第二十二話 モブ、初めてのデート
この〜日なんの日気になる日〜。
予定も知らない日ですから〜。
迎えた土曜日。そう、汐留とのデートの日だ。
俺は全く予定も聞かされないまま、集合時間と集合場所だけ伝えられ、待ち合わせ五分前に到着して待っていた。
そして、俺だけが一人佇んでいる。
なんで俺が一番最初に来てんだ? 五分前行動は当たり前って習わなかったのかよ。社会人になって「これだからゆとりは」って言われるぞ。
しかも、朝から明の服装チェックが入り、髪型もワックスでしっかり整えられたせいで、バッチリ決め込んでめっちゃ楽しみにしてる奴みたいになっているのも納得出来ない。デートなんて言わなきゃ良かった。
「わあ、僕じゃないみたい!」って動画広告みたいなことになってるしな。集合場所は間違えてないから俺に気付かないってことはないと思うが……。
時間ちょうどになって現れたのは汐留だった。
肌寒くなってきたというのにショートパンツに高さのないブーツと脚をこれでもかと晒した下半身。その割に上はハイネックにニットセーターと完全防備。上下の寒暖差だけで風邪をひきそうだ。
「ごめん、待った?」
「待った」
「……そこは、今来たところって言うとこじゃないの?」
「言わねえよ。嘘つきは良くない」
目を細めて小さくため息をつく汐留。何、俺が悪いの? 正論に言い返せないからって人のせいにするのは良くないと思いまーす!
「てか、人違いだったらどうしようかと思った。学校でもそういう髪型にすればいいのに」
「毎朝セットできるかよ、めんどくせえ」
「自分でセット出来ないの間違いじゃないの?」
「うっ……何故バレた」
「だって柊木そういうの嫌いそうじゃん。誰にセットしてもらったの? お母さん? 彼女?」
「妹。親は海外だし彼女はそもそもいねえ」
「え?」
「あっ」
やっべえやらかした。嘘をつけないせいでつい本当のことを……いや、普通に油断しただけだが。
「あの子、彼女じゃなかったの?」
汐留は俺の失言を聞き逃すこともなく、訝しげに目を細める。
あの子、とは間違いなく三雲のことだろう。こいつは多目的室で三雲に会ってるしなぁ。
あの時、三雲は汐留に対して自分が彼女だと言い張った。汐留も何の疑いもなくそう思っていることだろう。
「あー、なんだ、いろいろあるんだよ」
「付き合ってるんじゃないんだ?」
「おう。付き合ってるフリをしてるだけだ」
「なにそれ、彼氏のフリばっかりで大変だね」
その一端はお前のせいなんだけどな?
全てを事細かに話すと、余計に話が大きくなるだけだ。適度に端折りながら、三雲と付き合うフリをするに至った経緯を語ると、汐留は納得したように頷く。
「そうだったんだ。彼女に悪いなーって思ってたけど、これなら気兼ねなくデートできるね」
「程々にしてくれよな。俺はまともにデートなんてしたことねえんだから」
「じゃあ、今日が初デート?」
「みたいなもんだ」
意外そうに目を丸くする汐留に俺は肩を竦める。
そんな俺の様子がおかしかったのか、「それなら、楽しい一日にしなきゃね」と笑顔を見せる汐留。
髪をおだんごに編み込んで顔周りがスッキリしているいるせいか、いつもよりその表情がはっきりと見える。
なんか、ギャル子ってもっとこう……ツンケンしてるイメージがあったが、汐留は思っていたより表情に富んでいるらしい。
そうこうしていると、五分遅れで残りの二人が合流した。
ギャル子の友達と言うから、てっきり相手もギャル子ギャル男だと思っていたのだが、そこに現れたのはサラサラとした黒髪を靡かせる顔立ちの整った、清楚系といった印象の女の子と、俺たちより少し歳上に見えるさっぱりとした好青年だった。
「結奈久しぶり!」
「杏ちゃん久しぶりー! 背ちょっと伸びた? なんか大人っぽい!」
「そう? りょーくんのおかげかなー」
「歳上彼氏に合わせて大人っぽく、みたいな?」
やはり彼氏は歳上らしい。
その彼氏はというと、にこりとこちらに笑顔と共に手を向けていた。
「初めまして。俺は新島涼介。優大の二年生だよ。今日はよろしくね」
これは握手か? 今時そんなスキンシップがあるのか。
ふと、へらへらとした笑顔でこちらに手を差し出すランプの魔人が頭に浮かんだ。そういや吉岡もしてたわ。陽キャ界隈ではこれが普通なのかもしれない。
俺は差し出された手を辿るように新島と名乗る男に目をやる。
優英大学かぁ……ここらじゃ有名な難関大学だ。それに顔も良いとかどんだけハイスペックだよ。俺連れてきたの間違いじゃね? 場違いじゃね?
