第十七話 約束は計画的に
お昼休みはウキウキwatching、ということで昼休み。
今日も今日とて汐留に会いに行こうと席を立つ。あいつには連敗しているが、今日は勝算があるんだ。……なんかこれデジャブじゃね? 既視感あるよね。そーですね!
そしてその時は訪れる。
「灯先輩、一緒にご飯食べましょう!」
いいとも! いやよくねえよ。
そうだ、昼休みってことは三雲が会いに来る。この前はこちらから出向いたせいですっかり忘れていた。
教室に飛び込んで来た三雲は、周囲の視線を意にも介さず、俺の元へと駆け寄って来た。羽虫かな?
あの虫って、教室を飛び回ってるように見えて俺の周囲ばっか飛んでる気がするよな。類は友を呼ぶってな、がはは。笑えねえよ。
それにしても、何事も無かったようにケロッとしてんな、こいつ。寝たら忘れるタイプか? 三日ごとに記憶失くしてるの? 三日間フレンズなの?
前回はまんまと三雲に振り回されたが、汐留の件をあまり長引かせたくはない。
三雲も元気そうだし、ここは汐留とのデートを優先させてもらう。
デートじゃなくてコンテンプトですよ、それ。
「嫌だけど」
「何でですか!」
何故と聞かれても、嫌なもんは嫌だし? 俺、用事あるし?
しかしながら、三雲に対しては言いたいことをサラッと言えるから少しばかり気が楽だ。そういうところは割と好きでもある……かもしれない。
三雲はむうっと頬を膨らませる。そんな顔してもダメなもんはダメだ。お前の場合わざとらしすぎて可愛くないんだからやめとけ。
諦めてくれたのか、大人しくなった三雲の脇を通り抜けて教室を出ようとすると、勢いよく袖を引かれた。
「酷いです! 私たち付き合っむぬっ」
ほんと、このボマーは突然ぶっ込んでくるから油断ならねえな。フリだっつったのにこんな公の場で言うんじゃねえよ、危ねえ危ねえ。
俺は三雲の口を塞いでそのまま教室を出る。あれ、やっぱデジャブじゃね? そーですね!
「先輩のえっち! か弱い女の子を密室に連れ込んで何をするつもりですか!」
「密室じゃないだろ」
爆弾魔を取り押さえた俺は、屋上に繋がる昇降口でそんな会話をしている。
密室どころか開放感がある。風通しは良くないが、階段が真っ直ぐに一階まで繋がっているせいか、声の通りは良い。聞かれてたらどうすんだ。
こんな場所に連行したはいいものの、あまり三雲の相手をしている暇もない。
俺がこうしている内にも汐留は空き教室で気持ちよく昼寝していることだろう。羨ましいな。
「今日は何か予定がありました?」
三雲はそう言って首を傾げる。聞くのが遅いんだよなぁ。
「そうだな、わかってんなら行っていいか?」
「また汐留先輩ですか?」
「またって言うな」
三雲はやれやれと首を振る。なんかこいつがやるとムカつくな。
「灯先輩も諦めが悪いですね。汐留先輩にフラれたというのに」
「フラれてはねえだろ」
「私という人がいながら他の女の子に手を出すのやめた方がいいですよ?」
「ただの後輩が何を言う」
「私とは遊びだったんですか!」
こいつとまともに会話が成り立ったことがこれまでにあっただろうか?
