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第二十四話 嘘で固めた本音

「どうして呼ばれたかわかるね?」

「いえ、全然」


 休みを挟んで月曜の放課後。

 演劇の練習もあるというのに、俺はまたしても生徒会室に呼び出されていた。校内放送で。マジであの呼び出し方はなんとかしてくれませんかね。

『柊木灯君は至急生徒会室に。君の秘密は僕が握っている』とか言われると、教室のどよめきが半端なかったから。

 当の鮮花先輩は、ティーカップ片手に神妙な面持ちを浮かべている。


「土曜日、デート」

「なんで知ってるんですかね……」


 この人の情報網どうなってんだよ……。その検索ワードみたいなのやめろ。もしかして:死刑宣告。


「生徒の安全を守るのが僕の役目だからね」

「プライバシーは保護してくれないんですかね」

「灯君が他の女の子にうつつを抜かさなければね」

「そこまで知ってるなら、そこに至った理由も知ってるでしょうに」

「まあね」


「灯君の行動は全て知っているよ」と鮮華先輩。

 怖すぎるだろ。ストーカーってより、家畜として管理されてる気分。


「それで、事情を知ってて呼び出したのには何か理由が?」

「その前に、一つ聞きたいことがあるんだ」

「聞きたいこと?」


 鮮華先輩がにこりと微笑む。話の前にこうして笑う時は大抵良からぬことを考えているときだ。


「灯君は主人公であることを受け入れることにしたのかな?」


 鮮花先輩には一度、この世界の理について話したことがある。

 話した、と言うと語弊があるか。

 鮮花先輩はその感覚の鋭さから、この世界が誰かに作られたものではないかという仮説に至った。

 事実、その仮説は正しくて、俺は彼女とその場に居た武道にこの世界のことを話したんだ。

 彼女がどこまで信じているのかは知らないが、その質問を聞く限り、全くの嘘だと切り捨てたわけじゃないらしい。


 俺は彼女の質問に、静かに首を横に振って答える。


「そんなわけないじゃないですか。俺が仲良くなることで武道に繋げる、言わば中継地点を作ってるところです。ただ……」


 俺が言い淀むと、鮮華先輩は「ただ?」と話を促すように首を傾げる。


「あまり人の好意を無下にするものでもないと、鮮華先輩に教わったので」


 鮮華先輩は目を丸くした後、少しだけ目じりを下げた。いつもの貼り付けたような笑顔ではなく、少しばかり嬉しそうに見える。


「今の君なら、僕の好意も受け取ってくれるのかな?」

「程々なら」

「そうかい」


 鮮花先輩はこくりと頷くと、変わらない笑顔のまま俺の目を見つめた。


「じゃあ、お願いを一つ聞いてもらおうかな」

「……俺にできる範囲なら」

「文化祭、僕と一緒に回ってほしいな」


 予想を裏切る願いに俺は眉を顰める。

 鮮花先輩なら、もっと直接的に俺を支配するような提案をするものだと思った。私の犬になれとか、私を正ヒロインにしろとか。

 だから、これは良い意味での裏切りだ。

 しかし、それを受け入れるかどうかは別の話だ。


「鮮華先輩なら知ってるんじゃないですか? 俺には先約がいるって」

「知っているよ。だから、一日だけ僕にくれないかな?」

「一日……ですか」


 常陽の文化祭は周囲の学生や地域住民も集まる。この街では大きなイベントだけあって、土日の二日間で行われる。

 三雲とは二日とも一緒に回るとは宣言していないため、変更出来ないこともないとは思うが……。


「三雲に話してからでもいいですか?」

「うん。良ければ今連絡してほしいな」

「わかりました」


 無理やり交換された連絡先がこんなところで役に立つとは。

 しかし、どうしてそう答えを急ぐのだろうか。生徒会長としての責務やら自クラスの出店やらの予定があるからか?


 三雲に電話をかけると、1コールも待たずに元気な声が聞こえてきた。暇なの?


