表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
救世のメスブタ女神  作者: ワナリ
第1章:傷だらけの女神
7/52

07『システム』

 

「マルヤ、あなたにヴェルカノンをもう一度預けます。大天使としては異例の事ですが、目付神(めつけがみ)としてガズルの討伐――今度こそ、やり遂げてみせなさい」


 テルメメロイからの言葉に、僕は耳を疑う。

 それはマルヤも同じだった様で、


「あの……ほ、本当ですか……?」


 そう言って、ポカンと口を開けたまま、次の言葉が出てこない。


 審問だと思って出頭した僕とマルヤ――そこで告げられたのは、処罰ではなく指令だった。


 ――これは、おかしい。


 直感で僕は思う。


 自身が望んだ要求が通った事に、マルヤは無邪気に浮かれているが、昨日退けられた事が一夜明けて、手のひら返しで受け入れられるなど、裏に何かあるに違いない。


 そう思いながらも、ヴェルカノンという名前を聞いた瞬間、僕の心もざわついている。


 それを見透かした様に、


「ショーカ、あなたもマルヤ付きの天使として同行しなさい」


 テルメメロイが微笑みながら、僕の顔を見てそう言ってくる。

 でも僕の感受性は、そんなテルメメロイの顔に、わずかな良心の呵責の様なものが隠れている事を見逃さなかった。


 ――やはり何かある。


 まともに考えれば、ここは辞退するべきだが、ヴェルカノンが絡んでいる事で僕の判断も、危険回避と欲望との天秤の中に揺れ動く。

 もし、そこまで計算に入っているとしたら、事態はもっと深刻だという事になる。


 冷静になってみれば、僕が転生を告げられた時と同じ荘厳な部屋には、テルメメロイ一人しかいない。

 ならこれは議会ではない。彼女の一存による指令という事になる。


 それに気付いた僕に、二の句を継がせないかの様に、


「では、レジーラの所でヴェルカノンと合流しなさい。マルヤ、成果次第では、あなたの下級神への復帰も検討します。頑張るのですよ」


 テルメメロイは激励の言葉をもって、話を締めくくりにかかり、マルヤも神への復帰をほのめかされ、有頂天の気分のままに、「はい!」と笑顔でそれに応じてしまう。

 これで事は決まってしまった。


 内心、舌打ちしたい思いだったが、この流れの中にある作為をどれだけ暴こうとしても、老練な上級神の前には、僕が抗弁したところで、きっと無駄な事だったに違いない。


 しかもこれは依頼ではなく、指令だ。

 不意に僕の脳裏に、昨日遭遇したレジーラという女神の、意味深な態度が思い起こされる。


 神様に対して不敬な言い方かもしれないが、もしレジーラとテルメメロイが、グルになっていたとしたら、なんとなくだがこの流れの辻褄が合う様な気がした。


 なら、そのレジーラの所に行けば、少しは全貌が見えてくるかもしれない。


(どうせ抗えないなら、ここは腹をくくるしかない)


 そう覚悟を決めた僕だったが、その中にヴェルカノンに会えるという、利己的な欲望が含まれていた事は否定できなかった。


 そして僕とマルヤは、再びレジーラの屋敷の前まで到着する。


「レジーラ様。大天使マルヤ、ガズル討伐の命を賜り、目付神(めつけがみ)として戦神(いくさがみ)ヴェルカノンを預かるべく、只今参上いたしました」


 いつものツンツンモードから一変した、マルヤの折り目正しく、恭しい態度と口上に僕は驚く。


(こんな事もできるのか!)


 目を丸くする僕に構わずマルヤは足を進めると、屋敷の扉がまるで自動ドアの様に開く。

 それは前回の不法侵入の時とは違い、僕たちが招かれるべき来訪者という事を意味していた。


「よく来たな」


「大天使マルヤ、天使ショーカ、まかり越しました」


 暗い部屋の中央で、椅子にふんぞり返った姿勢で待ち構えていたレジーラの言葉に、マルヤがまた恭しい口調で拝礼する。


 ここに来るのは二度目だが、どうにもこの(よど)んだ雰囲気はなじめない。

 元下級神のマルヤがここまで礼を尽くさければならない点からみても、レジーラというのはそれなりの地位の神なのだろうが、それならなおさら、なぜその屋敷がこんなお化け屋敷みたいに暗く不気味なのだろうかと、僕の心はさらに警戒を深めていく。


 それを見抜いたかの様に、


「また会ったな――少年」


 とレジーラは、その長い銀髪の中にある顔に薄笑いを浮かべながら、いきなり僕に声をかけてきた。


 少年と言うが僕は十八歳だ。まあ神様の事だからその何千、何万年という人生から見れば、僕なんてまだ少年なのかもしれないが、とにかく違和感だけは拭えなかった。


「少年……お前に一応、システムを説明しておいてやろう」


 続けてレジーラがそう言ってくる。

 昨日の『鍵』という謎かけの様な言葉といい、今の『システム』といい、彼女の言葉には何か聞く者を惹きつける魅惑の響きがあった。


「今からお前は――神を殺しにいく」


 天界に来てから、もっとも衝撃的な言葉が飛び出してくる。


 神を殺す――という事は、ガズルという討伐対象もまた神という事なのか。僕は緊張しながら次の言葉を待つ。


「神とは数多の世界を創造し、それを発展に導く存在……。だが一枚岩ではない。創造における意見の相違もあれば、上下関係への不満もあり……当然、その中から離脱者も出てくる。神といえども、根本は人間と何も変わりはしない」


