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第十二話 完全無欠の生徒会長

 女心と秋の空って言うけどさ、気象予報士になれば女心もわかるんですかって話だよ。

 結局汐留に授業を受けさせることは叶わず、三雲にも「ちゃんと思い出してください!」と怒られる始末。俺が何をしたってんだ。

 そんなこんなで、午後の授業中にひたすら汐留のことを考えていた。


 結局その答えは分からないまま放課後を迎える。まあ当然だ。気象予報士ってどうしたらなれるんだろうとか的外れなこと考えてただけだしな。調べてみたけど俺には無理そう。あの人たちってめちゃくちゃ頭良いんだな。


 まあいい、汐留なんて放置だ放置。放課後には帰ってんだろうし、居るか居ないか分からないやつを探すのは時間の無駄だ。明日の昼休みにでもまた会いに行こう。


 そんなことより、俺には最重要の攻略対象が居るんだ。

 さーて、僕のメインヒロイン、武道君とお話するぞ!


 そう意気込んだところで、不吉なアナウンスが校内に響き渡った。


『生徒会役員、柊木灯君は今すぐ生徒会室に来てください。逃げたら……分かってるね?』


 ははは、何今の死刑宣告。幻聴?

 にしては聞いたことのある声だったなー。まるで生徒会長みたいな……。


 やばいやばいやばい。何がやばいって……マジやばい。どれくらいやばいかと言うと……超やばい。

 意気揚々と最初の村を出たら目の前にラスボスが居た感じ。ひのきのぼうで勝てるわけないだろ!


 教室内で頭を抱えていると、好奇の目が俺に集まった。動物園のパンダはこんな気分なのかもしれない。

 逃げることも許されそうにないので、鉛より重い足を引きずって生徒会室へ向かうことにした。




 入りたくねえ。

 生徒会室の前に来ると、帰りたいという欲求が衝撃波となって押し寄せる。

 扉の前に居てもその中から放たれる威圧感で足が竦む。それこそラスボス前の緊張感に似ている。


 おかしいなー、今頃武道君とキャッキャウフフしながら「これからは君が主人公として頑張ってねー」「うん、柊木君の分まで頑張るよ!」なんて会話であいつに全てを押し付けていた頃なのに。


「入らないの?」


 その声に体も思考も止まる。

 ラスボスの声が扉越しに聞こえてしまった。今なんて言った? ザ〇? ザ〇キ?

 なんで俺がここに立ってることがわかるんだよ怖えよ……。

 ここまで来たからには逃げるわけにもいかない。そもそも逃げるなんて選択肢が無かったんですけどね。対戦相手の前で背中は見せられない!

 諦めの感情半分に、意を決して扉を開けた。


「やあ、久しぶりだね」

「……お久しぶりです、会長」


 黒塗りのソファー。高そうな食器棚。当校の学生たちが大会で持ち帰ったトロフィーや盾の数々。

 その奥に肘をついてこちらを見ている黒髪の女生徒。マジ怖ぇ。ラスボスってかマフィアのボスの風格。ファンタジーより現実の方が怖いんだぜ? この世界はフィクションだけど。

 そのボスは俺を視界に留めると、にこりと口角を上げた。


「やだなぁ、そんなに畏まらないでよ。昔のように鮮華って呼んでほしいな」

「あはは……」


 まともに笑うことすら出来ない。この人は昔から何考えてるかわかんねえ。

 恐らく、本人は俺の事を相当気に入っているようなんだけど、それは俺の心情とは関係ない。


 蓮城鮮華(れんじょうせんか)生徒会会長。生徒数千を超える常陽高校を統治する最強のボス。

 噂では教員すらその前に傅き、靴を舐めるほどの権力者。他にも悪漢に囲まれても一人で全員ぶちのめして忠実な犬にしたとか、実はこの国を裏で支配しているとか、野良猫に餌をあげようとして「にゃーん」と言ったら逃げられたとか、とにかくやばい噂が絶えない人だ。最後のだけやたら可愛いな。