『はい! 灯先輩の可愛い彼女です!』

「すみません間違えました」

『ごめんなさい冗談です冗談! 電話なんて珍しくて嬉しくなっちゃって』

「珍しいっていうか初めてだしな」

『もっとしてくれていいんですよ?』

「要件いいか?」


 つれないですねぇ、と言いながらも三雲は了承する。

 鮮花先輩の貼り付けた笑顔が怖いし、さっさと本題に入ろう。


「文化祭の日、一緒に回る約束をしたけど、あれって二日ともって意味か?」

『私はそのつもりだったんですけど……嫌ですか?』


 明らかに声が小さくなる三雲に少しだけ胸が痛む。


「嫌じゃないんだが、ちょっと他に誘われてな。一日はちゃんとお前に付き合うから、一日はその人と回っていいか?」


 数秒の沈黙の後、『仕方ないですね』とため息混じりに聞こえた。やはりその声に活気はない。


『いいですけど、条件があります』

「可能な範囲なら聞く」

『一つは、私と回る一日は日曜日で、私の行きたいところに付き合ってほしいです』


 曜日がそんなに重要なのか。実は三雲も六曜とか信じるタイプなのかもしれない。いや、単純に二日目の方が盛り上がるからか。


「まあ、わかった。で、他にもあるのか?」

『もう一つ、先輩の妹さんを一日貸してください』

「はい?」


 妹? 明をか?

 こいつらの接点と言えば、明が今よりもさらに刺々しい時に三雲と密着する姿を見られて、吐き捨てるような目で蔑まれたあの日しかないと思うんだが。

 そんな二人を会わせて大丈夫なのだろうか。


『妹さんに変な勘違いをさせたままな気がするので、誤解を解きたいんです。それに、同い歳の女の子と少しでも仲良くなりたいんですよ』


 ああ、なるほど。

 昼休みによく俺のところに来るということは、恐らく三雲はクラスでもあまり馴染めていないんだろう。

 恋人のフリをするに至ったあの一件が会ったとはいえ、男女共に好かれそうな三雲がクラスに馴染めないのは意外だ。三雲も友達ができないことを気にしているのかもしれない。


「そういうことなら、俺から妹に頼んでおく」

『それに……』

「それに?」

『先輩の妹さんと仲良くなれば、お家に遊びに行って、先輩といちゃついても許してく』


 電話を切り、鮮華先輩に向き直る。何かよからぬ事を考えているらしいが、俺は知らん。

 明がそう簡単に心を開くとも……いや、汐留には簡単に開いてたな、うん。明は結構ちょろい。

 お兄ちゃんとしては変な男に捕まらないか不安だが。


「とりあえず大丈夫そうです。日曜日は一緒に回りたいとのことなので、土曜日で固定になりますがいいですか?」

「日曜日を選ぶとは、三雲さんもなかなかやるね」

「鮮花先輩も気にするんですね。曜日に何の関係が?」

「知らないなら気にしなくていいよ。僕は土曜日にきちんと予定を空けておくから、灯君も忘れないようにね」

「忘れませんよ。すっぽかすと何をされるか分かりませんし」


「良い心がけだ」と笑う鮮華先輩と別れ、俺は教室に戻った。

 呼び出されたことに関して少し突っ込まれはしたが、何とか誤魔化して本番に向けての準備を進めた。




「と、いうことなんだよ」

「どういうこと?」


 いつも通り紗衣と共に帰宅し、俺は紗衣を部屋で待たせてすぐさま明に頼み事をしていた。内容は当然、三雲の件についてだ。


 改めて、三雲と俺は付き合っているわけではなく、互いのために恋人のフリをしていること。文化祭で一緒に回る予定だったが、俺の都合で一日だけにしてもらったこと。そして、その代わりに明と回りたいと言っていたことを伝えた。

 その結果がこれだ。まあ、当然ではある。


「何で私が知らない人と一緒に回ることになるの」

「それはもうおっしゃる通りで」

「と言うか、本当に付き合ってないの? その人……三雲さんだっけ? 話を聞いてる限り、お兄ちゃんのことが本気で好きだと思うんだけど」

「あー、うーん」


 まあ、そうなるよな。もしかしたらそうかもしれないが、三雲の場合は少し違う気がする。


「三雲は俺と一緒に部活を辞めたんだけどさ、原因が部内のいじめだったんだよ。部活を辞めりゃ解決すると思ってたんだけど、クラスでも馴染めてないみたいで……本人はそんなことおくびにも出さないんだけどな。友達がいるならそれでいいんだ。単に明と仲良くしたいってだけだろうし。でもそうじゃないなら、せっかくの文化祭をつまらないものにしたくないんだよ」


 クラスで浮くようになったのは、恐らく俺の恋人宣言のせいだろう。それ以前から予兆はあったのかもしれないが、良くも悪くもあれで目立つことになった。

 もしかしたら、あの時対峙していた生徒たちと対立している可能性もある。そうなれば原因の一端となった俺も見て見ぬふりはできない。


「頼む。明にとっちゃ迷惑この上ないかもしれないけど、三雲に楽しい思い出を作らせてやりたい。俺も日曜は精一杯努力する。だけど、同い歳の同性の友達と遊ぶ楽しさも知ってほしいんだよ」


