40『特攻』
「ヴェルカノン、いくよ」
そう言いながら、横目でヴェルカノンを見る。
「――はい」
アーデンに僕があたる事を納得させたものの、やはりその歯切れは悪い。
だから、
「ヴェルカノン、お互いの相手に集中するんだ! 誰かを気遣いながら勝てるほど、どちらも甘い相手じゃない! 僕なら大丈夫――。いいね!」
強い口調で念を押す。僕の身を心配するヴェルカノンの気持ちは十分に分かっているが、それでもそうしなければ、間違いなく共倒れになってしまう。
僕は覚悟を決めた。だからヴェルカノンにも、僕を送り出す覚悟を定めてほしかった。
迷いは、時が経つほど確実に深まっていく。
「いくぞ、アーデン!」
僕は自分にもそれを許さないために、雄叫びを上げると、先陣を切ってアーデンに向かって走り出す。
怖くないといえば嘘になる。
相手は、あのヴェルカノンの首を鮮やかに刎ねてみせた戦神。
忘れたくても忘れられない、あの光景を思い出すたびに背筋が凍りつく。
それに『不死の権能』を持つヴェルカノンと違い、僕は人間から転生した、ただの下級天使だ。
負ければ、即また僕は死ぬ。あの血の気がうせる様な死への感覚も、今だってしっかり覚えている。
――怖い、やはり怖い、どうしたって怖い。
だから僕も余計な事を考えないために、無となって生にしがみつくべく、特攻したのだ。
かといって無策という訳ではない。生にしがみつくからには策はある。
アーデンは、僕の権能を知らない。
神界の権能が封じられたこの侵食世界で、僕だけが放てる対戦神の必殺技――『緊縛の鎖』を。
狙うは初撃だ。二発目からは、きっとアーデンならそれに対応してしまう。
すなわち初撃を外せば、そこで僕はゲームセットになる。
アーデンは僕に向かってこない。それは彼が踏み出す一歩目を狙っていた、僕にとって都合が悪かった。
だが、足を止めたら負けだ。その瞬間、彼の両手に握られた双剣がブーメランの様に飛んでくるだろう。
それならそれで、腹を括った。
相手が動かないなら――ゼロ距離で鎖を放ってやる!
この時点で、距離は十メートル。僕は両手の先に神経を集中させた。
「――――⁉︎」
アーデンの動揺が伝わってくる。さすがは歴戦の戦神。僕の気合いを、鋭く感じ取ったに違いない。
アーデンが後方に下がろうとする。動くという事は、その体勢がわずかながらも乱れるという事だ。
だが、もう僕の間合いだ。しかも当初の狙い通り、動くタイミングを狙える――。ここで一気に彼を拘束するんだ。
「緊縛の鎖!」
突き出した両手から、僕は五本の赤黒い鎖をアーデンに向け放つ。
ゼロ距離ではないが、五メートルは切っている。これなら彼を――。
(――――⁉︎)
目の前の光景に目を疑った。
至近距離から放ったはずの鎖を、アーデンがかわしている。
一本、二本、三本――。わずかながら時間差もつけたにもかかわらず、鎖は身をひねる彼を捉えられない。
四本、五本――。その最後の一本が、ついにアーデンの左手を、いや彼が左手に握った剣に絡みついた。
「くっ!」
すかさずアーデンが左手の剣を放棄する。
これで状況は、彼を拘束できなかった事が確定した。――すなわち僕の初手は失敗に終わったのだ。
次に来るのは、アーデンからの反撃。
彼の右手に光る剣が振りかぶられる。
「なに――⁉︎」
だがアーデンは声を上げると、僕への斬撃を中止して、後方に宙返りしながら再び回避行動に出る。
――そう。僕の初撃は、まだ終わっていない。
かわされた四本の鎖が、引き続きアーデンを捉えるべく、蠢き疾る。
リュルル戦で見せた、僕の鎖の追尾機能――ホーミング・チェーンだ!
ジグザグの軌道で狙いを絞らせない様に、アーデンが草原を疾走する。
それを追って僕の鎖もまた、アーデンの軌道に沿ってジグザグに空中を駆け回る。
かわし、時には右手の剣で打ち払いながら、アーデンは防戦一方になっている。
(いけるか――⁉︎)
そう思った矢先、鎖の一本が活動限界を迎え、砂の様に崩れていく。
神の権能は、神通力といってもいい、個々の能力に左右される。
だから、規格外と評された僕の鎖も、打つ側の僕の持久力を超れば消えてしまうのだ。
残り三本――。アーデンの動きが、目に見えて冴えを見せてきた。
本数が減っただけではない。彼自身が、鎖への対応に慣れてきたのだ。
やはりアーデンという戦神は格が違う。恐れていた事態が、確実に近付きつつあった。
鎖をかわす彼との距離が次第に詰まっている――。
アーデンが、回避と攻撃を同時に狙おうとしているのが、はっきりと分かった。
僕に防御スキルはない。
そんな中、また一本鎖が活動限界を迎え、消える。
もはや二本の鎖だけでは、彼の動きを制限する事はできない。そして真っ赤な装束に身を包んだ戦神が、一直線に迫ってくる。
対角線上で、目と目が合う。それは猟兵――狩人の目をしていた。
振り上げられる剣。
その瞬間、
――どうした、そこまでか⁉︎
僕の心に投げかけられる、アーデンの声がはっきりと聞こえた。