41『剣の言葉』
無我夢中だった。
激しい金属音の後、腕が折れるかと思うほどの衝撃が伝わってきた。
僕を両断せんと振り下ろされたアーデンの斬撃。
それを僕は鎖で奪い取った彼の剣で、全力で打ち払ったのだ。
なぜそんな事ができたのか?
僕に剣術の心得などない。火事場の馬鹿力というには、度を超えている。
それでも僕は無意識のうちに、剣を取っていたらしい。
――どうした、そこまでか⁉︎
確かに聞こえたアーデンの心の声。まるでそれが、僕に未知の力を与えてくれた様に思えてならなかった。
「フン!」
気合いと共に、今度は横薙ぎの軌道で斬撃が襲ってくる。
それをまた僕は、渾身の力で打ち払う。
アーデンの剣は重い。一撃、一撃がまるでハンマーの様だ。
それを何度も繰り返すうち、僕は気付く。
斬撃の重さもさる事ながら、今、自分が握っている剣もなんて重いんだと。
竹刀や模造刀とは訳が違う――これが生命を奪う事を目的とした『真剣』の重さなのか。
僕とアーデンの剣が火花を散らす。
その最中――なぜかアーデンの顔が不敵に笑っていた。
僕をみくびっている? いや、彼の表情はこの状況を楽しんでいる様に見える。
なぜなら、お互いの命を懸けた戦いにもかかわらず、僕もこの状況に言葉にできない有意義さを感じていたからだ。
だから僕は声を上げる。
「アーデン! 僕はなぜ、あなたが天界に反旗を翻したのか知っている!」
「…………」
斬撃戦の中、アーデンは何も答えない。
それに構わず、僕は叫び続ける。
「僕は鎖で、リュルルを支配した――。あの子の記憶の中に、天界の仕打ちに絶望するあなたの姿があったんだ!」
使い捨ての道具の様に扱われる戦神。彼らが転生を許されていないという事実は、僕にとっても衝撃だった。
「それを知ってどうする?」
言葉を返してくれた、アーデンの表情が険しくなる。
それでも怯む事なく、
「僕も天界のやり方には納得していない! だから、あなたの気持ちだって理解できるんだ!」
僕はアーデンという漢に伝えたかった思いを、ここで口にする。
「フン、理解するだけでは何も状況は変わらんぞ!」
一際鋭い剣線と共に、彼が僕の甘さを指摘する。
「分かっています! でも僕だって、このバルメドールを救いたい!」
アーデンの剣を打ち払うと、僕は胸に抱いていた彼への思いを伝える。
「僕だって見たんだ。天界が人間を消した『無人』の街を! 抵抗できなくて降伏しただけで消されるなんて、あまりに理不尽だ! だから、僕はこの世界を救うために戦うと決めたんだ! あなただって、きっと同じなんでしょう⁉︎」
「――――!」
アーデンが声を詰まらせる。
続く斬撃戦の中、僕の問いかけは続く。
「僕は真実を知りたい! なぜ、世界が――六道世界がこうなってしまったのかを! あなただって同じはずだ! だから僕たちは、きっと手を取り合える!」
「お前も天界に反逆するというのか⁉︎」
「違う! あなたも一緒に――『セブンスロード』に行こう!」
「――――! やはりお前が、シャウアの言っていた男か――」
アーデンの声は打撃音の中、掠れて聞き取れなかった。でも何かが、彼の心に突き刺さったのは確かだ。
「僕には好きになった人がいる。あなたが首を刎ねた戦女神――ヴェルカノンだ! 彼女は『不死の呪い』をかけられている。それを解くために、僕はセブンスロードに行く!」
「女のために、世界を変えるというのか?」
「そうだ! でも、それだけじゃない! 言ったはずだ――僕はそこで真実を知りたいと! 六道世界の真実を知ってヴェルカノンを、このバルメドールの人たちを、いやすべての世界を救うんだ!」
「……大きく出たな」
そう言うと、アーデンは打ち合いをやめて、後ろに飛び下がる。
同時に僕の手に握られた剣が消失した。
僕が振り続けていた剣は、アーデンが顕現させた物だ。なので彼の意思ひとつで消し去られたとしても不思議はない。
いや、ならどうして――⁉︎
ホーミング・チェーンを越えて、目の前まで迫った時、剣を消していれば簡単に僕を一刀両断できたはずだ。
不可解な真実に動揺する僕に向かって、
「お前がそれに値する男か……試してやろう」
アーデンは厳しい目付きになると、左手にも再び剣を顕現させる。
そうだ――。彼はさっきまでの斬撃戦でも、一本の剣で僕と同じ条件で戦ってくれた。
いったい彼は何を――。
「いくぞ!」
僕から十分な距離をとったアーデンの両手から、双剣がブーメランの様に放たれる。
左右が異なる不規則な軌道を描くそれは、確実に僕を抹殺するための本気の攻撃だった。
僕の手にもう剣はない。
よけるか⁉︎ いや、どちらに避けても、必ず一方の剣が僕の体を斬り裂くだろう。
今度こそ僕は、自分の力で身を守らなければならない。
考えろ! 僕が持つ力――。それは鎖だ!
これまで『緊縛の鎖』は攻撃にしか使った事がない。
それでも僕は、心で何かに向かって叫んだ。
(鎖よ、あの剣を――止めるんだ!)
次の瞬間、僕の足元に無数の魔法陣が展開されると、そこから何本もの鎖が天に向かって飛び出していった。