付き合ってるフリだってことを忘れてはいないか。或いは都合の悪い記憶だけ消せる程度の能力者か。
そんな能力があれば毎日幸せそうだな。
「汐留先輩の言ってたこと、灯先輩はわかったんですか?」
階段に腰を下ろし、急に真面目なトーンで話す三雲。そのギャップに思わず身が引き締まってしまう。
汐留が言ってたこと、というのは汐留が授業を受けない原因が俺にあるという話だろう。
「ああ、その原因ならわかった」
憶測でしかないが、汐留は俺の不誠実さに憤りを感じたのだろう。
薄々……いや、本当は最初からわかっていたんだ。
俺が声をかけたことで、汐留に変化が訪れた。
勉強に向き合えなくなっていた汐留に、もう一度やり直すチャンスを与えた。
しかし、俺がそのチャンスを潰した。俺が用意したにも関わらず、だ。
この世界が俺を中心に回っているのだとしたら、俺の行動で全てが変わる。
汐留の気持ちだって同じだろう。
俺の勝手で振り回して、あろうことか突き放そうとした。怒られて当然だ。
三雲はどこか安堵したように頷いた。
「解決は出来そうなんですか?」
「……まあ、なんとか」
たぶん。そう聞かれると自信はない。
俺に出来るのは精々、汐留に授業を受けさせることくらいだろう。
汐留がどうして授業を受けなくなったのか。恐らく、その理由は授業についていけなくなったから、というだけでは無い。
もし授業についていけないだけなら、サボったりせず先生にでも相談しに行ったはずだ。県内でも有数の進学校である常陽に受かったんだ。全く勉強ができないわけじゃない。
他に何か、原因があるはずなんだ。
だが、そこまでわかっていて、俺は武道に汐留の件を押し付けようとした。俺自身が向き合うこともせず、人に丸投げしようとした。
汐留の本物の気持ちってやつを無下にしていたんだ。
ただ……やはりと言うべきか、俺にはその問題は解決できないし、しようとも思わない。
俺に出来ることと言えば、現状を少し変えてやることだけだ。
「そうですか」
三雲は一瞬俯いたかと思えば、すぐに顔を上げてにこりと笑った。
「じゃあ行ってきていいですよ。私が許可します」
「なんでお前の許可がいるんだよ」
「私との約束があるんですから当然です。でも、今日だけは許します。私は一人寂しくここでご飯を食べます」
「なんか棘があるからその言い方やめてくれない?」
「刺してますから当然です。可愛い後輩が一人でご飯を食べて待ってるので、終わったらまた来てください」
「お前に時間を使うのは変わらないのな」
「当たり前ですよ。そういう約束ですから」
彼女はそう言うと、いたずらっぽく笑った。
その表情から優しさや好意に似たものを感じて、俺は思わず顔を背けた。
まあ、三雲の言うことは一理ある。俺の勝手な言い分で部活を辞めさせて暇になったわけだしな。少し思うところがないこともない。
「わかった」
俺がそう答えると、三雲は満足気に頷いて、また笑った。
「やっと見つけた」
俺が汐留を発見したのは、昼休みも残り十五分を切った頃。体育館に続く通路でのことだった。
俺に見つかった汐留は顔を歪め、如何にも嫌そうな表情を浮かべている。そこまで邪険に扱わなくてもいいだろ、傷つくぞ。
「なんでここにいるの」
「お前を探してたからだろ」
「はぁ……まだ諦めてなかったの?」
気鬱な表情を浮かべて、盛大にため息をつく汐留。
もうお前には期待しない。そう言いたげな顔だ。
だが俺は屈しない。蛇に睨まれたカエルだってやれるってところを見せてやる。窮鼠猫を噛むってな!
ネズミなのかカエルなのかはっきりしてください。
「いろいろと言いたいことはあるけど、先にひとつ」
俺はこれでもかと頭を下げる。誠心誠意を見せつける、と言うよりは、俺が本当にそうしたかった。
「本当に悪かった!」
「え、は?」
「汐留がせっかく俺を頼ってくれたのに、俺はそれを突き放すようなことをしていた。俺が言い始めたことなのに、武道に押し付けるようなことをしていた。汐留が怒ってたのはそのことだろ?」
「えっと、その」
汐留は何か言いたげだが、はっきりと答えない。
ということは、肯定と取っていいのだろうか。
「帰ってから考え直したんだ。汐留は俺を頼って、授業を受けてくれることを約束してくれた。だから俺も汐留の気持ちに答える。約束を果たす。わからないことは俺が教える。授業に関することじゃなくてもいい。俺に出来ることなら手伝う。だから、もう一度俺にチャンスをくれ!」
俺に出来ることなんて限られてると思う。
たかが高校生だ。死に戻りもチート能力もないし、レベリングで能力が上がることもない。
だが、それでも出来ることがあるなら、俺は汐留の力になりたい。それは本心だ。それは、な。
教室に顔を出すようになれば武道との接点も増えるだろ? 武道と交流するようになるだろ? 俺よりも武道が良いって気付くだろ? はい、ハッピーエンド!
と、俺の思惑はちゃんと隠して、今は汐留に向き合う。
彼女に俺の気持ちが伝わったのか、汐留は歯切れ悪くも口を開いた。
「その、柊木の気持ちはわかった。少し違うけど、そこまで言ってくれるなら、うん。もう一回だけ信じてあげる」
俺が顔を上げると、汐留は少しバツが悪そうに目を逸らしている。
頬を朱に染めていて、金色に靡く髪の色と相まって際立っていた。
気を紛らわそうとその髪をくるくると弄っている姿が、ほんのちょっとだけ可愛いと思ってしまった。
あれよな、ギャップって大事。
ヤンキーが雨の中捨てられた子犬に向かって「お前も俺と同じか」なんて言いながら無邪気な笑顔で撫でてるアレと同じだよ。ああいうのって本当に居るのか?
