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救世のメスブタ女神  作者: ワナリ
第2章:侵食世界バルメドール
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40『特攻』


「ヴェルカノン、いくよ」


 そう言いながら、横目でヴェルカノンを見る。


「――はい」


 アーデンに僕があたる事を納得させたものの、やはりその歯切れは悪い。


 だから、


「ヴェルカノン、お互いの相手に集中するんだ! 誰かを気遣いながら勝てるほど、どちらも甘い相手じゃない! 僕なら大丈夫――。いいね!」


 強い口調で念を押す。僕の身を心配するヴェルカノンの気持ちは十分に分かっているが、それでもそうしなければ、間違いなく共倒れになってしまう。


 僕は覚悟を決めた。だからヴェルカノンにも、僕を送り出す覚悟を定めてほしかった。


 迷いは、時が経つほど確実に深まっていく。


「いくぞ、アーデン!」


 僕は自分にもそれを許さないために、雄叫びを上げると、先陣を切ってアーデンに向かって走り出す。


 怖くないといえば嘘になる。


 相手は、あのヴェルカノンの首を鮮やかに刎ねてみせた戦神(いくさがみ)

 忘れたくても忘れられない、あの光景を思い出すたびに背筋が凍りつく。


 それに『不死の権能』を持つヴェルカノンと違い、僕は人間から転生した、ただの下級天使だ。

 負ければ、即また僕は死ぬ。あの血の気がうせる様な死への感覚も、今だってしっかり覚えている。


 ――怖い、やはり怖い、どうしたって怖い。


 だから僕も余計な事を考えないために、無となって生にしがみつくべく、特攻したのだ。

 かといって無策という訳ではない。生にしがみつくからには策はある。


 アーデンは、僕の権能を知らない。


 神界の権能が封じられたこの侵食世界で、僕だけが放てる対戦神(いくさがみ)の必殺技――『緊縛の鎖(ボンデージ・チェーン)』を。


 狙うは初撃だ。二発目からは、きっとアーデンならそれに対応してしまう。

 すなわち初撃を外せば、そこで僕はゲームセットになる。


 アーデンは僕に向かってこない。それは彼が踏み出す一歩目を狙っていた、僕にとって都合が悪かった。


 だが、足を止めたら負けだ。その瞬間、彼の両手に握られた双剣がブーメランの様に飛んでくるだろう。


 それならそれで、腹を(くく)った。


 相手が動かないなら――ゼロ距離で鎖を放ってやる!


 この時点で、距離は十メートル。僕は両手の先に神経を集中させた。


「――――⁉︎」


 アーデンの動揺が伝わってくる。さすがは歴戦の戦神(いくさがみ)。僕の気合いを、鋭く感じ取ったに違いない。


 アーデンが後方に下がろうとする。動くという事は、その体勢がわずかながらも乱れるという事だ。


 だが、もう僕の間合いだ。しかも当初の狙い通り、動くタイミングを狙える――。ここで一気に彼を拘束するんだ。


緊縛の鎖(ボンデージ・チェーン)!」


 突き出した両手から、僕は五本の赤黒い鎖をアーデンに向け放つ。

 ゼロ距離ではないが、五メートルは切っている。これなら彼を――。


(――――⁉︎)


 目の前の光景に目を疑った。

 至近距離から放ったはずの鎖を、アーデンがかわしている。


 一本、二本、三本――。わずかながら時間差もつけたにもかかわらず、鎖は身をひねる彼を捉えられない。


 四本、五本――。その最後の一本が、ついにアーデンの左手を、いや彼が左手に握った剣に絡みついた。


「くっ!」


 すかさずアーデンが左手の剣を放棄する。

 これで状況は、彼を拘束できなかった事が確定した。――すなわち僕の初手は失敗に終わったのだ。


 次に来るのは、アーデンからの反撃。

 彼の右手に光る剣が振りかぶられる。


「なに――⁉︎」


 だがアーデンは声を上げると、僕への斬撃を中止して、後方に宙返りしながら再び回避行動に出る。


 ――そう。僕の初撃は、まだ終わっていない。


 かわされた四本の鎖が、引き続きアーデンを捉えるべく、(うごめ)(はし)る。

 リュルル戦で見せた、僕の鎖の追尾機能――ホーミング・チェーンだ!


 ジグザグの軌道で狙いを絞らせない様に、アーデンが草原を疾走する。

 それを追って僕の鎖もまた、アーデンの軌道に沿ってジグザグに空中を駆け回る。


 かわし、時には右手の剣で打ち払いながら、アーデンは防戦一方になっている。


(いけるか――⁉︎)


 そう思った矢先、鎖の一本が活動限界を迎え、砂の様に崩れていく。


 神の権能は、神通力といってもいい、個々の能力に左右される。

 だから、規格外と評された僕の鎖も、打つ側の僕の持久力を超れば消えてしまうのだ。


 残り三本――。アーデンの動きが、目に見えて冴えを見せてきた。

 本数が減っただけではない。彼自身が、鎖への対応に慣れてきたのだ。


 やはりアーデンという戦神(いくさがみ)は格が違う。恐れていた事態が、確実に近付きつつあった。


 鎖をかわす彼との距離が次第に詰まっている――。


 アーデンが、回避と攻撃を同時に狙おうとしているのが、はっきりと分かった。


 僕に防御スキルはない。

 そんな中、また一本鎖が活動限界を迎え、消える。


 もはや二本の鎖だけでは、彼の動きを制限する事はできない。そして真っ赤な装束に身を包んだ戦神(いくさがみ)が、一直線に迫ってくる。


 対角線上で、目と目が合う。それは猟兵――狩人の目をしていた。


 振り上げられる剣。


 その瞬間、


 ――どうした、そこまでか⁉︎


 僕の心に投げかけられる、アーデンの声がはっきりと聞こえた。


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