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救世のメスブタ女神  作者: ワナリ
第1章:傷だらけの女神
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09『鍵』

 

 ヴェルカノンが――前に出る。


 無言で僕とマルヤから離れた彼女の両腕には打撃用のガントレット、両足にはすね当ての付いた金属製のブーツが一瞬で装着されていた。


 そして両腕を構え、ファイティグポーズを取るヴェルカノン――ガズルの説得を諦めたマルヤの指示で、今から彼女は戦神(いくさがみ)として、討伐対象であるガズルを抹殺する気なのだ。


「ほお、この前は無抵抗でボコボコにされてたくせに、今度はやる気なのか?」


「あなた程度の拳では、私の『贖罪』にはならないと分かりましたので」


 ガズルの挑発に、ヴェルカノンが落ち着いた声で応じる。


(贖罪――⁉︎)


 その一言が、僕の胸に突き刺さった。


「ケッ、あれが噂の『贖罪の女神』様の苦行だったってえのか? まあいい。あんときゃ、そこのガキが邪魔に入りやがったせいで、頭半分吹っ飛ばされが……まぐれ当たりは二度はねえぞ」


 ガズルが不敵に笑いながら、頭部の欠けた部分をなでる。


(そうか、あの時の蹴りが――!)


 人間だった僕が、ガズルに鎌で斬られた時、倒れながら見た閃光の様なヴェルカノンの蹴り。

 あれが、ガズルの頭部を吹き飛ばすほどの一撃だった事を知った僕は、今さらながらそれに驚く。


 だが、それよりも気になったのは、やはり『贖罪の女神』という言葉だ。


 ヴェルカノンが、一方的に殴打され続けていたあの光景。

 僕も彼女を(さいな)みたいと思った、あの被虐に満ちた恍惚の笑みは、ガズルの言葉を信じるなら、何かの贖罪のためだったという事になる。


 ――ヴェルカノン、いったい君は何を背負ってるんだ?


 そんな僕の身勝手な詮索は、この緊迫した状況下では、答えが得られるはずもなく、


「まだ頭の再生が追っついてねえが、体は五体満足だ――いくぜ!」


 と、ガズルが雄叫びを上げながら、ついに飛び出してくる。


 そして繰り出されたのは、目にも留まらぬ速さの連続パンチ。

 前回はこれを食らい続けて、ヴェルカノンはサンドバッグ状態になっていたのだ。


 僕とマルヤが息を呑む。もしまたヴェルカノンが同じ様に、ガズルに打たれ続けるのなら、討伐は失敗する。どころか、その後に待っているのは僕らの死なのだ。


 だが――


 ヴェルカノンは、まるで人が変わった様にガズルの拳を、ガントレットの籠手部分で受け流し続け、体へのダメージを一切許していなかった。

 しかもその動きは軽やかで、まったく息を切らす事もなく、余裕すら感じさせている。


「すごい……」


 呆然としたマルヤが、口を開けたまま感嘆の声を漏らす。

 これがヴェルカノンの真の実力――それなら本当に彼女はあの時、何かの贖罪のために『わざと』ガズルに殴られ続けていた事になる。


 同時に僕は、あの時ヴェルカノンが反撃の蹴りを放つ寸前、「その程度ですか」という物足りなげな声を発していた事を思い出し、その意味を考える。


 何のための贖罪かは分からないが、ガズルの拳ではそれを果たせないと、ヴェルカノンはあの時点で見切りをつけたに違いない。

 そしてその後、絶命寸前の僕が送った、「君は僕のものだ」という思いに、彼女は悦びに震える目で、「はい、ご主人様」と答えてくれた。


 それなら――


(ヴェルカノンは、今目の前にいる屈強な戦神(いくさがみ)では得られないものを、僕に服従する事で満たせると思ってくれたんだ。彼女は僕に(さいな)まれたいんだ。僕は選ばれたんだ――。アハッ、アハハハッ)


 また僕の心が勝手に笑っている。他人が命のやり取りをしている現場で、どうかしている。以前の僕なら思いもしなかった感情に、まるで別の人格が心にいる様な違和感を感じる。


