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第十四話 下着の行方

 昼休み、なわけだが。


「どうしたもんか……」


 悩みの種は言うまでもない、この紙袋。明に命じられた(激うまギャグ)最重要ミッションだ。

 下手をすると俺が社会的地位を失いかねない。しかし、成し遂げなければならない使命なのだ。

 そう、これはミッション:インポッシブル! テーマソングを使うにしては内容がしょぼいな。

 俺が主役を張るにはあのアクションは荷が重い。あとは任せたスタントマン。ついでにこの紙袋の配達もお願いしていい?


 いつものようにあいつから来てくれりゃそれが一番なんだけどなぁ、なんて待っていたが、こんな時に限って奴は来ない。いいのか? これ放置してあのギャル子優先してもいいのか?


 つっても汐留が言ってた心当たりなんて無いんだけどな。このまま会ったところで先日の二の舞だ。

 俺が汐留に何をしたって言うんだ。冤罪だぞ!


 ともあれこんなもの教室に置いとくのも怖いし、持ち歩くのももちろん嫌だ。どちらにしても見つかった時点で死が確定する。社会的な方で。

 そうとなればさっさと返してしまおう。明の奴、余計なことしてくれやがったな。

 俺も『嫌です^^』って書き置きすべきでした? 結局書き置きを破り捨てて、下着持ってくる未来が見える見える。

 人に見られないように紙袋を胸に抱え、俺は一年生の教室へと足を運んだ。



 三雲は確か……三組だったか。廊下を彷徨いていると、一年生たちの怪訝な目が各方向から突き刺さる。一年生のフロアに二年生が居ると目立つんだよな。この学校って上履きが学年ごとに色が違うんだが、それがもの凄く恥ずかしいんだ。


 今すぐこの紙袋を窓から放り捨てたいが、これだけ注目されていてはそれも難しい。

 社会的死で物理的に括られるよりマシ。下着持って彷徨くよりマシ。先生や一年生の注目の的になるよりマシ。

 そう自分に言い聞かせ、三組の教室を覗き込む。


 残念ながら、教室の入口付近に都合よく人が居るということも無く、『〇〇さん呼んでもらえる?』作戦は使えなかった。自分で呼べと言うのか。ざわついてる教室で特定の奴を呼ぶのってすごく恥ずかしいんだぞ!


「はぁ? ふざけてんの!?」


 教室内から響く怒号に思わず身が竦む。覗いた瞬間に怒鳴られたんですが。

 と思ったら、どうやら俺のことじゃないらしい。

 女の子が数人集まって一人の女の子を取り囲んでいる。はえー、女の子って怖いなー。

 ってあれ、よく見たら囲まれてる一人の方、三雲じゃね?

 ちょっと日焼けした短髪の華奢な体型、間違いないよ、あのぺったんこは三雲だよ!

 なんであいつ怒られてんの? また何かした?


「あーあ、三雲のせいで優希奈(ゆきな)泣いちゃったじゃん。謝ってよ。あんたのせいでしょ」

「そーだよ。優希奈、大丈夫?」


 優希奈ってのは多分、背中を摩られて丸くなってる奴だろうな。そんで三雲が泣かした、と。

 じゃあ謝るしかないな、うん。お腹すいて人のお弁当勝手に取ったとかだろ? 食べ物の恨みは恐ろしいって言うしな、それはダメだぞ三雲。

 と思いきや、ちょっと様子がおかしい。


「私は何もしてない! 三橋(みつはし)君とは何も無いよ!」

「嘘でしょ! あんたが昨日、三橋君と一緒に帰ってるところ見てたんだからね。優希奈が三橋君と付き合ってるって知ってて取ったんでしょ!」

「そんな……私は一緒に帰ろうって言われて……」


 ほーん、なるほどな。

 三橋だか八ツ橋だか知らんが、要は三雲が他の女から男を奪ったとな。食べ物の方がまだマシだったな、これ。

 男の恨みは恐ろしいってよく……別に言わんな、恐ろしいけど。


 にしても三雲が男をねぇ……違和感しかねえな。

 そんなキャラじゃないからか、ヒロイン候補の一人だからか。或いは、最近俺にしつこく付き纏っていたせいかもしれない。

 理由は何にせよ、三雲が人の男にちょっかいを出したというのは到底信じられない話だった。


 しかし、そこに至った経緯は容易に想像出来た。

 恐らく、昨日の放課後、三雲は俺の事を待っていたんだと思う。

 しかし、俺が鮮華先輩に呼び出されたことにより、その男子と一緒に帰ることになった、と。そんなところだろう。


 状況を理解し、俺は踵を返した。関わらないのが一番だと本能が叫んでいる。これはあれだ、ヒロインが窮地に立たされた状況で主人公が咄嗟に助けに入り、好感度が爆上がりするやつだ。

 しかし生憎、俺は主人公じゃない。ここで三雲に加勢する言われはないのだ。


 ま、頑張ってくれたまえ。このくらいなら俺が手を貸す必要も無いだろう。一ツ橋君に直接聞けば解決する問題だ。誤解も解けて、何なら一本橋君とくっ付いてハッピーエンドだ。


