第二十三話 モブ、初めてのお家デート?
「ただいま」
「おかえ……り……?」
家に帰ると俺を見て硬直した明が出迎えてくれた。正確には汐留を見て、か。あと迎えてはなさそう。
そういや土曜ってことは当然明もいるよな、と連れてきたことを少しだけ後悔する。土曜じゃなくても何故か昼間から家に居るが。
しかし、その反応は多分正しい。紗衣でも三雲でもない新しい女の子が家に来たら明としては困惑するよな。
「妹さん?」
「ああ。妹の明」
「あ、一回常陽に来てたっていう聖女の」
「知ってたのかよ」
「皆が噂してたから。柊木にはすごく可愛くてお兄ちゃん想いの聖女の妹がいるって。噂通りめっちゃ可愛いね」
「誰だよそんな噂流してる奴は……」
高校生といい井戸端会議するおばちゃんといい、ほんと噂ってもんが好きだよな。そして余計な尾ひれがつく。お兄ちゃん想いではない。その他は……まあ合ってるな、うん。
「えっと、初めまして。兄がいつもお世話になってます」
「こんにちは、柊木……灯君のクラスメイトの汐留結奈です。むしろこれからうちがお世話になるんだけどね。急に押しかけてごめんね」
「ほんとな」
「柊木がうちに来いって言ったんじゃん」
「うるせえ。誤解生むような言い方やめろ」
「連れて来といて嫌な言い方」と少し機嫌を損ねたように口をとがらせ、ブーツを脱ぐ汐留。
三雲と違って事実だから尚更、説明しないと変な誤解をされそうで困るんだよなぁ。
そして予想通り、不信感を抱いた様子の明が部屋に向かおうとする俺を呼び止める。
「悪い、先部屋に行っててくれ。階段上がってすぐのとこ」
「ん、わかった」
汐留は軽く頷いて、素直に階段を上がっていく。先程のことはそこまで怒っていないらしい。
んで、俺は明に連れられリビングへ連行。
「お兄ちゃんさ、次から次へと違う女の子を家に連れ込むの良くないと思うよ」
「その言い方やめろ。俺が見境無いクソ野郎みたいじゃねえか」
「違うの?」
「違えよ」
しかし、現状だけ見るとそれも事実だ。当然、説明責任が問われるわけで。
汐留には勉強を教える約束をしていて、集中しやすいように家に呼んだと説明する。午前中のことは……言わなくていいよな、うん。それを言うとややこしくなる。
「お人好しというかなんというか……」
「仕方ないだろ。先生に頼まれてんだ」
「お兄ちゃんってそんなに成績良かったっけ?」
「いや、微妙だな。中の上くらい」
「じゃあなんでお兄ちゃんなの? 他にも適任居そうなのに」
確かに。ワイトもそう思います。
多分、汐留と接点があるのが俺しかいないって理由だろうとは思うが、汐留に勉強を教えるという点では俺じゃ役不足だろう。役者交代、主人公チェンジで! 代打、武道!
とはいかないのがこの世界なんだよなぁ。
「まあ、先生にも何か考えがあるんじゃね」
「うーん。ま、そういうことにしてあげる。あんなに綺麗でスタイル良い人じゃお兄ちゃんと不釣り合いだし大丈夫そう」
「何が大丈夫なんだよ……」
自然な流れで傷付けられる俺のハート。俺の人生超ハード。まあ、ギャル系美少女とモブじゃ話にならんわな。
「勉強するのはいいけど変なことしないでよね」
「またそれかよムッツリめ」
「はあ?」
これ以上ここに居ると明の琴線に触れそうだったので、そそくさと退散した。
感動してますよ、それ。
明から逃げるように部屋の扉を開けると、すぐ目の前で汐留が立ち尽くしていた。
「何してんだ」と声をかけると、彼女はひゃっと小さく悲鳴を上げる。どこから出てんだ、今の声。
「あ、えっと……うち、男の子の部屋に入るのとか初めてで」
「その見た目でか?」
「……うちのこと、遊んでると思ってない?」
「ちょっと思ってた」
「最低」
事実を言っただけなのになんか怒られた。見た目の割にウブらしい汐留を落ち着かせ、とりあえず座らせる。
デートの時から気付いてはいたが、汐留はこの見た目で男と付き合ったことすらないように思う。高校デビューってやつなのか?
