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第二十話 2つの失態

 結論から言うと、俺はどうやら失敗したらしい。


 木曜の一限。この時間は毎週、体育の授業がある。

 常陽では一学年九クラス、各クラス四十人前後で構成され、体育は三クラス合同で行われる。

 この日からは選択授業で、サッカー、バスケ、テニスから好きな項目を選択し、各々スポーツに励むのだ。


 当然俺はバスケを選択。経験のあるものだと余計な労力を使わず楽にこなせると踏んでのことだ。

 一番広い第一体育館に集められた俺たちは男女に別れ、授業が執り行われた。

 バスケを選択した男子の人数が丁度二十人だったこともあり、四チームに別れて前後半五分ずつでトーナメント形式のミニゲームを行うこととなった。


 そこでまず起こったのが、あろうことか俺の奪い合い。

 元ではあるがバスケ部ということもあり、クラスの連中は多少敬遠していたが、俺の状況を知らないバスケ部連中を始めとした他クラスの奴らが俺を取り合いジャンケンが行われる羽目に。そして高まる女子からの期待。


 俺の性格上、争いごとにおいて手抜きはなんだか癪に障るため、ちゃんと真面目にやるつもりではいたが、バスケ部の連中が「エースの帰還だ!」「超高校級のバスケ部だ!」などと持て囃すせいで、先生そっちのけで大盛り上がり。チーム決めるだけでこの有様だ。

 あとは……わかるな?


 当然ゲームにおいても俺は大活躍……してしまった。そう、してしまったんだ。

 バスケ部は全員バラけていたはずだが、俺のチームは全戦全勝。全ての試合にダブルスコアという圧倒的な結果を残してしまった。


 別に俺だけが活躍したわけじゃない。ただ、バレー部に野球部という運動に自信ニキな連中に、さらにはなぜか武道までもが同じチームにいたせいで、これほどの成績を残してしまったんだ。

 そして鳴り止まぬ黄色い歓声。万能イケメン転校生武道君よりも俺に対するものの方が多いという大波乱。


 こうして、俺の陰キャのんびり隠居生活は幕を下ろしたのだった……。

 ほんと、人生最大の過ちって言っても過言じゃないぞこれは。運動できる奴が褒められるのは小学生までじゃなかったのかよ。




「やったな、大活躍じゃないか」

「うるせえ。つかなんでお前バスケやってんだよ。サッカー部だろ、サッカーやれよ」

「部活でやってるから、体育くらいは他のことがしたくてね。気分転換だよ」


 授業が終わった更衣室で武道が声をかけてくる。

 気分転換でボコボコにされるバスケ部の身にもなれよ。最初は我こそはって顔してたのに、終わった時には全員死んだような目をしてたんだぞ。


「驚いたのはこっちの方だよ。主人公を嫌がっていた君があれほど頑張るなんてね」

「勝負事になるとムキになるんだよ。ほんと失敗した」

「大成功じゃないのか?」

「大失態だ」


 肩を竦めて苦笑する武道に鼻を鳴らして答える。

 まさかこうもあっさりと失態を晒すことになろうとは。「バスケたのしー」と三雲のような知能レベルで久々の運動を楽しんだのが間違いだった。


「でも、これで昼休みから大変じゃないのか?」

「大変? 何が?」

「あー……いや、なんでもないよ」


 そう言ってシャツのボタンを止める武道。言わない方が面白そうって言ってたの聞き逃してないからな。

 何が面白そうだ。こっちは何も面白くねえよ。十週打ち切り待ったナシのつまらなさ。柊木先生の次回作にご期待ください!



 体育で疲れ果てた俺は、午前の授業を爆睡。

 そして迎えた昼休み。俺の周りには人集りができていた。


「柊木くんってめっちゃバスケ上手いんだね」

「柊木くん一緒にご飯食べよ!」

「柊木くんって文化祭で演劇やるんだよね! 絶対見に行くね!」

「柊木くん、もう文化祭一緒に回る人決めた? 良かったら一緒に回らない?」

「柊木くん」「柊木くん」


 なんですかこの状況。他クラスの女子たちが寄って集って俺を虐めてくる。これが主人公補正って奴ですか?