「じゃあ何? 三橋君に告ったってのはどういうことなの?」

「え、違うよ! それも三橋君が……」

「だってよ、三橋君」


 居たのか水道橋。

 聞こえてしまった会話にまんまと食いつき、俺は思わず教室を覗く。

 ギャルズの背後に現れたそいつは、パッと見ただけでも軽薄そうな男だった。チャラ男と言うか、女慣れしてそうなそこそこのイケメン。噛ませ感すげえな。


「俺、優希奈と付き合ってるから無理って言ったんだけどさぁ〜。どうしても付き合ってほしいって懇願されてマジ困ったわ〜」

「え、ちがっ……」

「ほら。三橋君もこう言ってるじゃん。それでもまだ嘘つくの?」

「な、なんで……」


 なるほどね、完全に理解した。

 七ッ橋って奴が優希奈って奴と付き合っていて、マンネリ化か遊び相手が欲しかったのか知らんが、優希奈に飽きた新橋が三雲に乗り換えようとして告ったけど振らたんだな。

 その腹いせに全てを三雲のせいにして、事実を揉み消そうとしてるわけだ。

 自身のプライドと浮気をまとめて葬るために全てを三雲に押し付けようってか。はーん、胸糞悪いな。


「謝りなよ」

「三雲さんが悪くない?」

「優希奈かわいそー」


 外野も好き放題言っている。長いものに巻かれるタイプか? それが自分の首と足の届かない樹木に掛かってるとも知らずに、馬鹿な連中だ。

 そうやって他人事決め込むってことは、いつかそれが自分に返ってくるってことなんだぜ。だから俺もさっき逃げようとしたツケが回って来てる。


 このまま見なかったことにすりゃ三雲は俺に話すこともなく一人で抱えるだろうな。バスケ部の時みてえに。

 それでもいいかもしれない。主人公脱却という観点で言えば。でも、個人的には気に食わない。

 恩師に「後悔しない道を選べ」って言われてんだ。だったら、正しいと思うことをやったっていいだろ。

 俺は紙袋をぐしゃりと握り、教室に乗り込んだ。


「俺は優希奈一筋だからさ」

「きゃー! 三橋君さすがー!」

「うるせえよモブ共」


 何やらキャッキャ言ってるのも単純にイライラして、つい語気が荒くなる。


「は? あんた誰?」

「みく……燈の彼氏なんだけど、俺の彼女が何かしたのか?」


 こういう時は第一印象が大事だ。舐められないように、先輩であることをアピールしてけ。頑張れ、上履き先輩! 鈍く輝く青色が眩しいぜ!

 突然素性も知らない人物が現れたせいか、一年生たちは一様に足元に視線を落とす。これで俺が年上ってのは分かっただろう。

 先輩の威厳ってすごいな、上履きだけで相手が怯んだぞ。あとは三雲がゴールデンゲートブリッジ君に告白したという虚言を潰すだけだ。


「んで、ちょっと話聞いてたけどさ。燈と俺って付き合ってんだけど、それでも三橋?日本橋?君に告白したって言い切るつもりか?」

「あ、あんたのこと嫌になっただけかもしれないじゃん!」


 確かにー、その線があったわー。

 やっべー、考えてなかったわ。今のこの見た目で、俺たちラブラブですけど? みたいなオーラを醸し出すのは無理だわ。

 一年生にワンパンされた俺は、動揺を隠しつつ次のセリフを模索した。


 と、その時。急に腕を締め付けられる感覚に襲われた。

 三雲は震える手で俺の腕を掴み、ギャルズを睨みつけていた。


「わ、私は……灯先輩のことが大好きだから! 告白してきたのは三橋君の方。でも、私は先輩が好き……大好きだから、他の人とは付き合えない。昨日一緒に帰ったのも、先輩が生徒会室に呼ばれて一人になったから。勘違いさせたならごめん。でも、そんなふうに嘘をつく人だとは思わなかった。だから、先輩と付き合ってなくても、三橋君とは付き合えない」


 わー、素敵! 何してくれとんじゃ!

 いや待って、そんな声高らかに宣言されたらさぁ……。


「え、じゃあ三雲さん悪くないじゃん」

「彼氏さん素敵! 白馬の王子様みたい」

「ラブラブなんだ〜。こんな風に助けに来てくれたら惚れ直しちゃうね」


 ほらね? 好き勝手言ってますよ? 手のひら返しもここまで来るといっそ清々しい。

 ……じゃなくてね?

 どうするんだよ、この状況。明らかに俺が介入する前より悪化してるんだよなぁ。

 三雲も照れてないで反論してくれよ。それは違うよ!ってダン〇ンロンパしてくれよ。

 うわー、これどうしよー、なんて考えていると、三雲が俺の腕をぐいっと引いた。


「行きましょう、灯先輩!」

「え、あ、はい」


 どこに? 俺はこれさえ返せばそれで終わりでいいんだが。あのキンキンに冷えた教室の空気そのままにしとくの? レインボーブリッジ君と優希奈ちゃん、超険悪になってるけどいいの?