「柊木ん家って一軒家なんだ。しかもめっちゃ学校に近いじゃん」
「まあな。お前ん家からは遠くなるかもしれんが我慢してくれ」
「ううん。うちも割と近いし大丈夫」
俺が鞄から教科書やら参考書やらを取り出すと、汐留が「あっ」と声を上げる。小〇製薬か?
「うち、勉強道具持ってきてない」
「今更かよ。新品のノートあるし、教科書は俺のを使えばいいだろ。デート帰りなんだから持って来てないのは知ってる」
「でえ……と……?」
背後からの声に咄嗟に振り向くと、トレイを手に持ったまま立ち尽くす明と目が合った。
あー!お客様!いけません!これは失言ですよ!あー!お客様!あー!
マジやらかした。
「あー、えっとだな……。明、デートってのは、その……」
「今日、うちの友達とダブルデートすることになったんだけど、うち彼氏なんて居ないし、男友達も全然居ないから、灯君に手伝ってもらったんだ。だから、デートって言っても本当に付き合ってるとかじゃないから安心して」
狼狽える俺とは異なり、汐留は淡々とそう答えてにこりと微笑む。
明も驚いた様子ではあったが、汐留の笑顔にほっとしてか、なんとか話を飲み込んだらしい。
「そうだったんですね。あ、お茶淹れてきたので、ゆっくりして行ってください。温かい緑茶でよかったですか?」
「そ、そこまでしてもらわなくてもいいのに! 緑茶好きだから嬉しいよ、ありがとね」
トレイを受け取って再び優しい笑顔を見せる汐留。なんか、こいつ思ったより常識人なのでは……?
それに、めちゃくちゃ肝が据わってる。俺より男らしいかもしれない。かもしれないどころか間違いない。
明も汐留の振る舞いに絆され、満面の笑みでお辞儀をして部屋を出た。
汐留は差し出されたお茶を啜り、ふうっと和むように息を吐く。
「外寒かったからお茶が美味しい。てか、動揺しすぎでしょ柊木」
「う、うるせえな……」
「うちらの関係はあれで全部。隠すことでもないし、話しちゃえばいいんだよ」
「まあ……」
そうなんだが、俺にはあの状況でそこまではっきりと言葉が出てこない。今までありとあらゆることを隠そうとしてきたせいか? 嘘をつくとろくなことがないな。
それに比べ、汐留は良くも悪くも真っ直ぐで、自分がしたくないことはしない、言うべきことははっきり言う、と自分に正直な奴なんだろう。
なんだか、そこまで真っ直ぐで純粋だと少し羨ましくもある。
「さ、勉強始めよ。うち、わかんないところたくさんあるから、時間が足りないんだよね」
「それはお前がサボってたからだろ」
「あはは、確かに」
楽しそうに笑いながらも、彼女は自分の非はしっかりと認めた。
汐留にとっては物事の善し悪しについて、彼女の中でしっかり分別されているんだろう。不思議な奴だ。
小さく息を吐いて、気持ちを切り替える。
彼女がちゃんと勉強に向き合おうとするなら、俺も彼女にしっかりと向き合わなければ、それは汐留に対して失礼だろう。
もしかすると、彼女の純粋さに影響されたのかもしれない。
「どの教科から始める? 苦手科目とかあるか?」
「んー。どれもわかんないけど、数学は特にダメかな」
「わかった。じゃあ最初から順番にやろう。数学の授業は積み重ねなんだ。過去に習った公式や解き方を使うことが多いから、途中から始めると余計にわからなくなる」
「そうなんだ。じゃあ、お願い」
俺と汐留の勉強会は、思っていたよりも順調に進んだ。
