第十二話 ギャル少女とモブ男
学校とは一体何なのか。
古くはメソポタミア文明、紀元前三千年には存在したという。幼児、児童、生徒、学生に対して教育制度の中核的役割を果たす機関。へー、ふーん、そうなんだー。
学校に行かなくてもいい理由を探しすぎて無駄な知識ばかり身についた。マジで無駄知識。日本では平安時代からあったらしい。どこで使うんだよ、それ。
スマホで余計なことを調べていたせいで、いつの間にか学校に着いていた。言い訳考えてねえよどうすんだ。
校門の前で一限を終えるチャイムが鳴った。タイミング的にはちょうどいい。この後のこと考えるともう少し時間が欲しかったけど。
どれだけ頭を捻っても都合の良い言い訳は思いつかなかった。頭が良い設定ならもう少し機転が利いても良いと思うんだが。
そう自分を呪っても現状は変わらないため、俺は諦めて職員室へと向かった。
「柊木」
背後からの声に畏まる。あまり出来が良くないロボットのようにガチガチに固まった体を無理やり後ろに向けた。
「なんだ、三枝先生ですか」
「なんだじゃないけどな。そろそろ看過できないぞ」
ですよねー。幾度となくサボりを見逃してくれた三枝先生でもそろそろ我慢の限界だろう。仏の顔も三度まで。三枝先生は仏と呼ぶには程遠い顔してるけど。
「とりあえず今日は妹が病気で休んだからその世話だって事にしておいた。お前がうつしたことにすりゃ通るだろ」
何この人仏ですか?
と言うか、五分の一くらい合ってて怖いんですけど。いや妹ってところしか合ってねえや。六十分の一くらい? 度合いはどうだっていい。
俺は三枝神の慈悲を賜るように頭を深く下げた。
「ありがたき幸せ……」
「ただ、代わりにお前には指令を与えよう」
わあ、交換条件ってやつですね!
教師がやっていいことじゃねえな。この人本当に教員免許持ってるの?
「三枝先生の仰せのままに」
訝しんでもお口は正直らしい。見逃してもらえるなら何だってしますよ! 靴舐め、靴磨き、中敷の交換……靴のことばっかだな。
三枝先生は呆れたようにため息をついて、その指令の内容を提示した。
「汐留結奈に授業を受けさせろ」
「……はい?」
初めて聞く名前ですねーははは。笑えねえよ。
ここで出てくるのか汐留結奈。最近見ねえと思って油断してた。
俺が主人公だった頃のヒロイン枠としては出てこない方が不自然か。俺は主人公から脱却したし自然だったのでは?
まずいな。汐留に会うことよりも、主人公を武道に押し付けられてないことが。
こうも元ヒロイン候補との接触イベントが発生していては、主人公脱却の道が遠のくばかりだ。
そもそも、武道に接触する時間が全くと言っていいほど無い。やはり三枝先生でさえもNPCの一人に過ぎないのか。
そろそろ武道と話をしなければ取り返しがつかないことになりそうだな。今日の放課後こそは確実に……。
俺が暗躍していることなど露知らず、三枝先生は話を進める。
「汐留は学校には来てるようだが、ここ数週間は授業に全く顔を出していない。柊木は仲が良かったし、お前なら説得できると思ってる。頼んだぞ」
頼んだぞ、じゃないんですけど。受けるとは言ってないんですけど。いや拒否権はないんですけどね。
三枝先生は言いたいことだけ言うと職員室に入ってしまった。流石に中まで追いかけて無理ですとは言えない。
そんなことをすると、代償として他の先生からの集中砲火が待ってる。蜂の巣にされちゃうよ。
あ、でも蜂の巣になって蜂蜜を待っているだけの生活も悪くないかも。
最後は黄色い熊に食べられるんですねわかります。
とまあ、お咎めは今回も特になかったが、代わりに厄介事を押し付けられることになった。
汐留に授業を受けさせろって言われてもなぁ……。学校に来てるなら、探せばいずれ見つかるだろうか。
しかし、探すとしても昼休みだな。これ以上授業をブッチするわけにもいかないし。