「柊木灯、汐留と同じ常陽高校の二年生です」
まあ、求められた握手に応えないほど空気が読めないわけじゃない。俺より少し大きい手をそっと握る。
「あはは、柊木硬すぎ。大学生相手に緊張してんの?」
「うるせえな……」
そりゃするだろ。聞いてねえよ、こんな美男美女カップルが来るなんて。
適当な格好で来なくてよかった。ありがとう、明。今度何か奢ってあげよう。
明なら嫌がりそうだなぁ、と見え透いた未来に肩を落としていると、杏と呼ばれた少女があざとく首を傾げる。
「結奈たちって苗字で呼び合ってるの?」
あちゃー、これはやってしまいましたな。
俺が固まると同時に汐留も硬直したのがわかる。
いつから付き合ってるとか、呼び方をどうするとか、ちゃんと設定を決めていなかった浅はかさが早速俺たちの首を絞める。
杏にバレないよう、ちらりと俺に視線を向ける汐留。どうしようって困惑がその視線だけでわかる。目がバタフライしてる。
こうなることは当然予期できたはずで、設定を細かく練らなかった汐留の落ち度だ。
俺は付き合っていないとバレたとしても問題ないし、汐留がでっち上げる嘘に合わせるだけでいい。自分のケツは自分で拭くのが人として当然の義務だ。
だけど、今日の俺は、一応汐留の彼氏だしな。ここはなんとかしてやろう。汐留のケツが拝めるならそれも悪くない。
全部台無しですよ。
「普段は結奈って呼んでるんですけどね。人前だとどうしても恥ずかしくて苗字で呼んじゃうんですよ」
あたかも気恥しそうに頬を掻いて見せると、杏と新島さんはぱちくりと瞬きをして、顔を合わせた。
「へー、そうなんだ。ウブだねー」
「初々しくていいね」
「私たちもそういう時期があったよね」
「そうだね」
珍しいものでも見たような驚きを露わにしつつ、二人は自分たちの世界に入ってしまう。どうやら上手く乗り切れたらしい。
演劇での紗衣の演技指導がこんな形で役に立つとは。
そう思っていたのもつかの間、杏が「あっ」と声を上げたことで、再び俺たちの間に緊張が走る。
「でもさ、今日はせっかくのダブルデートだし、二人きりの呼び方で呼んでほしいなー。いつもどんな風にイチャイチャしてるのか見てみたい!」
この女、結構手強いのでは?
と言うか、汐留を試しているようにも見える。
ハイスペックな彼氏を連れてダブルデートを提案するくらいだ。「私は超イケメンな彼氏と超ラブラブだけど、あんたはどう? 私に勝てる?」とでも言いたげだ。俺にはわかる。
その笑顔、俺の前では通用しねえぞ。鮮華先輩という作り笑顔全一の人を相手にしてるからな。
もしかすると、汐留も薄々気付いているんじゃないだろうか。
思えば、杏と顔を合わせてから表情が少し暗い気もする。汐留とそこまで交流が深いわけじゃないが、俺と二人きりの時に見せる笑顔に比べると、幾分か表情が固いように思う。
嵌められたと言うかなんと言うか。
こんなことなら、金積んででも武道に代理を頼めばよかったかもしれない。俺じゃあどうしても不釣り合いに見えてしまうだろう。
片や誰もが一目を置くギャル系美少女。片や特段語ることもないモブだ。俺ならどうして付き合ってんのか根掘り葉掘り聞きたいレベル。
杏はきっと、彼氏のスペックで大敗してしまった汐留に、更なる追撃を与えてやろうと画策している。俺のサイドエフェクトがそう言ってる。
これは俺の落ち度だ。ダブルデートと聞いてこの状況を想定しなかった俺にも非がある。
となれば、俺も出来る限りの協力をしてやらねば、約束を違えることになる。
俺は汐留の肩に手を回し、ぐっと近付けた。
「ま、そういうことなら仕方ないよな。恥ずかしいけどいつも通りしてようぜ、結奈」
驚いたように俺に目を丸くしてこちらを見る汐留。嫌でも我慢してくれ。多少のスキンシップがないと疑いは晴らせないんだ。
それに、元はと言えば汐留が招いた結果だ。俺でなく自他ともに認めるイケメンを選んでいればこうはならなかった。
俺も受け入れると言った以上手伝いはするが、俺の思う最善策に汐留も付き合ってもらうしかないんだ。諦めてくれ。俺は諦めた。
汐留も決意を固めたのか、おっかなびっくり俺のアウターの裾を握った。
「も、もう、恥ずかしいっちゃけど……。と、灯が急に触るけん、びっくりしたやんか……」
おお、上手いぞ! 顔を赤らめて少し俯きながら、聞こえる程度の小声で呟くという恥ずかしがっているアピール! 思わず実況みたいになっちまった。
それにしても……話し方に違和感がある。今のは日本語か?
