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第十八話 ヒロイン交代

 息を切らしながら向かった先は屋上に続く昇降口。

 現在時刻、授業開始二分前。当然ながら三雲の姿はない。


「三雲」


 声をかけてみるが、勿論反応はない。居ないんだから答えるはずもないんだけど。

 さすがに教室に戻ったよなぁ。ずっと待っていてくれたのだろうか。三雲が勝手に待っていただけだが、少しだけ罪悪感もある。

 俺は彼女の名前を呼びながら、階段の一番上の段に足を掛けた。

 と、その時。


「わぁ!」

「うおっ!」


 死角に隠れていた三雲が大きな声と共に姿を見せる。

 驚きのあまり後ろに下がってしまった俺は、その瞬間に後悔した。

 足場がない。やばい、これ落ちる──



 咄嗟に閉じた目をゆっくりと開けると、目と鼻の先に三雲の顔があった。

 褐色の肌。僅かに眉間に寄った細い眉。透き通るようなブラウンの瞳。少し潤んだ薄い唇。

 思わず心臓が跳ね上がる。


「危ないですよ、先輩」


 薄く口角を上げた三雲は背中に手を回し、俺を抱き寄せるように体重を支えてくれていた。

 いやー、ゴリラの筋力もバカにできませんなぁ、なんておどけている余裕もなく、自分でも顔が火照っているのがわかる。

 なんだ、このイケメンは。


 中性的な三雲の顔立ちもあって、余計にかっこよく見える。普通逆だろ!

 俺よりも背の低い異性の後輩にこうして抱き寄せられるとなんだか……なんとも言えない気持ちになる。やめて、俺のプライドはズタズタよ!


 呆然と三雲の目に視線が吸い寄せられる。

 が、チャイムの音でふと我に返る。


「あ、ありがとな……」

「ふふふ、ヒロインの窮地を救うのも悪くないですね」

「元はと言えばお前が驚かすからだろ」

「階段から落ちるのと私との恋に落ちるの、どっちが良かったですか?」

「どっちも断る」


 俺は体制を立て直して三雲の手を払う。

 不覚にも三雲にドキッとしたせいでまともに顔が見れない。

 これが吊り橋効果か。全部三雲の自作自演なんだよなぁ。


「まさかここまで驚かれるとは予想外でしたが、これはこれでありですね」

「うるせえ、忘れろ」


 そう言いながら、お前もちょっと照れてんじゃねえか。

 と言いたかったが、それだと俺も照れたことを認めることになるので胸の内に閉まっておく。


「つか、教室戻ってなかったのかよ」

「待ってるって言ったじゃないですか」

「もう五限始まったぞ」

「いいんですよ、灯先輩のこと抱きしめられたので」

「俺は良くないが」


 ああ、なんかもう思考が回らない。三雲の顔が視界に入る度に何故か意識してしまう。これが乙女心か。

 はっ! いかんいかん。まんまとヒロインに落ちそうな気をしっかり保つ。

 こんな時はさっさと退散だ。この場に居続けるのは心に毒な気がする。


「もう戻るぞ」

「待ってください!」


 授業が始まってんのにお構い無しかこいつ。

 三雲に背を向けたまま彼女の言葉を待っていると、ひょこっと横から顔を覗き込まれ、咄嗟に目を逸らす。


「汐留先輩の件は大丈夫でしたか?」

「ああ、まあ」

「あ、なんですかその反応! もしや、何かありましたね?」

「何もねえよ」


 何も無くはなかった。だが、土曜にデートすることになりましたーなんてこいつには口が裂けても言えない。いや、やっぱり裂けるくらいなら言う。

 何より、先の一件でデートのことなんて頭から吹き飛んでいた。今の俺は三雲一色だ。恋する乙女かよ。


「あ、もう一つ!」


 三雲を適当にあしらい、教室に戻ろうとすると、ブレザーの首元を引かれた。

 首が絞まり、ぐえっと情けない声が出る。


「なんだよ……」

「文化祭、一緒に回りませんか!」


 文化祭……?

 ああ、もうそんな時期か。もう十月だもんな。


 常陽では保護者や地域との交流を重視する関係上、体育祭は5月の最後の土曜、文化祭は10月の最後の土日に行われる。土日まで学校に時間を費やすとか、社畜の練習か何か?

