37『第二のメスブタ』
僕の周りを疾走する十人のリュルル。
この『十体分裂』が、残像現象を利用した技だと分かっていても、目視でその本体を見破るのはやはり不可能だ。
だからヴェルカノンは本体を特定するのではなく、僕の鎖により強化された力で、十体すべてに同時攻撃を仕掛ける事で、リュルルを撃破した。
リュルルの洗脳は、強力な一撃を加える事で『一時的』に解ける。
だが、それでは意味がないんだ。
この幼い戦女神は洗脳が発現する度に、また僕たちを襲ってくる。
そんな堂々巡りの末に、きっと僕たちはリュルルを殺さなければならなくなるだろう。
僕の中にいる『狂気』は、リュルルを殺せと言った。
それを抑え込んで――僕はリュルルと共にある事を選んだんだ。
もう僕の体力は限界を超えている。
鎖を放てるのは、おそらくあと一回だろう。
その一回で勝負を決めて――リュルルを救うんだ!
「うへっ!」「うへへっ!」「うひぇひぇーっ!」
サラウンドの様に響く、リュルルたちの声。
それに加えて、振り回すトンファーの風切り音のため、視覚はおろか聴覚までもが定まらなくなってきた。
気を緩めれば、また気を失いそうになる。
それでも――全力を出さずに勝てる相手ではない!
鎖はホーミングするとはいえ、目標を見ずに当たるレベルではないだろう。
だから、瞬きをするのも我慢して『その瞬間』を待つ。
おそらくリュルルも、次は中途半端な攻撃は打ってこない。
打つなら、きっと一撃必殺――十体同時攻撃に違いない。
『支配だ……支配しろ』
(ああ、分かってるよ……)
心で語りかけてくる、もう一人の自分に、僕はそう答える。
待っていろ、リュルル。
もうすぐサリアヴィオラの支配を打ち破って――僕が君を支配する!
「うひぇーーーっ!」
次の瞬間、十体のリュルルが雄叫びを上げながら、前、横、後ろの十方向から高く跳躍してきた。
同時に僕は顔を上げる。
この時を待っていた。これなら――十体を同時に視界に捕捉できる!
両手を天に突き上げながら、
「緊縛の鎖!」
僕は最後の力を振り絞り、十本の鎖を放つ。
十本がそれぞれの軌道を描きながら、ホーミング性能を発揮して目標に向かう。
残像を通過していく鎖たち。その中の一本が――僕の前方から跳んだリュルルの本体を絡め取った。
(捕った!)
だが、これだけでは終わらない。
ここからが――僕の『規格外』の本領を発揮する時だ!
「リュルルーっ!」
力の限りに叫ぶ。
僕の鎖は、対象を縊り殺すためのものじゃない。
それを今から見せてやる。
「これから――君を支配する!」
鎖によって宙に掲げられたリュルルに、僕は宣言する。
その口元が、自分の意思を超えて笑っているのに気付く。
心が喜悦に震えている――誰でもない僕の心がだ。
「これから、お前も……僕のメスブタだーっ!」
己の狂気を発現させながら、僕は鎖に『欲望』という名の力を注ぎ込む。
「あひーっ!」
まるで電撃を浴びた様に震えるリュルルの口から、その幼い容姿らしからぬ喘ぎ声が漏れた。
同時に僕の心にも、リュルルの精神が逆流する様に入り込んでくる。
――バルメドールに、アロエットたちと降り立った日の映像。
――それからアーデンが、二人の目付神を弾劾し斬り倒す姿。
――そしてサリアヴィオラと戯れながら、街の人たちに可愛い女神様と、マスコットの様に愛されている光景。
この幼い戦女神のバルメドールで過ごしてきた日々を、僕は一瞬で脳内に共有した。
僕は鎖を通して、リュルルと一つになった。
そしてサリアヴィオラの魔眼洗脳を完全に打ち破った事も、僕はこの手で確信した。
もうリュルルは――僕のものなのだ。
「ほえ……」
鎖が消失して、宝石の様な目の輝きを取り戻したリュルルが、間の抜けた声を出しながら落ちてくる。
それを疲れ切った体で、両腕にしっかり抱きとめる。
「ショーカ……」
「もう大丈夫だよ、リュルル」
見つめ合い、僕たちは再会を喜び合う。
何から何までが、ぶっつけ本番だったが、なんとか上手くいった。
たいした威力もない僕の鎖では、持久戦に持ち込まれていたら、おそらく負けていただろう。
十体分裂後の跳躍攻撃の瞬間を狙ったのも――ヴェルカノンを相手にすでに失敗していても、リュルルの幼い思考かつ洗脳状態の野生なら、構わず繰り出してくるだろうという――イチかバチかの賭けだった。
確証はなかった。でも言葉にできない『自信』が僕にはあった。
「ご主人様――」
背中越しに、ヴェルカノンからの声がかかる。
難局を一人で乗り切った事で、これで彼女も少しは安心してくれる――と思ったのだが、
「その小女神がメスブタって……どういう事ですか?」
振り向いた僕に浴びせられたのは、突き刺してくる様な追求だった。
「アンタ、ほんとにロリコンの趣味もあったの⁉︎ もうまったく見境ないんだから! 信じらんない!」
続けてマルヤが、例の爆撃ボイスで僕を痛烈に非難してくる。
いや、どうして⁉︎ 違うんだ! 僕はリュルルを自分のものにする事で、サリアヴィオラから救うために……支配して……メスブタにしたんだ……。
いったい何が違うのか、自分でもわからなくなってきた。
さらにそんな時、困惑する僕に抱かれたリュルルが、愛らしい微笑みを浮かべながら胸に顔を埋めてくる。
これで状況的にも――僕はクロになった……。
そんな僕とリュルルの事案級のツーショットを、歓喜のアロエットが興奮気味に眺めている姿に、頭を抱えたくなってくる。
なぜ、こうなった?
ここは僕の初勝利を、称えてくれる場面ではないのか?
こうして僕の初陣と初勝利は、いつもと何も変わらぬ喧騒の中で幕を閉じた。