「結奈、方言出てるよー」
「か、からかわないでよ!」
あーなるほどね、方言ね。こいつ方言女子かよあざといな。
俺は詳しくないからどこの言語かまではわからんが。アロフィかどこか?
それはニウエの首都ですね……って、誰がわかるんですか、それ。
今更ながら、ほんと汐留のことについてほとんど知らないな。よくこれでデートに挑んでるよなぁと我ながら感心する。呆れると言うべきか。
設定としては付き合って一ヶ月ってところだろうか。何となく一目惚れで付き合い始めたが、まだ相手のことを知っている最中だ。よしよし、少しずつイメージも固まってきた。
一人で汐留との恋愛ストーリーを綴っていると、杏が「そろそろ行こっか」と切り出した。
何を真剣に考えてんだ俺は。
「そうだね。どこに行こうか」
「杏、カラオケ行きたい」
「いいね、カラオケ。この近くにあったかな?」
「すぐそこにあるよー」
俺と汐留が介入する暇もなく目的地が決まってしまった。どうやらカラオケに行くようだ。カラオケかぁ。
まあ、少し前まではこういう咄嗟のカラオケ対策に流行りの曲は押さえていたから、ついていけないことはないだろう。
中学まではバスケ部の連中とよく行ってたし、下手ということもない。あの頃は洋楽や演歌でネタ枠として歌ってたけど。ポウ!って叫ぶだけで大盛り上がりだったし。中学生の頭の中ってお花畑なのか?
それよりも、だ。
さっきから隣のこいつがやたら死んだ魚みたいな面してんだよな。
念の為に手を繋いだのが良くなかったか?
「おい、どうした?」
前を歩く二人に気付かれないようそっと声をかける。
とぼとぼと歩幅を狭めながら汐留が零す。
「うち、カラオケはちょっと……」
「苦手なのか? 歌上手そうなキャラしてるのに」
「歌が上手そうなキャラって何? そうじゃなくて、皆が知ってそうな曲を知らないの」
「普段何聴くんだ?」
「その……」
汐留は口ごもる。なに、言えないような歌うたってんの? 幼児向けアニメの歌とか? アンパンマン必死に歌ってる汐留とか逆に見てみたいわ。
「ボカロ、とか……」
あー、そういうこと。
今でこそ有名にはなってきたが、それでも嫌悪する人は一定数いるんだよな、あのジャンル。
俺はたまに聴くから嫌悪感なんて無いが、知らない人の前で「ボカロ好きです! 歌います!」って声を大にして言うのは勇気がいる。
盛り上がるか冷めるかの両極端だと思う。にしてもギャップがすげえな。
「嫌だなぁ……」
カラオケに行って歌わないという選択肢はもっと難しいだろう。汐留の様子から、ボカロ以外はさっぱりわからないようにも感じる。
普通のポップスでも有名な曲くらいは知っているのだろうが、歌えるかどうかは別の話だ。
「ま、俺がなんとかしてやる」
だが俺にも秘策がある。
呆気に取られたような顔を向ける汐留に、少しでも安心できるように笑顔を見せる。
杏という女の子が悪意を持って汐留を誘ったのかはわからない。だが、汐留がこのデートを楽しめていないのは事実だ。
今日の俺は汐留の彼氏だ。彼氏として、汐留を楽しませることは出来なくとも、恥をかかないようにすることくらいはできるだろう。
解決策は至極単純。俺が恥をかけばいいだけの話だ。旅の恥はかき捨てって言うしな。カラオケは旅なのか?