 俺は思うままに言葉を連ねて頭を下げた。

 そう、これは本心だ。

 三雲は自由気ままで自分勝手なところはあるが、明るくて、話してると楽しくて、人の嫌がることは絶対にしない優しい奴なんだ。

 そんな三雲が部活を辞めると決めた時や教室で見せたような辛そうな顔をしているのは、もう見たくない。


 それにこれは、三雲のためだけにやってることじゃない。

 明はこれまで、家に友達を呼んだことがない。

 ただ単に学校が遠くて家に呼びにくいだけなのかもしれないが、明が平日にも家に居ることを鑑みるに、明も学校で馴染めていないように感じる。

 これは兄としての直感だ。根拠はない。実際には友達百人できるかなを地で行く生活を送っているのかもしれない。

 だが、もしも本当に明が学校を嫌悪しているとしたら、兄として見過ごすわけにはいかない。


 この世界も人間も、全てがフィクションだってことはわかっている。

 でもそれは、彼女らの不安や悩みを放っておいていい理由にはならない。

 三雲に……そして明にも、友達が増える喜びや友達と遊ぶ楽しさを知ってほしい。


「頭を下げるだけじゃ足りないなら土下座でも何でもする」

「お兄ちゃんが土下座することでもないでしょ」

「まあ、そうなんだけど……」


 やはり、三雲の第一印象が悪過ぎただろうか。あの場に遭遇してしまっては、好印象を持たれる方が難しい。

 どうしたものかと沈思黙考していると、明が小さく息を吐いた。


「……一昨日言ってたお店。汐留さんと一緒に行ったおすすめのカフェに連れてってくれるなら……いいよ」


 顔を上げると、明は口をとがらせていた。

 目を逸らしてはいるものの不機嫌には見えない。仕方がないから受け入れてあげると言っているような、生意気で優しい目をしていた。


「いいのか?」

「どっちにしても、文化祭には行くつもりだったから。私も一人で回るよりは、同い歳の女の子が居てくれる方が楽しいかなって。それに、お兄ちゃんがここまで言う程の人だし、悪い人じゃなさそうだから」


 まさか明の口からそんな言葉が聞けるとは、お兄ちゃん感動。

 本当に泣きそうだ。俺を忌み嫌っている節があった明が、俺の言葉を信じて聞き入れてくれるなんて。


「……ありがとう。今度、絶対に連れて行く」

「お兄ちゃんの奢りね」

「ああ、もちろん」


 明はいたずらを思いついた子供のように無邪気に笑った。

 明は少し変わった気がする。厳密に言えば、昔の明に戻ったと言うべきか。

 この可愛らしい笑顔は、俺のことをずっと追いかけていた幼少期を思い出す。


 そんな明を見ていると、この世界は作り物なんかじゃなく、俺が知った事実は全て俺の妄想だったんじゃないかとさえ思えてくる。

 だが、そんな淡い期待は胸の内に仕舞った。


 集合場所や時間については俺が中継して二人に伝えることにした。

 流石に明から連絡するのも明の連絡先を三雲に教えるのも、明にとっては少しばかり抵抗があるらしい。まあ、それくらいなら俺がやるさ。



 明との話を終えて部屋に戻ると、紗衣はペラペラと台本を捲っていた。せっかく手伝ってもらう時間を作ってくれたのに、二十分近く放置してしまったことに少し罪悪感がある。


「悪い、待たせた」

「ううん。大事な話だったんでしょ?」

「まあ、うん」


 正直、紗衣が帰って二人になってから話しても良かった気がするが、紗衣が居ると明は喜んでくれるため、嬉しい時間の後に厄介事を持ち込むのは気が引けたという俺の勝手な理由があった。だからこそ、少し気まずい。