 一応振替休日がありはするが、五連勤と七連勤じゃ差があるだろ? 勤ではないけど。


 その文化祭が行われるのは再来週末。確か、俺がサボってる間にもいろいろと出店だ出し物だなんだかんだと話が進んでいたはずだ。

 因みに、俺がこうして三雲と話している今この時も、そのための話し合い及び準備の時間が設けられている。

 俺、文化祭が嫌いな人だと思われてそう。むしろ行事は好きな方なんだけどな。授業より楽だし。土日でさえなければ。


 三雲はその文化祭で一緒に過ごそうと提案してきたわけだ。今年の文化祭は一人で適当にやり過ごそうと思ってたんだけどなぁ。


 しかし、こうして面と向かって、しかもなんか知らんが顔を赤らめて、その上上目遣いで頼まれると俺の良心が「可愛い、付き合え!」と叫ぶわけで。

 良心関係ないですね。


「まあ、誰かと約束してるわけでもないしな。別にいいぞ」

「ほんとですか!」

「こんなくだらない嘘をつくかよ」


 三雲はやったやったと無邪気に喜んでいる。こうも喜ばれると悪い気はしない。

 がっしりと手を掴まれ、またしてもドキリとしてしまう。だんだんと三雲に絆されている気がしてならない。


「約束ですからね!」

「ああ、わかったから教室戻れ」


 用件は済んだのか、「はーい」と素直に聞き入れ、ステップを踏みながら階段を降りていく三雲を見送る。なんか最近、厄介な約束抱えすぎじゃないですかね。


 これまで空白だったスケジュールが埋まっていく。これじゃあ主人公に逆戻りだ。

 不穏な影から逃げるように、俺も教室へと戻ることにした。




「なん……だと……?」


 教室に戻って第一声。いや、正確には第二声。第一声は「すみません、保健室に行ってて遅れました」だった。


 五限の途中から文化祭のクラス会議に参加した俺は、黒板の文字を見て体の力が抜けるのを感じた。


 どうやらうちのクラスでは演劇をするらしい。出店は大概三年生が主体となるため、二年生や一年生は教室で出来ることに限られてしまう。それはいいんだ。勝手にやってくれりゃ。


 演劇の題目は、数年前に映画が公開されていたやつ。褐色の青年がアラビアっぽい雰囲気の街でお姫様助ける系の。きっとホットな話題として選ばれたのだろう。かなり遅い気もするが。


 問題はその主人公役だ。何度見直しても俺の名前が書いてある。目を擦っても黒板の文字が消えるわけでもなく、やはり俺の名前がデカデカと書いてあった。

 嘘だよな? 俺の目が腐っただけだよな? 新しいのに交換するからちょっと待ってほしい。トウパンマン、新しい眼球よ!

 小さい子がトラウマになりますよ。


「待て待て待て、俺が主役? もっと適役がいただろ? 武道とか!」

「わ、私もそう思ったんだけど……」


 文化祭実行委員の女生徒に噛み付くと、彼女はちらりと武道に目をやった。

 つられて俺も武道を見ると、なにやらにっこりと笑っている。いつもの爽やか笑顔というより、なんか含みのある笑顔。鮮花先輩に似てきたな。


「僕が推薦したんだ。僕は部活で放課後に練習できないからね」

「なんで俺なんだよ」

「柊木君なら部活を辞めたから、放課後にも時間があるし、主役を張れるほどのルックスもある。それに、君は頼まれたことは断れない。いざやらなきゃならないとなれば、誰よりもしっかりやり遂げると思ってね」


 お前は俺の何を知ってんだよ、彼氏かよ。

 でもだいたい当たってるのが尚更ムカつく。ムカついたから抵抗するぞ、拳で。いや言葉で。


「俺はやらん」

「文化祭のクラス会議を全てサボる君にも非があると思うけどね」

「うるせえ、それでもやらんぞ」

「そうか、それは残念だ。生徒会長のお墨付きだったのに」

「……どういうことだ?」


 武道は武道らしからぬ不敵な笑みを浮かべる。さながら鮮華先輩のような。鮮花先輩が増えると思うと急に寒気が。


「うちのクラスで演劇をするって話したら、会長が『主役は灯君にしておいてね』って」

「あんちくしょうめ!」


 逃げ場はないというのか。いつから逃げられると錯覚していた?

 つからいつの間に親しくなったんだよ。こいつらを引き合わせたのは間違いだったか?

 話し方といい考え方といい、なんか似てるもんな。武道はもっとまともなやつだと思ってたけどその推察は大間違いだったらしい。


「あと、『辞退するならそれなりの代償を覚悟しておくように』って伝言も」

「いや怖えよ」


 俺の霊圧が……消えた……? いやマジで消してくれ。そして俺を空気にしてくれ。

 でかいため息をまざまざと見せつけて席に着くと、武道は隣の席で「納得してくれてよかった」といつもの笑顔を見せる。

 こいつ、絶対許さねえ。絶対にお前を主人公にしてお前だけのハーレムを作ってやる。


 俺の帰還により一波乱あったものの、実行委員の女子はこほんと咳払いをして話を進める。


「じゃ、じゃあ次は王女役を……」


 それ以降の話は聞いていなかった。

 どうやって逃げるか、どんな言い訳で当日休むかを延々と考える時間だけが過ぎた。

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