 レジーラの発言は、己も神でありながら、その存在をせせら笑っている様にも聞こえた。


「お前の元いた世界で『悪魔』と呼んでいる存在。それもまた神さ」


「――――⁉︎」


「ただの呼び方の違いだよ。堕天使を考えれば分かりやすいだろう。自分たちから離脱した者を、神は蔑みそう呼ばせたのさ。まあ我々はそれを正しき創造を妨げる存在――異端神『ノイズ』と呼んでいるがな」


「ノイズ……」


 あまりのスケールの大きさに呆然とする僕に構わず、話は進んでいく。


「天界から離脱した『ノイズ』たちは、別世界に己が描く理想郷――新たなる天界を創造しようした。だが体制側がそれを許すはずがない。そこでその討伐のために、新たに創造されたのが――戦神(いくさがみ)だ」


 人が知る由もない、神々の世界の思惑。その中に出てきた『戦神(いくさがみ)』という言葉を聞いた瞬間、僕の心はまたざわつき始める。


「同胞殺しという汚れ役を担う戦神(いくさがみ)。だが用意周到な神々は、それに鎖を付けておく事を忘れなかった……それがお前が放った『緊縛の鎖』さ」


「――――!」


 無我夢中で発現させた神の権能。それが対戦神(いくさがみ)用の枷であった事に息を呑む。


「圧倒的な戦闘能力を持つ戦神(いくさがみ)だが、『緊縛の鎖』には決して抗えない。もし反逆すれば、それによって必ず(くび)り殺される……。悪趣味極まりないシステムだが、そのおかげで神々は自分たちにとって安全な駒を手にいれたのさ」


 あの鎖にそこまでの力が――いや、でもマルヤの鎖はヴェルカノンに、僕の鎖は第三者ながら目の前にいるレジーラに断ち切られたじゃないか。


「お前の考えている事は分かっている。そうだ、鎖は打つ側と拘束される側の、力関係で成否が分かれる。だから戦神(いくさがみ)の行動には、適切な『目付神(めつけがみ)』の同行が必要になるのだ」


 僕の考えを先読みした上で、目付神(めつけがみ)の存在意義をも合わせて説明するレジーラの底知れなさに、背筋が寒くなる。


 だが同時に疑問も湧き上がる――それならヴェルカノンの拘束に失敗したマルヤを、なぜ今また目付神(めつけがみ)として指名したのか。

 やはりおかしい。いったい何を企んでいる。


 そう思い、それを問いただそうとしたが、やはりレジーラは一枚も二枚も上手(うわて)だった。


 闇の中に浮かび上がる影――このタイミングでレジーラは、ヴェルカノンを登場させてきた。

 当然、僕の心は彼女に釘付けになり、発するべき言葉をすべて忘れてしまう。


 抑えきれない支配欲が、また僕の意思を無視しながら、レジーラの前で無表情にたたずむヴェルカノンに向けられる。

 テルメメロイに続き、レジーラに対しても、また僕は無力なまま、手のひらで踊らされていく。


「討伐対象のノイズは、戦神(いくさがみ)ガズル――。大天使マルヤ、目付神(めつけがみ)として戦神(いくさがみ)ヴェルカノンを預ける。ただちにガズルが潜伏する世界、地球に向かいこれを討ち果たせ!」


 話を打ち切る様なレジーラの指令。


「かしこまりました!」


 それにマルヤが恭しく拝命すると同時に――なんとレジーラはヴェルカノンの背中を勢いよく蹴り飛ばした。


 足をもつれさせ、僕とマルヤの前に転がり突っ伏すヴェルカノン。

 戦神(いくさがみ)は神々の中でも最下層の忌まれる存在と、ヴェルカノン自身も言っていたが、それにしても扱いがひどすぎる。


 僕がそれに抗議しようとすると、


「少年。私とお前は……気が合うと思う」


 またも先手を打ってきたレジーラが、そう言いながら加虐的な笑みを浮かべる。

 次の瞬間、それに呼応する様に、なぜか僕は足元のヴェルカノンに視線を移していた。


 地面スレスレで顔を上げたヴェルカノンが、被虐的な喜びに笑っている――そして、それを上から見下ろす僕も、言葉にできない征服感に興奮を覚えていた。


(アハッ、アハハハッ)


 心の中に響く、自分の下卑た笑い声に恐怖すら感じる。でもその時の僕は、間違いなく満たされていた。


 そんな僕を満足気に見つめるレジーラに気付き、ハッと我に返る。また僕は自分を見失いそうになっていた。


「いいか少年。ガズルはお前を殺したノイズだ。『鍵』を開けられなければ、お前はまた死ぬ事になる。できれば、また会いたいものだな」


 そう言い残し、闇の中へと溶けていくレジーラ。


 気が付けば、もうヴェルカノンは何事もなかったかの様に、マルヤの隣に立っていた。


 ――再び告げられた『鍵』という謎の言葉。


 それを考える間もなく、「行くわよ!」というマルヤの声で、僕は元いた世界――地球へ、天使として降り立つ事になるのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