「ほら、そんなところに立っていないで座ったらどうだい?」

「いやあ、鮮華先輩の前でそんな失礼なこと出来ませんよ」

「そうかい? 僕は灯君が椅子に座ろうと机に座ろうと、僕の膝に座ろうと怒りはしないよ」


 貼り付けたような笑顔でニコニコと笑う鮮華先輩。いつもニコニコしてるせいで、裏が読めない。その表情から感情が見えてこないんだ。

 現に今のも本人にとっては冗談のつもりかもしれないが、それさえ推測でしかない。冗談を言う時の顔じゃないんだよなぁ。


 あと話し方も怖いんだよ。サイコな青年みたいな喋り方やめてくれ。それ文字に起こしたらCV:石〇彰か内山〇輝にしかみえねえよ。途中で裏切ったり平気で人殺したりしそう。


 ともあれ、鮮華先輩の膝に座るわけにもいかない。俺はソファーに腰を下ろした。ちょっと座ってみたいですけどね! 命賭けることになりそうですけど!


「なーんだ、僕の膝じゃないのか。残念」

「残念って言うなら残念そうな顔してくれません?」


 ふふふ、と含みのあるわざとらしい笑顔に戦慄する。何なの、膝に毒針でも仕込んでたの?


 ただでさえ三大美女を四天王にしてしまいそうなほど綺麗な見た目をしている彼女を前に緊張しているというのに、そんな心霊映像よりも怖い笑顔を向けられると恐怖のあまり意識持っていかれそうだ。SAN値ピンチですよもう。

 だからAPP18のNPCには気をつけてってあれ程……言ってないですね。


「うーん、この距離じゃ話しにくいね」


 鮮華先輩はそう言って俺の前に座る。ああ、もう逃がさないって意味ですねわかります。

 今すぐ逃げ出したい俺vs絶対に逃がさない鮮花先輩という矛盾対決を制したのは当然鮮花先輩だ。

 彼女は腕を組んで不気味なほど完璧な笑顔をこちらに向けた。


「今日呼ばれた理由はわかるね?」

「ええ、まあ……」


 どれだろう。学校サボったこと? 生徒会に顔を出さなかったこと? この前鮮華先輩とすれ違っても挨拶しなかったこと? 罪状が多すぎてわかんねえよ。とにかく虱潰しだ。


「生徒会に顔を出さなくてすみません」

「残念。それじゃないよ」


 いや違うのかよ。一番それっぽいやつを選んだんだが。


「えっと、最近学校をサボったり遅刻したりしてること……ですかね」

「それも違う」


 ええ……もう挨拶くらいじゃん。挨拶ひとつで呼び出すのも怖いけど、時間を置いて呼び出されたって考えるとなお怖い。

 謝りに来る猶予を作ったのに自主的に来なかったとか責められそう。面倒臭い先生みたいだな。


「この前廊下ですれ違ったのに挨拶しなかった」

「それでもないね」


 万事休す。もう思いつきません。

 この人の逆鱗がどこにあるのかわからないせいで、いつの間にか触ってたとしても気付かねえんだ。


「正解は僕に会いに来なかったからでした」

「いやわかるか」


 やべえ、思わず口に出ちゃった。てへぺろ☆で許してくれません?


「僕と灯君の仲なのに、そんなこともわからないなんて残念だよ。もっと親密に、濃厚な交流をすべきだったかな?」

「次は正解するので勘弁してください……」


 濃厚な交流ってなんだよ。ちょっと気になるだろ。

 にしてもずっとニコニコしてんな。超怖いんだけど。機嫌良いの? 悪いの? もう分かんねえよ。


「ここ数ヶ月、僕は灯君の様子をずっと観察していたんだ。灯君の様子がおかしかったからね。するとどうだろう。僕には目もくれなかった君が、いろんな女の子と交流してるじゃないか」

「いやそれは俺にも事情があってですね……」


 てか何て? 観察? どこから?


