優勝者には商品が贈られるらしい。
参加者のほとんどはその商品目当て。残りの少数は自分の容姿に自信のある連中の自己満足だ。
衣装コンテストと言っても毎年ネタ枠みたいな奴も居るらしく、昨年は筋肉自慢の三年生がボディービルを披露していた。
そんな見た目重視の恥ずかしいコンテストに出ろと武道は言っているんだ。
そんなの、答えは決まってる。
「当然断る」
「生徒会長からのお願いでも、かい?」
「またあの人か……」
武道は鮮華先輩の伝書鳩か何かか? 良いように遣われている気がしてならない。
それで俺への被害が減るならいいが、大抵は俺がさらにしんどい思いをする伝達ばかりだ。
「なんで俺なんだよ」
「男コンの出場者は毎年十人と決まっているらしいんだけど、一人欠場が出たそうなんだ」
「……で、なんで俺?」
「生徒会長が柊木君ならそれなりに活躍してくれるだろうって」
ほんと強引だな、あの人。
俺が出たところで結果は決まっている。特別見た目が良いわけでもない俺は、良くて真ん中止まりだろう。出るだけ無駄だ。
「そんなもんお断りだ。勝負事は嫌いじゃないが、結果が見えてる勝負はしない主義なんだよ」
「男コンは初日だからって言えば参加してくれるってさ」
俺の答えを見据えていたように武道が追い討ちをかける。
男コンは一日目。二日目には女子の部がある。
そして、その初日は鮮華先輩と一生に文化祭を回る約束をしている。
つまり、逃げ場はないぞという暗黙の圧力だろうな。これがパワハラか。権力を持った人間ってのは怖いなぁと思いましたまる。
ここで断ったところで、鮮花先輩に飛び入り参加させられるだけだろう。
鮮花先輩のわがままにはほとほと呆れる。
「わかった、参加する」
「そうか、よかったよ。僕一人で参加するのは不安だったんだ」
「引き立て役がいて助かるってか?」
「卑屈だね。そうじゃないよ。僕はむしろ、君が参加することでコンテストが荒れると思ってる」
「なわけ」
転校生武道君はクラスだけでなく学年、いや学校中で既にその名を知られている、誰もが認めるイケメンだ。
恐らく誰が参加しようとこいつの優勝は揺るがない。
となれば、俺はこいつを持ち上げることで主人公ポジションをこいつに擦り付けようと思う。俺のささやかな抵抗だ。
まあ、その方法が俺との対比ってのが悲しいところだが。
俺が肩を竦めて見せると、武道は何がおかしかったのか、眉を顰めて笑った。
「君はもう少し自覚した方がいいと思うな」
「自覚? 何の?」
「なんでもないよ。じゃあ参加と伝えておくね」
意味深な言葉を残し、武道は教室を出て行った。無自覚系主人公に意味深な言葉を残す親友ポジみたいだなぁ、なんて。
やめろ、逃げるな! お前こそ自覚しろ! お前が主人公だ!
とっくに多目的室から姿を消した武道を呼び止められるはずもなく、俺もため息混じりに多目的室から出る。
すると、ちょうど目の前に見知った女の子が居た。
「あれ、灯?」
虚をつかれたように目を丸くして、素っ頓狂な声を出したのは紗衣だ。
先日のことが尾を引いて、少しだけ居心地が悪い。が、そんなことを表に出さないように精一杯配慮する。
「おう、奇遇だな」
「武道君と話してたの?」
「まあな。男コンに出ろってさ」
「出るの?」
「まあ、生徒会長からの圧力でな」
「え、すごいじゃん! 灯ならグランプリ取れるんじゃない?」
「なわけないだろ。そういう目立つポジションは武道にくれてやる。俺は前座、その引き立て役だ」
紗衣はぷくっと頬を膨らませる。今時それで怒ってる表現をする奴も居るんだな。それが許されるのは十年前のアニメまでだぞ。
「灯もちゃんとした格好にすればかっこよく見えるんだよ」
「しねえよ。制服で充分」
「ダメでーす! 明日、私と明ちゃんでかっこよくセットしてあげる」
「いやほんとやめてほしい」
「へー、私と回ってくれないのに拒否するんだ?」
「うっ」
それを言われると困る。パワハラの次は脅しですか。俺の人権どこですか?
すみませーん、人権落としたみたいなんですけどー。落し物コーナーにあるかな。
先日の仕返しと言わんばかりにひっそりと微笑む紗衣。今度は俺が受け入れざるを得ない状況だ。これがインガオホーってやつか。
「わかったよ。恥はかきたくないしな」
「じゃあ明日の昼休みの終わり、体育館に行くね」
「おう」
そう言って立ち去ろうとした紗衣はピタリと足を止めた。
「あ、これ忘れてた」
紗衣が差し出したのは小さな袋。ゴロゴロとした手触りから察するに、どうやらクッキーが入っているようだ。
「私が作ったの。良かったら食べて」
「紗衣の手作りか……」
「そんな顔してないで!? 家庭部の友達に手伝ってもらったから味は大丈夫!」
「味は……」
巾着の形の袋を少し開けて中身を確認すると、紗衣の言う通り形の歪なクッキーが入っていた。
形は悪いが、焼き立てなのかほんのりとした温かさがあり、正直食べてみたいと思った。
「食べていいか?」
「え、今?」
「ダメか?」
「う、ううん。いいよ」
不安そうに俯く紗衣。窓から差し込む夕陽のせいか、その顔は少し赤らんで見える。
俺は丁寧に袋の口を広げ、星型……の角を取り去ったような形のクッキーを口に放る。
ザクザクとした食感に砂糖の甘みが口に広がる。バターの風味が鼻を突き抜け、これぞクッキーといった美味しさ。無難に美味い。
「ん、美味い」
「ほんと?」
「ああ、誰が作ったんだ?」
「私だってば!」
マジ? 紗衣の手料理なんて、魔女がかき混ぜてるようなどす黒い鍋しか知らないんだけど。カレーですらたまに失敗するからなこいつ。
しかし、このクッキーは確かに美味しい。店で売られているものと比べるとそりゃあ劣るが、手作りということも相まってか、なんだか安心するような味だ。焦げたような苦味もない。少し感動する。
「ありがとう、紗衣。これなら食べられる」
「その褒め方はちょっと傷付くんだけど……」
「紗衣が作ったものの中では一番美味いよ」
「じゃあ、いっか」
安堵したように目を細める紗衣。今度は夕陽のせいじゃない。確かに彼女の顔は確かに赤く火照っていた。
その笑顔を見て俺も少し口角が上がる。よかった、いつもの紗衣だ。
「文化祭では一緒になれないから、気持ちだけでもって」
「何言ってんだ。演劇で一緒になるだろ。それに、俺のことかっこよくしてくれるんだろ?」
「うん……そうだね! グランプリ取れるくらいかっこよくしてあげるから!」
「それは勘弁してくれ……」
声を上げて笑う男女。まるで青春の1ページだ。
モブでありたい俺にとっては少し複雑な気もするが、まあ、悪くないと思う。
これは、俺たちの小さな前夜祭だ。