土曜ということもあり、カラオケボックスは人が多い。しかし、運良く一室だけ空いていたようで、俺たちは待つことなく部屋に通された。汐留にとっちゃ運悪くかもしれないけど。
ドリンクバーでそれぞれ好きな飲み物を用意し、準備は万端。早速杏が曲を入れ始める。
最近の女性シンガーの曲だ。有名な曲なので俺にも聴き覚えがある。
「先に入れる?」
「いえ、俺たちは後でいいですよ」
「はは、歳上だからって敬語じゃなくていいよ。気軽に涼介って呼んでくれてもいい」
「初対面でそれはなかなかハードル高いですね……」
涼介さんは武道と似たようなタイプで、見た目だけでなく中身もイケメンらしい。天は理不尽にも二物を与えるんだなぁ。腹に一物を抱えてそうな杏と比べると接しやすくて俺としては助かるが。
その涼介さんは、歌う曲を決めていたようで、すぐに俺の手元にデンモクが回される。
一先ず、俺も無難にドラマの主題歌になっていた有名な曲を入れておく。
「無理すんなよ」
音楽に掻き消されそうな声で汐留に伝えながら、彼女の前にデンモクを置く。
とはいえ、やはり汐留は不安と緊張が入り交じったように硬直していて、俺の声には答えない。
あっという間に杏の手番は終わり、涼介さんが歌い始めた。
彼は歌も上手かった。これなら先に歌っておけばよかったと後悔するくらいには。二物どころか三物も四物も与えやがって。神様ってのはイケメンが好きなのかもしれない。
俺も無難に歌い終えて、汐留の番が回ってくる。
が、彼女はまだ曲すら入れていなかった。
「結奈歌わないの?」
「えーっと、何歌おっかなーって……」
「好きなの歌えばいいじゃん! 結奈とカラオケ来るの初めてだし、結奈がどんな曲歌うのか知りたいなー」
ああ、これはまずい。非常にまずい。
清楚系な見た目ながら、なかなかに性格が悪いぞこいつ。恐らく汐留が流行りの曲を知らないか、歌が下手だと思ってそう誘導しているんだろう。小悪魔と言うより大魔王だな。
ピッピッと無機質な電子音だけが鳴り続ける。
目も当てられない汐留の様子に俺も決意を固める。
俺は汐留からデンモクを奪った。
「俺が代わりにもう一回歌っていいか? 結奈、人前だと緊張するから俺がもう少し盛り上げたいんだけど」
どちらに言うでもなくそう告げると、涼介さんが「いいね、ぜひ聞きたいな」と乗ってくれた。杏は少し不服そうだ。やはりこいつ……。
「何歌うんだ?」
「俺の十八番」
俺が入れたのは『Beat It』。あの世界的に有名な名曲だ。
音楽が流れ始める。最初は単純に音楽に合わせて歌詞を乗せるだけ。
しかし、マイ〇ルが登場してからが俺の舞台だ。
MVの動きに合わせて俺も激しく体を動かす。広い部屋でよかった。空いたスペースを縦横無尽に動き回り、微妙にキレのないダンスを披露する。合いの手も自分で入れる。中学時代にはこの曲から始まるのが仲間内でのお決まりだった。
目を丸くする汐留。ちょっと引いている杏。楽しそうに手拍子を挟み、途中から合いの手を挟んでくれる涼介さん。マジこの人めっちゃいい人。俺が付き合いたいくらいだ。
おかげで空気が凍らずに済む。それどころか、涼介さんの様子を見て杏も小さいながら手拍子を加えるようになった。
最初は困惑の色で染まっていた汐留も、ラスサビにかかる頃にはゆらゆらと身体を揺らして、手拍子を鳴らしていた。心做しか表情も明るくなったように見える。
最後にクルッとターンして、「ポウ!」と手を挙げる。ここはオマケだ。実際のMVにそんなシーンはない。
だが、汐留にメッセージを伝えるにはこれが一番だと思った。
身内ノリでもいい。自分が楽しむだけでもいい。それでも楽しんでくれる人は居る。少なくともここに、俺が居る。
だからお前も好きに歌え。俺はその気持ちを乗せて、汐留の前にマイクを置いた。
額に汗を滲ませながら腰を下ろすと、涼介さんが大きな拍手で迎えてくれた。
「すごいね、これは確かに盛り上がるよ。踊りは覚えたの?」
「中学の時に友達とよくカラオケ行ってたんで。このためだけに英語も覚えて……」
