39『正念場』
「アーデン、てめえ隠れて見ていやがったのか⁉︎」
「いいのか? ――そんな口をきいて?」
サリアヴィオラの怒声に、アーデンは薄笑いを浮かべながらそう答える。
「ああん?」
それに顔を歪めるサリアヴィオラだったが、アーデンの言葉の真意が分かると、すぐに顔色を一変させる。
いつの間にか――石碑のある草原には、街の人々が、まるでギャラリーの様に集まっていたからだ。
その視線が、暴言を吐いたサリアヴィオラに集中し、皆、目を丸くしながら困惑している。
彼女は相手が僕たちだけだと思って、地が出てしまったのだろうが、街の住民たちはそれをしっかり目撃してしまった。
「フッ、やはりお前に、清楚な女神様役は無理だったか」
またもや薄く笑うアーデンに、
「うっせーんだよ!」
開き直ったのか、もうサリアヴィオラはぶっきらぼうな口調を隠さなかった。
「あの男を――暗殺するのには失敗した様だな」
続けて放たれたアーデンの言葉に息を呑む。
――リュルルを僕たちの元に送り込み、二段洗脳を発動させた策。
彼の言葉は、その標的が明確に僕であった事を示唆していた。
しかもアーデンの口ぶりでは、それを献策したのは彼自身だった様に聞こえる。
(どうして僕を?)
動揺する僕と、アーデンの目が合う。
間違いない。彼は真っすぐに僕だけを見ている。
「ああ、しくじったよ! こうなったら、ここで勝負をかける!」
そこにサリアヴィオラの怒声が、再び響き渡る。
「アタシはヴェルカノンを仕留める。アンタは他の奴らを倒して、リュルルを取り返してくれ」
「いいだろう」
アーデンはそう答えると、両手に双剣を顕現させる。
完全に計算が狂った。彼の参戦は想定外だった。
僕たちが全員でかかれば、サリアヴィオラ一人なら倒せるかと思ったが、アーデンまでが相手となると話が変わる。
逆に僕たちが束になってかかっても、彼一人に勝てる気がしない。
それほどアーデンという戦神の戦闘能力は圧倒的だった。
リュルルを胸から下ろし、アロエットに託すと僕は考える。
サリアヴィオラの狙いはヴェルカノンだ。彼女たちには因縁がある。
それはサリアヴィオラの姉が、かつてヴェルカノンを主力とした、セブンスロード討伐戦で戦死した『らしい』という事に起因している。
らしい、というのは、『緊縛の鎖』でリュルルを支配した時に流れ込んできた記憶に、彼女がそう告白する光景があったからだ。
シャウアの導きに、アーデンが天界への反逆を決意した時、サリアヴィオラは、
――アタシの姉さんは、セブンスロードの討伐戦で死んだ。
と言っていた。
また、ヴェルカノンからも、
――切り札だった私が敗れたせいで、討伐軍のほとんどの者が死にました。
と聞いている。彼女が『贖罪の女神』と呼ばれ、死を望んでいる理由だ。
そしてアーデンの狙いは――僕だ。
こちらの理由は分からないが、僕もちょうど彼とは話をしたいと思っていた所だ。
それが戦闘を介してというのは過酷ではあるが、なぜか僕の中に『一時撤退』という選択肢は浮かんでこなかった。
――ここが正念場だ!
僕のいつもの直感がそう言っていた。
だから、
「ショーカ、どうする――?」
不安げな声を漏らすマルヤを無視する様に、
「ヴェルカノン、サリアヴィオラを頼む。アーデンには――僕がいく!」
僕はヴェルカノンへの指示をもって、彼らと戦闘に入る事を宣言した。
「――――⁉︎」
マルヤとアロエットは絶句している。
「ご主人様、それは……」
かろうじて声を発したヴェルカノンも、僕の無謀を諌めようとする。
確かに無謀かもしれない。だがここは、本当に『正念場』なのだ。
その決意と覚悟を示す様に、
「ヴェルカノン。――サリアヴィオラのお姉さんは、セブンスロードの討伐戦で死んだらしい」
僕は、なぜ彼女がサリアヴィオラから仇敵として狙われているのかを、ここで明らかにする。
「――――!」
さすがにヴェルカノンも、息を詰まらせている。
「ヴェルカノン、もしこれが因縁だとしたら……それを断ち切ろう。ここで彼女との決着をつけるんだ。――これは命令だ」
僕は非情かもしれない。命令という言葉に、彼女が逆らえないと分かっていたからだ。
でもそれがヴェルカノンの――これからの僕たちに必要な事であるという思いに、迷いはなかった。
「…………分かりました。でも――」
「僕は死なない。――約束する!」
ヴェルカノンの思考を先回りして、そう答える。
彼女の不安は痛いほど分かる。だからこそ、それでもすべてを受け入れてくれた彼女の思いを、僕も裏切りたくはなかった。それは紛れもない本心だった。
しばしの沈黙の後、
「はい、ご主人様」
静かな表情に戻った、ヴェルカノンの返答に安堵すると、僕は次の動きに出る。
「アーデン、戦うのは僕とヴェルカノンだけだ! マルヤとアロエットには手出しはさせない。だから、そちらも彼女たちには手出しをしないと約束してほしい!」
こちらの出方を悠然と見守っているアーデンに向かって、そう告げる。
アーデンとの一対一の戦いに、周りを配慮する余裕なんて一切ないだろう。
これは乾坤一擲の戦いになる。それなら僕なりに、フィールドを整えておく必要があったからだ。
「フッ、いいだろう」
アーデンは必死の形相の僕に、即答してくれた。
それは侮りなどではなく、僕の思いを理解してくれている様に――なぜかその時の僕には感じられたのだった。