「あのさ、ここじゃ恥ずかしいから、場所変えない?」
汐留に言われて周囲を見渡すと、少し離れた場所から数人の生徒たちが俺たちの様子を見てヒソヒソと話をしていた。
ああ、なるほどね。照れてたってか普通に恥ずかしかっただけね。
もっと早く言ってくれ、俺も恥ずかしいわ。
汐留の案内でまたしても到来、多目的室先輩。先輩と言うか、もう師匠と呼びたい。
いつもお世話になってます師匠! いつも通り少し埃っぽくてシックな感じがかっこいいっす!
教室に入るや否や、汐留は身を翻してこちらに向き直る。
カツアゲでもされそうな剣幕だ。可愛いとか思ったのはどこのどいつだよ。普通に怖いんだが。
「うちの手伝いしてくれるって言ったよね」
ん?今なんでもするって、みたいな言い方も怖いんですけど。俺に出来ることしかしないよ? したくないこともしないよ? さすがにそこまでは面倒見きれん。
「授業は受けるよ、午後から出席する。だからさ、一つお願い聞いてほしいんだけど」
「俺に出来る範囲だからな?」
「……因みに、どこまで許容できる?」
どこまでって聞かれると難しいな。
人によって基準はまちまちで、俺が提示したものよりも汐留の考えていることの方が楽って人も居りゃ無理って人も居る。
俺は少し悩み、思いつく限り列挙してみた。
「んー。パシリと個別指導は出来る。羞恥的なことはできるだけ避けたいけど、誰もいないところでならお前の靴でも舐められる」
「いや、それは普通にきもいよ」
なんでだよ。可能が不可能かで判断しただけなのに、そんな汚物を見るような目で見られる筋合いはないだろ。
それにヤンキー少女なら「うちに従う証として、まずは靴でも舐めてもらおうか」みたいな流れになると思ってたんだけど。
ギャル系だけどそれなりに可愛い顔をしている汐留の靴を舐めるとか、一部の人にはご褒美では?
咳払いをひとつ挟み、汐留は俺から視線を外す。
かと思いきや、何度も咳払いをしては目を泳がせて、何ともはっきりしない。
「何だよ」と話を促すと、汐留は意を決したように俺を見た。顔を真っ赤にして。
「……あのさ、次の土曜にうちとデートしてくれない?」
「は?」
いや「何でもするって言ったじゃん」みたいな顔をされても、は?としか言えないんだが。
デートって言った? 日付のdateのことですか? デートってなにかの隠語ですか?
言葉足らずだと悟ったのか、汐留は捲し立てるように続けた。
「中学の頃の友達と遊ぶ約束してるんだけど、その子が彼氏連れてくるって言っててさ。ダブルデートしたいから彼氏連れてきてって聞かないんだよね。うち、彼氏とか居ないって言ったらそれまでに作れって言われてたんだけど、もう時間なくて困ってんの」
「いやいや、知らねえよ。なんで俺が……」
「柊木なら顔もそこそこ良いし、今でこそ陰キャみたいだけど、話そうと思えば普通に話せるっしょ? だから彼氏としては連れて行くにはアリかなって」
「そういう問題じゃなくてな?」
「なに、さっきの約束また破るの?」
「滅相もございません。汐留様の仰せのままに」
俺は反射的に汐留に傅いた。それを言われると断れないんだよなぁ。
そんな俺の弱みにつけ込み、「じゃあ連絡先交換しよ」とスマホを取り上げる汐留。どうしてこうなった。
ダブルデート? 俺が? 何を買い被ってるか知らんが、俺は知らない人とはまともに話せないぞ。
ギャル子の友達ってギャル子なわけだろ? その彼氏ってギャル男なわけだろ? どう考えても俺浮きまくりじゃん。五十メートルプールにアヒルのおもちゃ浮かべるくらい浮いちゃうよ。
「時間とかはまた連絡するから。デートの日はちゃんとした格好して来てね」
それだけ言い残して去ってしまう汐留。鳴り響くチャイム。このチャイムの絶望感やべえな。昼休みどころか俺の人生の終わりを告げてそう。
だが、こうなってしまっては逃げることも出来ない。諦めて地獄に付き合うとしよう。地獄と付き合うの間違いでは?
ふと、教室へ戻ろうとする足を止めた。
あれ、そういや何か忘れてるような……?