「へー、すごいなぁ。ね、杏」
「あ、うん、すごかった!」
涼介さんに急に話を振られた杏は、少しぎこちなく答える。
そんな二人を後目に、俺は汐留にデンモクを返す。
「ほら、結奈も歌えよ。俺みたいに好きなの歌っていいんだよ。涼介さんもたぶん乗ってくれる」
「はは、そうだね。盛り上がる曲でもバラードでも、知らない曲でも歓迎だよ。楽しまなきゃ損だからね」
杏の名前を挙げなかったのはわざとだ。俺は気付いてるぞと伝えるために。
その気持ちが伝わったのか、汐留は力強く頷いてデンモクを受け取り、すぐさま曲を入れた。
流れてきたのは……テレビでも取り上げられたことのある名曲だ。ボカロではあるが、カラオケの総合ランキングの上位に位置していることから、割と知っている人も居そうだ。恐らく汐留にとっては最も無難な選曲なんだろう。
最初のフレーズが終わり、短い間奏が入る。
いち早く反応したのはやはり杏だった。
「え、何この曲? 私知らなーい、あにそんってやつ?」
「ボカロだね。俺、この曲好きだよ」
涼介さんのまさかの反応に、俺は呆気に取られた。俺だけじゃない。汐留も、杏でさえも目を丸くしている。
涼介さんなら、なんとはなしに合わせてくれるだろうとは思っていたが、まさかこうもはっきりと杏の同意を求める声をぶった斬るとは思っていなかった。
そんなことは気にも止めず、涼介さんは「ね?」と俺に視線を向ける。
「だな、思い切って歌え」
汐留は吹っ切れたように口角を上げて、マイクを握り直した。
結果から言うと、汐留はめちゃくちゃ歌が上手かった。やっぱ歌が上手そうなキャラっていう俺の推察は間違ってなかったな。
難しい音程も高い音も外すことなく、綺麗な声で歌い上げる。さながら、この曲が汐留のために作られたような、そんな錯覚すら感じてしまうほどに。
歌い終えた汐留は満足気に笑顔を見せた。
「めちゃくちゃ上手いな」
「うちもやればできるっちゃん!」
そう言ってピースを見せる汐留。最初のツンケンしたキャラはどこへやら、無邪気で楽しそうな、少しあどけなさが残る可愛らしい笑顔だ。
「ほんとに上手だったね。他にも聴かせてよ。俺、ボカロはあまり詳しくないから、おすすめの曲とかあれば教えてほしいな」
涼介さんも賞賛の拍手を送り、杏そっちのけで話に加わった。
当然、杏の表情は暗い。なんだか少し可哀想ではあるが、自業自得なので助けてやる義理もない。そんな恨めしい顔をしたところで、もうお前に先はない。
そうやって(一人を除いて)盛り上がったカラオケも、三時間ほどでお開きとなった。
「私、体調悪いから帰るね」
そう切り出したのは杏だ。
仕方がないだろう。彼女にとっちゃ汐留を陥れるための日だったはずが、自分が仲間外れにされる結果になったんだから。俺はまあ、ざまあとしか思わないけど。
「じゃあ俺も帰るよ。今日は付き合わせてごめんね」
「いえ、俺は別に。楽しかったですし」
「はは、さっきまでタメ口だったのに敬語に戻っちゃったんだね」
「すみません。あれはテンション上がってたせいで……」
「逆だよ。タメ口で話してくれる方が気楽でいいんだ。ま、近々また会うと思うし、その時までに考えといてよ」
近々? という疑問を投げる前に、涼介さんは「それじゃあ」と爽やかな笑顔と共に杏を追いかけて行ってしまった。
二人の背中が人混みに消え、ふっと肩の力が抜ける。
一日中かかるだろうと踏んでいたせいで、今日は予定を空けていた……まあいつも空いてんだけど、まさか昼過ぎに終わるとは思わず、これからどうしたものかと言った感じだ。
「この後、予定ある?」
「あるわけないだろ。こんなに早く終わると思ってなかったんだし」
「だよね。一緒にお昼食べない?」
「ああ、いいよ」
この辺りは詳しくないと伝えると、汐留のお気に入りのカフェに案内された。鮮華先輩といい、なんでお気に入りの店とかあるんだよ。
俺が行くのなんてコンビニかスーパーくらいなんだが。コンビニはいいぞ、近所にあるしなんでも揃う。今度行きつけのコンビニでも紹介しようか? 必要ないですかそうですか。