「しばらく人との交流を避けていた灯君が、ここ数日で突然女の子を侍らせるようになったことに理由かぁ。僕を避けていた理由も含め、一体どんな言い訳を聞かせてくれるのかな?」


 笑顔を絶やさず首を傾げる鮮華先輩。ああもうダメだぁ、おしまいだぁ。

 胃に穴が開きそう。むしろ貫通して虚になれそう。


 アカリ先輩!とか呑気に呼んでくるあいつの声が恋しくなる。あの爆弾魔とは違ってこの人には嘘なんて通用しないし、適当な言い訳ではさらに突っ込まれるのが目に見えている。

 いっそ全部話すか? いやいや、鮮華先輩のことだ。面白がって校内放送で全て暴露しかねないな。


 ああでもないこうでもないと頭を抱えていると、目の前にティーカップが差し出された。


「お茶でも飲んで落ち着きなよ。何時間でも何日でも何年でも待っててあげるからさ」

「……自白剤とか入ってませんよね?」

「間接キスがお望みなら僕が先に飲もうか?」


 是非に!なんて言えるわけもなく、俺は軽く謝罪をして紅茶を啜った。

 仄かな甘みに舌鼓を打ちながら、鮮花先輩の様子を観察する。

 こうして対面するのは随分と久しぶりだが、相変わらず綺麗な人だと思う。すれ違う人は皆、その容姿に目を奪われるだろう。

 鮮花先輩が左手に持つ無地のティーカップでさえ、彼女のために作られたのではないかと勘違いしてしまうほど、その様子は絵になるものだった。

 しかし、それは同時にここから動く気は無いと暗に示しているわけで。


 何年も待つとか言ってるし、これは話すまでは帰らせてもらえないやつだな。話してくれるまで待ってるなんて優しい言葉は無いんですか? いや、目の前で待つって意味じゃなくてね。

 このままじゃ俺が骨になるか鮮華先輩に口説き落とされて全て自白するかのどちらかになってしまう。なんとか上手い切り抜け方を捻り出せ、俺!


「……俺は、人と関わるのに疲れたんです。昔のように人の中心に立って会話を回したり、色恋沙汰に巻き込まれたり、もううんざりなんですよ。最近女子に話しかけられていたのは偶然です。こちらからコンタクトを取ったりはしてませんし、取るつもりもありませんよ」


 とりあえず思いつく限りの言い訳を並べる。

 これで通用するかは定かではない(たぶん通用しない)が、事情を隠して話すにはこれが限界だ。

 実際、嘘はついていないし、どうにかこれで許してほしいものだ。

 ほんと許してほしい。許してくれたら何でも……いや、この人にそれを言うととんでもない注文をしてきそうだからそこまでは言えない。


 鮮華先輩は俺の話を聞くと、ふうっと息を吐いて、ティーカップをソーサーに戻す。その一連の所作でさえ、見蕩れてしまうほどに美しい。


「そう。確かに嘘はついていないね。何かを隠しているようだけれど、今は言及しないでおいてあげよう。灯君の勇士に免じてね」


 やっぱバレてた。この人の目には人の思考でも見えてんのか? 写〇眼なの?

 鮮花先輩は穏やかな笑顔を作り、首を傾げた。


「灯君は僕と話すのも嫌かい?」

「まあ、正直……鮮華先輩怖いですし」

「そこは素直なんだね。傷つくなぁ」


 本当に傷ついてる? ダイヤモンドよりもメンタル硬そうですけど。


「灯君が人との交流を避けたいと言うのなら、僕から一つ提案があったんだけれど、受理はされなさそうだ」

「……因みにどんな案ですか?」


 そんな方法があるなら是非試してみたい。そうすりゃ俺も晴れて──


「灯君と僕が付き合う」


 雷雨待ったナシ! 暴風波浪警報発令! 近隣住民は即座に避難!