メインヒロイン武道君の攻略がだんだん遠のいちゃうよぉ。
時間は飛んで迎えた昼休み。
飯なんて食ってる場合じゃない。見つけられませんでしたーなんて報告したら放課後まで汐留探しに浪費させられるに決まってる。
そうと決まれば早速探しに行こう。一人になりたいやつが向かう先なんて絞られている。
大方、校舎裏か体育館裏、部室棟にトイレ、それに空き教室辺りだろう。空き教室が多過ぎること以外は特に懸念すべきこともない。
はずだったのに。
「アカリせんぱーい!」
教室から出ようとした俺の正面に現れたのは、言うまでもない活発な村娘、三雲だ。緊急イベント発生しましたね、ふざけんな。
「やあ三雲君こんにちは。またねばいばい」
適当に流して立ち去ろうとする俺の腕を三雲が引っ張る。力が強過ぎるんだよ、転びそうになったでしょうが。村娘じゃなくて村の近くで暴れてるゴリラがちょうどいいな、うん。
「どこに行くんですか? 私と付き合ってくれるって約束しましたよね?」
「誤解を生みそうな言い方やめろ」
ほらもう声でかすぎて注目集めてるじゃないですかヤダー。付き合ってるの部分強調してんじゃねえよ。誤解が生まれても俺は認知しないぞ。
三雲の手を軽く払い、俺は再び彼女に背を向けた。
「やることがあるんだよ。後にしてくれ」
「え、私も手伝います! 暇ですから!」
何この子、クラスにも友達居ないの?
まあでも、人手が多いに越したことはない……か?
三雲なら学校中を走り回ってでも探してくれそうだし。まーた汗だくになっちゃうよ。俺の朝の時間を返せ。
「連れてってくれないと、先輩がおっぱ」
「よし行こう今すぐ行こう!」
ゴリラから爆弾魔に転職した三雲の口を塞いで教室から逃げる。マジとんでもねえもん抱えちまった。恨むぜ、過去の俺よ。
三雲を連れて、一先ず人が居ない教室に避難した。またお世話になります、多目的室先輩。
「強制わいせつの次は拉致ですか! 先輩非道! 鬼畜! 変態!」
「うるせえ、一旦黙れ」
三雲の相手をしていると余計に疲れる。燃費の悪さが半端じゃない。ムルシエラゴかよ。
三雲の相手をしているくらいなら、他の元ヒロイン候補相手にしてる方がまだマシだ。いややっぱどっちも勘弁してほしい。こいつ一人をあしらう方が主人公脱却という意味ではなんとかなりそう。なんとかなるのか?
ともあれ、今は目的の達成だ。
「俺は人探しをしなきゃならない」
「誰ですか?」
「汐留結奈って生徒だ。知ってるか?」
「汐留先輩ですか!」
あれ、こいつ面識があるのか? 俺が見てる前では対面したこと無いはずだが。
「って誰です?」
「お前一回シバいていいか?」
女の顔を殴りたいと思ったのは生まれて初めてだ。三雲のコントに付き合ってる暇は無いんだっての。
こいつは役に立たない。そうと分かれば放置だ、放置。
三枝先生曰く、汐留は学校には来ているらしいが、これだけ広い学校だ。場所が絞れるとしても、そこから特定の人物を探し出すのは骨が折れる。マジ疲労骨折しそう。メンタルが。
「とりあえずお前はついてくるだけでいい。ただし、大人しくしてろ」
「話し相手になってくれるって言ったじゃないですか!」
「じゃあ相手してやるから余計なことは喋るな」
「そ、それは……私たちの関係は皆には内緒ということですか!?」
「ああもうそれでいい」
「うるさいんだけど」
ああ言えばこう言う。昨日のしおらしい三雲を返してほしい。
って、あれ……?
突如介入した声の出処を探して教室内を見渡すと、教室の後ろの方で大きく欠伸をしている女生徒が居た。
派手な金髪にピアス。中が見えてしまいそうなほど際どいスカート。胸元がざっくり開いたブラウスと原型を留めていない程に着崩した学校指定のブレザー。
おいおいマジかよ。三雲って実は幸運の女神だったのか?