 今時、モテモテ主人公よりも地味系ひねくれぼっち主人公の方が需要あるぞ。狭いコミュニティで極小数の人とだけ関わる感じの。ラノベでよく見る。


 俺は助け舟を求めて武道に目をやった。

 しかし武道は、親指を立ててにこっとはにかむ。何あれ、折ればいいの? 俺は親指を下に向けたいんだが。


 俺の席は窓際。周囲にはモブ女子の大群。背水の陣ってこういう状況のことを言うんですねわかります。

 もう誰でもいいから俺をここから救ってくれ……。


「アカリせんぱーい!」


 その時、天啓が舞い降りた。これは……天の声か? 神が俺に救いの手を……?

 女子の群れを掻き分け、三雲がひょこっと顔を出す。お前かよ。


「アカリ先輩! 今日こそ一緒にご飯食べましょう!」


 こいつ、よくこの状況で教室まで入ってきたな。その度胸だけは素直に感心するが、周りの目がめちゃくちゃ怖いことに気付こうな。お前の隣の奴とか、眉間に皺寄せすぎて般若みたいな顔してんぞ。


「これ、どういう状況ですか?」

「さあな。俺が聞きたい」

「私という可愛い彼女がありながら女の子に囲まれるなんて許せないですよ!」

「──っ!」


 神の声かと思ったら蜘蛛の糸でした。切り離されて転落。地獄へ急転直下だ。俺が何をしたって言うんだ。

 待て、この状況でそのセリフはまずい。非常にまずい。俺よりもお前が。この状況から入れる保険? そんなもんねえよ。


「は? 柊木くんの彼女?」

「てか誰?」

「一年が何しにきてんの?」


 やめて、俺の胃がつらい! 私のために争わないで!


「私は灯先輩の彼女の三雲です! 私の彼氏がお世話になってます!」


 あああああああ!

 声にならない声が体の中をのたうち回り、俺は眼球をガン開きにして硬直する。

 火に油どころかガソリンぶちまけやがった! 引火どころか爆発待ったナシ!


 三雲は周囲の視線など意に介さず、俺の腕を引く。俺はつられるまま教室から抜け出した。

 殺意にも似た禍々しいオーラが背後で爆発する様をひしひしと感じながら。




「俺、お前がクラスで浮いてる理由が少しわかった気がするわ」

「え、なんのことですか?」


 また何かやっちゃいました? みたいな反応やめろ。無自覚系爆弾魔め。

 三雲に連れられてまたしても屋上前の昇降口にたどり着いた俺たちは、階段に腰掛けて呼吸を整えていた。


 三雲燈という少女は、絶望的に空気が読めないらしい。元からその片鱗は見えていたが、今確信した。こいつは、俺以上に周りの目を気にしない奴なんだ。

 三雲の寝取り事件の発端になった三橋君もきっと、そんな三雲の距離感に勘違いしちゃったんだろうと今になるとわかる。哀れなり。俺も他人事じゃないけど。

 当の本人は、本当に何もわかっていない様子で、しゅんと身を縮めている。、


「先輩が困ってそうなので、私にしてくれたように助けようかと……迷惑でしたか?」

「あー、いや、迷惑ではないけど……」


 そんな申し訳なさそうな表情をされると困る。俺は助かった(かどうかはわからない)のは事実だし。

 ただ、三雲の身の危険の方が心配になる。放課後、校舎裏に呼び出されたりしないよね? 果たし状とか来ないよね?


「まあ、困ってたし、助かりはした。ただ俺が三雲を助けた時と状況が違うから、あの方法は多分悪手だ」

「そうですかね? 先輩に彼女が居たら誰も寄ってきませんよ?」

「うーん、確かに?」


 あれ? そう考えると最善だったのか?