 本当に僕は、ヴェルカノンという存在に魅せられてしまったらしい――そう考える事で、どうにか自分を納得させた。


 でも、何かが足りない。追えば逃げ、逃げれば追う様な、僕たちの『(いびつ)な絆』はどうすれば真に結ばれるのだろうか。

 ふと僕の脳裏には、レジーラという銀髪の女神が言っていた、『鍵』という言葉が浮かび上がっていた。


「ほお、ただの殴られ好きかと思ってたが、こんな力を隠していやがったとはな」


 その時、戦場では攻撃が通らない展開に()れたガズルが、その動きを動きを止めながら、


「なら……こっちも本気出させてもらうぜ!」


 と叫ぶなり、僕を斬り裂き殺した、あの刃の長い大鎌を出現させてきた。


「今度こそ、お前の体をブチ抜いてやるぜ」


「あなたごときの粗末なモノで、私を貫けるとでもお思いですか?」


 挑発に挑発で応酬する両者。


「ほざけ!」


 今度は大鎌を、目にも留まらぬ速さで、またガズルが繰り出してくる。

 それをヴェルカノンは、またガントレットで受け続けるが、鎌による斬撃はその重さが違う様子だった。


 激しい金属音と火花が飛び散る中、次第に浅手ながらヴェルカノンの体にも傷が付き、鮮血が(あで)やかな華の様に舞い始める。


「まずいわね」


 マルヤが、ガズル寄りになっていく戦況に対し、そう言った。

 だが僕は、それとは違う『まずさ』を感じていた。


 何がまずいのか――それは新たな難局に対し、ヴェルカノンが笑みを浮かべている事だ。そう、あの加虐に対する恍惚の笑みを。


 ヴェルカノンの実力は、おそらくガズルを凌駕している。

 でも彼女は、おそらく染み付いた被虐性が、苦難に対して自動的に発動してしまう体質なのだろう。


(やめろ、やめろ、やめろ!)


 また僕の心が叫び出す。でも今度は、誰でもない自分自身の本当の声だった。

 それはヴェルカノンが僕以外に(さいな)まれるのを許せない、嫉妬にも似た感情。


(お前にヴェルカノンを(さいな)む権利なんてない!)


 そう叫び、体が動き出しそうになる。そして――他人に身を委ねる彼女にたまらず――また僕はこの身を、刃の前に差し出してしまうのか。


 『鍵』を開けられなければまた僕は死ぬ――とは、そういう意味だったのか。

 なら『鍵』を開けるとはどういう事だ? どうすればヴェルカノンを変えられる? いったい『鍵』とはなんだ⁉︎


 募る焦りに、戦場を睨みつけていると、


「へっ、いい顔する様になったじゃねえか――このメスブタ女神が!」


 意図的な守勢の中で、被虐に溺れ笑うヴェルカノンを、ガズルがそう罵った。


 ――ドクン!


 その瞬間、僕の鼓動が怒りのうめきを上げる。


(そうだ……彼女はメスブタだ。でも彼女をメスブタと呼んでいいのは――僕だけだ!)


 同時にすべての謎が解けた。


 ヴェルカノン、君は僕ならできると――その満たされない心の『鍵』を開けてもらえると思ったはずだ。

 それなら僕も心のままに、君を縛り付ける。

 君の苦行がすべて終わるまで、僕が(さいな)み続けてあげよう。

 だから、その悦びに満ちた顔は僕だけのものだ。

 僕は君の、ご主人様だ。

 君を――誰にも渡しはしない!


 とめどなく湧き上がる感情――。


(これは、きっと愛だ。僕はあのメスブタを愛している。この思いこそが――ヴェルカノンを解き放つ『鍵』だ!)


 それは、もはや悟りの境地だった。


緊縛の鎖(ボンデージ・チェーン)!」


 僕は叫び、両手から下卑た欲望に満ちた『神の権能』を発現させる。

 そして、放たれた鎖がまるで触手の様に、ヴェルカノンの五体に絡みついてく。


 それを乱暴にたぐり寄せ、ヴェルカノンを無理矢理、僕の手元まで引き戻した時――彼女の体には『ある変化』が起こっていた。


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