流石に常陽に受かっただけはある。と言うよりは、汐留が素直で純粋なことが功を奏してか、彼女は飲み込みが早かった。
覚えるべき公式は目立つようにマーカーを引いて忘れないようにチェックをつけたり、応用問題に関しても、公式を組み合わせて自力で解いた。
それに集中力もある。
何時間もぶっ通しで問題を解き、正解しては喜んで、間違えたら要点をまとめて同じ失敗をしないよう努める。
むしろ俺の方が双丘の引力と美貌に惑わされないよう、集中を保つのに必死だった。
勉強に没頭し、ふと顔を上げると、すぐ目の前にある汐留の目と視線が合った。
ギャル系と揶揄していたものの、メイクは全体的に薄く、長いまつ毛は自然のものだとわかる。筋の通った高い鼻から薄い唇にかけて綺麗に整ったラインは少し日本人離れした美しさだ。明が綺麗と評価するのも頷ける。よくよく見ると、確かに美人だ。
「な、なに? そんなに見つめられると困るんだけど」
「あ、悪い」
汐留の声で我を取り戻し、目を逸らす。
ちらりと汐留を横目で見ると、少し頬を赤らめて居心地悪そうに髪を弄っていた。
改めて汐留を観察していると、結構乙女チックで可愛らしい一面も……。
いかんいかん、しっかりしろ俺。ここはフィクションの世界だ。この汐留の仕草だって演技みたいなもんだ。本物じゃない。
自分にそう言い聞かせて、汐留との間に境界を引き直す。
俺はただ、汐留に勉強を教えるだけだ。それ以上も以下もない。以下はあってほしいけどな。関わらないという世界線が欲しい。まずはゲルバナでも作ればいいか?
なんとも言えない空気のまま、勉強会は続いて行く。
コツでも掴んだのか、汐留からの質問は次第に減り、問題集も九割方は自力で解けるようになった。
結局、俺たちは六時間ほど勉強に没頭していた。
間違えた問題の解説を終えたところで、汐留が顔を上げて一息ついた。
「あ、もうこんな時間」
「結構やったな。数学は半分くらい終わったんじゃないか?」
「えー、これで半分なの?」
「二年の最初からやってるからな。これでも早い方だろ。汐留の理解が早くて助かる」
「そ、そうかな」
満更でもない様子で長く垂らした髪をくるくると弄る汐留。
「まだ数学しかやってないけどな」
「そうなんだよね。これ、期末テストまでに間に合うのかな」
「また週末来りゃいいだろ。文化祭が終わったら俺も時間が出来るし、汐留が良けりゃ放課後も手伝うぞ」
「それは……迷惑じゃない?」
「まあ、毎日は俺も疲れるけど、週に数回ならいいよ。俺の復習にもなるし」
実際、人に教えるのは自分のためにもなるもんで、教えることで俺がわかっていなかった部分も浮き彫りになった。俺の勉強にもなるし、汐留と勉強している時間は悪くないと思った。
こんな世界で勉強が必要かどうかは別として。
「そっか。じゃあ、また来る」
「おう」
こうして最初の勉強会は無事に幕を閉じた。無事? まあ、今回は無事か。今後俺が理性に勝ち続けられるかは知らん。
「じゃ、うちはこれで」
「汐留さん、また来てくださいね」
「明ちゃんありがと。お茶美味しかったよ」
見送りは玄関まででいいとのことで、俺は「また学校でね」と軽く手を振る汐留を見送った。
「汐留さん、良い人だね」
「だな。勉強熱心だし」
「お兄ちゃんなんかに優しくしてくれるからだよ」
「え、そこなの?」
クスクスと笑う明と一緒に食事を終え、波乱の土曜日は終わりを告げた。