 しかし、紗衣は特に気にしている様子もなく、にこりと笑って台本をこちらに差し出した。


「練習、始めよっか」

「ああ、頼む」


 俺の気持ちとは裏腹に、紗衣はいつもと変わらない様子だった。

 ……が、その見立ては甘かったらしい。


 学校での練習で一通り最後まで合わせられるようになったため、俺たちは最初から通しでセリフを読んでいた。

 しかし、最後の最後。


「ねえ、どうして私じゃないの?」

「……え?」


 台本に無いセリフを紗衣が口にした。

 俺の困惑には触れもせず、紗衣はそのまま話を進める。


「ごめんね。私、話を聞いちゃったの。文化祭の日にあなたが他の女の子と約束をしてるって」


 ハイライトが消えたような暗い瞳。真っ直ぐ一本に伸びた口元。紗衣の顔には感情と呼べるものがひとつもなかった。

 その反面、セリフには感情が込められていて、そのちぐはぐさが恐怖を煽る。


「ねえ、灯。去年は私と一緒に回ったよね。二日目は明ちゃんと三人で回った。今年もそうだと思ってた。それなのに、どうして?」


 どうして。

 その語気が強くなった一言が、俺の思考を固めてしまう。

 三雲と回ることにしたから? 鮮華先輩に誘われたから? それは結果論だ。

 俺は最初から、紗衣と一緒に回る気がなかった。

 そもそも、他の誰とも一緒になるつもりはなかったが、それでも他の人と回ることになった今となっては、無意味な言い訳にしかならない。


「ごめん」

「私と回るのは嫌だった?」

「ち、違う……」

「じゃあ、どうして?」


 その質問に対する正しい回答を俺は持ち合わせていない。

 紗衣と回りたければ、他の誘いなんて断ればいいだけだ。

 違うとは言ったが、紗衣と回りたくなかったというのが一番正しい答えだった。


 そんなことを口にすれば紗衣は傷付くだろう。ずっと一緒に過ごした幼馴染という立場が壊れてしまうだろう。もうこの家には来てくれなくなるだろう。


 俺は、どうして悩んでいるんだ?

 お前とは回りたくなかったと言えば、紗衣との縁は切れる。文化祭の演劇で、俺たちの関係は終わりだ。俺は誰を傷付けてでも主人公から外れたいと、そう願っていたはずだ。


 なのにどうして、俺は悩んでいるんだ?

 言えば俺の目標に一歩近づく。そうだ、言え。言ってしまえばいい。言うんだ、はっきりと。お前とは回りたくなかったから、と。


「俺は、紗衣と一緒に文化祭を過ごしたくなかったわけじゃない」

「じゃあどうして?」

「二日目に一緒に回る三雲は、俺のせいでクラスで孤立してる可能性が高い。だから、放っておけなかった。初日に回る鮮華先輩は、生徒会の手伝いで……。俺ずっと生徒会に顔を出してなかったから、生徒会での見回りに参加することになったんだ。俺がサボらないように、監視として先輩が着くことになっただけで、楽しむとかそういうことじゃないんだ」


 捲し立てるように言葉を吐く。遅刻の言い訳を考え続けてきたせいか、随分上手くなったと思う。

 一言一言、一文字一文字を吐き出す度に気分が悪くなる。嘘と本当を交えながら、正当性のある理由を作る。紗衣が言い返せなくなるように言葉で押し込めたんだ。紗衣を傷付けることで俺が傷付くことを避けるために。


 最低な気分だ。本当のことも言えず、自分の身可愛さに、紗衣だけを傷付ける道を選んだ。

 本当に、最低だ。


 俺のクソみてえな思惑通り、紗衣は「そっか」と納得した。いや、納得せざるを得なかっただけだ。俺がそうなるように仕向けたんだから。

 自責の念に駆られて、紗衣と目が合わせられない。今、彼女はどんな顔をしているのだろう。怒っているか、悲しんでいるか。或いは、俺の長ったらしい言い訳に呆れているかもしれない。


 しかし、予想に反して彼女のくすくすと笑う声が聞こえた。


「じゃあ、今のうちに予約しておこうかな」

「……予約?」


 その言葉の意図するところがわからずオウムのように繰り返す。

 紗衣はゆっくりと頷いて続けた。


「来年は私と回ろ。明ちゃんと三人でも楽しそう。だから、二日とも私のために空けててほしいな」


 紗衣は笑っていた。だけど、その笑顔は無理に口角を上げたような歪な笑顔だった。

 俺が嘘をついていたと見抜いたのか、仕方ないと諦めたのかはわからない。

 それでも、紗衣は自分の気持ちを押し殺して、笑顔を見せる。

 ああ、ほんと、最低のクズ野郎だな。主人公どころかモブにさえなれない、クズ野郎だ。


「わかった、約束する」


 この物語がどこで完結するのか、俺にはわからない。

 それでも、せめて紗衣の希望を叶えられるように、来年の文化祭を迎えたいと願う。

 そんなわがままなエゴを抱えてしまうのも、最低な気分だった。

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