 まあいいか、俺には関係ないし。

 踊る大〇査線のテーマソングでも流しときゃなんとかなるだろ。責任を取るのが仕事って室〇さんが言ってたし、境橋が責任取るさ。



 教室から逃げるようにして連れて行かれたのは、屋上に続く昇降口。

 この先には生徒が立ち入れない屋上しかなく、人通りも無ければ話し声すら聞こえない。

 静かな昇降口に二人分の吐息が響く。俺の手を握る三雲の手は、まだ少し震えていた。


「先輩、ありがとうございました」


 三雲は消え入りそうな声と共に深々と頭を下げる。なんかキャラ違うよ、どうしたの?


「いやいいから、気にすんな。野暮用のついでだ」

「やぼよー?」


 三雲を助けたのは成り行きだ。何となくイライラして、放っておくと後悔しそうだと思ったからだ。深い意味はない。

 俺は当初の目的だった紙袋を手渡した。怒りに任せて握り締めたせいでくしゃくしゃになっている。


「妹が返せって煩くてさ」

「これ……私の……」

「おう。これを返しに教室に行ったら巻き込まれたってそれだけだ。だからお前が気にすることじゃねえよ」

「先輩……」


 三雲は考え込むように俯いたかと思えば、首を横に振った。


「それは先輩が持っててください」

「……は?」

「それは差し上げます。お礼です」

「いや要らんが?」


 助けたお返しに下着をプレゼントするってどんなシチュエーションだよ。意味わかんねえよ。

 要らねえよ、何に使うんだよ。ナニって? うるせえよ使わねえっての!


「そう……ですよね。私のなんて、欲しくない……ですよね」

「いや、そんな寂しそうな顔しても無駄だからな。普通に要らねえよ」

「あ、そうですよね。私たち付き合ってますし、もういつでも見れますもんね?」

「あれはお前を庇うためで……」

「そんなこと言わないでくださいよ! 嘘つく人だとは思いませんでした、なんて言っておきながら、私が嘘つきなんて嫌じゃないですか!」

「知るか!」


 ああ、やっぱり関わるんじゃなかった。

 なんかもう三雲はめちゃくちゃ嬉しそうだし。なにその顔。なんで照れてんの。なんで超嬉しそうなの。やめて? なんかドキドキしてくるからやめて?


「灯先輩」

「なんだよ」

「また名前で呼んでください」

「三雲」


「違います!」と怒りポコポコと叩いてくる三雲。力加減考えろよ。ポコポコじゃなくてボコボコなんだよ。普通に痛い。

 三雲の意図するところは理解している。だが、あまり気乗りしない。発音だけだと俺のあだ名と一緒だから嫌なんだよ。

 俺が言い淀んでいると、三雲は手を握ったまま、顔をぐいっと寄せて来た。近い近い。いい匂いする。

 よくよく見ると愛らしい顔をしていて、正直可愛い。ドキドキしてきた。


「先輩が私との恋人辞めちゃうと、また男の子に言い寄られて、覚えのない罪で公開処刑されちゃいますよ?」

「知らん。何とかしろ」

「そんなこと言わないでくださいよー。私は先輩のこと本気で好きですよ? ちゅーします? ちゅー」

「しません」


 むー、と不貞腐れる三雲に紙袋を押し付ける。ついでに一歩後ずさり、心の平穏を保つ。


「妹に怒られるから持って帰ってくれ」

「仕方ないですね。先輩が彼氏のフリしてくれるならいいですよ」

「嫌ですけど持って帰ってもらえます? そもそも君のせいですよね?」

「じゃあ持って帰らないでーす。後輩の下着を持ち歩く変態として頑張ってください」


 三雲はぷいっとそっぽを向いて、紙袋の受け取りを拒否した。

 こいつ……さっきまで泣きそうになってたくせに、何を調子に乗り出してんだ。調子は乗り物だぞ。無免許は許されない。

 平たい胸に紙袋を押し付けてみるが、三雲は手を出そうとしない。せめて胸があればそこに置くだけで済んだのに。

 三雲は俺がその提案を受け入れるまで、断じて受け取らないつもりだろう。変質者のレッテルを貼られるか、フリだけでも続けるか……。

 少し悩んだ挙句、俺は答えを導き出した。


「わかった。フリだけだぞ」

「ほんとですか!」

「フリだぞ。今、嘘をついたってバレりゃまた面倒なことになる。だから、恋人のフリをするのはあの場に居た連中の前だけだ。それ以外じゃ今まで通り先輩と後輩、いいな?」

「えー、挙式はいつがいいです?」

「人の話聞いてた?」

「冗談ですよ、わかってますって」


 三雲はいたずらっぽく笑うと、ようやく紙袋を受け取ってくれた。本当にわかってんのか?

 まあいい。これさえ返せば俺は自由だ。さらば、ちょっとえっちな下着。こんにちは、俺の平穏な生活!


「こんなところで油売ってていいのか?」

「うげ、三枝先生……」


 つい、嫌な感情が口から出てしまった。

 屋上から戻って来た三枝先生は、気だるげな視線をこちらに送る。


「汐留のこと、頼んだぞ」

「はい……」


 さよなら、俺の日常、俺の平穏な生活。享年僅か二十秒……。

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