 いやいや、そもそも付き合ってないのに、あれだけ人がごった返した教室で付き合ってると宣言するのは今後の生活に響くだろ。俺のモブ人生が終わる。


「まあいいじゃないですか。私のクラスだけじゃなくて先輩のクラスでも付き合ってるってことにしておけばいいんですよ」

「それが大問題なんだけどな」

「なんなら本当に付き合っちゃえば万事解決ですよ?」

「解決どころか迷宮入りだろ。もう元に戻れなくなるわ」

「それは……私が居ない生活には戻れないってことですか!」

「お前の思考回路が迷宮入りしてんな」


 どう捉えりゃそうなるんだ。入り組みすぎだろ。ゴールがないクソ迷路みたいになってんぞ。


 相変わらず会話が成り立たない三雲に半ばうんざりしながらも、俺たちはひとまず食事をとることにした。

 が、急に教室を飛び出したことで、用意していたパンを机の上に置いてきてしまったことに気づいた。


 弁当を膝の上に拡げる三雲は、動きのない俺に気付いたらしい。不思議そうに顔を覗き込む。


「先輩、ご飯食べないんですか?」

「教室に忘れてきたから後で食う」

「もう、仕方ない先輩ですね」


 三雲はそう言って卵焼きを箸で掴み上げ、こちらに向ける。仕方ないってか、お前のせいだけどな。


「はい、あーん」

「いや後で食うって」

「いいですから、あーん」


 口元に押し付けられる卵焼き。何がいいですからだよ。

 少し甘い、食欲をそそる匂いが鼻腔をくすぐる。くそ、ちょっとお腹が空いてくる。

 まあ、状況だけ見れば三雲に助けられたと思わんこともない。感謝しないこともないんだ。それに、卵焼きに罪はない。


 断腸の思いで口を開けると、卵焼きが口内に運ばれてくる。

 一回一回味わうように咀嚼する。仄かな甘みが口から鼻を抜けて行く。


「ん、美味い」

「良かったです!」


 いや、ほんとに美味い。俺が甘めの卵焼きが好きだというのもあるが、甘すぎず、その中にダシのような風味も効いていて俺好みの味付けだ。


「どこの惣菜だ? 親が作ったのか?」

「違いますよ! 私のお手製です!」

「え、マジ?」

「マジマジの卍ですよ!」


 なんだよそれ。寺院なの?

 三雲の言葉は意味がわからないが、まさかあの三雲に料理が出来るとは思わなかった。明に負けず劣らず……いや、流石に明の方が慣れ親しんだ分軍配が上がるが、それでも充分過ぎるほどだ。


「唐揚げもどうですか? こっちは夕飯の残りですけど」

「お前の分がなくなるだろ」

「いいんです! 元々先輩に少しあげるつもりで多めに作ってきたので!」


 教室に忘れたとか関係なく、最初からそのつもりだったのかよ。

 だが、そうとなれば断る理由もない。あと、三雲が作った唐揚げはちょっと気になる。


「はい、どうぞ」


 今度は拒否することもなく素直に頂く。

 おお、唐揚げは醤油ベースなのか。これも俺好みだな。白米が欲しくなる。夕飯の残り物と言う割には衣のサクサク感も残っていて冷凍のそれとは違う手作り感がある。


「なんか、三雲のこと見直した」

「将来お嫁さんになる身としては、今のうちに胃袋を掴まなきゃいけないですからね!」

「その余計な一言が無けりゃさらに良かったんだけどな」


「つれないですねー」と笑いながら、三雲も卵焼きを頬張る。

 三雲の言うように、この弁当は俺の胃袋を掴むには充分だった。明が居なければ、の話だが。もう明がヒロインでいいのでは?


 箸を口に着けたまま卵焼きを飲み込み、彼女はこちらに目を向けた。


「間接キス、ですね」


 思わず心臓が跳ね上がる。

 上目遣いにニヤリとした口角。三雲が頬を染めるのに合わせて、俺の顔も熱くなるのがわかる。


「おま、ほんと、一言余計だよな……」


 こんな奴に心臓を高鳴らせてしまったのはちょっと悔しいと思いつつ、俺は三雲の弁当の半分ほどを平らげた。

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