……いやそれは無いな。どちらかと言うと不運の道化だ。
しかしながらこんな所で見つかるとは僥倖だった。
女子生徒は俺と目が合うと、きょとんと首を傾げた。
「ああ、柊木じゃん。何してんの、こんな所で」
「それはこっちのセリフだ、汐留」
汐留結奈は猫のように大きな瞳をぱちぱちと瞬かせて、頭に疑問符を浮かべていた。
「誰かが昼寝の邪魔してると思ったら、まさか柊木だったとはね」
寄せた机の上で寝ていた汐留はぴょんと起き上がって、うんと背伸びをした。
汐留結奈。この学校では珍しい、ヤンキー……と言うかギャル系の女子生徒であり、ヒロイン候補の一人だったやつ。そして、俺の探し人だ。
「こんな所で何してんの? 彼女と密会?」
「違えよ。お前を探してたんだ」
「うち? もしかして修羅場?」
「違うっての」
「先輩酷いです! 私というものがありながら!」
「ちょっと静かにしてもらっていい?」
やっぱり三雲がいると話があらぬ方向へ向かってしまう。会話のキャッチボールって言葉を知らんのか、大暴投ばっか投げやがって。そんな選手さっさとクビにしてしまえ。
まあいい。こいつに構ってる暇はないんだ。さっさと要件を済ませよう。男ならいつでもストレート!
「汐留、お前授業受けずに何してんだ? 三枝先生が心配してたぞ」
「柊木には関係ないじゃん。三枝本人が来れば?」
確かに。正論過ぎて納得せざるを得ない。ちゃんと変化球織り交ぜるべきでしたか?
見事にバックスクリーンに叩き込まれたせいで返す言葉もない。
だが、ここで諦めりゃ三枝先生の約束も無かったことになっちまう。諦めたら試合終了ですよって安〇先生も言ってた。サヨナラホームランから勝てる未来はありますか?
「三枝先生にも説得されたんじゃないのか?」
「されてないけど」
嘘だろあの教師……。
説得したけど無理だった、とかそういうのじゃねえのか。最初から全部丸投げしたのかよあの人。
「先輩ダメですよ」
やれやれと首を振りながら、三雲が俺の前に立つ。三雲……もしかしてお前も一緒に説得を──
「学校に遅刻した先輩が言っても説得力ありません!」
そう言ってビシッと俺に指をさす三雲。その指何? 折っていい?
「なーんだ。柊木もサボってんじゃん。一緒だね」
そうだねー。むしろ学校には来てる分、汐留の方がしっかりしてるねー。
「でも、なんで授業を受けないのかだけは教えてほしいです」
急に声のトーンを落とし、三雲が汐留に向き直る。こいつ、もしかして良い奴では?
「一年生の子? あんたは柊木の何?」
「私はアカリ先輩の彼女です」
「違うが?」
汐留の睨みに臆することもなく三雲が答える。嘘さえつかなきゃ完璧だったな。今ので全部台無しだよ。
「彼女が出しゃばってこないでよ。うちにはうちの悩みがあんの」
「悩みってなんですか? 授業を受けなくていい理由になるんですか?」
「彼女じゃないって言ってるよね?」
俺の声が届いていないのか、はたまた聞こえていて無視をしているのか。バチバチと火花を散らす両者は、しばらく無言のまま向き合う。
そうですか僕は蚊帳の外ですか。虫刺され嫌だから中に入れてもらっていいですか?
先に沈黙を破ったのは、呆れたように頭を抱える汐留だった。
「知りたいなら柊木に聞けばいいじゃん。そいつなら心当たりあるでしょ」
「どういうことですかアカリ先輩!」
どういうことですか!? 全く思い当たる節が無いんだが。
これまでの記憶を辿ってみても、やはり汐留が授業に出なくなった理由が思いつかない。
汐留は何も言わない俺を見かねて、諦めた様子で俺たちに背を向けた。
「とにかく、うちには関わらないで」
「あ、おい! まだ話は」
「あんたの話なんて聞きたくない」
そのまま止める間もなく教室を出て行ってしまった。
汐留が授業に出ない原因が俺? どういうことだってばよ。
増えてしまった悩みの種に呆然としていると、昼休みの終わりを告げるチャイムが虚しく鳴り響いた。