 付き合うんじゃなくて飼われるの間違いだろ、それ。主人公からは脱却したくても、人間としての尊厳を失うわけにはいかない。


 ……いやしかし、よくよく考えりゃ合理的でもあるか。

 形だけでも鮮華先輩と付き合っているということにしておけば、ヒロイン候補たちは俺に関わる理由がなくなる。鮮華先輩が隣に居りゃ誰かに話しかけられることもないだろうし。

 まあ、単に鮮華先輩ルート直行ってだけなんですけどね。結局バッドエンドじゃねえか。


「それは確かに無しの方向で……」

「残念。僕の初めての告白だったのに」


 え、本気で言ってたの? それならちょっと考えさせて……やっぱ無理怖い。

 鮮華先輩と付き合えるなんて、美人女優と付き合うこととなんら遜色ない……どころかそれ以上の価値があるのは確かだが、その代償として俺の人生が終わる。代償がでかすぎるんだよ。


 メリットとデメリットを天秤にかけた結果、やはり鮮花先輩とは付き合えないという結論に至った俺は、すっかり冷えた紅茶を飲み干した。

 そろそろ話は終わりだろうか。いつの間にか外も暗くなってしまった。武道はもう帰ってしまっただろうか。

 コトンとティーカップを置いた鮮花先輩は改めてこちらに向き直る。


「灯君」

「なんです?」


 彼女がすらりと長い脚を組むと、思わずそのスカートに目が行ってしまった。

 鮮華先輩のことだから俺の位置から見えないようにしているのはわかっているし、黒タイツのせいでその中を拝むことは不可能だと理解している。

 それでも男児たるもの仕方ないことなんだ。ダイ〇ン並みの吸引力があるんだよあれ。

 諦めて視線を持ち上げると、いつもの笑顔はなりを潜め、真剣な面持ちの彼女の姿が映った。


「僕は灯君の味方だよ。君はそう思っていないかもしれないけどね。君は大事な生徒会の一員で、常陽高校の生徒だ。それに、僕の想い人でもある。だから、本当に悩んでいることがあって、どうしても解決できないと行き詰まったら、僕のところにおいで。僕は、僕の全てを以て君の抱える悩みを解決するよ」


 いつになく誠実なその目に思わず動揺する。何なんだよこの人。想い人とか言われたらちょっとドキッとしちゃうじゃん。もしかすると俺が攻略対象だったのかもしれない。


 彼女の真意がどうであれ、その言葉は正直嬉しかった。

 俺が一人取り残されたようにさえ感じるこの世界で、それでも俺のことを支えようとしてくれる人が居るんだという、安心感に似た感情が込み上げる。


 鮮花先輩は、冗談を冗談と見抜けない顔で言うし、いつもニコニコ笑っているせいで感情が読めず、掴みどころがない人だ。

 しかし、真摯に向き合ってくれようとする鮮華先輩を見ていると、少し思うところもあって、俺も姿勢を正して彼女に向き直った。


「ありがとうございます。もしかしたらすぐに頼ることになるかもしれませんね」


 俺のやることは変わらない。

 武道に主人公を押し付けて、この物語から降りる。そのためには武道と接触し、ヒロインと彼との交流を深めなければならない。

 くだらない物語の主人公をマリオネットが如く演じ続けるのは嫌なんだ。

 そのためなら俺は、神だろうと悪魔だろうとラスボスのような生徒会長だろうと頼りにしたい。


 俺の言葉を聞いた鮮華先輩は再び笑顔を見せた。

 そして、話は終わったと言わんばかりに紅茶を飲み干す。その様子を見て俺は「お先に失礼します」と頭を下げて立ち上がった。


「ああ、灯君」


 鮮華先輩はティーカップをソーサーに戻してこちらに目を向ける。


「悩みだけじゃなく、僕と付き合いたくなった時にも会いに来てくれていいからね」

「……考えておきます」


 それが冗談か本心か、俺には分からない。

 やはり蓮城鮮花は掴みどころのない人だと思った。

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