汐留に連れられたのは、こじんまりとした個人経営のカフェだった。
鮮華先輩に連れられた場所とは違い、悪く言えば古い、良く言えばクラシックというか、レトロな雰囲気の店。俺はどちらかというと、こういう店の方が落ち着けるから好きだ。
空いた席に着いてメニューを広げると、汐留が一点を指さした。
「ここのハンバーグ美味しいから食べてよ」
確かに写真からでもその香りが伝わってきそうな見栄えだ。
「結奈はよくここに来るのか?」
「えっ、あ、うん。月に二、三回くらいね」
「高校生にしちゃ結構頻度高えな」
適度に会話を弾ませながら、俺たちは汐留おすすめのハンバーグを注文した。
料理の完成を待っている間手持ち無沙汰になり、メニュー表をパラパラと捲る。
「デザートも充実してんなぁ」
「うん。全部食べたけど、フォンダンショコラがおすすめかな」
「全部食ったのかよ。結奈って甘いものが好きなのか」
「あ、あのさ!」
急に会話を遮り、前のめりになる汐留。テーブルに圧迫されるように形を変える豊満な双丘。
これは仕方ない。フィクションだって知ってても目が行くだろ。二次元に興奮を覚える人だっているんだ。ちょっとリアルすぎる創作物みたいなもんなんだよ。これがVRか……。
「も、もう恋人のフリせんでもよかっちゃない……?」
「あ、確かに」
なんか流れのまま呼んでたけど、恋人のフリを終えた今の俺たちは、もうただのクラスメイト程度の間柄でしかない。
汐留より結奈の方が呼びやすくて、ついそう呼んでしまっただけだしな。
汐留は指を組み替えながら、上目遣いにこちらを見る。その表情はいかんぞ。新たな世界に踏み込んでしまいそうだ。
「う、うちは別にどっちでもよかとけど……」
「じゃあ元に戻そう、汐留」
なんだその目は。どっちでもいいなら戻すだろ。変に発展しても困るしな。
あとその目もそうだけど、さらに前のめりになったせいで形が強調されてるのは良くない。
気候に合わせて厚着の服装ではあるが、ぴったりサイズのセーターのせいで形がはっきりわかるんだよ。そこに目が引き寄せられるんだよ。これが万乳引力の法則か。さすが乳トン、こうやって重力を見つけたんだな、うん。
汐留の顔に視線を戻すと、恥ずかしげな上目遣いが殺意マシマシの睨みに変わっていた。やっぱ視線って気付かれるものなんですね、勉強になります。
どう弁解しようかと目線を泳がせていると、タイミング良く店員が鉄板を運んで来た。食欲をそそる匂いと油が跳ねる小気味よい音に、俺たちは揃って鉄板を目で追いかける。
少し不機嫌になっていた汐留もハンバーグを食べ始めるとたちまち機嫌が戻った。
その気持ちは分かる。これは確かに美味い。月に数回どころか、お金があれば週に数回通いたいくらいだ。
無駄遣いすると明に怒られるから出来ないけど。あ、今度は明も連れてきてあげよう。
俺たちは結局フォンダンショコラまで平らげて、食事を終えた頃にはすっかりお腹いっぱいになっていた。
「ねえ、さっきはああ言ったけどさ、やっぱりもう少し付き合ってもらっていい?」
「恋人のフリか? 学校に行くとか言わないならいいけど」
「恋人は……しなくてもいい、かな。この後、勉強教えてほしい」
「ああ、なるほど。いいよ」
「ほんと? よかった」
ほんともなにも、元々はその約束から繋がった関係だしな。それに、今日は汐留に付き合うと約束していたし、断る理由もない。
「あ、でもうちには親がいるから……。ファミレスとかでいい?」
「良かったらうちに来るか? ここから割と近いし、ファミレスだと土日は人が多くて集中出来ないだろ」
それに、万が一にも知り合いに会ったら言い訳だなんだと面倒くさそうだしな。
「え、え、家?」
「嫌ならどこでもいいけど」
「い、嫌じゃない。行く」
やけに素直に了承してくれたので、俺たちは会計を済ませて電車に乗った。お金はいいって言ったのに無理に折半してくるあたり、なんだか真面目な一面を見た気がした。




